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【12】『誤算』


 古田織部屋敷が閉門となると、細川忠興に遅れること一日、芝山監物が黒田屋敷に左京を訪ねてきた。


「竹中殿。織部殿はどの様な処分に――?」


 忠興の様な情報網を持たない監物は、織部の屋敷が兵によって封鎖された事を知って、慌てて左京に真相を尋ねに来たのだろう。


「閉門――、謹慎です」


「捕縛ではないのですね。ああ、良かった」


 左京の返答に、監物は胸を撫でおろす。

 そして、監物が小さな肩を震わせ安堵している姿に、左京は考え込まされる。

 彼の様な者が、忠興の言っていた『貧しい茶人』なのだろうと。


 監物は後世、『利休七哲』にあげられるが、その中で特に優れた三人として――、蒲生氏郷、細川忠興と並んで『利休門三人衆』にもあげられている。

 だが蒲生氏郷が四十二万石、細川忠興が十八万石の大封なのに対して、監物の所領は一万石である。


 当然、数寄に使える金も少なく、そのために生活を切り詰めてもいる。

 細川忠興が質のいい衣装に身を包んでいたのに対して、監物の衣服のなんと貧相な事か。

 それでも監物が茶人として評価されているのは、それこそ忠興が言った様に、必死にもがき続けているからだ。


 左京は茶人ではないので、その気持ちは分からない。

 だが利休もきっと実力だけではなく、そんな監物のひたむきさも評価したに違いない。

 それでなければ、あれほど多くの書簡をやり取りして、心を通わせたりはしないはずだ。


 そして、古田織部もまた一万石以下の小領主である。

 だから監物も、同門というだけでなく、同じ『苦しくとも足掻く者』として、織部の事を心配しているのだろうと左京は思った。


「それでは、私はこれで――」


 そう言って丁寧に頭を下げ、監物が去っていく。

 監物が心配していた捕縛は避けられたとはいえ、事件の真相はまだ闇の中である。

 まだ見えない織部の真意――。それが策であるならば解策(げさく)しなければ、真実は分からない。

 また、左京が大見得を切った、利休の名誉を守る事も叶わないのだ。


 織部は閉門謹慎だが、左京は接触する権限を与えられている。

 左京は今度こそ謎を解くべく、長政を伴って織部邸へと向かった。




「織部殿――。なぜあなたは茶道具が盗まれた事を、奉行所に訴えなかったのですか?」


 面会して開口一番、左京はその点に言及した。


「ああ……! うっかりしておりましたな」


 織部は見え見えの嘘でもって、左京の追求をはぐらかす。


「織部殿! あなたは左京を、利用したのですか⁉︎」


 今度は長政が、いつもらしくない険しい顔で織部を詰問する。


「利用?」


「あなたが事前に、左京に茶器が盗まれたと教えた事で、二条堀川橋の事件に自分が関係ないと証明するためです!」


 織部の不敵な態度に、つい長政も熱くなって声を荒らげてしまう。

 左京を思っての事だろうが、これでは織部が二条堀川橋の犯人だと決めてかかってしまっている。


 物的証拠はあっても、本人の自白が必要なのに、ここで織部が態度を硬化させてしまえば元も子もない。

 取り調べの手順としては悪手だが、こうなった以上、左京も聞く手間が省けたと割り切って、続け様に質問を浴びせていく。


「では二条堀川橋の犯人は、織部殿ではないのですね?」


「うーん、それは」


 思い出せないと言いたげに、織部は首をひねってみせる。

 その人を食った態度に、長政と同じく左京もイラッとしてしまう。


 だが、ここで熱くなっては織部の思う壺である。

 だから左京は一呼吸おくと、織部に向かって最後の切り札を突きつける。


「織部殿――。あなたは火薬の流通に関わっていますか?」


「――――」


 平静を装ってはいるが、確実に織部の挙動が一瞬止まった。


「近頃、洛中の茶人が――、しかも小禄の者たちが、こぞって火薬を買い漁っているそうです」


「ほお、それはそれは――。数寄に飽いた者たちが、花火でも上げる気なのですか?」


 左京の追撃に、織部の回答が反問になった。

 洒落をきかせてはいるものの、織部らしかぬ切り返しだという点を、左京は見逃さない。


「…………」


 それから、しばし両者黙り込む。

 その沈黙を先に破ったのは織部だった。


「左京殿――。もし私が切腹という事にあいなれば、場所は利休様の屋敷跡にしてくだされ」


「――――⁉︎」


 今度こそ織部らしい切り返しに、左京は即座に対応ができない。

 利休の聚楽屋敷跡は、再利用が決まっておらず、今も瓦礫の山である。

 そんな場所を希望してくる意図は、いったいなんなのか?


「お手数をおかけするが、瓦礫は取り払って更地(さらち)にしてくだれ――。そこで腹を切れるなら、この織部本望でござる」


(……織部殿は、もはや死ぬ気なのか?)


 うって変わった織部の気迫に、左京も長政も息を呑む。

 そして左京は考える――。このまま織部から自白が引き出せずに蟄居謹慎が続けば、いずれ本当に切腹の沙汰が下りかねないと。

 もしそうなれば、真相は永久に闇の中である。


(これは状況を動かさないと、何も進展しない――)


 そう判断した左京は、織部邸を早々に退出すると、その足で長政と共に聚楽第に向かった。

 そして嘆願した――。織部の蟄居謹慎を解く様にと。

 当然、石田三成は反対したが、秀吉は状況を動かすという左京の案に同意を示した。

 秀吉も、もはや左京に任せるしかないという判断だっただろう。


 だが、それは誤算であった。

 なぜなら閉門謹慎が解かれた翌日――、織部が忽然と姿を消したからであった。


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