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【04】『七哲』


「で――、今度は、利休様の亡霊騒ぎを調べるのか?」


 秀吉に召喚された左京を、長政が黒田屋敷で待ち構えていた。

 どの道呼ぼうと思っていたのだが、こうして離れにある自邸まで訪ねてきてくれるのだから、便利なものだと左京は心の中で思う。


「ああ。殿下は古田織部殿を疑っている」


 左京も、もはや長政には何でも包み隠さずに話す。

 そんな左京の変わり様を、従者であるイタチは、主人に気付かれない様に、こっそりとほくそ笑む。


「織部殿か……。厄介な相手だな」


「やはりそうなのか?」


 長政の見解に、左京も気が重くなる。


「利休様の高弟の中でも、ひときわ変わり者だからな……」


「なんにしても情報が少ない。長政、何かツテはあるか?」


 情報収集は捜査の基本である。

 左京も遠慮なく、黒田十二万五千石の力を使う気でいる。


「織部殿と親しい者を当たってみるか?」


 長政の提案に、


「それは誰なんだ?」


 一応、左京は聞いておく。

 織部と関わりが深いという事は、同じく変わり者である可能性が高いからだ。

 接触しなければならないとしても、せめて心の準備くらいはしておきたかった。


「蒲生氏郷殿、細川忠興殿、高山右近殿、牧村兵部殿、瀬田掃部殿、芝山監物殿――」


 長政があげた名は、後世、織部を加えて『利休七哲』と呼ばれる面々だった。


「その中で、まずは細川殿に会ってみるか」


 長政がそう言うのなら、左京に異存はない。

 というより、そもそも茶の湯の世界に人脈がない左京にとっては、長政が頼みの綱だった。




(いや⁉︎ いやいやいや――⁉︎)


 長政に連れられ面会した細川忠興に、左京は絶句する。


「利休様の名を汚す輩がいるならば、即斬り捨てねばならんな。うん」


 今回の亡霊騒ぎに触れた瞬間、忠興の第一声がこれだったのだ。


 細川忠興――。この時、二十七歳。

 官位は従四位下侍従であり、左京や長政よりも格上にあたる。

 それもそのはず彼は室町幕府の名門、細川氏の末裔であり、所領も丹後宮津に十八万石というサラブレッドであった。

 左京もその素性は知っていたので、優雅な貴族風の男を想像していたのだが、完全にアテが外れた。


(これはこれで、一種の変わり者だぞ……)


 左京は初見だけで、忠興の本質を見抜いた。

 いやむしろ初見だけで十分であった。

 一言でいえば忠興は『直上的』、悪くいえば『独善的』であった。


 今も彼は、敬愛する亡き師、利休の名を汚す者を斬ると言った。そこに迷いはまったくなかった。

 忠興にしてみれば己の正義に依っているのであろうが、正義の定義は人それぞれである。

 そこに他者の思想を理解する余地がなければ、その独善的な正義は一種の危険思想になる。


 噂によれば忠興は、堺に蟄居となる利休を、まわりが止めるのも聞かずに見送ったという。

 そしてもう一人、利休を見送ったのが、誰あろう古田織部だったのである。

 だから忠興に聞けば、織部の事が少しは分かると思ったのだが、これはどうやら雲行きが怪しくなってきた。


 もしここで、

 ――実は織部が怪しい。

 などと言おうものなら、忠興は一も二もなく、すぐに織部を斬りに行くだろう。

 なので、


「もし何か分かったら教えてください」


 とだけ言って、左京は早々に忠興との面会を打ち切った。


「どうしてこう数寄者には、変わり者が多いんだ……」


 左京は次の目的地に移動する間、独り言の様に長政に向けて呟いた。

 利休七哲はあと五人いるが、蒲生氏郷は『九戸政実の乱』の対応で奥州に出征中であるし、敬虔なキリシタンである高山右近は『バテレン追放令』のあおりで、加賀前田家において蟄居中であった。


 なので在京の牧村兵部と瀬田掃部を訪ねてみたものの、牧村にはキリシタンの教えを力説され、瀬田には自身の新たなる数寄の道を披露されるという、左京にとって、まったくといっていいほど要領を得ない結果となった。


「どうしてこう数寄者には……」


 もう左京は、みなまで言う気も起こらなかった。

 長政も肩を落とし歩く左京に、かける言葉が見つからなかった。


(まあいい、次で最後だ……)


 左京は気力を振り絞って、最後の一人である芝山監物の屋敷の門を叩いた。


「これはこれは、ようおいでなされました」


 事前に各所に使いは送っていたが、思いがけぬ丁重な出迎えに、左京どころか長政も拍子抜けする。


「いかがなさいましたか?」


 微笑しながら首をひねる監物に、


「いえ、これまでの同門の方々が皆、とんでもない変わり者ばかりでしたので――」


 などと言える訳もないので、左京もそこは曖昧に微笑み返しておく。

 そして同時に、左京はある事に気付く。


(このお方こそ、本当に利休様に似ている)


 利休は大男だったので、小柄な監物は体格こそ似ていないが、重くそして静かな佇まいは、有馬で会った利休を彷彿とさせるものであった。


「どうぞ、侘び住まいでございますが」


 秀吉の馬廻りを経て、今は御咄衆として一万石を賜っている割には、本人の言う通り屋敷は簡素なものだった。

 その母屋に案内される間、


(これもまた、利休様の『侘び』というものなのか?)


 左京はこれまでと違う流れに、周囲を注意深く観察する。

 すると前を歩く監物が振り返らずに、


「竹中様――。織部殿が、何かしでかしましたか?」


「――――⁉︎」


 左京の背中に緊張が走る。

 まだ左京は来訪の目的を何も言っていない。

 しかも表向きの理由である亡霊騒ぎでなく、真の目的である織部について言及してくるとは、まったくの想定外であった。


「……ご存知なのですか?」


「はい」


 動揺する左京の質問に、監物はその重く静かな口調で即答した。


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