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【20】『メッセージ』


「芝山監物の担当は東側の外堀だったが、掘削を終える前後から、そこを担当する人足が相次いで失踪していたらしい……」


 三成の報告に、左京と長政が目を合わせる。

 東側という事は、黒田邸と蒲生邸の間であるし、実際長政はその作業にあたっている監物を見てもいた。

 そして、そこを担当した監物配下の人足が姿を消したという事は、


(きっと堀に、何かの細工をしている――)


 当然、左京はそう予想するが、その堀には今朝方、水が引き込まれてしまったばかりであった。


「…………」


 長政と三成もそれを思ったらしく、もはや堀の探索がままならない事に、皆で言葉を失う。

 それでも、手をこまねいている訳にはいかない。


「石田殿――」


 左京は聚楽第がすでに包囲されている事を説明すると、それを官兵衛にも伝えてくれる様に依頼する。

 そして、三成が去ったちょうどその時、


「おう、左京じゃないか」


 という爽やかな声が聞こえてきた。


(ゲッ――!)


 と、左京が思った声の主は、もちろんイケメン加藤清正であった。

 清正は兜こそ被っていないが、軽武装に片鎌槍を手にしている。


「どうにも物騒な事になってきたな――」


「はい」


 清正の言葉に、長政が厳しい顔付きで頷く。


「まあ、どんな相手であろうが、俺が叩きのめしてやるがな。なあ、左馬」


「市松――、敵を侮ると足をすくわれるぞ。もう少し腕だけでなく頭も使え」


 清正の隣にいる丸顔のいかつい男の軽口に、そのまた隣にいる糸目の男がツッコミを入れる。

 丸顔の男は福島正則、糸目の男は加藤嘉明(よしあきら)であり、彼らは清正と共に『賤ヶ岳の七本槍』と呼ばれた猛将であった。


 正則は伊予国今治に十一万三千石、嘉明は淡路国津名に一万五千石と石高に差はあったものの、官位は共に従五位下の左衛門尉と左馬助の同格であり、正則、清正、嘉明の順に一歳違いの北政所チルドレンという事もあって、彼らは『市松』『虎』『左馬』と幼名や通称で呼び合うトリオでもあった。


 正則はいかにも猪突猛進の武人、嘉明は何やら冷静でツッコミスキルが高そうで、イケメン清正と合わせて、


(なんか面倒くさそうな三人組だ……)


 と、左京はまたも引き気味に構えてしまう。

 だが長政は旧知の間柄らしく、三人とも気さくに接していたが、今はそんな場合ではない。


「長政――」


 左京の言葉に我に返った長政は、三人にも聚楽第が密かに囲まれているという状況を話す。


「――――」


 当然のごとく三人とも驚き、声を失った。

 だが、


「つまり、いつ(いくさ)が始まってもおかしくないという事だな」


「囲まれているとなると、兵力は分散させねばならんな」


「それでいて、事が起こるまでは平静を保つ――」


 清正、正則、嘉明は、若手将校ながら歴戦の武人らしく、すぐに各々が的確な今後への対応を述べた。


「お願いします――。指揮は黒田官兵衛様が執りますので、この後入城する細川隊と合流の上、その指示に従ってください」


「承知!」


 左京の言葉に、三人は力強く頷くと、それぞれ持ち場に戻っていく。

 そして左京も、『解策師(げさくし)』としての己の責務を果たすべく、もう一度事件を一から洗い直し始める。


(根本は芝山監物殿の曲解だった――。ならその次はなんだ?)


 左京は、事件の発端まで記憶を遡る。


(まずは一条戻り橋の、利休様の亡霊騒動。その犯人は織部殿だった――。なぜ織部殿は一条戻り橋を選んだ? それが織部殿にとって、なんの『得』になったんだ?)


 左京は『損得勘定』でもって、思考をフル回転させる。


(――――!)


 そこに閃きが舞い降りてきた。


 ――もし私が切腹という事にあいなれば、場所は利休様の屋敷跡にしてくだされ。


 織部は最後の面会の時に、そう言っていた。


「そうか! そういう事だったのか!」


「どうした左京?」


 突然、叫び出した左京に長政が慌て出す。


「長政、織部殿は利休様の屋敷跡に注目を集めるために、わざわざ直近の一条戻り橋に木像を置いたんだ!」


「利休様の屋敷跡に?」


「ああ、そうだ。おそらく監物殿は利休様の屋敷跡に、何かを仕かけている」


「――――! 織部殿は、それを牽制するために――」


「きっとそれで監物殿の暴挙を断念させようとしたんだろう……。だが、それに危機感を抱いた監物殿は、一条から注意を逸らすために、二条堀川橋に織部殿の犯行と思わせる木像をさらに置いた――」


「結果的に洛中の注目も一条通り、二条通り、三条通りと、どんどん利休様の屋敷から離れていった……」


 左京の推理に、明晰な長政も次々とその答えを導き出していく。


「クソッ、なぜ気付かなかった! 長政、利休様の屋敷跡に行くぞ!」


 全力で駆け抜けたかったが、周囲に監物の手の者がいるため、二人とも傘を手に顔を隠しながら、ゆっくりと利休の屋敷跡に向かう。

 そして朽ちた塀と瓦礫の山となっている、利休の屋敷跡に到着すると――、左京はそっと腰に差した刀に手をかけた。


 それは、

 ――監視の者がいれば、そいつを始末しろ。

 というイタチへの合図であった。


 それから間もなく、イタチが民家に挟まれた路地裏から、ひょっこり顔を見せた。


「行くぞ、長政――」


 声を殺した左京が、長政と共に素早く利休屋敷に侵入する。


「…………」


 一面の瓦礫の山に二人とも声を失う。

 だが左京はその光景に、


 ――お手数をおかけするが、瓦礫は取り払って更地(さらち)にしてくだれ。そこで腹を切れるなら、この織部本望でござる。 


 という織部の言葉を思い出すと、それが自分へのメッセージであった事に気付く。


「長政――」


 それから二人で懸命に瓦礫を取り払った。

 そしてそこから出てきたのは――、なんと口を塞がれ、縄で全身を縛られた古田織部だった。


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