14 本当に必要な物
具。
うどんや蕎麦ならお揚げや天ぷら、ラーメンならチャーシューやメンマなどがすぐに思い浮かぶ。
共通の物としては葱や玉子だろうか。
必要なのは、それを供給する魔法、若しくは眷属の開発。
他人が聞けば、「それくらい普通に作れよ」と思うかもしれない。
しかし、麺とスープだけなら食べたいときにすぐに食べられるお膳立てがされていながら、具だけがない。
そんなことが許されるはずがない。
人それぞれに、具の好き嫌いはあるだろう。
しかし、金銭的な問題を無視すれば、具無しでいいという人はまずいないのではないだろうか。
それに、基本的に道具が使えない私には調理はできないし、不壊属性などの道具があったとしても、絶対に壊れないわけではない。
詐欺じゃないかな。
もちろん、道具無しでもできる料理もあると思うけれど、生卵を割ったらヒヨコが孵化する私に、料理ができるのかは疑問である。
もっとも、そんな不運は一度きりのことだけれど、厨房を追い出されるには一度で充分な不運だった。
なお、そのヒヨコはちゃんとお城で飼っているので、心配する必要は無い。
「ずっと真剣な顔をしていましたので、何を考えているのかと思っていたら、まさかこんな……」
「このお肉、とっても美味しいです!」
「酒の肴も作ってもらえんかのう」
「本当にでたらめな能力ねえ。でも、美味しいから許してあげる!」
「フッ、美味い物を表現するのに言葉はいらねえ。その笑顔だけで充分だ」
3日間寝ずに考え続けた末、新たに創り出された自律行動型二足歩行卵。
直接料理ができないなら、料理を作る眷属を創ればいいじゃない! とか、卵がどうこうとか思っていたら完成していた、悪夢の産物。
ボディは私の上半身ほどのサイズの卵型。それに申し訳程度の足が生えていて、本体にはマジックペンで描かれた落書きのような円らな目と凛々しい眉。
鼻と口と腕は無いけれど、「他の奴らと見分けがつきやすくていいだろう?」とニヒルに笑っていた。
手が無いのにどうやって調理をとか、口がないのにどうやって話しているかは不明だけれど、彼か彼女かも分からない卵の作る料理は絶品だった。
しかし、自らの認めぬ相手には決して料理は出さず、代わりに目からビームを出して威嚇する。
そんな、捻り鉢巻とハードボイルドのよく似合う――あっ、ゆで卵だからか!
今気づいたよ……。
とにかく、私のことを「母上」と呼ぶのを拒否すると、少し寂しそうに「じゃあ、俺がやるしかねえな」と、自らを【マザー】と名乗るようになった。
男前なのか何なのかよく分からないけれど、私が名前だけでも知っている料理は材料さえあればほとんど作れるらしく、その出来に文句をつける人は誰もいない。
さらに、ミーティアの何気ないひと言から、「料理魔法:トッピン具」が生まれた。
もうヤダ。
恥ずかしい。
そして、早速マザーの存在意義が無くなった。
しかし、楽しそうに料理とハードボイルドしているマザーを見ると、とても言い出せない。
それに、マザーは恐らく邪神君の兄弟的なものなので、野に放つわけにはいかない。
後でお城の厨房にでも置いておこう。
ああ、シャロンたちの食事を用意させるのもいいかもしれない。
やはり、寝なくても死なないからといって、寝なくても平気なわけではないのだろう。
現に、寝ずに考え続けて、煮詰まりすぎて混沌としてきた考えから、茹ですぎた悪夢が形を成したのだ(※「煮詰まる」本来の意味は、「検討が充分になされて、結論が出る段階に近づいている状態」です)。
もう少し、心身のリフレッシュにも気を遣った方がいいかもしれない。
◇◇◇
約束どおり、5日目の夕方に戻ってきたノワールは――敬称をつけるとやはり怒られたので、以降は呼び捨てにすることになった彼女は、私たちの予想以上に多くの情報を持ち帰ってくれた。
情報を共有するためにアルにも声をかけて、通信珠によるやり取りを行う。
なお、アルは城下町の住人たちに飼育させるための家畜や作物を集めてくれている。
何だかんだと言いながらも、さすがに人道的な側面が出てくると、やらざるを得なかったようだ。
とはいえ、その気になれば、もう私の料理魔法でみんなまとめて養うことも可能なのだけれど、みんながそれに慣れて、腐っていくのは見たくない。
だからといって、自助努力だけを強いても、貧富の差という形になるのは目に見えている。
それを否定するのも努力の否定にも繋がるのだけれど、そのせいで機会を得られないというのも避けたい。
そんな都合の良いものがあるのかとか、そもそも私が責任を負うことではないのだけれど、今のうちから何か考えておいた方が、後々嫌な思いをせずに済むように思う。
さておき、ノワールの報告に戻ろう。
