10 異世界密室ミステリー~いしのなかにいる~
みんなの許に戻ると、大まかな事情を話す。
それから、ジェンキンス男爵の弟さん(仮)を、アイリスの再生魔法と回復魔法で、部位欠損までまとめて治してもらった。
異世界の医療技術ヤバいね。
なお、再生魔法の仕様では、欠損からの時間経過に伴って復元率が落ちるそうで、彼くらいのものはなかなか難しいらしい。
しかし、アイリスのレベルの高さもあってか、完全とはいかないまでも、リハビリ次第では歩けるようになるレベルにまで再生した。
衰弱状態まではどうしようもないけれど、それはしっかり食べて寝て動いていれば、そのうち良くなるだろう。
一応、通信珠を使ってアルに照会したところ、男爵家現当主の年齢は35歳らしく、それ以外の人相の特徴などは口頭では伝わらなかった。
少なくとも、弟がいることは事実だそうだけれど、男爵の弟さん(仮)がその弟かどうかは、アルも顔を知らないので確認のしようがないらしい。
この弟さん(仮)が本物であれば、古傷の状態から、少なくとも半年以上前――前男爵存命中から拉致されていたことになる。
もしかすると、前男爵は彼の件で脅迫されていたという可能性も考えられる。
今更ながら、山賊の頭目さんに、弟さん(仮)をいつ頃攫ったのかを聞いておけばよかったと思ったものの、時すでに遅し。
彼の肉体はすぐそこの川を流れていて、魂は三途の川でも渡っているところだろう。
後は、頭目の言っていたローブの人を探すくらいか。
その特徴だけでは探しようがないけれど、ローブを着た怪しい人には注意するようにしておこう。
◇◇◇
ひとまず、これからお貴族様との面会になるため、窓口となるアルが合流するまで待つことになった。
アルの移動時間は《転移》魔法のおかげでそれほどかからないそうだけれど、いきなり言われても都合があるということで、結局三時間ほど待たされた。
「おう! 久し振り――ってほどでもないのに、なぜ宮型? ああ、デュラハンってそういう……。てか、馬車でかくね? 何体乗せるつもり――ああ、もしかして葬儀屋でも始めるの? アイリス様が供養して、デュラハンが墓地まで運搬して、デスがあの世に連れていく完璧な布陣だな! 積極的に顧客を生み出していく営業スタイルいいよね。って、よくねえよ! というか、通信でニャーニャー言ってたの何だったの? あざといんだけど? 生で喋ってみ? 治った? 何言ってんの? 許されると思ってんの!?」
合流した途端、何だか荒ぶっていた。
というか、生ひとりノリツッコミとか、ひとりキレ芸、初めて見た。
確か、前世のアルの故郷は関西だったか。
なるほど。
ツッコミが魂にまで刷り込まれているのかもしれない。
さておき、合流早々、アルは弟さん(仮)が囚われていた現場を調べたいと言って、第一発見者である私を連れて現場検証を行う運びとなった。
《鑑定》では氏名はさておき家系などの個人情報を知ることはできないそうで、同姓同名であっても、弟さん(仮)が本物かどうかは本物を知る人に訊かなければ分からないらしい。
なので、その前に、確証とまではいかなくても、少しでも証拠となるようなものが残っていないかを調べておきたいようだ。
現場に着くと、アルはおよその情報を使い魔たちそれぞれから聞いて、気になる場所を物色していたり、何やら魔法を使っていたりしていた。
私を連れてきた意味はあったのだろうか?
いや、暗に山賊の頭目さんを殺してしまったことを責めているのだろうか?
まあ、喰うのがいやだったので雑に解放したけれど、魔法やスキルで情報を引き出せたかもしれなかったと思うと当然か。
生き返らせる――いや、同一存在を創るか?
それで用済みになったらまた殺すの?
さすがに外道すぎるから止めておこう。
仕方がないので、《子供騙し》でコーヒーを出して、アルに差し入れることにする。
さすがにお酒を出せる雰囲気ではないので、これが限界だろう。
「おっ、サンキュー。ふう……落ち着く……。自動販売機のドリンクも美味いけど、ユノが直に出してくれたのは格別だなあ」
「煽てても何もでないよ」
いや、コーヒーは出したけれど。
ミルクとかお砂糖も出す?
