光魔法
マーロンは前衛として、そしてヘルベルトは中衛として魔法を放つ。
二人は二対一の戦いという点を存分に活かすことで、魔人イグノアとの戦いを進めることができていた。
「シィッ!」
「ギッ!」
基本的に先陣を切って攻撃をしかけるのはマーロンだ。
イグノアは自身を戦闘型ではないと言っていたが、それでも彼は成熟した魔人。
未だ成長途中のマーロンと比べれば、体躯に腕力に運動性能、あらゆる点で秀でている。
更に言えばイグノアには、ゆっくりと動くことで身体を透明化させ、姿を消す能力がある。
故にマーロンは、多少強引にでもイグノアの動きを止めぬように前に出続ける必要があった。
「シッ!」
「ガアアッ!」
マーロンの鋼鉄の剣と、イグノアの緑剣がぶつかり合って火花を立てる。
イグノアは基本的には防御の型が多く、マーロンの攻撃に合わせてカウンターを放ったり、相手の攻撃タイミングをずらしてくる技を多用していた。
恐らくは自分の力も加味した上で、その戦闘スタイルなのだろう。
それは攻め立てなければならないマーロンに対して、たしかに有効だった。
彼はすぐに負けてしまうだろう――もしこれが、一対一の戦いであったのなら。
「ちぃっ!」
イグノアがマーロンの腹部を狙って攻撃を放とうとしたその瞬間、遠方から炎の槍が飛来する。
舌打ちをしながら、攻撃を避けるイグノア。
マーロンも一連の攻防が終わったことで、後方へと下がった。
マーロンの手数、そして足りない前衛としての能力を、ヘルベルトの適切なタイミングで放たれる魔法が援護する。
ヘルベルトは中衛としてしっかりとタイミングを見極めながら、攻撃を加え続けていた。
彼がいるせいで、イグノアはマーロンへ致命傷を与えることができない。
それならばとヘルベルト目掛けて吶喊するのも悪手だった。
ヘルベルトとマーロンは最低限の距離だけ取りながら、いざとなればそのまま接近戦ができるだけの距離を維持し続けている。
そして彼らは互いの位置が絶妙にイグノアの視線から逸れるようないやらしいポジショニングをしていた。
マーロンだけに意識を向ければ、ヘルベルトからの魔法が襲いかかり。
ヘルベルトを倒そうとすれば、マーロンに思い切りその背中を切られる。
「厄介なことこの上ないですねぇっ!」
イグノアは何度も自身の攻撃を妨害されたことで、明らかに気が立っていた。
言葉遣いは丁寧なままだが、明らかに苛立っているのがわかる。
けれどヘルベルト達の方が、焦りは強かった。
相手は明らかな格上。
均衡状態を作っていることでやっとという状態。
圧倒的に不利である現状は、なんら変わっていないのだ。
「ヒール」
イグノアが歯ぎしりしている間に、マーロンは光属性の治癒魔法を発動させる。
治癒魔法とは、怪我を治し癒やす魔法のことである。
治癒魔法自体は四属性全てに存在はしているのだが、その魔法を扱える者の数は少ない。
更に治癒魔法という魔法自体が、実は攻撃魔法と表裏一体の関係にあるのだ。
治癒魔法を扱うことのできる者は、攻撃魔法を覚えることができないことがほとんどなのである。
つまり裏を返せば、攻撃魔法を使える者は治癒魔法を使うことができないのだ。
ヘルベルトが治癒魔法を使うことができないのもそのためだ。
しかしマーロンは、例外的な存在だった。
彼の持つ系統外魔法である光魔法は、攻撃魔法と治癒魔法の両立を可能にする。
ただしその分、マーロンの魔力の消費は激しい。
彼は白兵戦のみで戦うのが厳しい場合は光魔法で攻撃を加えねばならなかったし、傷を負った場合はそれを治癒魔法で癒やさなければならなかった。
まだ魔力量がそれほど多くないマーロンでは、長時間の戦闘には耐えられない。
ヘルベルトには未だ余裕があるが、彼の戦闘能力の高さはあくまでも時空魔法ありきのもの。
一度見られれば対処されかねない以上、発動タイミングは真剣に吟味する必要があった。
(いや、一度アクセラレートを使い、見せ札として使う手もある。俺とマーロンの二人で接近戦を挑み、イグノアを倒しにいくという手も……)
ただしそれをすれば、今度はヘルベルトの消耗が激しくなる。
ヘルベルトの時空魔法はとにかく燃費が悪いため、恐らくマーロンより早く息切れしてしまうはずだ。
もしそうなった場合にヘルベルトがやられれば、マーロン単体ではイグノアには勝てない。
イグノアは幸い、スライムのように再生能力があるような個体ではなかった。
透明化能力こそ厄介であるものの、彼が負った傷は今もまだ残り続けている。
いくつかある傷の中で、もっとも効いているのはやはりマーロンが光魔法でつけた傷だった。
イグノアの全身は甲殻に覆われており、その防御力は高い。
ヘルベルトがアクセラレートで全力で放った一撃では、それが剣撃であれ魔法であれ相手を倒すことはできないだろう。
となればやはり、決め手になるのはマーロンの放てる最大の光魔法。
極太のレーザー光線を出す、上級光魔法のディヴァインジャッジしかないだろう。
(ただしあれは溜めが必要な魔法で、速度はかなり速いが、直線にしか進まないという弱点がある。方向修整が利かない魔法では一発勝負に負ければ――)
いや、違う。
ヘルベルトは即座に作戦を組み立て、脳内で試行を重ねた。
――三手。
三つの手が決まれば、魔人を屠れる。
それがヘルベルトの灰色の脳細胞が導き出した結論だった。
(よし、これならいける……かもしれない。だがこのままジリ貧で負けるよりは、賭けに出た方がいい)
ロデオともう一体の魔人との戦いは未だ続いている。
少し離れたところでは、未だ剣戟の音が鳴り止んでいない。
ロデオが負けるとは思えないが、今すぐに加勢してくれるほどの余裕もなさそうだ。
となればやはり、自分達でなんとかしなければならない。
「マーロン!」
再度前に出ようとするマーロンを、ヘルベルトの言葉が押しとどめる。
自分を見つめるマーロンに対し、ヘルベルトは左手首を回転させるジェスチャーを見せる。
次は俺が前に出る。
ヘルベルトの意志を理解したマーロンは、下がった。
そしてなぜヘルベルトが前に出たのか、その理由を即座に理解して魔力ポーションを飲み始める。
ポーション類による回復量は、全体から見れば微々たるものだ。
つまり今のマーロンは、そのわずかな回復ですら喉から手が出るほどにほしくなるほど、追い詰められていたと言える。
マーロンは己に課せられた役目をしっかりと理解し、魔法発動のために意識を集中させ始めた。
その様子を見て、ヘルベルトがふんと鼻を鳴らす。
「来いよ化け物、次の相手はこの俺――ヘルベルト・フォン・ウンルーだ」
「ほう……ようやく名乗ってくれました――ねっ!」
「フレイムランス!」
ヘルベルトは温存していた魔力を、ここで一気に使うことにした。
活路は――今この瞬間をおいて、他にない。
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