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【10】『豊鑑――豊臣秀吉暗殺予告事件 控』


 兄である豊臣秀吉の暗殺を偽装する事で、その外征を止めようとした秀長。

 彼は有馬大茶会の翌年、天正十九年(一五九一年)一月に大和郡山城にて、この世を去った。

 それはまるで兄、秀吉の天下統一を見届けたかの様な死であった。


 だが秀長が予想した通り、豊臣政権成立後も不満分子は残存しており、その後、葛西大崎一揆、和賀稗貫一揆、仙北一揆、藤島一揆、そして九戸政実の乱といった組織的反抗が続出し、秀吉は奥州再仕置を迫られるまでの事態となった。


 その間、二月には千利休に堺での蟄居の命が下る。

 狂言ながら暗殺を企てたという大罪に対して、秀吉は死一等を減ずるとしたが、それでも利休は頑なに死罪を求めた。

 共に豊臣を天下に導いた、盟友秀長の黄泉路への供――。その思いを汲みとった秀吉は、切腹という最上級の敬意でもって利休を送り出した。


 そして八月には、大明帝国征伐を目的とした唐入りが宣言される事になる。

 豊臣秀長、千利休――。二人が止めようとした『夢のまた夢』は、いかなる結末を迎えるのであろうか。

 

 




「では官兵衛殿、私はこれにて――」


 有馬大茶会二日目の翌日、領国である筑前へと帰還する小早川隆景が、見送りにきた官兵衛に深々と頭を下げる――。そこには左京と長政の姿もあった。


「まあこの先、毛利も大変だとは思うが、しっかりな」


 官兵衛が隆景に励ましの言葉を送る。

 秀吉によって宣言された唐入り――。もしそれが実行に移されれば、毛利は間違いなくその主力となるからだ。

 故毛利元就の三男として、毛利本家を差配する隆景にとっても、それは容易ならざる難題となろう。

 それを官兵衛は、短い言葉でもって隆景に伝えたのであった。


「そうですな……。ですが官兵衛殿も、くれぐれも即断即決ばかりでなく――、熟考もお忘れなき様に」


「ハハッ、(ちげ)えねえな。特に俺は口でやらかしてるからな――。なあ左京?」


 隆景の心からの忠告に、官兵衛は大笑すると、後ろに控える左京に目をやる。


(おいおい、なんでここで私に振る――?)


 左京は失言仲間とされた事に顔をしかめるが、隆景の手前、何も言わないでおく。


「だが政権内部が、けっして一枚岩ではない事が今回の事ではっきりした――。左京殿、そなたの『解策師(げさくし)』としての力が、この先さらに必要となるであろうな」


「アハハ――」


 今度は直接、声をかけてくる隆景に、左京は曖昧に笑いながら、


(いやいや、迷惑な話ですよ……)


 と、俄然気が重くなってくる。


「長政殿もご立派になられた――。これで黒田家は安泰ですな」


 加えて隆景は、いまだ跡継ぎが生まれない毛利本家を、暗に引き合いに出しながら、長政にもそつのない賛辞を送る。


「きょ、恐縮です――」


 それに長政は素直に喜ぶ。

 だがそんな幼なじみに左京は、隆景が去った後、


「おい長政――。お前ちょっと、ちょろくないか?」


 と、本心からの苦言を呈する。

 昨日、秀吉から見え見えの褒め言葉をもらった時もそうだが、長政は根が善良すぎる。

 もちろんそれが長政の美徳という事は、左京も分かっているが、彼は豊前中津十二万五千石の領主なのだ。


 自分ほどではなくても、もう少し人を疑った方がいい――。そんな思いを、左京は不器用な表現で伝えたのだが、


「なあ左京。お前はよく頭が回る――」


 長政はそう前置きすると、


「だけど、ちょっと人の裏を読みすぎる――。時には、お前も馬鹿なくらい素直になってみせる事も必要だぞ」


 と苦笑しながら、逆に助言を送ってきた。


「…………」


 ただの天然だと思っていた長政の、意外な処世術に左京は言葉を失う。

 長政は頭が切れる――。そう官兵衛が言っていたのも、あながち親の身びいきではないと、左京も認識をあらためるが、


「お前は一人じゃない――。お、俺がついている」


「――――⁉︎」


 不意に聞こえてきた声に、猛烈に嫌な予感を感じ、条件反射で身を翻す。

 それと同時に、左京を抱きしめようとした長政の腕が空を切った。


(あ、あぶないとこだった……)


