RTA ある日、突然世界がダンジョンになりました
2020年も最後ですね。
久々の投稿です。
通勤途中の電車の中でスマホで書いてみました。
ある日、突然世界がダンジョンになった。
魔法やスキルが使えるようになったとか、異世界と吸収合併されたとかじゃないし、ダンジョンが現れたでもなくて『世界がダンジョンになった』らしい。
なに言ってんのって感じだけど、そう言われたから仕方ない。
それはそれとして。
「やばい。やっちまった」
一人っきりの自宅アパート。
フローリングに広がる血だまり。
血に濡れた包丁を手にしたオレ。
趣味の悪い返り血のデコレーション。
そして、倒れて動かない人影。
完全に殺人現場の犯人ですね。
ありがとうございます……じゃないよ!
オレはやってない--わけじゃないけど、そうじゃないのよ。
いいわけでもなく、現実逃避でもなく、本当の本当に違う。
これは『殺人』じゃない。
だって、血が青いし。
肌の色も緑だし。
断じてこいつは人間なんかじゃない。
人間じゃないんだから、これは……。
「モンスター、倒しちゃった」
死んでいるのがいわゆるひとつの『ゴブリン』と呼ばれるモンスターだった。
―――――――――
変化はいきなりだった。
正午過ぎ、遅く起きた朝ごはん兼昼ごはんにインスタントラーメンでも食べようと、パンツ一丁でキャベツをザクザクやっていた時。
いきなり真っ暗になった。
真夜中に辺り一帯が停電になったみたいな感じだったけど、今日は雲ひとつない快晴。
どこぞの神の龍が現われたらこんな感じなのかもしれない。
きっと今日の天気は晴れときどいギャルのパンティだ。
なんてアホなことを考えていると、妙な声が聞こえてきた。
それは、老若男女の区別もつけられない不思議な声音で言う。
【霊長種の第二位潜在願望が規定の割合を越えました。この時より世界の在り方が変化します】
「はい?」
わけわからん。
混乱している間にも勝手に話は進んでいく。
【科学的物理法則の絶対性を緩和】
【幻想の脆弱性を修正。古代相当の数値に固定】
【前項二点の矛盾に対して、思念値による補正を設定しました】
【古代と近代の概念合成に一部失敗。補完システムを構築……】
なんか色々と一方的に話し続けられること三分。
今の間にインスタント麺をゆでてればよかったなんて思うけど、体を動かそうとは思えないし、思わないことを不思議にも思わないし、パニックにもならない。
【世界の再構築を完了しました。これより世界はダンジョンになります】
はい? ダンジョン? ダンジョンってゲームに出てくる、あれ?
【それでは、より良き魂の昇華を】
ぶつんと音が途切れる。
同時に真っ暗だった視界が回復。
あの声はもう聞こえてこなかった。
とたんに頭の中が疑問で埋め尽くされる。
ダンジョン?
幻想?
概念とか思念とか、なに言ってんの?
いや、とある可能性は頭に浮かんでいる。
世界はダンジョンになります、っていうことはもしかして……。
と今度こそ普通にパニックになりかけた時だった。
「ギィッ!」
すぐ後ろで声――鳴き声がしたんだ。
考えるより先に勢いよく振り返る。
一人暮らしの1DKにオレ以外の人いるはずがないし、訪ねてくる家族もいないのだから、いるとしたらそれは侵入者!
そのとっさの判断がよかったのか、悪かったのか。
いや、きっとよかったんだと思う。
「ギィギャッ!?」
ザクリという手応え。
遅れて思い出すのは、持ったままだった包丁。
料理をする人にはあるまじき大失態を反省する間もなく、目に入ったのは緑色のちっちゃい人だった。
ちっちゃい人だ。
オレの腹ぐらいの位置に頭がくるぐらいの背。
子供ではない。
うん。こんな『いかにも薄汚いことを考えてます』みたいな顔をした子供がいてたまるか。
もしも、こんな子供がいたら学級崩壊じゃすまないね。
だって、新世界の神レベルのオリジナルスマイルだよ。
そいつはゴフッと血を吐くと、糸が切れた人形みたいにぶっ倒れた。
そして、ピクリとも動かない。
「やばい。やっちまった」
思考回路はショート寸前。
だって、殺害どうしよう?
世界は異世界化。
って昔懐かしのアニソンで替え歌してる場合じゃない。
それに異世界化じゃなくてダンジョン化だった。
こうしてあり得ない事が目の前で起きたせいか、パニックになりそうな頭の中でいろんな情報が繋がりだす。
いや、難しい話はわかんないけど。
こちとら五流大学の三年目。
頭のできはよろしくなくってよ!
でも、シンプルな話ならできる。
てか、あの謎の声が言ってた通り、いきなり世界がダンジョンになっちゃったわけで。
この目の前でぶっ倒れているのはモンスターってわけで。
「モンスター、倒しちゃった」
うーん。
人形の生き物を殺してしまったという罪悪感とか、嫌悪感はあんまりないなあ。
わりと殺伐とした性格なのは自覚あったけど、ここまでだと自分でも引くわ。
「お、おお?」
自分にあきれていると、足元のモンスター――仮称ゴブリンがぼろぼろと崩れていく。
さっきまでは確かに生き物だったのが、石膏の置物だったみたいな質感になっていた。
それがさらに灰のように崩れていくんだ。
ついでに、返り血も灰になって落ちていく。
燃え尽きちまったんだな。
うーん。とってもファンタジー。
最後に残ったのは小さな砂山。
包丁の先でつついてみると、硬い手応えがあった。
「これは……」
黒い石の欠片。
ゲームなら魔石ってやつかな?