「みんなの話を聞いてると、ひとつ引っ掛かることがあってな。それを調べてたんだけど――」
アルが引っ掛かりを覚えたのは、ローブの人がどうやって山賊との接触のタイミングを計っていたかという点らしい。
当然、貴重な《転移》魔法の使い手が、山賊ごときの専属になるはずがないので、ずっと監視していたという線はあり得ない。
監視用の魔法や道具、使い魔の存在も確認できなかった。
《隠蔽》のスキルや、《隠匿》《認識阻害》の魔法が掛けられている可能性も考慮して、魔法や物理的な罠を動作させなくする《解除》や、《解除》が効かない魔法を強引に無力化する《魔法破壊》を掛けて回ったけれど、それでも反応は無かった。
その結果と合わせて、アルを上回る魔法の使い手というのはなかなか考えられないので、それらの可能性は無かったものと考えていい。
頭目さんが嘘を吐いていた可能性――は、彼が命が懸かった状況で、平然と嘘を吐けるほど豪胆な人物には思えなかった。
少なくとも、魂や精神の状態からはそんな余裕なんて無いように見えた。
それを証明するのは無理だけれど。
『ボクとしては、人質、山賊の中に、それぞれひとり以上の連絡員がいたと思う。人攫いよりも、男爵の身内の監禁の方が重要度が高かっただろうし、監視やコントロールできるように手駒を送り込んでおくのが普通かなって思う』
「俺も同意見だ。さすがだな。まあ、男爵の弟の重要度はもうそんなに高くないと思うけど。でもまあ、よく考えたもんだよな。公爵領の荒れ様はいうまでもなくて、男爵領も余力が無いから盗賊討伐にまで手が回らないし、王国が軍を動かすほどのことでもない。冒険者でも、よっぽどの物好きでもなきゃ、こんな安い盗賊討伐なんて依頼は受けないし、もし発覚したとしても山賊に罪を擦りつけられる。でもまあ、欲をかいて処分しなかったことが裏目に出たんだけど、個人的に怪しいと思うのは、報復に参加しなかったって人かな」
『ボクもそう思って、ボクたちの中に閉じ込めたまま情報は渡してない。上手くやれば黒幕とまではいかないと思うけど、ローブの人くらいなら誘き出せるかもしれないしね』
朔にも、彼女たちの記憶を喰えば――という発想はあるようだけれど、記憶と事実は必ずしも一致しないことも理解している。
そこから先を知る方法もあるのだけれど、それは朔にはできないらしく、やれば世界の敵になること間違いなしなので、やる気はないし、朔も勧めてこない。
少なくとも、公爵に対する手札を得る程度のために使うような手札ではない。
「よくやった! いや、でもデスとか見た後なら警戒しちまうか……。洗脳系は苦手なんだよなあ」
『一応、アドンとサムソンが《混乱》とか《忘却》の魔法を使って記憶を消したかあやふやにしたとは言ってたけど。必要なら他にも処置するけど?』
「それなら大丈夫か。処置は――そんなもんでいいんじゃないかな。じゃあ、ちょっと泳がせてみようか。」
『おっけー。じゃあ、一旦戻って作戦会議でもやろうか』
何このふたり。
名探偵なの?
