【19】『京都防衛』
朝を迎えた――。
聚楽第での協議から、夜通しで探索にあたっていた左京と長政には、曇り空ながら日の光が目に痛かった。
だが眠っていないのは、左京たちだけではない。
芝山監物による秀吉暗殺の決行が迫っていると分かってから、官兵衛や忠興らも不眠不休で聚楽第の防衛態勢を整えている。三成も可能な限りの兵を集めるべく、今頃奔走している事だろう。
暗殺決行は、長雨が終わる今日に違いない。
大量の火薬による焼き討ちとなると、兵による戦いではなく、火をつけられてしまえば終わりなのだ。
加えて、帝のおわす御所が近い分、表立って厳戒態勢を敷く事ができないという制約も痛かった。
いち茶人の襲撃計画で、帝を御同座いただくなど、それこそ豊臣政権の面目が丸潰れである。
そのため秀吉も聚楽第を動けなかった。
かくして準備もままならないまま、密かに襲撃者を牽制しつつ、受け身にまわるという難しい状況の中、各々が事件解決に向けて懸命に働いていたのであった。
(だめだ……、頭が回らなくなってきた)
三条通りから二条堀川までの探索を終えて、一旦黒田屋敷に戻ってきた左京が、ピシャピシャと頬を叩く。
雨のせいで、左京のトレードマークともいえる、美しい銀色の総髪もすっかり濡れてしまっていた。
「左京、髪を拭け。このままじゃ風邪をひくぞ」
長政も総髪の髪を拭きながら、手ぬぐいを差し出してくる。
「すまない――」
と、左京が髪を拭いていると、ゴーッという音が聞こえてくる。
何事? と縁側に立つと、それは黒田屋敷と隣の蒲生屋敷の間から聞こえていた。
「ああ、ついに外堀に水を流し込んでいるのか」
長政が呟く――。それは聚楽第に増設された外堀に、堀川から水を流し込んでいる音だった。
「何もこんな日に……」
思わず左京は舌打ちしたい気分になるが、長雨のせいで工期は遅れており、表立っては平穏を装わなくてはならない政権側としては、雨が弱まったタイミングで工事を進行したのだろう。
「とはいえ、懸命に掘った堀だ――。これで少しは、守りが堅くなってくれればいいんだがな……」
並んで堀を見つめる長政の言葉に、
「――――⁉︎」
左京は不意に、忘れかけていた重要な事を思い出す。
(監物殿は――、この堀の掘削に関わっていなかったか⁉︎)
次の瞬間、
「長政、聚楽第に行くぞ!」
説明する時間も惜しい左京はそう言って、先に部屋を飛び出していった。
「お、おい左京⁉︎」
かなり小降りになったとはいえ、雨の中を傘も差さずに走っていく左京を、長政も必死に追いかける。
そして左京は聚楽第に着くと、やはり兵の調達にあくせくしている三成を掴まえて、
「石田殿――!」
と、いつものごとく半ば強引に、監物の外堀掘削における履歴を調べさせた。
(なぜもっと早く気付かなかった……)
待つ間、後悔の念にかられるが、思い出せただけでも良しとしなければならない。
「左京、せっかくだ――。守りを確認しておこう」
長政がそう言ってくれたので、左京も共に城内の防衛態勢を検分に行く。
普段と変わりない姿を装ってはいるが、やはり具足姿の者がかなり目についた。
聚楽第は要塞化はしているが、政庁の側面もあるため平城であり、防衛機能は大坂城には遠く及ばない。
古来、京都を巡る戦いは、攻める方が有利、守る方が不利であり、かの足利尊氏時代の戦乱でも何度も都は放棄されていた。
それに城ではなく寺ではあったが、要塞の側面もあった本能寺で、織田信長も討たれたのだ。
結論として、京における一番の防衛手段は『逃げる』事なのである――。前述の足利尊氏の子の義詮は、帝をおいて逃走した事まであった。
だが先にも述べた様に、成立間もない豊臣政権において、京都放棄は許されない。
ここはなんとしても騒乱が勃発する前に――、最悪勃発しても、速やかに鎮圧する事が絶対条件であった。
そんな雰囲気に左京が緊張していると、
「左京――」
と、不意に不破イタチが姿を現した。
忍びの者であるイタチは、普段左京の近辺で身を隠して従事しているが、この様に自分から姿を現す事は珍しかった。
つまり――、非常事態が起こったという事である。
「どうした、イタチ?」
厳しい顔付きになる左京に、
「聚楽第が――、囲まれてるよ」
と、イタチは小声で驚愕の報告をしてきた。
「そんな⁉︎ 俺たちは東門から来たが、そんな兵はいなかったぞ⁉︎」
驚き狼狽える長政に、
「みんな町人を装ってる――。おそらく雇われた忍びの者だと思う」
イタチは口の前に指を立てると、努めて冷静に状況を説明してくる。
「…………」
やはり襲撃は今日という予想が当たっていた事に、左京の顔が険しくなる。
空を見ると、だいぶ雨足も弱まっていた。
これは夜になる前に、完全に雨はやみそうだった。
ともあれ、襲撃部隊がすでに配置されている事を、皆に知らせに行かなければならない。
左京がそう思った瞬間、
「竹中左京――!」
と、三成が慌てた顔で駆け寄ってきた。
(これは何かある!)
という左京の予想通り、
「し、調べて分かったのだが――、芝山監物が掘削を受け持っていた場所の人足が、すべて姿を消していた!」
三成がこの最終局面において、新たな情報をもたらしてきた。