まず公爵のお兄さんについて。
彼は、公爵領から北西にある、キュラス神聖国との国境付近に広がる大砂漠の真っ只中にある監獄に投獄されていることが確認できた。
いや、最初からそこにいるという話ではあったのだけれど、その事実確認と生存確認を行ってくれたのだ。
その監獄は、物理的にも政治的にも探りを入れにくい場所で、さらに、更に監獄内の要所要所に魔法無効化空間が張り巡らされていて、そこで狙われると、いくらアルでも無事では済まない可能性もあるのだとか。
確認できただけでも大したものだと思う。
やはり、ノワールの諜報能力は一級品だったらしい。
ちなみに、お兄さんの罪状は、前アズマ公爵――つまりは父親の殺害。
この世界での尊属殺人は普通に死刑らしいので、彼が生きていること自体がおかしいのだけれど、そういう意味でも、陰謀とか罠の匂いがプンプンする。
とはいえ、莫迦の考えそうなことでもあるし、罠を仕掛ける理由があると白状しているに等しいのではないだろうか。
次に、アズマ公爵の館がある大都市アズマには、多数の工作員が潜入していることは周知の事実である。
しかし、さすがにその数が多すぎたのか、ノワールにもその全てを把握しきることは困難だったようで、確定している人だけをリストにまとめてくれた。
他国の間諜や工作員と、王国内の闇とか裏の組織諸々合わせて、その数およそ五百人。
この短期間で調べたノワールを褒めるべきか、それだけ浸透されていたことを嘆くべきかは分からない。
とりわけ、公爵の近くにいる女性の大半は工作員だと思って間違いなく、中でも、生い立ちも名前すらも不明な赤髪の女性には隙がなく、接近することすら難しかったとのことだ。
そのせいで、肝心の公爵周辺の情報は少々物足りないものになった。
しかし、アルから、「その女に迂闊に近寄るな」と釘を刺されたことから、相当にまずい相手であるのは間違いなく、深入りしなかったノワールの判断を褒めるべきなのだろう。
そして、そんな彼女のアンテナに引っ掛からなかったがゆえに、公爵の弟は、公爵邸に監禁されていると考えて間違いないだろう。
これで今後の方針は決まった。
最も保護したかった弟は、もしものときを考えて作戦決行時――領域を使えば回収は簡単なのだけれど、万全を期すなら、決行寸前かギリギリでもいいと思う。
もちろん、一か八かでやるわけにもいかないので、保険を用意しておくことにする。
ミーティアやソフィアが面倒臭いと喚いているけれど、私だって面倒臭い。
それでも、公爵を退場させて終わりではないのだ。
少なくともアルや王国にとっては、その後のことこそが大事なのだ。
まずは監獄にいるお兄さんを救い出す。
とはいえ、彼は父殺しの容疑を解かなければ後釜としては使えないし、解いたとしても、その瑕は必ず足を引っ張るものになるだろう。
結局、一時凌ぎにしかならないそうだけれど、それでも無いよりはマシなのだ。
そして、洗脳された妹さんも公爵よりはマシだけれど、接触すればこちらの動きが公爵に筒抜けになる可能性が高い。
私なら洗脳も解けそうな気もするけれど、アルとの相性が悪すぎるのが懸念点か。
それが洗脳されているからなのか、本来の気性なのかは分からないけれど、アルを見ると無条件にビンタしようと走り寄ってくるらしい。
その状況を想像すると、ちょっと笑える。
そんなわけで、彼女の確保は、お兄さんの確保に失敗した場合に決行される。
まあ、お兄さんの救出は私がするので、失敗などあるはずがない。
最悪の場合、同一存在を創って誤魔化すし。
倫理的な問題より、私の都合が優先されるのだ。
ただ、調査範囲からは外れているのだけれど、最近ジェンキンス男爵領南部で百鬼夜行が出て、悪い子の首を奪っていくと噂になっていたそうだ。
一応気をつけてほしいと言われたけれど、その百鬼夜行は恐らく私たちのことなので心配は要らない。
むしろ、これ以上変な噂にならないように心配しなくてはいけないようだ。
◇◇◇
監獄は、正に陸の孤島というのがピッタリのぴったりの場所だった。
空からミーティアで向かっても、よほど離れた所に降りなければすぐにバレるだろうし、そこから陸路を使っても間違いなくバレる。
砂しかないところでは、身を隠す術などないのだ。
ノワールが潜入できたのだから絶対ではないけれど、そこから人ひとりを攫うとなるとハードルは上がる。
もっとも、それがどんなところであろうが私には関係無い。
領域を展開して、お兄さんを攫ってくるだけ。
魔法無効化空間とやらが何なのかは分からないけれど、システムの魔法が使えない私にはあまり関係が無い気がする。
それに、領域がバレたとしても、私を特定するまでには至るまい。
そう思っていた。