つまんでみるけど、何も起きない。
ま、考えてもわからん。
わからんのは後回し。
【モンスターの討伐を確認しました】
おっと、またまた例の声だ。
まさかの再登場。
【日本国 千羽県 紫乃市 ダンジョンNO5579:ムーンパレス305号室の仮支配権がミナギ・トウゴに与えられました】
【簡易プレートが解放されました】
……終わり?
さっきよりずいぶん短いな。
「ねえ、あんた何者? 聞いてる? ねえ!」
はい。無言。
一方的に言うだけ言って、こっちの話は聞かないとかクレーマーかよ。
返事がないなら仕方ない。
クレーマーなんて関わるだけ時間の無駄だから。
それより気になること、言ってたよね?
「簡易プレート?」
こういう時のテンプレのステータスプレートじゃなくて?
「おわっ!」
オレの声に反応したのか、いきなり目の前に出てくるスマホみたいな画面。
空中に浮いてるよ。SF映画みたいだ。
つついてみると指が突き抜けた。
ホログラフィーってやつ?
いつまで見てても仕組みなんてわかりそうにないから、内容に目を向ける。
書かれているのは……。
[支配領域
ダンジョンNO5579
ムーンパレス306号室:仮支配(3503)]
さっきの声が言ってたのと同じような内容だけど、目につくのは最後のカッコ内の数字。
見ている間にもだんだんと減っていくのは何のカウントダウン?
これがゲームのダンジョンだとしたら……。
「もしかして、再配置までのクールタイム?」
そんな気がする。
だとしたら、あと一時間ぐらいでさっきのゴブリン(仮)がまた出てくるの?
わからん。
こんなんばっかだよ。
誰か説明書をくれください。
なんて言っても出てくるわけもなく、自分でどうにかするしかないらしい。
「とりあえず、まずは……」
スマホで検索。
自分でどうにかとか言っといて『いきなりスマホかい』とは言わんで。
現代社会、まずはネット検索が鉄板なのよ。
あー、役にたたないね。
どれがガチで、どれがガセかわからない。
どいつもこいつも混乱しているのだけはよくわかった。
なら、自分の目と耳で調べるしかない。
まず外の様子を確認。
って、鍵が開いてる?
夜、絶対に鍵かけてたのに。
これもダンジョン化のせいか?
とにかく鍵をかけて、耳をすます。
ドアを開けないのかって?
やだよ。怖い。
あー、外は悲鳴と絶叫と怒号の大合唱?
老若男女と人外の叫びが不協和音を起こしている。
さっきのゴブリン(仮)がオレのとこに出てきたのを考えると、よそでも同じようなモンスターが現われていてもおかしくない。
オレはたまたま包丁がクリティカルヒットして助かった。
そんなラッキーがなかった人は……明るい結果にはならないだろう。
外で起きている惨事が簡単に想像できる。
だからといって、オレが外に飛び出すなんてない。
「ごめん。オレはオレのことしかできないから」
薄情なんだ。
まずはオレの安全を確保させてもらう。
チェーンをかけて、そんでもってベランダの窓シャッターを降ろす。
閉める時に見えた外の地獄絵図は見ないように言い聞かせた。
あとは服だな。
いつまでもパンツ一丁でいられない。
なるべく頑丈な服を選んで、室内だけど登山用のブーツも履いとこう。
それから武器。
包丁……はダメだな。
さっきの致命傷は偶然。
刃物を振り回したところで自爆しかねない。
「ここは鈍器一択」
修学旅行のお土産の木刀。
中二病時代のお供のこいつが再び日の目を見るとは……人生はわからんね。
それから武器になりそうなものを適当に。
と、武装だけじゃダメか。
食料とか水も確保しないと。
飯とか水とか。
って、そんなの用意してないよ。
家電もいつまで動くかわからないし。
水が出る間に色々溜めておこう。ペットボトルに、鍋とかにも、あとは風呂にも。
食料はお菓子のビスケットとレトルト品を一通り集めてバッグに詰め込んで、使えそうな色んな道具をポシェットにまとめておく。
40秒で支度できるか!
