12 足が付かない夜襲だ
公爵領に入る前に、猫人さんたちにお願いにされていた、彼女たちの同胞の保護に向かうことにした。
彼女たちのお願いを聞き入れたのは、帝国と公爵に繋がりがあったことの証拠でも出てくればいいな――というのが表向きの理由だ。
本当のところは、朔に『助けてあげてほしい』とお願いされたからだ。
同族意識でも持ってしまったのだろうか?
どのみち、闇雲に公爵領に入っても、特段の情報も無く広大な公爵領内で公爵の兄弟を捜すのは難しい――というか、面倒臭い。
もちろん、ある程度は候補は絞られているものの、アルや王国と連携する必要もあるので、見つけたからといってすぐに回収していいわけでもない。
人攫いの能力には自信のある私なら、いつでもどこでも誘拐はできるのだけれど、それから作戦決行まで匿っていろとか言われると困るし。
それなら、帝国の方での時間を少しでも稼いでおくのも悪くはない。
それに、帝国を叩いて、公爵の埃が出てくる可能性もゼロではないし。
本来であればミーティアに乗って空の旅になるところ、今回はアルに《転移》でアズマ公爵領の外れまで送ってもらった。
本当にあっという間である。
情緒も何もない。
効率的には便利に思える《転移》魔法だけれど、実用にはかなりの適性が必要になるとか、適性があってもアドンやサムソンのように短距離しかできない人が大半とかで、使い手は極めて少ない。
さきの枯れ枝の人でも、かなり優秀な部類の使い手だったようだ。
《転移》は、その距離が延びるほど、人数が増えるほどに、必要とする魔力が増加する。
それに、《転移》できる場所にも、一度でも行ったことのある場所や、ポータルの設置してある所、相対座標が分からなければ不可能などと制約も多いため、アルくらいの術者は他にいないらしい。
しかも、
詳しくは教えてくれなかったけれど、蠅と合体するとか、そういうことかもしれない。
とにかく、そういう理由で、優秀な《転移》術師が貴重になっているのだろう。
ただ、適性と魔力さえ高ければ、ただでさえ一般的な魔法の例外扱いになる時空魔法の射程距離が、更に延びる。
とはいえ、何千キロメートルもの移動となると、アルでも何度かに分けて《転移》する必要があったり、その都度魔力を回復させなければならない。
無理をすればできなくもないそうだけれど、先日のジェンキンス男爵の領主館から私たちのお城への《転移》の時のように、見るも無残なくらいにヘロヘロになる。
そんな理由から、運賃として搾りたてのお酒を要求されている。
それ自体はいいのだけれど、酔って《転移》はしないでね?
ちなみに、過去には《転移》を応用した、質量兵器を敵の上に落とす戦術も考えられたらしいのだけれど、定着していないことで結果を察してほしいとのこと。
とにかく、この移動速度は私たちの強みのひとつだ。
◇◇◇
公爵領とはいうけれど、勢力的な空白地帯を挟んではいるものの、ゴクドー帝国とキュラス神聖国と接しているのは辺境伯といってもいいと思う。
その空白地帯が、大砂漠に大森林と、攻めるに難しく守るに容易い環境だったためそうなっているらしい。
もちろん、大軍を率いての軍事行動が難しいというだけで、行き来自体は普通に可能である。
なので、国境や関所の管理をしている公爵家が腐敗していれば、あっさり浸透される。
ひとまず、これ以上王国内の人族や亜人さんが帝国へ流出しないように、公爵領内でのその売買や運搬用の拠点を叩く。
その際の攻撃目標は、山賊などの現地協力勢ではなく帝国の勢力を優先する。
もちろん、全てを叩けるとは思っていないし、叩こうとも思わない。
しょせんは時間稼ぎなので、多くは求めない。
今回の標的は、王国領に近い森の中にある帝国勢力の駐屯地だ。
ミーティアに乗って、超高高度から、偵察衛星にも匹敵する私の視力で観測すれば、拠点の発見くらいは楽勝である。
偵察衛星の性能なんて知らないけれど。
そこは一見すると冒険者キャンプのようにも見えるけれど、亜人さんを閉じ込めておくための檻や、実際にそこに捕まっているらしい亜人さんの姿も見えるので、まず間違いない。
間違っていても、帝国兵がこんな所にいるのが悪い。
というか、よほど当代公爵が腐敗が酷いせいか、随分と思い切った場所に作ったものだと感心する。
また、巧妙に偽装はされているようだけれど、森を突っ切るように、簡易な街道らしきものまで整備されいる。
これは上空から見なければ分からなかっただろう。
この道を辿っていけば、恐らく何箇所かの中継点を経て、帝国領側の砦か町へと通じているはずだ。
何年かけてここまで開拓したのかは知らないけれど、すごい執念だと感心する。
ぶっ壊すけれど。
夜を待って、王国側駐屯地と、道を辿った先にあった砦を同時に襲う。
道など見つけなければ王国側の拠点だけでよかったのだけれど……おのれ、帝国め!
