【17】『静と動』
毒をもって毒を制するではないが、まさに官兵衛の読み通り、細川忠興は見事に利休の真意を読み解いた。
これによって左京の推理に必要な要素が――、『損得勘定』の材料が集まった。
(さあ考えろ――、すべての『損』と『得』を!)
左京は、まわりが何も見えなくなったかの様に、思考に集中する。
(まずは利休様だ――)
利休が監物宛に送った最期の手紙――。その内容は、自身の自刃への顛末と、残していく門人たちへの今後を気遣う遺言だった。
(それを利休様が、監物殿に託した意味とはなんだ?)
監物は利休のもっとも心許せる門人だった。
だが利休が、後継に指名したのは織部である。
(なるほどな……)
左京には合点がいった。
(織部殿と監物殿には、利休様にとってそれぞれ『得』と『損』が存在する――)
まず織部は、利休の革新を求める才を、もっとも色濃く受け継いでいる。
だが、ともすればその創造性は、自分を上回る危険思想にもなりうる。
次に監物は、利休の『侘び寂び』をもっとも深く理解している。
だが、その創造性は細川忠興と同じく、利休の模倣の範疇を出る事はない。
つまり千利休という個人における『静』と『動』を、利休はそれぞれ別の人間が受け継ぐ事を望んだのだ。
すなわち『静』の後継者が芝山監物――。『動』の後継者が古田織部。
だからこそ利休は監物に、自身亡き後の伝道者の役目を――、そして既成概念の破壊を目指す織部が、自身と同じ破滅の道を歩まぬ様に、ブレーキ役を頼んだのだろう。
(まったく、もう少し具体的に書いてくれてもいいだろうに……)
左京がそう思った様に、利休は『匂わせ』が多すぎた。
だからこそ秀吉も、
――もしや利休は、織部という『爆弾』を残していきよったのかもしれん。
と疑心暗鬼になってしまったし、
――利休の『侘び』を、もっと理解しておる者も他におったに……。なのになんで織部じゃったのか。
と、これまた当然の疑問を抱いた。
それでいて利休は、切腹直前の秀吉との最期の面会で、
――織部なら安心です。
と言い残したのだから、本当にタチが悪かった。
(言いたい事があるなら、もっとはっきり言えばいい――。なのに、なんでこんなまどろっこしい道を選ぶんだ……)
左京には理解できないが、それでも目の前にいる細川忠興には理解できた。
(数寄者にだけ分かる感情なのか……?)
左京には分かりたくもない感情だった。
だが芝山監物は、おそらく利休の遺志を曲解した。
その分、監物は利休や織部たちほど『こじれ』きっていない常識人だったのかもしれない。
そう考えれば、納得のできる事もある。
監物は、
――織部殿は、利休様の『侘び』を飲み込んだ上で、己の数寄を極めんと企んでおる。
と、織部の行いを『企み』と言っていた。
それに秀吉も、
――織部は優れた数寄者よ。だが利休とはまったく違う。侘びに傾倒はしておるが、それを飲み込んだ上で、己の数寄を追求しておる。
と言っていたので、両者の見解は一致していた。
だが監物は加えて、
――関白殿下も派手好みゆえ、織部殿とは気が合うのかもしれません。なので織部殿が殿下に取り入って茶頭筆頭になった。
とも言っていた。
「忠興殿――」
左京は、利休が織部を直々に後継に指名した事を話す。
「おお、左様でしたか――」
「織部殿の茶頭筆頭が、利休様から指名された事はご存知なかったのですね?」
「ええ」
(やはり、そうか――)
高弟である忠興でさえ知らなかったのだから、同じ七哲の監物も聞いていなかったに違いない。
その上で監物は、織部の行動を『企み』と断定した。
(つまり監物殿は、自分が『不当に』茶頭筆頭の地位を逃したと思い込んでいる!)
これによって、損得勘定の『損』が判明した。
(ならば何が、監物殿の『得』になる⁉︎)
自分を差し置いて、茶頭筆頭となった織部を殺す事か――? いや、それなら殺害の機会はいくらでもあったはずだ。
(考えろ――! 何かまだ、真実に繋がる要素はなかったか⁉︎)
激しく頭脳をフル回転させる左京に、長政や官兵衛はもちろん、忠興も息を呑んで見守っている。
(――――!)
そして左京は、突然、織部の事を思い出す。
織部という人間は、『創造』とは『破壊』であると言いながら、同時に古きものもまた認めていた。
そして自分と長政だけを招いた茶会――アフタヌーンティーで、
――すべてを『破壊』する事だけはいけないのですよ。それは『創造』ではなく『断絶』でござる。
とも言っていた。
あの時は、その言葉に純粋に感銘を受けただけだったが、今なら分かる。
(織部殿は、監物殿の動きに気付いていた!)
それは織部が、左京から火薬の不審な動きに関わっているかと、カマをかけられたのに一瞬動揺した事からも裏が取れている。
だからこそ織部は、まるで謎かけの様に、監物の動きを示唆してきたに違いない。
(すべてが分かった気がする……)
そう思った次の瞬間、
「だったらそうと、はっきり言ってくれればいいじゃないですか! まったく数寄者っていう生き物は!」
思わず左京は、ひとり叫んでいた。
「左京――?」
長政の声で、左京も我に返る。見れば官兵衛は苦笑しているし、忠興に至ってはまるで変人を見る様な目を、左京に向けていた。
だがそんな事は、もうどうでもいい。
「監物殿の狙いが分かりました――」
左京の言葉に、一同が注目する。
「監物殿の目的は、自分を……、利休様を認めなかった豊臣政権の『破壊』――。すなわち殿下の暗殺です!」