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歩むべき道


 どうしてこうなった――と、ヘルベルトは目の前の魔人を見ながら考えていた。


 父であるマキシムからもらったミスリルの剣を構えているその姿は、以前とは完全に別物になっている。


 ケビンを助けるために『混沌のフリューゲル』へ出向き、魔人との激闘を終えてから、早いもので二ヶ月ほどの時間が経過している。


 とりあえず最初に乗り越えなければならなかった関門達をどうにかしてしのぐことのできたヘルベルトは、少しだけ余裕も出てきたため、本格的な肉体改造を行い始めた。


 その二ヶ月間の成果が、今こうして一人の美丈夫として現れていた。


 母親のヨハンナの特徴そのまま受け継いだ綺麗なぱっちり二重は完全に戻っており。

 ロデオにしごかれ続けたトレーニングの成果は、寸胴のようだった肉体にはしっかりとしたメリハリが利いている。


 元々は横幅が大きすぎるせいで気付きにくかったが、元々ヘルベルトの上背はかなり高い。

 今のヘルベルトは、十人が見れば十人がイケメンだと言うだろう。



 さて、そんな風に変わったヘルベルトだが。

 無論変わったのは、外見だけではない。


「ぐっ……どうして当たらないっ!」


 彼の目の前にいるのは、パリスという人物だ。

 肌の色は紫で、額には小さな角が生えていることからもわかるように、彼は魔人だ。


 その強さは、ヘルベルトがマーロンと二人がかりでなんとか勝利した魔人イグノアよりもはるかに高い。

 しかし今のヘルベルトは、パリスの攻撃を完全に読み切っていた。


 パリスの武器は、短剣以上長剣未満の二本の剣を片手でそれぞれ一本ずつ操る双剣というものだ。

 相手取ったことは初めてだが、その剣の持つ術理は短剣術とそれほどの差はない。


 ロデオに魔法による補助無しでも戦えるよう仕込まれたヘルベルトからすれば、時空魔法のアクセラレートに頼らずとも、問題なく相手取ることが可能だった。


 ――ヘルベルトの体重の変化は、彼の戦闘スタイルを一変させた。

 彼が標準よりややがっちりした、筋肉質な肉体になったことで、その本来の速度もマーロンと同等、あるいはやや早い程度にまで向上している。


 今の彼は、単なるパワーファイターではなくなっていた。

 贅肉を落とし筋肉をつけたことで、本来持っていた俊敏さを取り戻すことができたのだ。


 パリスの右の剣が、ヘルベルトの喉元を狙って放たれる。

 ヘルベルトはそれにミスリル剣の切っ先を擦れさせることで、軌道を逸らす。


 次にやってくるのは、左の振り下ろし。

 攻撃を受け流しただけで体勢の崩れていないヘルベルトは、そこに自分の横薙ぎを合わせた。


 魔人は人間には持てぬだけの強力な身体能力を持つ。

 けれどさすがに両手で攻撃を放つヘルベルトの方が、片手で軽い攻撃を連続させるパリスよりも一撃は重かった。


「ちいっ、まだまだっ!」


 パリスはまだ余裕があったのか、更に剣閃の速度を上げる。

 元々の力の差に武器による重量の差もあるため、本来ならここで相手を完全に防戦に回らせることができるのだろう。


 ――けれどヘルベルトは、ただの剣士ではない。


「アクセラレート!」


 初級時空魔法アクセラレートは、魔力球の範囲内にあるヘルベルトの速度を三倍に早めてくれる。


 豚貴族と呼ばれていた頃のヘルベルトでもマーロンを相手に有利に戦いを進めることができるようになったこの魔法。


 それを今のヘルベルトが使えば――。


「ぐうううううっ!?」


 手数に勝るはずの双剣使いを相手にして、速度で圧倒することが可能となる。


 ヘルベルトの薙ぎが、突きが、時折織り交ぜられる打撃が。


 あらゆる攻撃の速度が三倍となり、パリスを圧倒する。


 防戦一方になるのは魔人パリスの方であり。

 そして手数とスピードで勝負する分、双剣使いの装甲は薄いため、その身体に傷が刻まれていく。


(これならアレは使わなくて問題なさそうだな)


 ヘルベルトはロデオやマーロン達との鍛錬だけではなく、時空魔法の訓練も日夜続けている。

 おかげで彼は既に、新たな時空魔法を二つほど習得していた。


 けれどパリスを相手にする分には、アクセラレートと素の身体能力の掛け合わせだけでなんとかなりそうだった。


 ちなみにヘルベルトは、未だにロデオを相手にして負け越している。

 ヘルベルトはあり得ないスピードで強くなっているはずなのだが、わけのわからないことにロデオも今になって何故かどんどんと強くなっているために、なかなか勝つことができないでいるのだ。





「――はあっ、はあっ……」


 身体と魔法を鍛え続けた今のヘルベルトにとって、本来なら強敵となるはずの魔人パリスは敵ではなかった。


 彼の前で地面に膝と手をつくパリスは、憎々しげな顔でヘルベルトの方をにらんでいる。

 ヘルベルトの方も、彼のことをにらみ返した。


 そもそもの話、ヘルベルトはパリスと対話をしにきたのだ。

 それがいきなり襲われたのだから、面白いはずもない。


「ふぅ……魔人パリス、今のやりとりで、俺とお前の力の差は理解しただろう」

「……ああ」

「その上で言うんだが……俺はお前を害するつもりはない。ただ話をしにきたんだ」

「……話?」


 ようやく対話の体勢に入ってくれたパリスを見て、ヘルベルトの顔にようやく笑みが戻る。 そしてここにやってきた本来の目的を果たすため、パリスにこう提案するのだった。


「パリス、この俺――ヘルベルト・フォン・ウンルーがお前をスカウトしにきた。その魔人の力を、俺のために使ってくれ。そうしてくれるのなら、俺はお前とヘレネ、二人をこんな狭苦しい大樹海から連れ出して、広い世界を見せてやる――」


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