カンパネラの息吹
「爺は、爺は……ヘルベルト様……」
「もういい、喋るな。無駄に体力を使っても、何もいいことはないぞ。今はしっかりと、病気と闘うんだ」
ヘルベルトの向かいには、ベッドに横になっているケビンの姿がある。
着ているのは病人が着る白い寝間着だ。
病を払うとされるそれを身に纏うケビンの体調は、いつもと比べるとすこぶる悪そうだった。
その頬はどこか痩けており、年の割にはしっかりしていた腕も少しだけ細くなっている。
今の彼に、ヘルベルトの世話をするだけの余裕はない。
普段はヘルベルトの横で彼の求めることをしてきたケビンは、こうしてベッドの住人になっていた。
「爺はもう十分生きました。想定していたよりも少しだけ早かったですが、人生とは予想できないことの連続ですからな」
「爺……」
――ケビンが『カンパネラの息吹』と呼ばれる奇病に罹った。
未来の自分が最初に告げた、直近で起こる三つの出来事。
そのうちの最後の一つが、とうとうヘルベルトに牙を剥いたのだ。
百万人に一人しか罹患しないとされる、未だ治療法の確立されていないこの病気は、国から難病指定までされている代物だ。
この病気にかかると、まず身体の内側に激しい痛みが発生する。
だがその痛みはやがてなくなり、安らかな状態が続くようになる。
だがそこから先が、この病気の奇病と言われる症状が出るようになるのだ。
内側から徐々に、身体が石化していく。
臓器が石になり、血管が石になり、そして最後には皮膚を含む身体の全てが石へと変わる。
そして、最終的には一つの石像になってしまうのである。
神は人を生み出した時、石塊に己の息吹を生み出して作ったとされている。
それと逆に、人が徐々に石になっていく。
それ故に、『カンパネラの息吹』。
「安心しろ爺、俺がなんとかしてやる」
「ヘルベルト様……」
この病気の治療方法は未だ確立してはおらず、治癒魔法を使っても症状の進行を遅らせることしかできない。
けれどヘルベルトの顔は、あくまでもいつも通りに傲岸不遜だった。
彼はこの日のために、準備を整えてきた。
そう、なぜならケビンの発病は……未来の自分から、対策まで含めて事前に教えてもらうことができていたのだから。
不治の病は、当たり前だが治すことはできない。
けれどそれは、あくまで……現段階で治らないというだけ。
そう、例えば――二十年後になっても、その病の対処法がないままとは限らないのだ。
(こればかりは……本当に助かった。未来の知識でもどうにもならなければ、俺にもやりようがなかったからな)
ヘルベルトは未来の自分から、『カンパネラの息吹』の対処法について教えてもらうことができている。
既に未来において、この病気は決して治らない不治の病ではなくなっていたのだ。
この病に対する特効薬は、今から約七年後に発見される。
『カンパネラの息吹』を治すためには『
更にこの『土塊薬』も、一日も経てば効力は半分に落ちてしまい、数日もすれば薬が効かなくなってしまうらしい。
原料となる『石根』は凶悪な魔物の住まう、ごく一部の地域にしか生息していない。
つまりこの『土塊薬』の作り方は、調薬ができ、かつある程度自衛もできるような薬師か錬金術師をパーティーに入れ、その地域をなんとか進み、素材を集めて現地で作るという形になる。
この薬は、二十年後では目の飛び出るような値段で販売されているらしい。
そして『カンパネラの息吹』の治し方は判明しても、それを実行できるものの数は非常に少ないという。
それも少し考えればわかる話だ。
普通に調薬ができ、危険な目に遭わずとも金を稼げるような薬師が、凶悪な魔物のいる場所までわざわざ行く理由がない。
そのため彼らを振り向かせるための、多額の報酬が必要になってくる。
戦闘能力をほとんど持たぬ薬師を連れて行っても、生き延びる確率はかなり低い。
そもそも一度で成功するかもわからず、薬師が帰らぬ人になる可能性も低くない。
そしてそこまでして『石根』を手に入れて、『土塊薬』を作っても、まだ終わりではない。
今度はそれを、素早く患者の下まで届けなくてはならないからだ。
そのための輸送コストも馬鹿にはならず、おまけに時間制限まであると来ている。
ここまでいくつもの条件が必要となれば、そこまで値段が高い理由にも納得がいくというもの。
だがヘルベルトは、普通ではない。
彼が今までになぜ、そこまで戦闘に必要ではない中級時空魔法であるディメンジョンを覚えてきたか。
――それは今、この時のため。
亜空間による時間の断裂を利用すれば、『石根』も『土塊薬』もある程度の間保存することができる。
「爺、今はお前が倒れてしまっているから、代わりのメイドにお前がしていた仕事を頼んでもらっている」
「はい、一応私が見込んでいた数名の中でも、見目麗しいシロップを向かわせているはずですが……」
「――紅茶がな、濃いんだよ」
ヘルベルトはそう言って、苦いものでも舐めたような顔をした。
たとえ美人が、メイドとして仕えてくれていようとも。
彼女なりに精一杯頑張ってくれていることを、理解していても。
それでもやはりヘルベルトは、ケビンに側にいてほしかった。
「やはり俺は……ケビン、お前でなくてはダメだ」
「ヘルベルト様……」
「お前には死ぬまで、俺の側にいてもらうぞ」
「はい、爺も……それができれば、どれだけ素晴らしいことかと思います」
「吉報を待っておけ。――俺を信じてくれ、爺」
「はい、爺は昔からずうっと、ヘルベルト様を、信じ、て……」
病気で体力が落ちているせいか、最後まで言い切ることなくケビンは意識を失った。
すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてきたのを確認してから、ヘルベルトは病室を後にする。
くるりと振り返ったヘルベルトの顔には――覚悟が宿っていた。
引き締まり始め、再び二重になった彼の瞳には、決意の炎が燃えていた――。
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