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【13】『木像』


 織部失踪の報を、左京は黒田屋敷で受け取った。

 そしてその直後、利休の門人たちが真相を知るべく、左京を訪ねてきた。

 その数は、ざっと二十人はいそうだった。


「織部殿はどこに消えたのだ⁉︎」


 門前にて、細川忠興が先陣を切って、織部の行方を問う。


「まだそれは分からない」


 左京に代わって応対に出た長政が、動じず冷静に返答する。


「やはり織部殿が、今回の亡霊騒ぎの犯人だったのですか?」


 さらに牧村兵部が事件について尋ねてくるが、


「それも調べている最中でした」


 長政は淡々と事実だけを述べる。

 続いて瀬田掃部が何か言いかけたが、


「現時点では何もお話できる事はありません――。お引き取りを」


 と、長政が先手を打って、質問を打ち切った。


 その様子を左京は、官兵衛と一緒に、見通しのきく書院から盗み見ていた。

 まだ細川忠興がああだこうだ言っているが、それも長政はうまく抑え込んでくれていた。


 その光景に、


(監物殿がいない――?)


 と、左京はふと芝山堅物の不在に気付く。

 だが左京の心は、今はそれどころではなかった。


(なぜ織部殿は姿を消した――?)


 その理由がまったく見えてこない。


(一条戻り橋の亡霊騒ぎ程度で、茶頭筆頭という地位を投げ打つものか?)


 それは織部にとって、利休の存在をあらためて知らしめる事に、どれだけの価値があったのかという事である。


 もし、ただの愉快犯であるなら、


(まったくもって『損得勘定』が合わない……)


 もはや左京もお手上げの心境だった。

 そこに利休の門人たちを追い返した長政が入ってくる。


「長政……。すまん」


 今回ばかりは、左京も素直に頭を下げる。


「大丈夫だ、左京――。気にするな」


 長政も笑顔でもって、左京を慰める。

 そんな幼なじみの労りに、張り詰めた糸が切れた訳ではないが、


「軍師でもないのに、策を弄したのが仇になったか……」


 思わず左京は、らしくない弱音を吐いてしまう。

 そういえば、秀吉と初めて遭遇した長久手でも、

 ――お前は策を解くのは上手いが、策を弄するのは、からきし下手じゃの。

 と言われた事を思い出し、さらに左京は苦笑する。


「いや――、お前のせいじゃない」


 長政の声に、左京はハッと顔を上げる。


「蟄居謹慎を解いて、織部殿を自由に泳がせようという策は、殿下もお認めになったんだ」


 確かに左京の献策は秀吉も承認した――。だからといって長政の言う様に、自分に否がないとは左京は思えない。

 すると長政はさらに、


「それにあれは俺も悪くない策だと思った――。軍師の息子としてな」


 そう言って、側にいる父――大軍師、黒田官兵衛を仰ぎ見る。


(いくさ)もわざと包囲の一角を空けて、そこから逃げる敵を叩く事がある――。織部の行方は分からねえが、これで手詰まりになってた盤上が動いたのは確かだな」


 官兵衛も抽象的な表現ながら、左京の行動がけっして間違ってはいなかったと擁護してくれる。

 そしてさらに官兵衛は、父親代わりとして左京に進むべき道を指し示す。


「いいか、ここからだ――。ここから何を見出すかで、勝負は決まる」


「…………!」


 左京の目の色が変わる。

 官兵衛の言う通り、これで千日手からは解放された。

 まだ盤上は荒れているが、これも官兵衛の言う通り、ここから何を見出すかだ。


 眠りから覚めた様に、左京の『解策師(げさくし)』としての頭脳がフル回転を始める。


(一から洗い直すんだ――。今まで気にかけていなかった盤上の駒はなんだ⁉︎)


 まるで将棋の感想戦の様に、左京は脳内でこの亡霊騒ぎを最初からプレイバックさせる。


(発端は一条戻り橋に木像が現れた事――。いやそれよりも前に、利休様の切腹後にも、偽首と共に木像は現れていた……)


 左京がカッと、半開きの目を見開く。


(――木像⁉︎)


 左京は、まだ木像を検分していなかった事実に気付くと、


「長政、木像を見に行くぞ! 親父殿も一緒に来てください!」


 そう叫ぶなり、長政だけでなく官兵衛も伴って聚楽第に急行した。

 そして織部失踪を非難しようとする石田三成を、また軽くいなして木像の保管庫に無理矢理案内させた。


 並べられた利休等身大の木像は合計四体――。一体目は大徳寺から回収したオリジナル。二体目は利休の偽首と共に(はりつけ)にされたそのレプリカ。三体目と四体目も、一条戻り橋と二条堀川橋に、それぞれ設置されたレプリカであった。


 左京は四体を順番に見比べる。

 どれも精巧な作りだが、どうも三体目がなんともいえない存在感を醸し出している事にふと気付く。

 同時に、二体目と四体目の作風が、非常に似ている事にも。

 だが、あくまで勘である――。勘では証拠にはならない。


(まだ何かないか――。何か見落としている事は?)


 左京は古田織部という男の事を、必死に思い返す。


「――――! 長政、木像を横倒しにしてくれ!」


 閃いた瞬間、左京は叫んでいた。

 三成がまた何か言おうとするが、その前に長政は動き出し、剛腕でもって次々と木像を丁寧に、地面に横倒しに寝かせた。


「――――⁉︎」


 そして一同が驚愕する。

 一見、同じ様に見える木像だったが――、三体目の木像にだけ、足の裏に刻印が彫られていた。


 ――古織。

 その自作を示すサインに、思わず左京は苦笑してしまう。

 織部はその行動に、いつも何か『オチ』を仕込んでいた――。だからここにもきっと何かあると、まさに『裏』を読んだ左京の読み勝ちであった。


「左京――」


「ああ」


 長政の呼びかけに、左京も頷く。

 三体目という事は、一条戻り橋の木像であり、織部の証言とも一致している。

 すなわち――、偽首事件と二条堀川橋の事件は別の犯人がおり、またそれは同一犯であるという可能性が浮上してきた。


「石田殿! 洛中の仏師を洗い出してください!」


 思いつくまま、左京は三成に取り付いていた。


「な、何を――?」


 いつものごとく三成は動揺するが、


「三成、急げ――。これは、もしかするともしかするとだ」


 官兵衛も冷静にだが、気迫に満ちた声で、有無を言わせず情報の検索を急がせた。


「仏師の方は俺に任せろ――。荒事なら俺の方が向いている」


 官兵衛が鋭い目つきで、調査を買って出る。

 そして数日後には、


「左京、分かったぞ――。偽首と二条の時の、木像を作った仏師が」


 自邸で長政と待機していた左京のもとに、待望の情報をもたらしてくれた。


「それで依頼主は――?」


 おそらくその依頼主が、事件の黒幕である。

 だが、左京の質問に返ってきたのは、思わぬ人物の名前であった。


「…………芝山監物だ」


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