しかし、完全に予想外の敵の存在に、手も足も出なくなるとは思っていなかった。
「あ、また尻尾が」
「耳も伏せちゃってます」
「総毛立つとはこういうことなのじゃな。領域も荒ぶっておるわ」
「気持ち悪いのは分かるけど、弱いわよ? 天使にだって喧嘩を売るくせに、何でそこまでへっぴり腰になるの?」
神より手強い存在の名は、【サンドワーム】。
砂漠に多数生息する、巨大で危険なミミズ的な危険な魔物。
それが至る所にわんさといる。
朔に情報をカットしてもらっても、脳裏に焼きついた恐怖の光景が邪魔をして、砂漠に足を踏み入れようという気になれない。
アドンやサムソンに任せたとしても、やつらの体液で汚れた彼らを回収することなど考えたくもなく、最悪の場合解雇もあり得る。
もちろん、彼らを使い捨てにするのは雇用主とか飼い主のモラル的にどうなのか――ペットを捨てるような無責任な大人の姿を、リリーに見せるわけにはいかないのだ。
そもそも、彼らでは、監獄からお兄さんの回収は――少なくとも穏便にはできないだろう。
ミーティアに上空まで運んでもらって、そこから領域を展開することも考えたけれど、不安定な状態で領域をコントロールしようとして、ミーティアに迷惑を掛ける可能性を考えると、もう少し何かを考えた方がいい。
「サンドワームは音に反応しますから、静かにしていればそうそう襲われることはありませんよ?」
そう言われて、対抗手段がない敵のいるところに行ける人がどれだけいるだろうか?
竜の寝ているところに、「大きな音を出さなければ大丈夫ですよ」と言われて「よし!」となる一般人がどれほどいるのか。
「竜や魔王、神とまで戦っておきながら、こんなものが、これほど苦手じゃとはのう」
「だって、あんな何考えてるか分かんない、ウネウネしてたりワサワサしてたり、どう考えても無理」
「何だか必死ね……」
「ユノさん、小さな子供みたいで可愛いです」
リリーの慰めが酷いけれど、反論する気力も無い。
この世界の人も、私と同じようにグロや虫には嫌悪感を覚えるそうだけれど、他にそれ以上の脅威が多く存在するため、それだけに構っていられないというのが実情のようだ。
もっとも、見たり触ったりは我慢できても、自身がそれに変えられるのはまた別の話らしいけれど。
「そもそも、私は対話で解決したい派なの。平和が一番だよ? まあ、戦いも一種の対話だけれど、話が通じない手合いは苦手なの」
「こやつは何を……。竜眼をも謀るなど、尋常ではないぞ?」
「これが逆切れってやつ? というか、あんた、口最悪じゃない」
『うーん、ユノ以外には難しそうな任務だしねえ。すっぱり諦める?』
朔の言うとおり、隠密行動を前提に考えると、ミーティアとソフィアは候補から消える。
アイリスには話術、リリーには幻術があるけれど、やはり魔法無効化空間に対処できない可能性がある。
ノワールも自分にできるのは潜入までだと断言している。
「魔法――遠距離攻撃ができればマシなんですかね?」
「投擲では駄目なのか?」
「ユノさんが目隠しして投擲なんてしたら大惨事ですよ」
「それじゃあ、ひとまず銃とかはどう? 引き金を引くくらいならできるでしょ? 外してもそれほど大事にはならないし」
ソフィアが良いことを言ったような気がする。
機械は苦手だけれど、引き金を引くだけなら私にもできる。
むしろ、サルにでもできるだろう。
もちろん、おサルさんを莫迦にしているわけではない。
「あんたから見れば威力は物足りないでしょうけど、ワームを相手にするくらいなら充分でしょ」
最悪追い払えればいいのだから、威力についてはどうでもいい。
「銃というか、兵器類はドワーフ製のものが主流ですね。やはり彼らが作った物は、精度や強度が段違いですからね」
「そんな大袈裟な物が必要なのかとも思うがのう。まあ、よい。で、ここらで一番大きなドワーフの都市はどこじゃったかな」
「帝国の北東にある鉱山都市でしょうか。帝国と国境を接していながらも、高い技術力で自治を守り続けている難攻不落の要塞都市でもあると聞きます」
「あ、ドワーフの所に行くなら、私も刀を新調しようかな」
「ドワーフといえば工業の他にも火酒が有名じゃったな」
「ふたりとも、もう行く気になっていますね」
「ユノさんとお出かけ、楽しみです!」
『良い機会だし、久しぶりにみんなでゆっくり買い物でもしてくればいいんじゃないかな』
確かに、リフレッシュは必要だと痛感していたところでもある。
それに、薄々は気づいていたのだけれど、アドンやサムソンはあまり人前で出してはいけないものらしい。
自衛の手段――銃に限らず、虫除けがあれば儲けものだし、アルの方も最低でも4、5日の猶予が欲しいみたいなので、息抜きに出かけるのもいいかもしれない。