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15 私を武器屋に連れてって

 みんなでミーティアに乗って、夜の間に距離を稼ぎ、日が昇る前には、ドワーフの町【アナグラ】が見える位置まで漕ぎ着けた。


 アナグラは、鉱山都市という異名が示すように、鉱山を中心とした都市であって、鉱山の中に民衆が住んでいるわけではない。

 なぜかそんな勘違いをする異世界人が多いそうだけれど、「アナグラ」という都市名のせいなのだろうか。



 上空から町を見下ろすと、町の大半が山――というか、山肌を削って造られている。


 山裾に居住区や商業区が広がっていて、斜面に所々にある横穴は鉱山に通じているそうで、その付近にはいくつもの作業場や工房が立ち並んでいる。

 さらに、山の東側には大きな湖があって、立派な港湾施設なども見える。


 この町の城壁は同心円状に何重にも展開していて、その城壁の上や山肌には多くの現代兵器が設置されている。

 それらは、これまで見てきた砦の物より、質、量共に充実しているような感じで、この町の本気度が窺える。


 また、地上にも、要所には様々な形の戦車らしきものも配置されていて、有事の際には断固戦うという姿勢が見て取れた。



 とはいえ、この程度の火器で易々と撃ち落されるミーティアではない。

 少なくとも、本人はそう豪語している。

 もちろん、喧嘩を売りに来たわけではないので、余計な波風は立てずに正式な手順を踏んで入国するけれど。



 しかし、正式な手順で入ろうとすると、なぜか今回も私だけが必要以上に拘束されることになった。


 私の容姿や態度が不審だとか、手続きに問題があったということではない。

 なぜか、好きな食べ物や男性のタイプなど、訪問理由に関係無いことを延々と問われていただけだ。


 そもそも、ギルドカードがあれば、こんな面倒な手続きは必要無いはずなのだけれど、何の亜人か分らない容姿では、警戒されるのも仕方がないのかもしれない。


 面倒だけれど、時間を浪費する以上の被害はないので、こういうものだと諦めるしかない。

 待たせることになるみんなには悪いけれど。



 それでも、取り調べが終わると、頼んでもいないのに一番良い宿の紹介とか案内までしてくれるなど、大貴族並みのサービスもあったので、一概に悪いことばかりではなかったりする。


 とにかく、ここでは三泊する予定なので、今日明日で買い物を済ませて、最終日はのんびり観光でもしようと思う。


◇◇◇


 町中は、石か金属で、若しくはそれらが交じりあって出来た建物が多く、その側面や上部には用途の分からない配管が張り巡らされている、一風変わった景観が目を引く。

 観光地というより、町全体が何かの工場のようだ。


 この町が、これだけ贅沢に鉄を使えるのは、自前の鉱脈――「鉱山」という名の、鉱石系の魔物が多数生息する地下迷宮が存在することもさることながら、それ以上に、外部から鉄が入ってくる仕組みになっているからなのだとか。