とチョイスしている間に時間が過ぎていく。
気がつけば出しっぱなしにしていた簡易プレートのカウントダウンが60を切ったところだった。
危ない。次からはスマホのタイマーを使おう。
オレは荷物をベッドの上に放って、木刀を片手にダイニング兼台所に。
ゴブリンだった灰が積もった場所の前で待機。
「さあて、この数字の意味がわかるといいんだけど……」
モンスターのリポップと予想はしたけど、そうと決め込むのもまずい。
何が起きてもいいように集中、集中、集中。
視界のはしっこでカウントダウンが進む。
20……10……5……3・2・1
「ゼロ」
呟くのと同時。
床が一瞬赤く光って、消えて、スッと蜃気楼みたいな影が浮かび上がる。
影は一秒もしないうちに実態を持った。
「ギイッ!」
聞き覚えのある鳴き声。
見覚えのある異形。
そうと感じた時には動いていた。
考えるな。感じろ。
「どっせい!」
突き出した木刀がゴブリン(仮)ののどに直撃。
クリティカル。会心の一撃。
そんな手応えを感じながら、倒れた相手に踏みつけで追撃だ。
「ふんふんふんふんふんふんふん!」
何度目かで床を踏む足応えになった。
どうやら倒したらしい。
魔石と灰だけが残っていた。
ミッションクリア。
ちょっと待ってみるけど、例の声は聞こえてこなかった。
簡易プレートを見ると、
[支配領域
ダンジョンNO5579(01/18)
ムーンパレス306号室:仮支配(3541)]
あー、同じか。
ってことは、これはリポップで当たってたわけで……。
「やばくない?」
さっきと今とでリポップタイムは変わらなかった。
二回だけじゃ断言できないけど、何度倒しても時間が変わらないなら、ゴブリン(仮)――はもういいやゴブリンで――一時間に一度倒さないといけなくなる。
ゴブリンを倒すのは簡単だ。
でも、それをずっと続けるのは不可能だ。
一人じゃ眠って休むのも難しい。
どっかで力尽きる。
だから、安心して休めるセーフティゾーンは必要不可欠なんだ。
「仮が取れればよかったんだけど」
この部屋の支配権? ってのがもらえたら違ったと思うんよ。
せめて、完全支配まであと何回、ってのでもよかったんだけど。
「はあ」
改めて簡易プレートを見ても、変化は……あるじゃん。
ダンジョンNO5579(01/18)
(01/18)?
さっきまでなかったよね?
うん。なかった。
でも、この数字はなに?
ゴブリンを倒した数なら(02/18)のはずでしょ。
っていうか、18というのが謎だ。
普通、こういうのって5とか10とか切りがいい数字になるもんじゃないの?
たまたま?
うん。そうかもしれない。
けど、そうじゃないかもしれない。
18……18……なにかある?
オレの歳? ちゃうわ。二十歳だよ。
高校の時の家庭科の点数? そんなの関係あってたまるか!
バイトの連続出勤数? ううん。そんなに少ないわけがない。
って、違うか。オレと関係ある数字じゃない。
ダンジョンNO5579(01/18)なんだ。
色々あってスルーしてたけど、世界がダンジョンになったんだから、このアパートもダンジョンになったわけでしょ?
つまり、このムーンパレス(あ、ここのアパート名ね)に関係ある数字のはず!
「もしかして、部屋数?」
オレの住んでる306号室が最上階の角部屋。
つまり、3×6で18部屋ある。
そして、オレが仮支配しているのがひとつだけ。
これ、正解っぽくない?
なんか、そんな気がしてきた。
「ふっふっふっ、名推理すぎる」
死神少年も真っ青な頭脳。
なんて、自画自賛している暇はない。
「余力があるうちにやるっきゃないよ」
体力が残っているうちに、このムーンパレスの支配権をゲットする。
そのためには全ての部屋を回って、モンスターを倒す。
つまり、正真正銘、言葉通りのRTAだ。
オレはベッドに放っておいた荷物の中からポシェットだけ腰に巻いて、玄関のドアに耳を当てる。
一時間前は悲鳴と怒号が聞こえてきたけど、今はかなり静かだ。
たまに人の声とモンスターらしき吠え声が聞こえるぐらい。
ドアアイを覗いても、部屋の前には何もいない。
「さあて、狩りの時間だ」
迷う時間ももったいない。
勢いよくドアを開けて飛び出す。
「ギッ!」
廊下の先、302号室前にゴブリンが一体。
オレが出てきたのに気付くと、一直線に襲いかかってくる。
向こうから来るのを待つ必要はない。
こっちからも駆けていく。
「ギ――イッ!?」
「どらあ!」
飛び掛かってきたとこに前蹴りという名のヤクザキック。
ブーツ越しに骨が砕ける確かな足ごたえ。
足元に墜落したゴブリンへ追撃の踏みつけ。
今度は三回目で灰になった。
「ふう。手慣れてきたなあ」
自分でも引くぐらい順応してるわあ。
暴力の才能がすごい勢いで開花してる感じ。
格闘家とか目指していたら歴史に名前が残っていたかも?
まあ、今となっては意味ないけど。
簡易プレートを見る。
変化……なし。
今のゴブリンは廊下にいたから支配権に関係ない、って事かな?
いわゆるワンダリングモンスターか。
「じゃあ、次!」
お隣のお宅訪問といきましょう!
305号室はアラフォーの独身のおっさんだったっけ。
たまに会ったら会釈する関係だった。
いつも顔色が悪くて、社畜っぽい雰囲気だったから、この時間は留守かな?
「失礼します!」
アドレナリンが出まくってるのか、テンションが爆上げだ。
不法侵入という単語が頭をよぎったけど、無視してドアを開ける。
鍵はかかっていなかった。
支配できていない場所だと、モンスターが出るたびに鍵が開くっぽいね。
っと、部屋に踏み込んだ途端にひどい臭いがした。
汚部屋ってわけじゃない。
玄関周りはちゃんと掃除されている。
けど、ダイニングの先。
部屋の向こうから異臭がした。
それと何かが咀嚼される音。
くちゃ、くちゃ、くちゃ、と。
猛烈な悪寒に襲われて。
思わずドアを閉めそうになって。
「ギ?」
そいつと目が合う。
今までのゴブリンより一回り大きなゴブリン。
床に倒れた何かに突っ込んでいた頭を持ち上げて、オレを見上げてくる。
何か?
