前へ次へ
47/67

【21】『乾坤一擲』


「織部殿!」


 左京は脇差を抜いて織部の縄を解き、口に巻かれた猿轡(さるぐつわ)を外してやる。


「いやー……、きっと見つけてくださると思っておりましたよ」


 織部は一週間近く拘束されていた様だが、やつれている割には軽口を叩くほどの余裕があった。

 おそらく温暖な気候と、長雨という条件下で、わずかながら水分を補給できた事が幸いしたに違いない。

 それに左京は長政と共に安堵するが、同時に無性に腹も立ってきた。


「まったくあなたは――、なにを言っているんですか!」


 声を殺しながらだが、それでも精一杯怒鳴りつけた。

 左京は織部のおかげで、ここまでどれだけ回り道をしてきたか分からない――。その溜まりに溜まった鬱憤は、この程度では収まらなかった。


「なんで織部殿は、監物殿が危険と分かっていて誘いに乗ったんですか⁉︎ あげくこんな所にまで閉じ込められて⁉︎」


「いやー、同じ利休様の門下――。説得できると思ったんですがなあ……」


「それ以前に、監物殿が殿下暗殺を企んでいると分かっていたなら、そう教えてくれれば良かったじゃないですか⁉︎」


「いやいや――、それは無粋でござるよ」


「…………」


 これには左京だけなく、長政も口を開け呆然としてしまう。


(まったく数寄者というものは、本当に『こじれて』いる)


 もう何を言っても無駄だと悟った左京は、話を秀吉の暗殺計画に移す。


「で、織部殿――。監物殿はここに何を仕かけているのですか?」


 左京の質問に、


「いや……、ここではござらんのよ」


 織部は、またも謎かけの様な返答をしてくる。

 さすがにカチンときた左京は、


「もういい加減にしてください! ちゃんと答えをだけを言ってください!」


 と、血相を変えるが、


「いや本当にここではなく――、聚楽第の地下に火薬を仕かけたのでござるよ」


「――――⁉︎」


 織部の言葉に、今度は本当に顔面蒼白になった。


「じゅ、聚楽第の地下にですか?」


 うろたえる長政に、


「作用――。ここはその入り口なのでござるよ」


 そう言って織部は、瓦礫の下にある地面を叩く。


「入り口……? どこにも見当たりませんが?」


 それらしきものがない状況に、長政が首をひねる。


「もうすでに埋めており申す――。そこに監物殿は私を置いて、『豊臣の終わりを見届けるがよい』と言い残したのですよ」


「豊臣の……終わり……」


 左京は監物の目的が、やはり秀吉の暗殺である事を確信する。


「左京、監物殿は――」


「ああ、外堀増設の奉行の立場を利用して、ここに密かに坑道を掘っていたんだ……」


 そう言って左京は、長政に向かって苦い顔をする。

 監物は過去に生野銀山の採掘に関わっていたと言っていたが、失踪した人足たちも、おそらくその時代の手下だったのだろう。

 そして利休屋敷跡が堀割りから外された事を利用して、同志から集めた火薬を、ここから聚楽第の地下に設置したに違いない。


(すべて後手に回ってしまった……)


 左京は舌打ちしたい気持ちになるが、それでもまだできる事を探さなければならない。


「織部殿、襲撃について他に何か知っている事はありませんか?」


「んー、私はここで縛られていただけですが、連中はしきりに『雨が、雨が』と気にしておりましたな」


(やはり狙いは『焼き討ち』か――。しかも地下からでは防ぎ切れないぞ)


 時をおかずして雨はやむ――。決行の時が迫っている事実に、左京は息を呑む。


「織部殿、火薬を今から取り除く事はできないのですか?」


 長政が至極当然な解決法を模索するが、


「いや長政……、おそらくそれは無理だ。見たところ穴の入り口は、相当入念に塞がれているし、この敷地内に人数を入れれば、奴らはきっとその時点で火薬に火をつける――」


 左京はこの屋敷に監視が付いている点を考慮して、火薬の撤去は不可能と判断する。


「詳しい事は分かりませぬが、『合図の火矢』という言葉を聞きましたので、おそらく導火線が他の場所にあるのでしょうな」


 織部もこの期に及んでは、知りうる限りの情報を提供してくれた。


「とにかく、ここからは離れましょう――」


 事態を打開できないのなら、これ以上この場にいるのは危険と判断すると、左京は屋敷跡からの脱出をはかる。


 衰弱はしているが、織部は歩けないほどではない。それを長政が支えて、左京が外塀のそばまで先行していく。

 そして左京が、たたんだ傘の先端を少しだけ外に出すと、


 ――ガシャガシャガシャン!


 と、近隣の商家の瓦屋根が、轟音を立てて崩れていった。

 もちろんこれは、不破イタチの手によるものである。


「今です!」


 左京の合図で三人は素早く屋外に出ると、来た時以上に傘で身を隠しながら、なんとか黒田屋敷まで帰還できた。

 これには利休屋敷と黒田屋敷が、目と鼻の先であった事も幸いした。


「ほお、ここが黒田官兵衛殿の屋敷でござるかー」


 休めばいいものを、中に入るなり武人の屋敷に興味を示す織部に、左京も長政も呆れてしまう。

 それはそれで織部の元気な姿に、ひとまず安心するが、今は事態の解決について考えるのが最優先であった。


 だが塀際まで寄って、子供の様にはしゃぐ織部がうっとおしいので、少し黙っていてもらおうと思った瞬間、


「さすが官兵衛殿は『歴戦の軍師』ですなー。おやー、もう堀に『水』は入ったのですか――」


(――――⁉︎)


 左京はその何気ない言葉に、強烈なインスピレーションを受けた。

 見れば、振り返った織部がニヤリと笑っている。


「フッ、フッフッフッ――」


 左京も思わず、口から笑いが漏れてしまう。


「左京?」


 長政は訳が分からず、動揺してしまうが、


「ええ、ええ。もういい加減慣れてきましたよ――。数寄者の『こじれ』っぷりにはね!」


 言い終えるなり左京は、


「行くぞ、長政!」


 と、いつもの様に一目散に駆け出していった。


「さ、左京⁉︎ あ、えーっと、織部殿は休んでいてくださいね」


 そう言い残して、長政も左京の後に続いていく。

 その目的地は聚楽第――。さらに、その防衛の指揮にあたっている官兵衛であった。


「親父殿――!」


「左京?」


 会うなり肩で息をしながら不敵に笑う左京に、官兵衛もただならぬものを感じ取る。

 そして左京も、織部から受け取った状況打開の――、乾坤一擲の策を披露する。


「親父殿――、聚楽第を水攻めしてください!」


前へ次へ目次