前へ次へ
60/67

【09】『結託』


「摂津屋と今回騙された武家衆は――、きっとグルです」


「な、なんだと⁉︎」


 聚楽第で、左京の解策(げさく)を、答えから聞かされた石田三成が血相を変える。


「こ、根拠はなんだ?」


 ここは三成も執務の手を止めて、左京に詳細な説明を求める。


「いいですか? まず今回、摂津屋に金を横領されたのが、『黒田を除いて』皆十万石以下の貧乏領主ばかり――。そしてこれもまた『黒田を除いて』いずれも以前から、摂津屋と取引がある家ばかりでした」


 左京は、今回もやはりついて来ている長政に配慮しつつ、まずは摂津屋の犯行についての前提条件を述べる。

 だが三成はそれに対して、あからさまに顔を歪めると、


「いや……、それだけでグルとは断定できんだろう」


 と、至極当然な反論をぶつけてきた。


 この反応は織り込み済みの左京も、ここはわざとウンウンと頷いてみせる。

 それから満を持して――、『真の解策(げさく)』へと踏み込んでいった。


「ですよね――。まあ確かに、これだけではその通りです。では、なぜ騙された武家衆はロクな抗議もせずに『泣き寝入り』を決め込んでいるのでしょうか?」


「――――⁉︎ 何か理由があるのか?」


 三成もこれには強い関心を示す。

 だが左京は、もう少しだけもったいぶってみせる。


「摂津屋は堺でも格の低い小店(こだな)です――。なのになぜ、そんな『怪しげな商人(あきんど)』と、彼らは付き合わなければならなくなったのでしょうか?」


「まあそれは……、大店(おおだな)との関係が悪くなったからだろうな」


 さすが三成は元堺奉行だけに、そのあたりの勘は鋭い。


「代金の未払い。そして『踏み倒し』――。そんな『理不尽』で、もはや信用を失ったのでしょうね」


 左京もさらに一歩、推理を進めていくが、


「ええい、だから理由はなんなのだ⁉︎」


 三成はじれてしまい、解答を求めてくる。

 もう少しもったいぶりたかったが、こうなると左京も答えを言わざるをえなくなる。


「ではお答えしましょう。摂津屋と組んだ武家たちは――、今度は『唐入り』を踏み倒す気です」


「はあ――、なにを……?」


 三成がすっとんきょうな声を上げる。

 当然、これだけでは意味が分からない事を理解している左京も、すかさず補足説明を入れていく。


「狙いはおそらく――、唐入りの軍役の減免です」


「――――⁉︎」


 ここまで言われれば、三成も腑に落ちる。


「被害の程度は分かりませんが、唐入りを前に軍資金が横領されるなど、武家にとって見過ごせる事態ではないはずです」


「なのに奴らは、泣き寝入る事で被害を装い、その結果、課されるであろう軍役を減らしてくれと陳情するつもり――という事か?」


 三成も聡明なだけに、左京の意図を完全に理解した。


「それなら理由が立ちます」


「確かにそうだが……、裏は取れているのか?」


 三成も、長政と同じ懸念を示してくる。


「いいえ、取れていません」


 これにも左京は長政の時と同じく、ぬけぬけとそう言ってのけた。


「お、おい竹中左京――」


「ここからは――、石田殿の仕事ですよ」


「なに――?」


 三成の顔色が変わる。


「各家の当主を個別に呼び出してください――。そして『もう他家は白状したぞ』と石田殿が喚問するのです」


「か、カマをかけろというのか⁉︎」


 思いもしなかったやり口に、三成は愕然とする。


「はい――。そして、『もし正直に白状すれば、今回だけは不問にする。なので以後は、ゆめゆめ唐入りについて怠りなき様に』と脅せば、それこそ彼らは取り潰しを恐れて、唐入りのために懸命に働く事でしょう」


「…………」


 政治というものは綺麗事ではない――。それを理解している三成も、驚きながらも左京の言い分が妙手であると思い始める。


「これは、ひいては豊臣にとっても『得』になりませんか?」


「――――!」


 左京のこの一言で、三成は心を決めた。

 確かにこのまま真実が分からず、小領主とはいえ十家から唐入りへの軍役減免を求められれば、それはそれで厄介な事になる。


 だがそれを逆手に取れば、むしろ彼らの弱みを握り、死に物狂いで唐入りにあたらせる事ができる。

 これは現代でいうところの『司法取引』にも似ている。

 まさに踏み出さねば豊臣の『損』――。踏み出せば豊臣の『得』であった。


「損得勘定か……。しかし、よくこんなカラクリが見抜けたものだな」


 捜査を依頼したのは自分だが、予想以上の成果に三成は素直に感心してみせる。


「まあ私も五千石の身代で、唐入りには頭を悩ませていますからね――」


 左京はそう言って、隣にいる長政を見上げると、


「それと、こいつが清廉潔白だったおかげです」


 と、意味深にニヤリと笑ってみせた。


「左京……」


 なんだかんだで最後は自分を救ってくれる親友に、長政は思わず泣き出しそうになる。


 だが、


「――――? 大身の中で黒田だけが、あっさり騙された事がか?」


「――――!」


 事情の分からない三成の空気の読めない発言に、今度は本当に長政は涙目になってしまった。


「いや、そこは突っ込んでやらないでくれますか……」


 こうなると、もはや左京も頭を抱えるしかなかった。

 それはさておき三成は左京の提案通り、翌日から数日に渡って、嫌疑のかかった武家の当主を極秘に喚問したところ、そのすべてが摂津屋との結託をあっさり認めたのだった。


前へ次へ目次