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【18】『火薬』


 芝山監物の狙いは、関白秀吉の暗殺との予測が立った。

 だが依然として、その監物の行方が(よう)として知れない。

 おそらく監物は逃走前に織部を拉致したのだろうが、それによって手がかりを知る人物が消えてしまった事も、左京たちには痛かった。


 ならばと監物の家人たちを捕縛するべく強権を発動したが、それを見抜いたかの様に主だった家人たちは姿をくらましており、残っていたのは下男下女たちだけだった。

 おそらく左京に文箱を奪われたと分かった時点で、危険を察知したのだろう。


 ここまですべてが後手に回ってしまったが、なんとしても状況を打開しなければならない。

 そのために左京は、いまだやまぬ雨をおして聚楽第に赴き、石田三成も交えて今度への対応を協議していた。




「いったい芝山監物は、どこに隠れているのだ……」


 ここ数日、捜索部隊を広範囲に派遣しているにもかかわらず、一向に成果が上がらない現状に三成が苦い顔をする。


「おそらく監物と同じ、反政権派の茶人たちに匿われているんだろうが、こりゃなかなかにタチが悪いぜ……」


 独自の情報網を駆使して、これはという茶人を締め上げている官兵衛も、いまだ手がかりを掴めておらず、ぼやきを漏らす。


「茶人たちの気概がここまでとは……」


 侮っていた訳ではないが、底知れぬ茶人たちの力に、思わず長政も下を向いてしまう。

 だが、


「火薬は――、いったいどこにいってしまったんでしょうか?」


 皆が意気消沈しかける中、ひとり左京は謎の解明に向け問題を提起する。

 貧しき茶人たちが集めた膨大な量の火薬――。それが秀吉を暗殺するためのものなら、その行方こそ突きとめなければならないからだ。


「…………」


 皆、一様に何も言えなくなってしまう。

 相当量の火薬がこの洛中にあるはずなのに、それも監物同様、行方知れずとなっていたからである。


「いや、遅くなり申した」


 そこに細川忠興が到着した。


「おう、どうだったい?」


「怪しい茶人たちの屋敷に、いくつか踏み込んでみましたが、それらしい物は……」


 官兵衛の問いに、雨に濡れた上質の肩衣を手で払いながら、忠興が渋い顔になる。

 忠興も細川家独自の情報網を使って、火薬の流れを追っていたのだが、どうやら収穫はなかった様だ。


「まったく茶人は反骨の者共が多い。貧乏茶人はなおさらだ――。私はそういった者どもから好かれていないのだが、いったいなぜなのだ……」


 忠興は腹立ちまぎれに愚痴をこぼすが、


「いや、そういうとこですよ――」


 と、左京は見るからに金持ち然としたその姿を指差しながら、そう言ってやりたかった。

 だがそれよりも、同じ茶人である忠興をして、何も情報が得られない事の方が気にかかると、


(――――!)


 閃きと同時に、自然と言葉が口をついて出ていた。


「もしかして火薬は――、もうないのではないでしょうか?」


「ないって……、どういう事だ?」


 突拍子もない左京の発言に、長政が目を丸くする。


「いや、消えてなくなったんじゃなくて――、何かもう使うために形を変えてるんじゃないかって」


「――――⁉︎」


 左京の説明に、官兵衛の顔付きが険しくなる。


「ありえるな――。奴らはもう(いくさ)支度が整ったのかもしれねえ」


(いくさ)って、父上……。茶人たちが殿下を討てる様な軍を用意できる訳がありません」


 官兵衛の意見に、長政が至極真っ当な反論をする。


「まあ、普通に考えればそうだ――。だが、もう状況は普通じゃねえ。それなら俺たちも普通じゃねえ事を考えなけりゃ遅れを取るぞ」


「…………」


 歴戦の軍師の言葉の重さに、長政だけでなく一同揃って息を呑む。


「親父殿――。火薬は(いくさ)にどの様に用いられますか?」


 沈黙を破って左京が口を開く。


「そうだな。まずは火縄銃だが、それには銃だけでなく弾丸も必要になる――」


 官兵衛はここまで火縄銃と弾丸の流通がない事から、その線は薄いという事を暗に示唆する。

 それから傍らにある壺に目をやり、それを手に取ると、


「それなら、一番考えられるのは――『焙烙(ほうろく)玉』だな」


 と、もっとも現実的な火薬の運用法を予想した。


「なるほど……」


「焙烙なら、焼き討ちにも使えますからな」


 若年ながら、これまで多くの戦場を経験してきた長政と忠興が、その意見に納得する。

 焙烙玉とは、土器である焙烙に火薬を詰めて、導火線を付けた時限式手榴弾であり、爆弾がまだ発明されていないこの時代において、火縄銃以外に火薬を用いたもっとも効果的な武器であった。


「もし監物が――、この聚楽第を焼き討ちする気なら、この長雨に救われましたな」


 三成が官僚らしい冷静な意見を述べる。

 だが実際その通りであり、もし焼き討ちを行うのなら、雨が降っていればその効果は半減してしまうのだ。


「この雨が終わった時――、きっと奴らは動き出す」


 官兵衛が軍師の勘でもって、そう言い切った。


「…………」


 なんの根拠もない発言だが、なぜか皆同じ気持ちを抱いた。


「おそらく明日には……雨はやみますぞ」


 長政が緊張しながら、明日がその日だと予言する。

 事実、日に日に風雨は弱まっており、洛中の人々も明日で雨は終わると予想していた。


「三成、今すぐどれだけの兵が集められる?」


「在京の加藤清正、福島正則、加藤嘉明――、あとは母衣衆になりますな」


 官兵衛の問いに三成は即答するが、やはり大規模動員は難しそうだった。


「それに、あとは俺たち黒田と細川だな――」


 官兵衛はそこまで言うと、


「左京、荒事は俺たちに任せろ――。お前は長政と一緒に、最後まで監物を追え」


 と、左京には『解策師(げさくし)』として、この事件の謎を解く様に指示を出した。


「はい!」


 左京が力強く答えると、長政もその隣で力強く頷いた。


 芝山監物による関白秀吉暗殺計画――。思いもかけぬ展開となった謎解きは、ついにラスト一日の勝負を迎えようとしていた。


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