中間の拠点までは手が回らないけれど、その両方が潰れれば自然と使い物にならなくなるだろう。
砦の攻略は、私とリリー、そして使い魔たちで行う。
この組み合わせは、砦で大量の亜人さんを保護する可能性を考えると、私の同行が必須になるというだけのもの。
実働は使い魔たちだけでも充分だろう。
一応、私も参加するかもしれないということで、幻術で私の外見を偽装するためにリリーがサポートについてくれた。
リリーのレベルが大きく上がったことによって、私に接触していれば幻術を掛けられるまでに成長しているのだ。
もちろん、私も魔法が掛かりやすいようにレジスト能力を抑えていなければならないけれど、それでも著しい成長だと断言できる。
決して親莫迦ではない。
それはさておき、私たちの作戦は、砦の破壊と囚われている亜人さんの保護が目的なので、皆殺しにする必要は無い。
むしろ、殺しすぎて治安や軍事バランスなどを崩すのは望まない。
バランスがどうなっているのか知らないけれど。
とにかく、そこは以前壊した砦と同じように、帝国の一般市民を守っているという側面もあるはずなのだ。
それに、王国内にも主戦論者とか悪い人はいる。
彼らに口実を与えるわけにはいかない。
駐屯地の方は、アイリスとミーティア、ソフィアの3人。
ソフィアがいる以上逃亡されるおそれはほぼなく、アイリスはともかく、ミーティアがいる以上取りこぼしもないだろう。
こちらの帝国兵は生け捕りの後、情報を得てから処分する予定である。
さすがに、姿を見られた人を生かして帰すわけにはいかない。
そっちにリリーがつけばよかったのではないか?
私も今そう思っているところである。
それでも、彼女たちなら上手くやるだろう。
アイリスや朔がそんなことに気づかないはずもないだろうし。
◇◇◇
リリーを片手で抱っこして、マリアベルと同じデュラハンの姿に偽装してもらう。
リリーが私に接触しつつ、尚且つデュラハンとして違和感のないスタイル。
中々良いチョイスだと思う。
そのリリーは、これから夜襲だというのにやけに嬉しそうにしている。
育て方を間違えたのか、それとも久しぶりのお出かけがそんなにも嬉しいのか。
まさかとは思うけれど、甘えるための口実――やはり、優しさに飢えているのだろうか。
いやしかし、妹たちがこのくらいの年齢の時は、微妙なお年頃だった。
人前で甘やかすというか構われるのは恥ずかしがって、人目がなくなると甘えてくる――そんな感じだったように思う。
リリーもまだ10歳。能力は高くてもまだ子供なのだ。
自立は追々でいいだろう。
さておき、そろそろ砦の兵器の射程圏内に入る頃合いだ。
眼前には以前襲った砦同様、高く厚い壁に深い濠、そして、射程に優れる現代風の兵器の数々が設置されている。
同じ手は使えない――同一犯だと思わせないために、別の手を使う必要がある。
まずは、アドンとサムソンの、現代兵器が通じない二体を先行させる。
もちろん、そういった魔物に対する備えもあるかもしれない――いや、無い方がおかしい。
それでも、危なそうなら退かせればいいだけだし、奇襲が成功すれば勢いで押し切れるだろう。
アドンとサムソンを送り出してしばらくすると、二体の接近を感知してか、城壁上の兵器群が起動し始める。
私はそれに向かって、届きもしない位置から大剣を横薙ぎに振って、それに合わせて兵器群を領域で無力化する。
聞くところによると、剣を振って斬撃を飛ばすスキルが存在するらしいので、それを真似てみたのだ。
というか、斬撃を飛ばすってどういうことだろう?
