【21】『乾坤一擲』
「織部殿!」
左京は脇差を抜いて織部の縄を解き、口に巻かれた猿轡を外してやる。
「いやー……、きっと見つけてくださると思っておりましたよ」
織部は一週間近く拘束されていた様だが、やつれている割には軽口を叩くほどの余裕があった。
おそらく温暖な気候と、長雨という条件下で、わずかながら水分を補給できた事が幸いしたに違いない。
それに左京は長政と共に安堵するが、同時に無性に腹も立ってきた。
「まったくあなたは――、なにを言っているんですか!」
声を殺しながらだが、それでも精一杯怒鳴りつけた。
左京は織部のおかげで、ここまでどれだけ回り道をしてきたか分からない――。その溜まりに溜まった鬱憤は、この程度では収まらなかった。
「なんで織部殿は、監物殿が危険と分かっていて誘いに乗ったんですか⁉︎ あげくこんな所にまで閉じ込められて⁉︎」
「いやー、同じ利休様の門下――。説得できると思ったんですがなあ……」
「それ以前に、監物殿が殿下暗殺を企んでいると分かっていたなら、そう教えてくれれば良かったじゃないですか⁉︎」
「いやいや――、それは無粋でござるよ」
「…………」
これには左京だけなく、長政も口を開け呆然としてしまう。
(まったく数寄者というものは、本当に『こじれて』いる)
もう何を言っても無駄だと悟った左京は、話を秀吉の暗殺計画に移す。
「で、織部殿――。監物殿はここに何を仕かけているのですか?」
左京の質問に、
「いや……、ここではござらんのよ」
織部は、またも謎かけの様な返答をしてくる。
さすがにカチンときた左京は、
「もういい加減にしてください! ちゃんと答えをだけを言ってください!」
と、血相を変えるが、
「いや本当にここではなく――、聚楽第の地下に火薬を仕かけたのでござるよ」
「――――⁉︎」
織部の言葉に、今度は本当に顔面蒼白になった。
「じゅ、聚楽第の地下にですか?」
うろたえる長政に、
「作用――。ここはその入り口なのでござるよ」
そう言って織部は、瓦礫の下にある地面を叩く。
「入り口……? どこにも見当たりませんが?」
それらしきものがない状況に、長政が首をひねる。
「もうすでに埋めており申す――。そこに監物殿は私を置いて、『豊臣の終わりを見届けるがよい』と言い残したのですよ」
「豊臣の……終わり……」
左京は監物の目的が、やはり秀吉の暗殺である事を確信する。
「左京、監物殿は――」
「ああ、外堀増設の奉行の立場を利用して、ここに密かに坑道を掘っていたんだ……」
そう言って左京は、長政に向かって苦い顔をする。
監物は過去に生野銀山の採掘に関わっていたと言っていたが、失踪した人足たちも、おそらくその時代の手下だったのだろう。
そして利休屋敷跡が堀割りから外された事を利用して、同志から集めた火薬を、ここから聚楽第の地下に設置したに違いない。
(すべて後手に回ってしまった……)
左京は舌打ちしたい気持ちになるが、それでもまだできる事を探さなければならない。
「織部殿、襲撃について他に何か知っている事はありませんか?」
「んー、私はここで縛られていただけですが、連中はしきりに『雨が、雨が』と気にしておりましたな」
(やはり狙いは『焼き討ち』か――。しかも地下からでは防ぎ切れないぞ)
時をおかずして雨はやむ――。決行の時が迫っている事実に、左京は息を呑む。
「織部殿、火薬を今から取り除く事はできないのですか?」
長政が至極当然な解決法を模索するが、
「いや長政……、おそらくそれは無理だ。見たところ穴の入り口は、相当入念に塞がれているし、この敷地内に人数を入れれば、奴らはきっとその時点で火薬に火をつける――」
左京はこの屋敷に監視が付いている点を考慮して、火薬の撤去は不可能と判断する。
「詳しい事は分かりませぬが、『合図の火矢』という言葉を聞きましたので、おそらく導火線が他の場所にあるのでしょうな」
織部もこの期に及んでは、知りうる限りの情報を提供してくれた。
「とにかく、ここからは離れましょう――」
事態を打開できないのなら、これ以上この場にいるのは危険と判断すると、左京は屋敷跡からの脱出をはかる。
衰弱はしているが、織部は歩けないほどではない。それを長政が支えて、左京が外塀のそばまで先行していく。
そして左京が、たたんだ傘の先端を少しだけ外に出すと、
――ガシャガシャガシャン!
と、近隣の商家の瓦屋根が、轟音を立てて崩れていった。
もちろんこれは、不破イタチの手によるものである。
「今です!」
左京の合図で三人は素早く屋外に出ると、来た時以上に傘で身を隠しながら、なんとか黒田屋敷まで帰還できた。
これには利休屋敷と黒田屋敷が、目と鼻の先であった事も幸いした。
「ほお、ここが黒田官兵衛殿の屋敷でござるかー」
休めばいいものを、中に入るなり武人の屋敷に興味を示す織部に、左京も長政も呆れてしまう。
それはそれで織部の元気な姿に、ひとまず安心するが、今は事態の解決について考えるのが最優先であった。
だが塀際まで寄って、子供の様にはしゃぐ織部がうっとおしいので、少し黙っていてもらおうと思った瞬間、
「さすが官兵衛殿は『歴戦の軍師』ですなー。おやー、もう堀に『水』は入ったのですか――」
(――――⁉︎)
左京はその何気ない言葉に、強烈なインスピレーションを受けた。
見れば、振り返った織部がニヤリと笑っている。
「フッ、フッフッフッ――」
左京も思わず、口から笑いが漏れてしまう。
「左京?」
長政は訳が分からず、動揺してしまうが、
「ええ、ええ。もういい加減慣れてきましたよ――。数寄者の『こじれ』っぷりにはね!」
言い終えるなり左京は、
「行くぞ、長政!」
と、いつもの様に一目散に駆け出していった。
「さ、左京⁉︎ あ、えーっと、織部殿は休んでいてくださいね」
そう言い残して、長政も左京の後に続いていく。
その目的地は聚楽第――。さらに、その防衛の指揮にあたっている官兵衛であった。
「親父殿――!」
「左京?」
会うなり肩で息をしながら不敵に笑う左京に、官兵衛もただならぬものを感じ取る。
そして左京も、織部から受け取った状況打開の――、乾坤一擲の策を披露する。
「親父殿――、聚楽第を水攻めしてください!」