 あの藤堂高虎の巨体をも組み伏せた剛腕に、またもみくちゃにされてはかなわない。

 恨めしげな長政の視線を感じながら、左京が胸を撫でおろしていると、今度は目の前に本当にその藤堂高虎が現れた。


「…………」


 左京をじっと見つめたまま、やはり高虎は何も言ってこない。


(あーもー、また睨むなよー)


 主君である秀長の策を見破った身ではあるが、これも戦国の世の習い――。諦めてくれよと左京は言いたくなるが、


「左京殿――。この度は世話になり申した」


 案に相違して、高虎はそう言いながら巨体を折り深々と頭を下げると、クルリと背を向けて立ち去っていった。

 藤堂高虎――。彼もまた小早川隆景と同様、この先の左京の人生に深く関わっていく人物であった。


「…………」


 やれやれと言いたげに左京が頭を掻いていると、もう一人、左京のこの先の人生に深く関わる人物が近付いてきた。


「げっ!」


 今度は左京も、その思いを口に出してしまう。


「竹中左京!」


 いきなり居丈高にそう言ってくるのは、もちろん石田三成であった。


「なんですかー、石田殿。もう私はお役御免でしょう? 早く美濃に帰りたいんですが――」


 目を逸らしながら、左京がぼやく。

 領地である美濃菩提山は、家老の不破矢足(やたり)が問題なく取り仕切っているだろうが、左京としては早くこんな政権中枢のゴタゴタから、おさらばしたいというのが本音であった。

 なのでイタチを一足先に走らせ、今日にも有馬を発つと、菩提山にも知らせを送ったばかりであった。


「ああ、ご苦労だった――。今回についてはな」


「――――⁉︎」


 三成の言い回しに、再び左京は猛烈に嫌な予感に襲われる。


「竹中丹後守重門、関白殿下からの下知を申し渡す――。竹中左京は今後、聚楽第および大坂城に出仕する事。屋敷については、それぞれ黒田屋敷内にすでに用意してあるゆえ、早々に上洛する様に――。以上、殿下からのお言葉である!」


 そう言い終えると、三成は苦虫を噛み潰した様な顔になる。


「い、石田殿?」


「フン。これからも殿下のために大いに働くがよい」


 呆然とする左京に、三成は冷たく言い放つ。

 その瞬間、左京はすべてを悟った。


 自分が召喚されたのは、今回一回きりという事ではなかったのか――?

 しかも『すでに』京大坂に屋敷が、しかも黒田屋敷内という事は、少なくとも官兵衛は初めから、この事を知っていたという事になる。

 という事は、


(こ、これは……はかられた……)


 ニヤける官兵衛を恨めしく見つめても、もう後の祭りであった。

 美濃菩提山での悠々自適の隠遁生活――。それが今、左京の中で音を立てて崩れていった。

 そして、


「な、なぜこうなったー⁉︎」


 左京のむなしい叫びが、有馬の空にこだまするのであった。




 第一話、完結しました。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。竹中重門というマイナー武将を主人公とした、少々、トンデモ時代小説ですが、もし本作を面白いと思っていただけましたら、ぜひご評価ください。ご意見、ご感想、ご指摘もお待ちしております。


 また次回より、第二話『豊臣の女たち』が始まりますので、ブックマークしていただければ、とても嬉しく思います。


 これからも宜しくお願い申し上げます。読者の皆様に深い感謝を。


 ワナリ


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