 この町を訪れるのは、ドワーフ謹製の武器や防具を求める、それなり以上に腕の立つ冒険者のパーティーだったり、腕の良い職人に弟子入りを希望する人たちが大半である。


 ドワーフ製の、特に金属製品は、他の種族が作った物に比べて高品質である。

 もちろん、その分値段は張るものの、迷宮産などの奇抜な装備を身に着けたくない人や、手に入れられない人たちには大人気なのだ。


 そして、彼らは大枚をはたいてドワーフ製品を買って、それ以前に装備していた物を二束三文で下取りに出す。

 その二束三文にしても、手間を考えると他の町で売るより若干マシ。


 そうして集められた物は、鍛え直されたり、鋳潰して新しく作り直したりして、付加価値を付けた製品に変わっていく。


 そんな感じで、ドワーフさんたちの高い技術力がある限りは、鉄が集まり続ける仕組みになっているのだ。



 もちろん、この現状を、帝国や神聖国、それに王国も面白くは思っていない。

 それでも、砦に据付けられる兵器は、ドワーフ製の物がシェアの100%を占める――どこの誰が作ったのか分からない物に命は懸けられないので、表立って異は唱えられない。


 彼らと敵対してしまえば、版図の拡大どころか維持も難しくなるのだ。


 とはいえ、アナグラ以下、ほとんどのドワーフの国は工業に特化しすぎていて、食料自給率が非常に低いという弱点を抱えている。

 これを砦用の兵器を供給することで融通してもらっている面もあって、要は微妙なバランスで成り立っているので、余計なことはするな――と、アルは言いたかったらしい。



 私たちがアナグラに行くことを伝えると、長々とその説明をしてくれたのだけれど、結局のところはついていきたいけれど、どうしても都合がつかない。

 でも心配。

 せめてお土産よろしく――と、それだけは理解した。



 アナグラには、私たちのように女性だけで構成されたパーティーもいないわけではないけれど、さきのような理由から、常識的な考えと格好の人が多い。

 なので、私たちのような観光客にしか見えない集団は珍しいらしく、否応無く視線を集めてしまう。


 正確には、ふらりと入った店先で、良さそうな装備を着けている人を捕まえて、「良い銃砲店知りませんか?」とか、「良い刀を売っているお店を知りませんか?」と訊いては、

「はははっ、お嬢ちゃんたちがそんなものを何に使うんだい?」

 といって、相手にしてもらえない。


 どうにか説明しようと頑張るも、

「はははっ、そりゃあ大変だ!」

 と、やはり相手にしてもらえない。


 それを周囲の人に生暖かい目で見守られる感じになるのだ。


 この町で登録しているものではないといえ、私以外はBランクのギルドカードを首から下げているにもかかわらずだ。


 不思議な説得力を持つアイリスでも、この時ばかりはなぜか上手く説得することができなかった。


 お金ならいっぱいあるよと言っても、

「だったら、可愛いお嬢ちゃんたちにはこいつが似合うぜ!」

 と、いろいろなアクセサリーを、みんなの分まで買わされただけだった。


 単なる売り込みだったなら断れもしたのだけれど、微妙にお得な感じのおまけをいろいろとつけてくるので、思わず買わされてしまった。

 もっとも、みんなにはそれなりに好評だったので、それに関しては結果オーライだったかもしれない。



 そうこうしていると、今度はいかにも下心丸出しの、男性のみで構成された冒険者さんのパーティーが、

「俺たちが良い所に案内しちゃうぜ!」

 と、声をかけてきた。


 しかし、彼らのギルドカードを見るに、彼らもこの町で登録しているわけでもなく、ランクもCだったり――明らかに、旅の恥をかき捨てるつもりなのが丸分かりである。


 そして、なぜかそれを良しとしない、町の住民と他の冒険者さんたち。


 始まる乱闘。

 広がる戦火。


 当然、駆けつけるドワーフの衛兵さん。


 どうでもいいのだけれど、ドワーフは総じて背が低くて筋肉質で、何より髭がすごい。

 顔の大半が髭な感じ。

 魔法より近接戦闘が得意な人が多いようだけれど、近接戦であの髭は邪魔にならないのだろうか?


 とにかく、多数の怪我人や逮捕者を出した末に事態は沈静化したけれど、私たちも事情聴取のために足止めを食らってしまった。



「お嬢ちゃんたちが悪いわけじゃないんだけどな? ここはこんな町だし、か弱い女の子だけで町を歩くなら、護衛くらいつけた方がいいぞ?」


「ごめんなさい」


 悪いわけじゃないと言いつつも、注意されてしまった。

 それでも素直に謝る。


 怒られているのが私だけというのは少し引っ掛かるけれど、ここでごねても何にもならない。

 それで済むなら細かいことを気にしても仕方ない。


 やはり、誰ひとり武装していないのがまずいのか、そもそも強そうに見えないのが駄目なのか。


 影の中から、

「「護衛なら我らにお任せを!」」

 と聞こえた気がしたけれど、頷くわけにもいかない。


 やはり、一緒に行動する男友達が欲しい。

 それはそれで苦労も増えるかもしれないけれど、知らない人と苦労するよりはマシだと思う。




 結局、これ以上騒ぎを起こさないようにと、警備の人に商工ギルドの窓口まで連れて行ってもらった。


 ちなみに、商工ギルドは冒険者ギルドとは違って、所属国家の影響を強く受ける――むしろ、支配下にあるといっていい。


 冒険者は、基本的に自由意思が尊重されるので、組織に縛りつけることは難しい。

 それでも、有事の際は国家の枠を超えて協力することもあるのだけれど、ある程度はそうやって協力しないと、人類全体が衰退する可能性もあるので仕方がない。


 しかし、商工業的なもので国家の枠を取り払ってしまうと、商工ギルドの力が強くなりすぎる。

 下手をすると、国家が乗っ取られてしまうこともあるらしい。


 まあ、その辺りの難しいことには興味は無いけれど、商売をするつもりならその国や地域ごとに商工ギルドに所属する必要があるのだとか。



 さておき、私たちの目的とは少し違うのだけれど、そこからギルドの倉庫に案内してくれた。


 そこで気に入ったものがあれば、製作者さんを教えてもらえるよう職員さんに話を通してもらったのだ。


 つまり、この町に来る冒険者さんにとって最大の目的――腕の良い職人さんとの繋ぎをつけてもらえるのだ。

 もちろん、私たちの目利き次第のところもあるし、先方に断られる可能性もあるのだけれど、チャンスには違いない。


 とはいえ、私には目利きはできないので、他のみんなに頑張ってもらうしかないのだけれど、《鑑定》と《目利き》は別のスキルだそうで、私たちの中には《目利き》のスキル持ちはいない。