ああ。誤魔化しても意味ない。
それは内臓を食い荒らされたお隣さんの亡骸だった。
「ぅ」
声を出す。
自分のとは思えない小さなうめき声。
こんなんじゃダメだ。
ゴブリン(大)が立ち上がった。
やっぱり大きい。
今までのゴブリンより頭一つは背がある。
体が大きいっていうのはそれだけでやっかいだ。
そんな強敵が近づいてきているのにオレはまだ動けない。
足が震えているのがわかる。
目の前に突きつけられた『死』にビビッて。
あの恐ろしいモノが自分にも降りかかろうとしているのが、これでもかというぐらいにわかってしまって。
「ぅうう」
喉を震わせる。
カラッカラの喉じゃうまくしゃべれない。
ゴブリン(大)がやってくる。
次の獲物……いや、間抜けなエサを、手に入れようと。
ゴブリン(大)が醜く笑った。
いや、嗤った。
瞬間、ぶちっとキレる音がした。
生き死にを賭けて戦っているんだ。
間抜けにビビったオレが悪い。
それで有利になったと笑うのはいい。
けど、嗤うのは違うだろ。
嗤うってのは殺しを愉しむってわけだ。
愉悦になるなって話じゃない。
命を使って愉悦に浸かるなって話だ。
そいつは生きる事をバカにするって事だ。
そんなの許せるかよ。
「ってんじゃねえぞ、おらあっ!!」
吼える。
冷めかけた熱が戻る。
アドレナリンが頭の中で弾ける感じ。
「ギッ!?」
咆哮にビクついたゴブリン(大)。
ガチンと歯を鳴らして食いしばれば、怒りの熱が全身を巡っていった。
「――っ、らああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
同時、木刀を振り回す。
先端が天井を削るけど、知るかとそのまま振り切った。
ビビっていたゴブリン(大)は動けないまま。
その顔面に木刀がぶつかって、ぐしゃりという手応えになる。
「ギャッン!」
「鳴いてんじゃねえ! それとも泣き言かあ!? 殺し合い始めといて許されるわけねえだろうが!」
自分でも何を言っているのかわからない。
ただ怒りに身を任せて追撃。
のけぞったゴブリン(大)に体当たり。
完全にバランスを崩したところをヤクザキック。
転倒したら後はとどめだ。
「くたばれ」
ジャンプした勢いまで乗せて、木刀を喉に突き立てる。
ゴブリン(大)はひゅうっと息を吐いて、そのまま動かなくなると灰になった。
今までより少しだけ色の濃い魔石だけが残る。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
息が荒い。
さっきまでとやっている事は変わらないのに、ドクンドクンと心臓が痛いぐらい鳴っている。
とどめを刺したまましばらく息が整うのを待った。
どれだけ時間が経ったのか。
やっと動悸が治まってきた。
重たい頭を上げると、部屋の惨状が……。
「……ない?」
お隣さんの死体がなくなっていた。
フローリングに広がった血はそのままなのに、死体が消えてしまっている。
ゴブリンみたいな灰も残っていない。
さすがに実は生きていた、なんてないだろう。
人間は内臓を食われて生きてられないんだから。
どうなってんだろ、これ?
わからんばっかりで嫌になるわ。
「はあ……」
考えても答えは出そうにないからやめる。
最初にやると決めた事に集中だ。
オレは簡易プレートを見る。
[支配領域
ダンジョンNO5579(2/18)
ムーンパレス306号室:仮支配(2901)
305号室:仮支配(3112)]
お隣が仮支配になって、ダンジョンNOのカッコ内が増えた。
オレの仮説が正解だったっぽい。
内心、お隣さんについての追加情報がないか期待していたんだけどなあ。
オレは一回だけ溜息を吐いて、それで感情をリセット。
体も心も疲れてはいるけど、ぼうっとしてられる状況じゃないんだ。
残っている血だまりに頭を下げてから部屋を出た。
通路にワンダリングモンスターのゴブリンはいない。
次の部屋の扉を前に少しだけ目をつぶって集中。
色んな可能性を想像してから、そいつを腹の底に沈めておく。
「さあ、どんどん行こう」
オレは304号室の部屋に飛び込んでいった。
―――――――――
「ワンオペ、ここに極まれり」
普通三人でやる深夜業務を一人でやらされたアルバイトを思い出す。
……あれ?
時間数的にはこっちの方がマシなんじゃね?
