「ありがとうございますわ」「おはようございますわ」は何故おかしく感じられるのか?

作者: 榛李梓

 悪役令嬢ブームもあって、なろう作品にはお嬢様キャラが数多く登場しますよね。なろう以外でもお嬢様キャラは人気で、色々なところでいわゆる「お嬢様言葉」とか「令嬢言葉」とか言われる言葉遣いを見聞きします。

 そんなお嬢様キャラのセリフで時々、お礼を言う場面で「ありがとうございますわ」、朝に会った時の挨拶で「おはようございますわ」という表現が使われているのを目にすることがあります。私はこれらの言い回しには少し違和感を覚えるのですが、ウェブ検索をすると、同じように感じる人が少なからずいるようです。

 ところが、「この言い方はおかしい」「日本語として間違っている」という意見は見ますが、それがどういう理由で「間違い」なのかという論拠はほとんど述べられていません。


 「ありがとうございますわ」「おはようございますわ」は何故「間違いだ」と言われるのでしょう?これらの言い回しの違和感はどこから来るのでしょうか?

 グーグル先生が答えに導いてくれないのなら仕方ありません。こうなったら自分で考えようではありませんか。



 まず、ざっとウェブ検索をしたところ、yahoo知恵袋に『終助詞「わ」が上から目線の意味を持つため「ありがとうございます」に馴染まないのではないか』という意見がありました。

 もし、終助詞「わ」の見下す態度を示す性質のせいで「ありがとうございますわ」に違和感が生じるのならば、敬語と「わ」は相性が悪く、目上の人に対して「わ」を使いにくかったり、使うのは不適切と感じられたりするのではないでしょうか。

 しかし、実際は「お目にかかれて光栄ですわ」のような言い回しはよくありますし、目上の相手との会話にも使用されています。

 となると、やはり「ありがとうございますわ」の違和感の原因は、他にあるのだと思います。



 そもそも、「ありがとうございますわ」「おはようございますわ」は最近出てきたエセ(?)お嬢様言葉なのでしょうか?

 そこで、青空文庫で調べてみると、いくつかの用例が見つかりました。


 「ありがとうございますわ」は「有難うございますわ」の表記で2件ヒットしました。


(1)「そう。それは有難うございますわ。」(菊池寛『真珠夫人』)

(2)「まあ、承知して下さいますの、有難うございますわ、きっとそう仰しゃって下さると思いました」(山本周五郎『菊屋敷』)


 「おはようございますわ」は「お早うございますわ」の表記で2件ありました。


(3)「幾時なんだらう。」

 と言つて目を茶棚に向けると、

「まだ、お早うございますわ。」

 と眼尻を赤く冴えさせながら、だんだん蒼褪めながら、ぢつと見詰めてはいきなり目を逃れさせたりした。(室生犀星『蒼白き巣窟』)

(4)「貴女でしたか、早いですね」「貴方こそお早うございますわ、わたくしは寝過して、とび起きて来たんですの」(山本周五郎『風流化物屋敷』)


 おや、と思った人もいるでしょう。(3)(4)の中の「お早うございますわ」は、挨拶表現ではありません。(4)に関しては、朝に会った時の会話ではありますが、前に「貴方こそ」と付いていて、挨拶表現の「おはようございますわ」とは違うことがわかります。

 挨拶表現の「おはようございますわ」と用例(3)(4)の「お早うございますわ」は、かな表記か漢字表記かの違いはありますが、形式は同じです。しかし、文法的には全くの別物だと言えます。


【挨拶言葉の「おはようございますわ」】おはよう(感動詞)+ございます(補助動詞)+わ(終助詞)

【(3)(4)の「お早うございますわ」】お(接頭辞)+早う(「早い」の連用形「早く」のウ音便)+ございます(補助動詞)+わ(終助詞)


 この二つの「おはようございますわ」が意味することを端的に表すと、「おはよう」と「早い」です。では、それぞれに終助詞「わ」を付けるとどうなるでしょう?「早いわ」とは言いますが、「おはようわ」とは言いませんね。これが、「おはようございますわ」の違和感の正体なのだと思います。普通「おはよう」には終助詞「わ」を付けないので、丁寧な言い方の「おはようございます」に「わ」を付けた場合も変に感じるのでしょう。


 「ありがとうございますわ」についても同様で、「ありがとうわ」とは言わないので、「ありがとうございますわ」も不自然なのだと思います。



 あれ、でも「ありがとうございますわ」は青空文庫に用例があったんじゃないの?

 そう思いました?そうです、上に挙げた用例(1)(2)は確かにお礼の言葉として「ありがとうございますわ」が使われています。何故お礼の表現に「ありがとうございますわ」が使えるのでしょうか?


 それは、相手に感謝の気持ちを伝える時に、「ありがとう」ではなく「ありがたい」という言葉も使えるからだと考えられます。


(5)「ええ、僕にできることなら、何でもしますよ。どうしたら雪子姉さんを救えるのでしょうか」

「ありがたいわ、道夫さん。ようやく薬品の配合比も計算したし、その薬品を集めることもできたの。あとはそれを使って、貴重な薬品を合成すればいいの。あたしは早速(さっそく)この部屋でその仕事を始めたいのよ。さあ、手伝ってちょうだい」(海野十三『四次元漂流』)


 (5)の「ありがたいわ」を丁寧な言い方にすれば、「ありがとうございますわ」になります。「ありがとうございますわ」の用例が見つかるのは、そういうわけでしょう。「ありがとう」ではなく「ありがたい」なのです。


 一方「おはようございますわ」に関しては、朝に会った相手に対して一言目に「早いわ」と言うことはあまりないので、やはり不自然に感じます。

 しかし、挨拶表現の「おはよう」の成り立ちを考えると、(4)のように朝会った時に使われる「早い」という意味での「おはようございますわ」が「朝の挨拶」に変化するというのも考えられなくはないと思います。「お早く(早い)」が「おはよう(挨拶)」に変化したように、「おはようございますわ(早いわ)」が「おはようございますわ(挨拶)」になってもおかしくないのかもしれません。




 また、「ありがとうございますわ」「おはようございますわ」の他に、「おめでとうございますわ」も見たことがあります。これも「おめでとう」の丁寧な言い方だとすると不自然ですが、「めでたい」の丁寧な言い方だと考えればおかしな表現ではないでしょう。



 以上をまとめると、


・挨拶表現の「ありがとう」「おはよう」には終助詞「わ」を付けないため、これらの丁寧な言い方である「ありがとうございます」「おはようございます」も「わ」を付けると不自然に感じるのではないか。

・「ありがたい」「早い」の丁寧表現であれば、終助詞「わ」を付けて「ありがとうございますわ」「おはようございますわ」としても違和感はないと思われる。


というのが私の結論です。



 とは言いましたが、実は青空文庫には「ありがとうございましたわ」という用例もいくつかありまして、これが「ありがたかったわ」の丁寧な言い方なのかというと、ちょっとどうなのかな、というところです。「ありがとうございますわ」から派生したのかもしれませんし、私の考察が全然違っていて、「ありがとうございますわ」や「ありがとうございましたわ」は特に理由もなくなんとなく習慣的に使われていただけ、という可能性もあります。


 とにかく、1つだけ確かなのは、「ありがとうございますわ」はここ10年15年で出てきた表現ではなく、もっと昔から使われていたということです。


【参考資料】

青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)