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【08】『等価交換』


「おやおや、これは黒田様まで――」


 突然の来訪ながら、こころよく左京を迎え入れてくれた今井宗久は、随行してきた長政に目を見張る。

 どうせ止めても、ついてくるだろうと思っていたが、やはり長政はついてきた。

 なので左京も、宗久の当然の反応に苦笑するしかなかった。


「して――、本日の御用向きは、いかなるものですかな?」


 今回の面会は座敷である。

 前回、左京が茶席は苦手と言ったのを覚えていたらしく、このあたりの配慮はなかなかに心にくかった。


「はい。聞きたい事があって参りました」


 宗久の問いかけに、左京は率直にそう答える。


「ほお――」


 心なしか宗久も楽しそうだ――。前回の面会の時も言っていたが、宗久は左京の不思議な魅力に、すっかり取りつかれてしまった様である。


「宗久殿――。すべてを教えてくださいとは申しません。ただ今回、摂津屋の被害にあった武家は――、これまでも摂津屋と接点がありましたか?」


「…………」


 宗久は少し黙り込んでから、頬をゆるませる。

 やはり宗久は、左京とのやり取りを楽しんでいるらしい。


「いいでしょう」


 それから宗久は朗らかにそう言うと、機密情報ともいえる摂津屋の取引先について教えてくれた。


「有り体に申さば、そちらにいらっしゃる黒田様を除いて、皆これまで摂津屋と深く関わっていたお武家様たちでございますな」


「――やはり、そうですか」


 左京は自分の予想が正しかった事に、ニヤリと笑う。


「竹中様の――、いや『解策師(げさくし)』殿の『損得勘定』が噛み合いましたかな?」


 宗久も自分が提供した情報で事態が動いている事に、心躍っている様子だ。


「ええ、これでおそらく解策(げさく)が成りました」


「……では竹中様。商いの基本は『等価交換』でございます――。ここはこの(じじ)いに、それを披露していただけないでしょうか?」


 続けて宗久は、左京が導き出した答えを教えろと言う。

 商いに引っかけてくるあたり苦笑してしまうが、ここは機密情報を提供してもらった手前もあるので断れないし、これまでのやり取りで宗久は信用に値する人物だと左京も思っている。


 だから左京も、


「いいでしょう」


 と、宗久と同じ言い回しで悪戯っぽく笑うと、部外者ながら特別に解策(げさく)を披露した。


 

 

「ほう……。なるほど私も摂津屋の動きには、何か裏があると思っておりましたが、それが本当ならば納得がいきますな」


 解策(げさく)を聞き終えた宗久は、感心した様に何度も頷く。


「だが左京。お前の言っている事は分かるが――、確証はあるのか?」


 同じく解策(げさく)を聞き終えた長政の方は、まだ何も裏が取れていない事に懸念を示してくる。

 確かに今回はこれまでと違って、左京は現場を――、つまり状況証拠を何も掴んではいないのだ。


「確証か――? んー、それはこれから調べる」


「こ、これからって大丈夫なのか?」


「仕方がないだろう? まあ、また石田殿の力を使えば、なんとかなるだろ」


 長政の不安を、左京はそう言って一蹴する。


「ホッホッホッ」


 二人のやり取りを眺めていた宗久が、微笑ましげな笑い声を漏らす。


「いや失礼――。竹中様と黒田様は幼なじみと聞き及んでおりますが、本当に仲がおよろしいのですな」


 齢七十を越えた宗久にとっては、左京も長政も孫の様な年代である。

 そして殺伐とした時代の中で、武家らしかぬこの二人のやり取りは、宗久にとって束の間の癒しになったのだろう。


「いいえ。仲良くありません――」


「さ、左京――!」


 左京のすぐさまの否定に、いつもの様に長政が切ない声を上げる。


「ホッホッホッ。いやいや解策(げさく)だけでなく、これほど楽しませていただけるとは――。では私も『おまけ』を付けなければ、勘定が合いませんな」


「――――⁉︎」


 宗久の言葉に、左京は目の色を変える。


「これは黒田様には申し訳ありませんが――、摂津屋とこれまで関わりのなかったお武家様で、今回騙されたのは黒田様のお家だけでございます」


「えっ⁉︎」


 今度は長政が目の色を変える。


「つまり――、策とは別に『ついでに』騙されたのは、黒田家だけだったのですね?」


 左京はそう言って、情け容赦なく宗久の言葉を総括する。


「はい。十万石以上の大身では、他に加藤様、福島様、細川様あたりに声をかけたフシがありますが、いずれもお断りになられた様ですな」


「…………」


「ですが、黒田様の不破幸徳殿は、勘定方にしてはご誠実だと、堺では評判でございます――。今回の事は、本当にお気の毒でございました」


 開いた口が塞がらない長政に、宗久はそう言ってフォローを入れるが、けっして救済するとは口にしない――。やはり武家の問題は、武家でカタをつけろという事らしい。

 だがそのヒントを、左京はしっかりと受け取った。


(つまり十万石以上の余裕のある家は――、あんな見え透いた口車に、乗る必要がなかったという事だ)


 納得した左京は、宗久に向かって威儀を正すと、


「宗久殿、ありがとうございます――。幸徳の事ですが、彼は元は我が竹中家の家臣でした。なので幸徳の事は、私が救ってみせますので、ご心配なく」


 と、笑顔でキッパリそう言い切った。


「おお、左様でございましたか――」


 宗久がそう言い終える前に、


「左京ーっ!」


 感極まったのか、長政が左京に覆いかぶさっていく。


「えーい、離れろ! うっとおしい!」


「アッハッハッ!」


 長政の顔を押しのけながらもがく左京に、今度は宗久も腹を抱えて笑ってしまう。


「いやいやこれは愉快、愉快――。ではここはもう一つ、大盤振る舞いですが、さらに『おまけ』を差し上げる事にいたしましょうか」


 すっかり機嫌のよくなった宗久はそう言って、結果的に今回の謎解きの『最後の鍵』となる、重要な情報を教えてくれた。


「焼き討ちにあって堺に流れてきた摂津屋ですが……、どうやらまだ尼崎にも店を構えている様ですぞ」


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