【14】『第二世代』
「監物殿が……」
あまりに意外な人物の名前に、一旦は左京も絶句する。
だが監物が黒幕だと考えれば、不思議なくらい腑に落ちる部分があるのも事実であった。
「洛南の仏師の一人を締め上げたんだが、そいつが千利休の切腹の直前と、一条戻り橋の騒動の直後に、それぞれ芝山監物から木像の製作を依頼された事を白状した」
官兵衛からの報告に、左京はこれまで不鮮明だった事件の背景を、一から構築し直す。
まずは利休切腹の翌日に、一条戻り橋で偽首と木像が磔にされた。
それが監物の手によるものなら、先日の一条戻り橋の亡霊騒ぎは、織部が木像を自作して監物の事件を模倣した事になる。
そしてさらに、織部の一条戻り橋事件を模倣して、監物が二条堀川橋で同じ騒動を演出した。
これが事実なのだろうが、客観的に見れば訳が分からない。
オリジナルの演出者が、模倣者のコピー作品を、今度は自分がコピーしたのだ。
いったい何がしたいのであろうか?
「それで監物殿は?」
「奴も、古織の失踪と同時に姿を消している」
長政の質問に、官兵衛も苦い顔になる。
左京は、織部失踪を知り詰めかけた茶人たちの中に、監物の姿がなかった事を思い出す。
もうあの時点で、監物は姿をくらましていたのであろう。
「織部殿は、監物殿の手によって姿を消したのでしょうか?」
長政が、捜査を一歩前に進めていく――。失踪のタイミング的には正論である。
そこに、
「もしくは二人が共謀していたとも考えられる」
官兵衛は、さらに裏の裏を読んだ可能性を提示してきた。
左京は両方の意見を聞いた上で考える。
そういえば、監物は織部が捕縛される事を、ことのほか懸念していた。
かつ閉門謹慎が決まった時は、ひどく安堵してもいた。
それを左京は友情によるものだと勘違いしたが、『損得勘定』で考えれば、ひどく簡単な結論が出る。
織部が捕縛され尋問を受ける事が、監物の『損』。
そして織部が閉門謹慎で自由を封じられる事が、監物の『得』。
つまり――、織部は監物が知られたくない『何か』を知っていたという事だ。
「親父殿、長政――」
左京は、導き出した答えを二人に話す。
「なるほどな……」
官兵衛がそう言って考え込む。それは何か含みのある口ぶりだった。
「監物殿が知られたくなかった、その『何か』が問題だな」
長政もすぐにそこに着目する。
その時、
「失礼いたします――。細川忠興様がお見えになられましたが」
と、近い番の者が注進してきた。
(また面倒くさいのが来た……)
左京は一瞬で顔を歪めるが、
「大殿(官兵衛)に、ご面会を希望しておられます」
なんと目的は左京ではなく、官兵衛であった。
「よし、ここに通せ」
官兵衛は即座に了承すると、左京と長政もその場に立ち会わせた。
そして左京邸に通された忠興は、チラリと左京と長政を見てから、
「官兵衛様。例の火薬の流れですが――、芝山監物に行き着いておりました」
と、驚愕の報告をするなり、深々と官兵衛に頭を下げてきた。
「――――⁉︎」
左京と長政は驚き声を失うが、官兵衛は顔色も変えずに平然としている。
さっきの含みのある口ぶりといい、どうやら官兵衛もその可能性を考えていたに違いない。
「まっ、顔を上げなよ――、忠興殿」
そう声をかける官兵衛に、
「官兵衛様! 私も細川幽斎の息子です――。腹ならとうに括れております」
忠興は顔を上げながら、切々とそう訴えかけてきた。
――お前ら細川も、あの天王山で豊臣につくと決めたんなら、腹ぁ括れ――。お前の親父も、そう思っているぞ。
どうやら官兵衛にそう言われた事が、忠興は相当こたえていたらしい。
だから忠興は茶人としての私情を捨てて、あれから同輩たちを時には締め上げ、必死に情報を集めたのだろう――。官兵衛の言った、細川幽斎の息子であるために。
そして火薬の流れが、芝山監物に行き着いた事実を突きとめた――。忠興も己の考えが甘かった事を痛感したに違いない。
「助かったぜ――。これですべてが繋がった」
官兵衛はそう言って、忠興の奮闘を評価しながら、木像の件を話してやる。
「そんな事が……」
忠興も自身の知らなかった事実に、驚きを隠せない。
だが左京は、官兵衛が聚楽第で三成に、
――これは、もしかするともしかするとだ。
と、すでにこの可能性を予見していた事に舌を巻く。
(やはり私は、まだ親父殿には敵わない……)
そう考える左京だったが、
「これで監物殿が知られたくなかった『何か』が分かったな――。これもお前の『織部殿の蟄居謹慎を解く』という策のおかげだ」
長政は満面の笑みでそう言うと、隣にいる官兵衛に視線を送る。
「フフッ」
官兵衛も小さく笑う事で同意を示してくれる――。こうなると左京も、なんともおもはゆい気持ちになってくる。
だが結果的に、左京が盤上に打った一手は、手詰まりになりかけた状況を動かす事に成功した。
そしてバラバラだったパズルのピースは、一つの地図となり芝山監物という男に繋がった。
まだ拙いが輝きを見せる第二世代――。左京、長政、忠興の姿を見ながら、官兵衛は心の中で、こっそりとほくそ笑むのだった。