なんだかもう遠い出来事のように思えるバイトのブラックさを頭から追い出す。
そんな事を考えている場合じゃない。
ムーンパレス攻略戦。
気がつけば佳境だった。
オレは106号室を前にして一息を入れる。
途中からはかなり手慣れてきて作業感が出てしまっていたけど、この先は何が起きるかわからないんだ。
ここまで三階の部屋、階段、二階通路、二階の部屋、階段、一階のエントランスホール、一階の通路、一階の部屋という順番で巡ったわけだけど。
17の部屋に突入して、部屋と通路と階段にいたゴブリン22体をぶっ殺して、三人の死を目撃していた。
ちなみに簡易プレートはこんな感じ。
[支配領域
ダンジョンNO5579(17/18)
ムーンパレス3階:仮支配(▽)
2階:仮支配(▽)
101号室:仮支配(3212)
102号室:仮支配(3303)
103号室:仮支配(3357)
104号室:仮支配(3431)
105号室:仮支配(3505)]
▽をタッチすると各階の詳細が見れた。
リポップタイムが一番短い自室の残りは330になっている。
五分強、か。
かなりのペースで攻略したなあ。
人間は慣れる生き物というけど、ゴブリン退治が一部屋一分というのは我ながらどうかと思う。
とはいえ、人死にはキツイ。
306号室と203号室と一階の通路。
そこには血痕だけが残った。
最初程じゃなくても、動揺するわ、そのせいで余計なダメージを受けるわ、心身の回復に時間を取られるわでさんざんだ。
ほんと、全滅とか勘弁してよね。
昼過ぎでほとんどが留守だったから、被害者は三人だけだったけどさ。
正直、仲間ができると期待してたんだけどなあ。
「ま、戦力になるとは限らないしね」
一番怖いのは人間、という説もあるし。
この状況で後ろから襲われるのは論外として、襲われるかもと疑わないといけないのも勘弁だ。
オレは三回ばかり深呼吸をして、軽く肩を回す。
よし。休憩終わり。
これが最後の部屋だ。
何か特別が出てくるかもと休んでいたけど、それで時間切れになったら笑い話にもならない。
体が冷えるのも困るから、サクッといきましょう。
「たのもー!」
空元気を全開に突撃。
中は空き部屋。
普通のゴブリンが一体だけ。
そういえば、ゴブリン(大)は三体だったな。
それも死体のあった部屋のゴブリンだけ。
ってことは、モンスターは人間を殺すか食うと成長するってことかね。
くそったれめ。
そんな事を考えつつも体は動いている。
こっちに走ってきていたゴブリンにカウンターの前蹴り。
骨を折る感触にも慣れてきた。
「おらおらおらっ!」
顔面に掌底。
足払いという名のローキック。
倒れれば首に膝を落として。
「おらあっ!」
がら空きの口の中に木刀を突き立てる。
ゴブリンは大きく体をビクつかせて、そのまま灰になった。
「さて、どうなるか――」
簡易プレートを見るより先に声が聞こえてきた。
【日本国 千羽県 紫乃市 ダンジョンNO5579:ムーンパレスの仮支配権がミナギ・トウゴに与えられました】
【ボス攻略条件の達成を確認】
【ダンジョンボス『マーダーゴブリン』が出現します】
【ダンジョンNO5579の入出が禁止されました】
【モンスターの移動制限が解除されました】
……ダンジョンボス?
ダンジョンクリアじゃなくて?
っていうか、入出禁止?
移動制限解除?
なんて思い浮かべている間に事態は進んでいく。
「ギィィィィイイイイイイイイイガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」
空気が、建物が、震えた。
びりびりと肌を打つような感覚。
吠え声。
いや、違う。
これは雄叫びだ。
オレに向かって、かかって来いと誘っている。
ゴブリン語なんて知るわけもないけど、言葉にしなくても伝わってくる敵意。
近い。
二階とか三階じゃない。
開けっ放しだった扉の向こう。
一階の……エントランスホール?
そういえば、通路や階段にもゴブリンはいたのに、エントランスホールなんていかにもな場所にモンスターがいないのは変だったか。
オレは足音を殺して入口に近づき、そっと覗き込む。
「うあ……」
目があった。
最初からオレがここにいるとわかっていたみたい――いや、わかっていたのか。
ゴブリンと同じ系統でありながら、今までのゴブリンともゴブリン(大)ともぜんぜん違う。
背はオレと同じぐらい。
ただ大きくなっただけじゃない。
明らかに鍛え抜かれた筋肉をまとっていて、それでいながら細いシルエット。
細マッチョと言えばいいのか。
猫背の姿勢さえも肉食獣じみたしなやかさを持っていた。
両手の先。
爪もおかしい。
なんだ、あのナイフみたいな指先は。
ただのゴブリンのだって人の体をぶっこわせたのに、あんなの掴まれたら終わりじゃないか。
そんな外見のあれこれを観察しながら、オレが一番捕らわれたのは目だ。
今までのゴブリンは個体差があったけど、どいつもこいつもにやけ面をしていた。
メシを目の前にしたガキ。
そんな雰囲気だった。
けど、こいつの目は違う。
機械みたいに冷静に、冷徹に、冷酷に、静かに見定めている。
オレがどんな奴か。
どうやって戦うのか。
どうすれば、殺せるのか。
純粋なまでにまっすぐに、ひたすらに、いちずに、オレの殺し方を模索しているのだと思い知らされる。
ゴブリンが一般人だとしたら、ゴブリン(大)は体格のいい一般人。
こいつは格闘家とか軍人とか、そんな奴に違いない。
マーダー・ゴブリン。
奴はそういう存在だ。
「ギィ」
ひと鳴きしたマーダー・ゴブリン――長い。マダオでいいか――が前に重心を移す。
瞬間、首筋がぞくりとした。
直感に従ってしゃがむ。
直後にザクリと扉が斬り飛ばされた。
アルミかステンレスか知らないけど、金属製の扉が段ボールみたいに。
さっきまでオレの首があった位置を、玄関周りごと。
エントランスから通路の奥まで。
ほんの二・三秒で駆け抜けたマダオは勢いが止まらずに、切り裂いた扉を壁に叩きつけている。
おいおいおい。
扉が壁と一体化してるじゃんかよ!