さておき、それだけだと射程がどうとかいちゃもんをつけられる可能性もあるので、大剣を投擲して重厚な門を吹き飛ばしておく。
剣が物理的に届く位置で、スキルが届かないということはないだろう。
ある程度兵器が沈黙したところで、ついでにマリアベルも投擲する。
彼女は何か言おうとしていたようだけれど、気づいた時には投げてしまった後で、絶叫に紛れて内容は分からなかった。
とにかく、彼らを砦の中に放り込んでしまえば、大型の兵器は使えない。
内部に兵器をぶっ放すことはないだろうし。
しばらくして、私とリリーは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した砦に悠々と侵入する。
作戦が上手くいっているようで何よりである。
捕まっていた亜人さんや物資を回収しつつ、まだ息のある逃げ遅れた人に止めを刺していく。
使い魔たちにも、逃げた人は無理に殺す必要は無いと言ってあるのだけれど、さすがに逃げ損ねた人まで生かしておくのは不自然だ。
多少の生き残りは構わないけれど、あまり見逃しが多くなると、魔物の襲撃を装っている意味が無くなってしまう。
こんな戦意の無い人を殺すのは教育上良くない気がするけれど――そもそも、リリーのような子供を戦場に連れてくること自体どうかと思う。
それでも、リリーがリリーなりに考えて出した結論なので、そこは尊重して、せめて何かを感じてくれればいいかなと思う。
……なのだけれど、逃げている人を獲物を見る目で見るのは止めようか?
◇◇◇
――第三者視点――
町や砦に魔物の襲撃があることは珍しいことではない。
特に砦においては、強大な魔物を人間の生存圏に侵入される前に討伐、若しくは撃退するための施設なのだから当然である。
とはいえ、労働力的にも物資的にも限界があって、人間の領域全てをカバーできるはずもなく、ひとつひとつは気休めにしかすぎない。
それでも、長い人間の歴史の中で、地形や魔物の習性までも利用して、効率的に造られてきたという積み重ねもある。
たとえ最前線の砦を迂回されたとしても、中央の大都市に近づくほど近隣の町や砦でカバーできる範囲が重なり、奥まで浸透するほど突破するのは難しくなる。
そして、どんなに強大な魔物でも、どんな大群でも、充分な戦力で包囲してしまえば殲滅できる。
というのは人々を不安にさせないための方便だ。
先日も、南東の砦が強大な悪魔の気紛れによって消失させられているし、他国では魔物ではなく人間に落とされた砦も存在するのだ。
もっとも、後者は規格外の英雄に、戦略上想定していなかった海を渡られての補給物資の集積地を叩かれたという、地形を逆手に取られたイレギュラーである。
しかし、それを抜きにしても、砦などでは防げない脅威は確実に存在するのだ。
太陽が地平の向こうへ姿を隠した途端に、砦中に非常事態を報せる警報が鳴り響いた。
「魔力反応あり――! 警戒ランクSだと!? 監視は何をしていた!?」
指令管制室で怒号が乱れ飛ぶ。
砦での警戒ランクは、冒険者ギルドでの六人一組で挑むことを前提としたランク付けとは尺度が違い、都市に及ぼす危険度を表したものである。
そして、そのSランクとは、都市壊滅レベルの脅威である。
先日消失した砦の、SSランク――国家存亡の危機レベルには及ばないが、彼らが慌てるのも無理は無い。
<敵影確認――デス! 繰り返す、デス出現!>
そんな彼らに観測所から追い打ちをかける報告が届く。