 一応、ミーティアがスキルポイントでの取得ができるそうだけれど、取得レートが高すぎるので取りたくないらしい。



 ちなみに、《鑑定》で分かるのは現在の性能で。《目利き》では将来的な可能性なども見えるのだとか。


 例えるなら、とあるお肉を《鑑定》すると、何のお肉か、どこの部位か、毒の有無などが分かり、《目利き》だと毒の有無の代わりに美味しいかどうかが分かる。


 ただ武器を買うだけなら《鑑定》でいいのだけれど、将来的なことも考えて職人さんと付き合いたいなら《目利き》が必要になるのだそうだ。

 もっとも、《鑑定》もクリスさんとかアルくらいのレベルでないと、大して役に立たないらしいけれど。

 世の中そんなに甘くないということだ。



 世界でも最大級の施設であるそこは、家電量販店やホームセンターのように、カテゴリーごとに広大な陳列スペースがあって、刀剣だけでも在庫数が数千本、刀に限定しても数百(ふり)もある。


 基本的に、この国の職人さんたちの作った物の大半は一旦ここに集められて、その後ギルドの職員に適正な値段を付けられて、広く一般に販売される。


 商売に無頓着な職人さんたちを保護するのと同時に、国家の財産を安価で他国に流出させないための措置のひとつだそうだ。


 もちろん、例外もあって、本当に出来の良い物は自分の認めた人にしか譲りたくない――という職人も一定数いるので、本当に業物といわれる物を手に入れるためには、職人と直に交渉するしかない。


 そんな人物が作った物だとしても、それに届かないからとギルドに流した物から作者の力量を見抜けなど、無茶にもほどがあるような気がする。

 そもそも、ソフィアの技量なら、それこそ棒の方がいいと思うのだけれど、

「良い刀が手に入ったら使いこなせるように頑張る」

 と、どうしても形から入りたいらしい。


 遊びや趣味と考えればそれでもいいのだけれど――私も刀はほとんど使ったことがないので、偉そうなことはいえない。

 比較的馴染みのある、反社会的勢力の人が持っていた長ドスなんて玩具みたいな代物だったし、さすがにあれを刀扱いは失礼だと思う。


「良いのあった?」


「こんな数打ちを見ても、私の《鑑定》ランクじゃ分からないわね。だから直感でひと口だけ選んだんだけど、どう思う?」


 ソフィアがそう言いながら手渡してきた刀を手に取って、よく観察してみたけれど、さきも言ったとおり、刀の目利きなんてできない。


 ただ、軽く振る分には、歪みも重心のずれも許容範囲内だと思う。

 刀線刃筋を立てて正確に狙えるなら充分使えるけれど、ソフィアが本気で振り回せば即折れるだろう。

 これを、製作者が何を考えて打ったのかなんてさっぱり分からない。

 まさかソフィアが本気で使っても耐えられるようなレベルの物はここにはないだろうし、ソフィアが何かを感じたならそれでいいのではないだろうか?


「練習用にはいいんじゃない?」


「何だか適当ねえ……。あんたあんなに武器使うの上手いんだし、こういうのは得意かと思ってたけど」


「良い物を使うに越したことはないと思うけれど、結局は道具だし、使い方次第だよね」


「ソフィアの使用に耐えるものなら充分に業物だと思いますけどね」


 さすがアイリス。

 まずは使えることが重要であって、それ以上のことはそれを限界まで使いこなせてからでいいのだ。


「うーん、それはそうなんだけど、やっぱり良い物使えば強くなったような気がするじゃない?」


 それは気のせいだ。

 というか、それは武器に振り回されている証拠では?


『今のソフィアだと蒐集以上の意味はないよね。武器の良し悪しとか合う合わないを語るには、もう少し技術を身につけてからだよね』


 朔は容赦ないな。


「分かってるわよー」


「何でソフィアさんは、刀なんて難しそうな武器を選んだんですか?」


「カッコいいからよ!」


 分かっていない!