速い上に、強くて、武器も凶悪とか無理ゲー過ぎるだろ!
「ぅおおおおおおっ!!」
しゃがんでる場合じゃねえ!
そして、逃げる暇なんかもねえ。
オレは最速で攻撃をしかける。
ポシェットに突っ込んでいたアイスピックを握り、床に倒れ込みながらマダオの足に突き立てた。
細かい狙いなんてつけている余裕なんて欠片もなかったけど、運よく足の甲に刺さってくれた。
しかし、貫通はしない。
骨で止まった。
なら、えぐってやるよ。
「ギッ!」
「ぎゃ!?」
レバガチャみたくえぐっても、そんなの関係ねえとばかりにマダオの左足が振りぬかれた。
アイスピックが刺さっている方の足だ。
それだけで体が浮いた。
短い滞空時間。
通路に落下する。
不格好な受け身に意味はあったのか。
殺しきれない勢いでゴロゴロと転げて、気がつけばエントランスホール。
いてえ。
頭がぐらぐらする。
「あー、くそったれ。マダオめ」
悪態ついて意地を張る。
ふて寝したいけど、そんなのしてたら殺される。
なんとか立ち上がって、吹っ飛ばされながらも手放さなかった(えらい!)木刀を構える。
すぐにでも襲いかかって来ると思ったマダオは……来ない?
マダオがいたのは通路の半ば。
最初の突進の勢いはない。
引きずっている左足にはアイスピックが刺さったまま。
元気に蹴ってきたからノーダメかと思ったけど、アイスピックは無駄じゃなかったみたいだ。
けど、マダオが怯んでいるかといえば、そんなのまったくない。
殺意満々でオレを睨んでいる。
マダオの傾向はわかった。
攻撃特化だ。
力と速さがやばいけど、防御は普通。
強みの半分を削れたのはラッキーだったな。
「どうする、オレ?」
考える。
苦手だけど考える。
怪我させたけど、それでも強いのはあっち。
正面からやりあうのは怖い。
なら、ヒット&アウェイしてればいつか倒せるんじゃ?
「ダメか……」
視界の端っこに浮いている簡易プレートのカウントダウン。
例の声の言うことにゃ、モンスターの移動制限が解除されたらしい。
ということは、今までは部屋や廊下や階段でおとなしくしていたゴブリンたちが襲ってくるんじゃね?
マダオと命がけのかくれんぼしてる時に、どこぞの黒スーツ集団みたいなのが押し寄せてくるとか最悪じゃん。
ひゃくぱー死ぬるわ。
「やっぱり、やるっきゃないね」
マダオは強い。
だが、ゴブリンだ。
なら、ゴブリンと同じように殺せる。
狙うなら……のど。
オレは木刀の構えを変えた。
左手に持った木刀をビリヤードのように構え、腰を落とした半身の姿勢。
剣道未経験者のオレが必死に練習した技。
左片手一本突き――つまり、◯突だ。
全国の学校のほうきを何本も犠牲にしただろう罪深い技。
男子なら心当たり、あるだろ?
だが、仕方ない。
かっこいいもんな!
ほら、マダオも威圧感に足を止めたぜ!
マダオの位置はエントランスホールに入ったところ。
オレとの距離は目測十歩ぐらい?
そこで再び前傾姿勢。
さっきのロケットじみた突撃はできなくても、人間離れした速さは出るんだろうなあ。
一秒もあればお互いの間合いに入れるってわけだ。
いいね。
このヒリヒリした感じ。
「生きてるって感じがするよ」
お互いに睨みあう。
まばたきなんてできない。
呼吸だって隙になる。
思考さえいらん。
それぞれの全力を溜めたまま、ただ最初の動き出す一瞬を見定める。
一秒。
二秒。
三秒。
四秒。
五――今!
「ぅ」
先手、オレ!
前に出していた右足を数センチ前に摺り足。
微妙?
んなことあるか!
ほら、反応したマダオが飛び出した!
速い!
動いたと思ったらもう目の前。
顔面を狙った左の貫手。
ナイフのような爪。
「お」
その下を潜り抜けた。
額を掠めた感触。
痛みの熱を持つよりも先。
反射で動く体。
「お」
木刀を突き出す。
クロスカウンター気味の牙〇。
「あ」
当たらない。
切っ先がマダオの首筋を掠めた。
かわされた!
高速で過ぎ去っていく視界の中。
マダオの唇を歪める。
勝った、と。
「ぁ」
ショートレンジ。
組み合いになれば力の強いマダオの勝ち。
もう逃げる暇なんてない。
お互いの左腕がラリアットみたいに激突する。
「らああっ!!」
寸前。
考えるよりも速く。
本能が生き残ろうと足掻く。
木刀を握ったままの拳。
軌道を変えて抉りこむ。
正真正銘のクロスカウンター。
「ゴバッ!?」
拳がのどをえぐる。
致命傷、にはならない。
だが、体が大きくのけぞった。
力はマダオ。
なら、オレは技で勝負する!