デスといえば、攻撃力こそ常識的な範囲――同ランクの竜や悪魔に比べての話だが、それを補って余りある特性を持つ。
物理攻撃が完全に無効な身体と、桁外れの魔法耐性。
攻撃能力そのものは低くても、豊富な状態異常攻撃に、特徴のひとつである大鎌で斬られると、掠り傷であっても即死する。
頼みの綱の聖属性兵装も、夜間であっては十全の効果は期待できない――と、砦との相性は最悪レベルの亜神である。
つまり、朝まで耐えられれば撃退できるかもしれない――という期待を込めてのSランクであり、彼らは遅滞か、防御か、後退か――いずれにせよ厳しい戦いを強いられることになる。
「なぜだ!? なぜこんな所にデスが出る!?」
砦の司令官には、降って湧いた不幸を嘆くことしかできない。
どんな戦術を採るにしても、この砦にデスの相手が務まる人材も装備もないのだ。
<更に敵影確認――デスがもう1体! 特殊個体と思われるデュラハン2! し、指示を請う!>
しかし、更に無慈悲な報告が彼らを襲う。
「莫迦な!? デスとデュラハンが2体ずつだと!? どちらも死を司る最上級の魔物ではないか! ここは地獄か!? どれだけ我らを殺したいのだ!?」
「どこかに召喚士がいるのではないか!?」
「莫迦を言うな! あんな神にも近しい魔物を使役できる術者などいるわけがない!」
「とにかく攻撃だ! 効果が落ちるといっても撃たんわけにもいかん。ありったけの聖属性弾をお見舞いしてやれ!」
<こちらからでは召喚士は確認できず――観測を続ける>
<了解。とにかく砲撃を開始する>
「くそっ! これは最近流行りの邪教徒の仕業――もしや、東の砦を襲った悪魔では!?」
その言葉を最後に指令管制室は沈黙した。
<砲撃まだか!? デス、距離500――なっ!? デュラハンが斬撃スキル――投擲!? 門が、この距離を!? 管制室が――>
観測していた兵士の言葉が詰まる。
出現位置から全く動いていなかったデュラハン――やけに大きい頭を抱えた特殊個体が、大剣を一閃させたと同時に、城壁に据えつけられていた兵器群を城壁ごと両断された。
その直後に投げた剣が城門を突き破り、そのまま射線上にあった管制室まで破壊する。
砦の機能のうち、手足をもがれ、頭を潰された。
そうなると、次に潰されるのは――それに思い至った観測手が最後に見たものは、自分に向かって飛んでくる大剣――を振り被った小さなデュラハンの姿だった。
砦の内部は大混乱に陥っていた。
警報からしばらくしてから響いた――今も響き続けている轟音と地震のような振動は何なのか。
攻撃を受けているのは確かなようだが、何が攻めてきたのか、戦況はどうなっているのか、自分たちはどうすればいいのかなどの情報や命令は一切入ってこない。
それでも、帝国軍人としての誇りを胸に、規律と秩序を――といっていられたのも、「死」が壁を突き破って姿を現すまでだった。
壁を突き破って現れたのは、1体のデュラハン。
子供のような背格好だが、振り撒く濃密な気配は避け得ぬ死そのもの。
「私も長いこと生きて――アンデッドやってますけどー、こんなに投げられたのは初めての経験ですよー。死ぬかと思いましたー」
瓦礫の中からのそりと立ち上がり、何事かを呟くデュラハン。
その腰には、観測班に所属していた男の首が根付けのようにぶら下げられていた。
「主に投げられるなど何というご褒美か」
そこに現れたのがデュラハンだけなら、まだ彼らにも抵抗する余地はあったのかもしれない。
確かに、彼らの能力ではデュラハンの高い防御力を打ち破ることは困難である。