 叩き切るなら、まだ斧とか分厚い段平とか西洋剣でいいだろうに。


「面倒臭い奴じゃのう。見栄えを気にするのであれば、それこそ技術を磨くべきではないのか?」


「そのための得物を探しに来てんのよ!」


 この話題は無限ループするらしい。


「その点ではユノの欲しがっている兵器は規格が統一されてますし、当たり外れはなさそうですね」


 アイリスもそれに辟易したのか、話題を変えた。


「兵器なんて私たちにも買えるものなんですね」


「誰が使っても効果は同じじゃとか、射程が長いメリットはあるが、数を揃えねば脅威にはならんしのう」


「それに、効果と比較して値段が高いわよね」


「普通の人は、弓矢や連弩で充分だって考えるでしょうしね」


 この世界での兵器の存在意義は極めて限定的だ。

 町や砦のような一定の範囲を守るには有効だけれど、道路や鉄道の設備の建設や維持すらできない世界では、運用できる範囲に限界がある。


 何人もの王や勇者たちがこの状況を打破しようと躍起(やっき)になったそうだけれど、現存する都市間を繋ぐだけでも資材も人材も全く足りず、アルのような土木系主人公でも維持しきれないと匙を投げている。


 それに、ミーティアが指摘したように、魔法でも同じようなことができたり、防御手段も多い世界で、この手の兵器をひとりふたりが持っていても大した効果は見込めない。

 それに、個人の《固有空間》で持ち運べる量はたかが知れているので、継戦能力に不安のある兵器などを好んで使うのは、よほどの物好きか、それが無ければ戦えない人――精々が魔法使いなどの護身用だろうか。

 鍛えれば戦車より強くなる個人もいる世界で、わざわざ苦労して野戦に兵器を持ち込む変人はいないのだ。 


 あれ?

 つまり私は変人なのか?



「兵器をお買い求めになられるのは国家がほとんどですが、稀にお金持ちの貴族様の蒐集目的、後は武器も魔法も使えない方の護身用、でしょうか」


 私たちがそんな話をしていると、ギルドの職員さんが補足をしてくれた。


「ある程度の大きさの物になりますと護身用にも向かなくなりますし、そのお金で用心棒でも雇った方が良いのは確かでしょうね。しかし、小型の火器はその取り回しやすさや扱いやすさから、懐剣代わりにされている方もいますよ。それに、弾丸に特殊な魔法効果のある物を使用すれば、簡易な魔法発射装置にもなります。もっとも、コスト的には最悪ですけどね」


 銃で魔法を撃つというのは、想像もしていなかった。

 なるほど、銃の使い方も、異世界ならではのものがあるらしい。

 ただ、永続する魔法はない――つまり、魔法の弾丸にも消費期限的なものがあるらしいけれど、私にとってはコストは問題にならない。



「ところで、お嬢様はどのような目的の物をお探しで?」


「虫除け」


 サンドワームが虫かどうかはさておき、対話も住み分けもできずに争うしかないのであれば、それはもう生存競争である。


「あはは、それは切実ですね。確かにお嬢様ほど美しければ、悪い虫はいっぱい寄ってきそうですね」


 何だか勘違いされた気がするけれど、ついさっきの出来事を思い出すと否定もできない。

 むしろ、あれも撃ってもいいのだろうか。



「では、他に見るものがないようでしたら、兵器庫の方に移動します。他にも車両などもありますので、興味がおありでしたらご覧ください」


 職員さんは、私たちの反応が鈍くなってきたところを見計らって、車を回してきてくれた。

 武器に執着していたのはソフィアだけだったので、彼女の用事が済めば武器エリアに用は無い。

 実に良いタイミングである。



 この職員さん、絶妙に愛想とサービスが良い――というか、これがエリート営業マンというものか。


 車を用意したのは車の実演と、兵器を見せる前に他の車両のプレゼンをするつもりなのだろう。


 商品の車両は、運用コストなどは据え置きで、プレゼンに使われている物より若干性能が低いとのことだけれど、お城の敷地内で、巫女やホムンクルスたちの移動の足にするには充分な性能だと思う。


 他にもインフラや車両自体の整備ができる人材をどうするかなどの問題は残るけれど、とりあえず何台か買って帰ろうかと思う。


 職員さんの思う壺だった。



 さらに、技術的には、船舶はもちろん、列車や飛行船も製造可能らしい。

 残念ながら、列車は人間程度の知能がある魔物には格好の的で、飛行船は模型を見ただけでミーティアの機嫌が悪くなるなど、これらは運用面に課題が山積みなのだそうだ。


 職員さんの、人を見る目――というか、客を見る目とでもいうのだろうか?

 ちょっとした世間話から、私たちが求めているであろう品物や、どれくらいの予算があるのかまで的確に見抜かれているような売り込みに、驚きとともに感心してしまう。


 後で船も見に行こう。

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