【06】『堀川散歩』
(やれやれ、なぜこうなった……)
左京は黒田屋敷の自邸で寝転びながら、天井を見つめる。
織部の情報を集める中で、芝山監物という有力な情報源に会えた事は収穫だった。
だがその監物に、織部の犯行の隠蔽を頼まれるとは、まさかの展開であった。
――何卒、何卒、お願いいたします!
監物の必死の懇願を、しみじみと思い返しながら左京は考え込む。
(…………。まあ考えてみれば、織部殿は人を殺めた訳でもない――)
一瞬、そう考えるが、
(いや、いやいやいや! 関白殿下のお心を煩わせただけでも、十分に重罪だ! 実際、私はその殿下から捜査を命じられているんだぞ⁉︎)
と、すぐに思い直す。
(あぶない、あぶない――。情にほだされるなんて……。ああ、まったく厄介な事になったものだ)
起き上がると、左京はため息をつく。
そんな時、
「おーい、左京。客人が来ているぞ」
と、一応隠居の立場である官兵衛が、わざわざ左京の部屋まで取り次ぎに来た。
それだけで左京は猛烈に嫌な予感がする。
「だ、誰ですか……?」
ニヤケ顔の官兵衛に向かって、恐る恐る尋ねる。
「フフッ、『古織』だよ」
官兵衛が口にした古織とは、古田織部の通称である。
「…………」
「まったく、お前が来てから、面白え客人が増えて飽きねえな」
官兵衛は大あざのある頬を歪めて、絶句する左京を楽しそうに眺めている。
その後ろには、それを心配そうに見つめる長政がいた。
それにしても容疑者が、わざわざ訪ねてくるとは――。本当に古田織部というのは、大胆極まりない男である。
だが左京も、豊臣の『解策師』である。
(ああ、なぜこうなる……)
そう嘆きながらも腹を括ると、立ち上がり部屋を出た。
「いやー、左京殿。急にすみませんなー」
左京は織部に連れられるまま、洛中を歩く。
言うまでもないが、もちろん長政もついてきている。
(まったく、いったいどの口がそんな事をほざく……)
左京は織部の後ろから、そう言ってやりたい気分だった。
「一条戻り橋は、昼夜の警戒態勢に入っている様ですな」
先導する織部が振り向かずに、独り言の様に呟く。
亡霊騒ぎ以来、豊臣政権側も事態を重く見て、橋に二十四時間態勢で衛兵を配置している。
もし本当の亡霊でなければ、これで人為的な策動は防げるからだ。
その一条戻り橋を横目で見ながら、織部は眼下に流れる堀川をさらに南に進む。
「まあどの道、今、掘っている聚楽第の外堀の工事が進めば、この堀川も人目が多くなりますからな」
一条戻り橋は、その堀川にかかる橋である。
そして現在、聚楽第は東側の外堀の増設に取りかかっており、その水は堀川から引く予定であった。
織部が言及した通り、工事が進めば多くの人夫が堀川で、昼夜問わず作業をするだろう。
(だから、もう一条戻り橋では、騒ぎは起こさないと言いたいのか?)
左京は暗号を解く様に、織部の考えを裏読みする。
「そういえば、外堀は利休様の屋敷跡だけ、掘らぬとの事らしいですな」
また織部が謎をかけてくる。
利休が切腹を遂げた聚楽屋敷は、その後破却されたが、その跡地は今も更地にされる事もなく放置されている。
偶然だが利休の屋敷は、黒田屋敷から北方に直近の距離にあった。
官兵衛の話では、聚楽第の北東部――鬼門の方角である事と、すぐ北側に晴明神社があるため、再利用の方策が決まっていないらしい。
そのため今回増設される外堀も、黒田屋敷とその西方の蒲生屋敷の間は掘削が完了したのに、利休屋敷跡だけはそこを飛ばす様に堀割りが進んでいる。
「もしや利休様も、ご自身の屋敷跡が気がかりで、化けて出たのやもしれませんな」
「――――!」
さすがにこの発言には、左京も黙っていられなかった。
「織部殿――。一条戻り橋の亡霊騒ぎは、あなたの仕業ではないのですか?」
思わず直球で言ってしまった。
だがそれに動じる事もなく、
「監物殿がそう言いましたかな?」
織部はそう言って、初めて左京に向かって振り返る。
(――――⁉︎ いったいこの男は、どこまで知っているんだ⁉︎)
監物もそうだが、織部も数寄者としての共感でそう言っているのか――、はたまた左京の動きを完全に掴んでいるのか――。まったく判断がつかなかった。
次の一手に左京が迷っていると、
「フフッ、その通りでござるよ。一条戻り橋の亡霊騒ぎは、某の仕業でござる」
織部はまたもやぬけぬけと、そしてあっさりと容疑を認めた。
「…………」
もはや左京も長政も声が出ない。
そしてまた織部が歩き出すので、慌てて二人もその後に続いた。
「織部殿、あなたはいったい何を考えているのですか?」
しばしの沈黙の後、思わず左京はそう問いかけた。
それは捜査から外れた、左京個人の興味かもしれなかった。
「私は利休様から『創造』を学びました――。そして創造は『破壊』から生まれるのです」
「――――⁉︎」
監物の言っていた織部の破壊思想――。それを本人の口から聞き、左京は息を呑む。
「ですが――、すべて壊してしまってはいけないのですよ」
(――――? 何を言っているのか、さっぱり分からない……)
もはや左京は、完全に織部のペースに飲み込まれ、困惑するだけだった。
「さーて、着きましたぞ」
織部の声に我に返ると、堀川をすでに三条通りまで南下していた。
(着いた? どこに?)
ただの散歩が目的ではないと思っていたが、さすがに意図が分からず、左京も長政も首をひねる。
そんな二人の前で、織部はバレリーナの様にクルクルと回ってみせると、
「ようこそ、我が屋敷に。では午後のお茶会といきましょうぞ」
と、両手を広げて自邸を紹介しながら、いきなりの茶会を宣言した。