しかし、デュラハンの主な攻撃方法である、近接武器による攻撃はただの物理攻撃なので、対処は可能。
固有能力《死の宣告》の範囲は狭く、また、使用には長い溜めが必要になるのは知られている。
しかし、何も無かったはずの空間から、突如デスが出現したことにより、戦うなどという選択肢は完全に消失した。
どんな勇者や聖人でも、夜間にデスと戦うなど自殺行為でしかない。
唯一の救いは、デスは移動速度が遅い――短距離《転移》は使うものの、それを含めても逃げられないレベルではない。
「私にはそんな趣味はないんですけどねー。でもまー、出来高がいっぱいなので良しとしますー。今度は出遅れずに済みましたー」
「主には殺しすぎるなと命じられたが、逃げぬのであれば致し方ない。主が到着される前に片付けねばな」
そして、更にデスがもう1体、彼らを挟み込むように現れたことで、逃げることさえ分の悪い賭けになった。
帝国兵たちにも、デス同士が何か話しているのは聞こえていたが、恐怖と混乱のせいか、それが意味するところを理解することができない。
大半の帝国兵は、悪い夢でも見ているかのように呆然と立ち尽くしていたが、どこからか聞こえた「司令部が陥落したらしい、逃げろ!」という声に突き動かされるように動き出す。
それと同時に悪夢も動く。
最前列――逃げる帝国兵たちの最後尾にいた何人かが、目にも留まらぬデュラハンの大剣の一閃で真っ二つにされ、デスの持つ大鎌に、まるで農作物を収穫されるかのように首から上を切り取られる。
「雑だな」
「もう少し美しくやれんのか?」
「私のは先輩らみたいな神器じゃないんですよー。能力の差はともかく、得物の差が大きすぎるんですから、無茶言わんでくださいよー。あ、ユノ様にお願いしたら、私のも神器にしてくれますかねー?」
「莫迦者。ユノ様の名を出すなと言われていたであろう」
「貴様も言っておるではないか。ユノ様もうっかりの多いお方だが、貴様らと違ってユノ様のそれには愛らしさがある。むしろ、あざとさすらある」
「あー……。残念ですけど、聞いちゃった人たちは狩らないとダメですねー」
悪夢は互いに何やらやり取りしながら、ゆっくりと、確実に逃げ遅れた者を刈り取っていく。
本当に悪夢であれば、目が覚めてしまえば笑い話にできるのだが、崩れ落ちる砦や仲間の悲鳴、埃っぽい空気に混じって漂うむせ返るような血の匂いに、いやでも現実なのだと思い知らされる。
帝国軍人としての誇りなど、既にどこにもない。
望んではいない、ろくでもない仕事もさせられていたとはいえ、最前線で人の世界を魔物の脅威から守っているのだと誇りを持っていた彼らは、今では恐怖で竦んでしまった身体に鞭打ち、仲間を押し退けてでも逃げるだけの獣であった。
少しでも逃げ遅れた者は、首を刈り落とされる。
盾も、鎧も、スキルも、レベルも、何もかもお構いなしに切り捨てられる。
少しでも早く走るために、武器も鎧も捨てて走る。
息が続く限り走り続け、息が切れても這ってでも、少しでも遠くへ。
幸いなことに、結構な人数が砦から脱出できていたが、誰ひとりとして後ろを振り返らずに走り続けている。
恐怖も疲労も限界に達していたが、万が一にもその禍々しい姿を見てしまうと、今度こそ絶望で動けなくなる。
それに、そんな体力があるのなら、今は一歩でも遠くへ逃げるだけだ。
◇◇◇
――ユノ視点――
想像よりかなり多くの死者が出た。
というより、仲間同士の足の引っ張り合いがすごかった。