「っせい!」
潜り込むようにして左足を後ろから刈る。
タイミングを合わせてのどを押し込めば変則の大外刈り。
マダオは受け身も取れずに頭をぶつけた
固いタイル張りのエントランスはさぞ痛いだろうよ。
「痛がってるなんて、余裕だなあ?」
天井を見上げているマダオ。
苦しそうに歯を食いしばっている。
さあ、お口を開けようか?
スイカ割りの要領で木刀を振り下ろす。
ダメージを負ったのどに。
たまらず悲鳴が出て、口が開く。
この時を待ってたよ。
「ばいばい」
口の中に木刀を突き刺す。
体重ぜんぶをのっけて。
何か固い物が砕ける感触があった。
ビクンと大きく体を跳ねたマダオは、そのまま手足を投げ出して動かなくなった。
そして、灰になって崩れていく。
疲れた。
このまま体を投げ出して寝ころびたい。
でも、まだ油断しない。
倒れそうになるのを木刀を支えにする。
オレの予想が当たっているならそろそろ。
【ダンジョンボス『マーダーゴブリン』の撃破を確認しました】
【日本国 千羽県 紫乃市 ダンジョンNO5579:ムーンパレスの支配権がミナギ・トウゴに与えられました】
【簡易プレートが管理プレートに変更されました】
よし。
きたきたきた。
まずは。
「管理プレート、カモン」
出しっぱなしにしていた簡易プレートは消えていたけど、呼びなおすと例のホログラフィーの画面が出てくる。
え? 二枚出た?
[支配領域
ダンジョンNO5579 ムーンパレス 完全支配
入出管理▽
設備管理▽
モンスター管理▽]
[アイテム
アイテム一覧
武器▽
防具▽
アクセサリー▽
魔石▽
その他▽]
……一枚目は予想通り。
二枚目のはアイテム?
気になるけど、今は先に支配領域の方だ。
それぞれの▽の部分を押してみると、オレの期待していた項目があった。
「よし。入出制限はオレ以外ダメ。許可を出した奴だけにして。設備は普通に使えるように……え? 魔力がいるの? じゃあ、オレの部屋だけ使えるようにしておいて。モンスターのリポップもなし……え? 配下として命令できる? いやいやいや、完全に魔王ルートじゃん」
モンスターを操るところを見られたら人類の敵認定されるでしょ。
それはそれで心躍るものがあるけど、人間捨てるには早すぎる。
とにかく、これで当初の目的だった安全圏の確保が終わったわけだ。
そこまで確認して、オレはバタンと倒れる。
あー、床が冷たくて気持ちいいなあ。
マダオに切られたオデコの治療しないと……もう血が止まってる。
早くね?
……ま、いいか。
まずは一息つかせて――。
【日本国 千羽県 紫乃市 ダンジョンNO5580:シックストゥエルフからの侵略が確認されました】
【日本国 千羽県 紫乃市 ダンジョンNO5579:ムーンパレスは防衛モードに入りました】
【ダンジョンNO5579とダンジョンNO5580の相互以外の入出が禁止されました】
【勝利条件:ダンジョンNO5580ボス『デモンズアーマー』の討伐】
【敗北条件:ダンジョンNO5579ボス『ミナギ・トウゴ』の死亡】
……おい。
慌てて管理プレートを見れば新しい項目が生えていた。
[支配領域
ダンジョンNO5579 ムーンパレス 完全支配
入出管理▽
設備管理▽
モンスター管理▽
防衛能力(9998)]
防衛能力の数字はゆっくりと、ゆっくりと減っていく。
十秒で一つぐらいのペース?
ゴンゴンという音が聞こえてくる。
音のした方を見ると玄関の外。
石段の向こうにいつの間にか青白いバリアみたいなのができていた。
音の原因はそのバリアを叩いている奴のせい。
黒い肌をした小さな悪魔。
小さな悪魔と言っても小悪魔とかじゃなくてぜんぜんかわいくない。
赤い目、鉤しっぽ、コウモリみたいな翼。
インプってこんな感じかもしれない。
こん棒でバリアを攻撃する姿は半グレのチンピラがガラスを割ろうとしているみたい。
そんなのが三匹もいた・
「って、昭和のドラマじゃねえぞ! 盗んだバイクで走り出すつもりか!?」
飛び起きて突撃。
バリアが邪魔で入ってこれないインプどもを一方的に撲殺。
あっさりと灰になって魔石が残った。
卑怯?
