【04】『提案』
「無理だな――」
「無理……ですか」
にべもない三成の言葉に、左京は閉口する。
聚楽第での面会は執務室であり、三成は左京と話す間も、忙しげに手を動かし続けていた。
「もう聞いていると思うが、今回の件には堺の会合衆が関与しないと声明を出している」
「でも摂津屋も、堺商人でしょう? なのにそれを統括する会合衆が、なぜ責任を取ろうとしないんですか?」
当然の疑問を左京はぶつけるが、それにも三成は顔色を変えずに淡々と言い返す。
「いいか、竹中左京――。お前は堺の事情が分かっていない様だが、あそこには会合衆の傘下だけではなく、『反会合衆』の商人も存在しているのだ」
「反……会合衆?」
「そうだ。堺はかつて会合衆が、信長公からの矢銭(軍資金)の要求に屈したが、それをよしとしない派閥もまた多かったのだ」
「なるほど」
堺奉行の経験者ならではの三成の知識に、左京も素直に感心する。
「摂津屋は、かつてその反会合衆の筆頭だったのだ」
「――かつて?」
意味深な言い回しに、左京は首をひねる。
すると三成は今度は執務の手を一旦止めて、そっと目を閉じる。
「摂津屋の当主、新右衛門は長く病を患っている――。おそらくもう長くはないだろう」
「…………」
これには左京も言葉が出ない。
「もう摂津屋は堺での地位も、かつての富も失っている――。だからこんな横領事件を起こしたのだろう」
三成はそう言って、事件を結論づけようとするが、
「いやいや、今回の事件は手代の犯行でしょう?」
左京は長政から聞いた被害内容を元に、それに異議を唱える。
なぜなら黒田家の横領事件は、唐入りを前に兵の兵糧を調達しようとした幸徳が、摂津屋の手代に騙されたのが真相だったからだ。
九州勢である黒田家は、一万石あたり兵五百の軍役を課される予定だったので、十二万五千石の石高から計算して、六千二百五十人の動員が予想された。
ちなみに武具と同様に兵糧米も、各領主の自前である。豊臣の天下となったからといって、政権側が兵糧を用意してくれる事などありえないのだ。
だからこその『軍役』であり、諸将は戦に勝って初めて、『恩賞』という形のリターンを享受する。
話はそれるが、後年の江戸幕府の参勤交代の費用もすべて自費である。
黒田家の場合、米二石で成人男性が一年食っていける計算で、六千二百五十人の一年の遠征には、ざっと一万二千五百石の兵糧米が必要になる。
なので多少の備蓄はあれど、あらかじめ備えておく必要があった。
まだ正式な動員令は下されていないが、出征直前になれば当然、米の価格が上がってしまう。
だから幸徳は長政の執事として、急ぎ米を買い集めようと奔走していたのだった。
そこに普段、取引のない摂津屋が、手代を名代として接触してきたらしい。
話を聞けば、米五千石を相場で五十両のところ、四十両で融通してくれるという。
うますぎる話だが、摂津屋は堺の米問屋である――。信用して大丈夫に違いない。
そして幸徳は――、まんまと騙されたのである。
「だが……、その手代の平吉は、もう首をくくって死んでいるではないか?」
三成はまた執務を再開しながら、事務的に言う。
「…………」
左京は痛いところを突かれて、答えに窮する。
三成の言う通りで、今回の実行犯、いや主犯とみられる手代の平吉は、事件の発覚前にすでに自ら命を絶っていたのであった。
残された遺書には、
――借財の返済のために横領の罪を犯したが、それでも返し切れない。
と、自決の理由が書かれていたらしい。
そもそも事件の発覚は、平吉の死を知った摂津屋の番頭――当主新右衛門の弟、文兵衛が遺書に基づき、横領を働いた黒田家に謝罪に赴いたのがきっかけであった。
現代に置きかえれば、上場企業の部課長クラスが、会社の信用を利用して詐欺を働いた様なものである。
黒田家では当然長政が抗議したが、手代が勝手に行った事であり、返済したくとも摂津屋にはもうそんな資金は無く、当主新右衛門も病身のため近く店を畳む予定だという。
簡単に言えば、近々倒産する予定なので勘弁してくれと、文兵衛に言い張られてしまったのである。
なので長政は、三成を通じて企業組合である堺の会合衆に救済と責任を問うたが、すでに述べた様に会合衆は、組合に入っていない摂津屋の件は預かり知らぬと突っぱねたのであった。
こうなると黒田家に残された道は、泣き寝入りしかないのだが、そうなると必然的に、まんまと騙された幸徳の責任問題が発生してしまう。
だから情に厚い長政は、三成キラーである左京に、堺への再交渉の嘆願を依頼したのだが、これはどうにも旗色が悪かった。
(さて、どうしたものか……)
左京的にも、幸徳に何かあれば、その父親である不破矢足に申し訳が立たなくなってしまう。
(ここは何か脅しをかけてでも、石田殿を動かすか――?)
左京が穏やかではない事を考えていると、
「竹中左京――。一つ提案がある」
先に口を開いたのは三成であった。
「提案……ですか?」
その意外な申し出に、思わず左京もキョトンとしてしまう。
「そうだ――。実はな、手代の平吉が金を騙し取ったのは……、黒田家だけではないのだ」
「――――⁉︎」
おそらく長政も知らないであろう、新たな情報に左京も息を呑む。
だがすぐに、その美しい半開きの目をギラリと輝かせると、
「で――、私に何をしろと言うのですか?」
左京は『解策師』の顔になって、その依頼内容を問い返す。
「被害にあったのは十家に及ぶ――。果たして摂津屋が本当に関わっていなかったのか……、隠密に調べてくれ」
「――承知しました」
左京に否応はない。とにかく幸徳を救うには、これしか手がなかったからだ。
その引きかえとして、三成が手配してくれたのは、堺会合衆の代表である今井宗久との面会であった。