「我らは本来、普通の人間にはこれくらい恐れられるものなのです」
「そうですよー。こう見えて私たちは死を告げる者ですからー、命ある者は本能的に私たちを恐れるんですよー」
「全く我らを恐れないユノ様や、ミーティア様たちが特殊なのです」
何の言い訳か自己アピールなのかは分からないけれど、深追いするなという私の指示どおりに、作戦は終了した。
そして、私の許に戻った使い魔たちが戦果の首を並べて跪いていた。
もちろん、単純に戦果を競っているだけだと判断して、受け取らない。
砦もほぼ瓦礫の山となって、逃亡者さんたちの姿も目視では確認できなくなってから残務処理に入る。
使い魔たちに、僅かに残っていた、気絶しているだけの人や、瀕死の人の止めを刺しに行かせる。
私はといえば、幻術も解けて元の姿に戻っていたのだけれど、リリーが離れようとしないので抱っこを続けている。
もしかすると、いつも以上に甘えているのは、アイリスたちの前で甘えるのは恥ずかしいとかそういうことだろうか?
もちろん、そんなことを無神経に確認できるはずもなく、何とはなしにリリーを眺めていると、ふと異変に気づいた。
リリーの尻尾がまた増えている。
私に幻術を掛け続けていたからだろうか。
確かに予想してしかるべきだったけれど、こんなに簡単に魔王にリーチをかけてもいいのだろうか。
いや、9尾になったから即魔王ということもないだろう。
それに、成長自体は悪いことではない。
多分。
そのはずだ。
まあ、遠慮なく甘えさせてあげられる機会も滅多にないので、尻尾のことはとりあえず保留として、回収した亜人さんたちを取り出して、朔に現状を説明してもらう。
なお、砦に捕まっていた亜人さんのうち、猫人さんは6人だけだった。
それ以外には、額に2本の角と、先端だけ毛がふさふさの尻尾、そして大きな――とても大きなお胸が特徴の牛人さんが90人ほど。
牛人の男性の方は、身体は大きいけれど、残念ながらそれ以外にあまり特徴がない。
とにかく、兎と犬の時と同じく女子供が多いのは、維持管理や運搬にかかるコスト、そしてくだらない趣味の問題だろうか。
単純な労働力なら、ゴーレムという自動人形とか、魔法の道具でも代用できることも少なくないので、特殊能力が無い男性の需要はあまりないのだろう。
説明には、かなり労力と時間を要した。
彼らが突然放り出された状況が、亜人の子供を抱いて踏ん反り返る天使猫、喋る子猫人形、それを彩る色取り取りの生首、そして瓦礫の山。
話が頭に入らないのも無理はない。
そこへ、追加の生首を手に戻ってきた使い魔たちが、更に状況をややこしくする。
『まあ、解放するのはもう少し先になるけど、君たちは自由になった。今後の身の振り方を考えておくといい』
今すぐ決められることでもないし、今は帝国の魔の手から救出されたことだけ理解してもらえればいい。
本当に救いだったのかはまだ分からないけれど。
朔が必要なこと言い終わると、再び亜人さんたちを再び取り込む。
多少なりとも落ち着くだけの時間があったせいか、何人かにレジストされてしまったので、シャーっと軽く威嚇して全員取り込んだ。
どうにも猫っぽい仕草が刷り込まれている気がする。
山賊退治した後からなのだけれど――私の身に何か起こっているのだろうか? と、今更なことを考えてしまう。
朔は、私をどうしたいのか――いや、消化不良の天使が影響しているのか?
私としては、消化不良という実感は無いのだけれど……。
まあ、仕草だけならそれほど問題でもないか?