勝てればいいんじゃい。
ぜえはあと息を吐いていると、ふと視線を感じた。
「あー……そういう」
見ればアパートの隣のコンビニの中に、でっかい西洋甲冑が佇んでいた。
金属のフルプレートアーマー。
手にはこれまたでっかい剣。
中身はわからないけど、確かにオレを見ている。
友好的、なわけあるかい。
完全にオレをヤル気まんまんじゃん。
で、こいつをどうにかしないとオレは一休みもできない、と。
どうやらRTAは続くらしい。
やけくそになって叫ぶ。
「かかってこいやー!」
そうして、オレは木刀を片手にコンビニに突撃するのだった。
―――――――――
ダンジョン暦5年。
廃都トウキョウ 都心 ダンジョンNO1 皇居領域前。
大きな扉を前にして、オレは刀で肩をトントンと叩きながら、もう見慣れてしまった管理プレートを開いた。
時刻は正午。
予定の時間だ。
「さて、みんな準備は?」
オレが声を掛けると、管理プレートから声が返ってくる。
『おう! 天空の塔、攻略班はいつでもいけるぜ! なあ、野郎ども!』
野太い声に続く低音の歓声。
あっちの熱気が伝わってくるみたいだ。
「『棟梁』。よろしくね」
『任せな。きっちり解体してやるよ』
ハンマーとつるはしの二刀流を掲げている姿が目に浮かぶわ。
『こちら空港班、出動待機中』
「『警部』さんはいつも通りですね」
クールな声を聞いているとオレも安心するわ。
『ええ。我々は常にやるべきことをやるだけですから』
「頼りにしています」
あ、いま絶対、メガネをくいってやった。
『うーっす。こっちは議事堂だよ。準備は……できてるってさ』
「こっちもいつも通りだなあ。『探偵』さんと『助手』さんらしいけどさ」
『ま、こっちは潜入だしねえ。そっちみたいにドンパチしないし」
いや、これフラグでしょ。
声は聞こえないけど、『助手』さんのため息が想像できた。
『拙者も準備万端でござる。山城への一番槍はお任せあれ!』
「濃いなあ。あー、『武人』さんは程々にね。周りを置いてかないでね。っていうか、周りまで斬らないでね?」
『………』
おい。そこで沈黙するんじゃない。
不安になるだろ。
『はっはっはっ。相変わらず君たちは楽しげだね』
「旗振る身にはたまったもんじゃないんですけどね。『神主』さん、そちらは?」
『神宮前。いつでもいいよ』
大人だ。
やっぱり『神主』さんが一番信頼できるぜ。
『ふふふ。罰知らずどもをようやく根絶やしにできるね』
……前言撤回。
この人、普段はすげえ温厚なのに、神様関連になるとすげえ怖え。
何があっても神宮には近づかないでおこう。
その後も、仲間たちからの声が届いてくる。
どこも計画通りの布陣が完成したようだ。
世界がダンジョンになってから五年。
まあ、色々とあった。
いや、あったのは戦いだけだったな。
戦って戦って戦って、勝ち続けて、たまに負けて、這い上がってリベンジして、そんでもって戦いまくった五年間だった。
千羽県を支配するのに一年。
茨樹県を支配するのに一年。
埼弾県を支配するのに一年。
栃器県を支配するのに一年。
群魔県を諦めるのに三日。
んでもって、総力を挙げて東境都――ダンジョン名・廃都トウキョウに侵攻してきたわけで。
今日は各地の大ダンジョンに同時侵攻をかける日ってなもんだ。
そう。
あの日、唐突に始まったRTAは今もまだ続いている。
オレ以外のたくさんの命を巻き込んで。
「何かお話になられますか?」
隣に立ったロマンスグレーという言葉を擬人化したような『執事』が声を掛けてくる。
この五年間で一番長い付き合いになった戦友だ。
本人は主人と従者だと言って曲げないけど。
オレは戦友だと思っている。
「んー?」
管理プレートの表示はグループ全体の交信状態。
決戦前だ。
景気づけに一発演説をぶつのもいいなあ。
ほら、あの超有名なやつ。
五年間を思って、気の利いた事でも話してやろうかと考えて、結局何も出てこない。
バカは相変わらずねんでね。
悪いな。
「はあ……うん。よし」
何を間違ったのか。
オレはそんな集団のトップになっていた。
妙なあだ名までつけられている。
これに関しちゃ、マジでやめてほしい。
言っても聞いてもらえないから諦めたけど。
旗振りするからにゃあ、勝たせてやらないとダメだろ。
だったら、オレはオレなりのやり方で景気づけしようじゃないか。
「んじゃ、いくか」
閉ざされた扉の前に進む。
オレが縦に三人は並びそうな高さ。
漆黒の木製だけど、重厚感がありすぎて圧迫感になっているレベル。
そいつをオレは思いっきり蹴破った。
得意のヤクザキックで。
ぶっ壊れた扉が水切り石みたいに吹き飛んでいくのを眺めて、中にいたモンスターどもに挨拶。
「おはよう。んでもって、ばいばい」
ポニテにまとめた長い髪をたなびかせて、まっすぐに突っ込んでいく。
すぐ後ろをついてくる『執事』が勝手に通信するのが聞こえた。
「お嬢様が特攻みました。皆様、突撃です」
『さすが嬢ちゃん! ケンカの作法を知ってるぜ!』
『女性にあるまじき姿ですがね』
『今更だろー、その子の性格は変わらないって』
『女子に一番槍を奪われたでござる! ならば、せめて一番手柄は拙者が!』
『全部終わったら巫女の修行でもしてみるかい?』
あー、もううるさいなあ。
ほらほらほら、突撃突撃突撃だ!
もたもたしてると、ぜーんぶオレが食っちまうぞ。
藤吾美凪。
これは後に関東支配者となる『征姫』と呼ばれる彼女の戦いの物語。
思いっきりバトルを書きたい気分だった。