◇◇◇
再びみんなと合流すると、弟さん(仮)と復讐に参加していなかった女性、それと適当な使用人さんをもうひとりを選んで取り出して、ファントム号に乗せて領主の館を目指す。
名目としては、弟さん(仮)は経過観察のため、復讐に参加していない女性――ローブの人との連絡役だと思わしき被疑者は彼のお世話のため、もうひとりの女性も名目は同じだけれど、こちらは被疑者の彼女を警戒させないための賑やかしだ。
それ以外の人に関しては、馬車の容量的な問題ということで、男爵家に着き次第、稀代の英雄アルフォンス・B・グレイ辺境伯のすごい魔法で連れてくる――という筋書きになっている。
また、山賊たちを退治したのも、アルの指揮の下で、私たちが力を合わせて戦ったと《洗脳》している。
そんな説明でもすっかり信じてもらえるくらいに、アルの名前は特別なものらしい。
翌々日の、日も落ちようかという頃に、領主の館に到着した。
貴族様のお屋敷を訪ねるには非常識な時間だったけれど、アルが当主の弟さん(仮)を保護してきたので確認してほしいと守衛の人に告げると、すぐに面会に応じてくれた。
なお、守衛さんや家令さんは、行方不明だった弟さん(仮)の帰還よりも、アルの訪問に驚いていたように見えた。
彼らにしてみれば、新年会にも呼ばれないような末端の貴族の家に、現在王国内で最も勢いがあるといわれている家の当主が、アポイントメントも無しに訪ねてきたのだ。
寝耳に水どころの話ではなく、お家の存亡をかけた一大イベントだと思ったのかもしれない。
それに、アポ無しだったのも、喫緊の用件であると錯覚させたのかもしれない。
まあ、アポに関しては完全にアルの都合である。
「俺、今、超忙しいし、この件でもっと忙しくなるし、言っちゃ悪いけど、男爵に時間かけてられないんだよね。それにまあ、公爵の手の者が入り込んでないとも限らないし、いろいろ考えるとこれが正解かな」
ということなので、私が気にすることではない。
そもそも、アポイントメントを取るための先触れを出すにしても、私に出せるのはアドンかサムソンかマリアベルかくらいなので、出さない方がマシだと思う。
弟さん(仮)が本物かどうかはまだ分からないけれど、拉致被害者の半数は男爵家の使用人であったことは確認できた。
残りの人たちの身元は、また改めて調べるそうだ。
猫人さんたちは、男爵の件とは別のまた面倒臭そうな問題があるので、もうしばらく朔の中で辛抱(強制)してもらって、後で対応することにする。
応接室に通されて、男爵を待つこと十分。
「お、お待たせして申し訳ない。ジェンキンス男爵家当主の【ジェレミー・ジェンキンス】です。グレイ辺境伯におかれましては、当家の者を保護していただいたこと、アイリス様におかれましては、再生魔法までお使いいただいたこと、心より感謝申し上げます」
恐らく、必死で体裁を整えていたであろう男爵が、息を切らせてやってきて口上を述べた。
男爵は、情報どおり三十台半ばの中肉中背、良くも悪くも特徴のない、あえて褒めるとすれば人の好さそうな人相の男性だ。
そんな男爵が、やって来て早々深く頭を下げていた。
そこにはアポ無しでやってきた私たちを責めるような様子はなく、本気で申し訳なさそうにしているように見える。
というか、アルの隣に座っている私にも、非常に困惑しているように見える。
私など、新年会に出ていない人にとっては「誰だよ?」となるのも当然で、出ていた人にも「誰だよ!?」となるのも当然なので、そうなるのも無理もない。
というか、今更だけれど、私がここまでついてくる必要は無かったのでは?
まあ、それでいうと、アイリスやソフィアもついてくる必要は無かったし、男爵も困惑しなくて済んだだろう。
事情を知らない彼からすると、何の集団か分からないだろうし、これもアルの作戦の一環なのだろうか。
それはさておき、男爵に続いてふたり連れ立って入ってきたのだけれど、そのうちのひとりは監督役なのだろうか。
きっちりとした身形に、隙のない表情。
何をかは知らないけれど、見逃すまいと神経を張り巡らせている。
彼にとっては、非常に神経質にならざるを得ない状況なのだろう。
もうひとりは、小柄で細身の体形に、中年ながら人懐っこい笑顔が印象的な、それでいて伸びるに任せただけのようなボサボサの髪で台無しになっている感じの人だ。
私たちが言えたことではないけれど、ものすごく場違いな人だ。
兄弟とか奥さんってことはないだろうし、誰だよ?
「初めまして、ジェンキンス男爵。あまり緊張しないでいただきたい。今日は王国貴族として訪れたわけではありませんし、突然の訪問にもかかわらず快く招き入れていただいたこと、こちらの方こそ感謝します。さて、こちらのお方々は――」
アルの挨拶と紹介に続いて、私もソファから立ち上がって一礼し、同席していたアイリスも流暢に挨拶をする。
アルから余計なことは喋るな。
むしろ、ひと言も喋るなという圧力を感じる。
「これはご丁寧に……。ああ、こちらの方は、当家の事情はご存じだと思いますが、王都から派遣されてきた【ブラッドリー・ウィリス】監督官殿です」
「ブラッドリー・ウィリスです。職務上、所属などに関するご質問はご容赦ください」
なるほど。
下手に所属を口にすると、圧力をかけられたりするのかもしれないのか。
名前も偽名かもしれないけれど、特に興味が無いのでどうでもいい。
「もうひとりは私の友人で、ギンダー男爵家の三男で【コーディ・ギンダー】殿です。たまたま用事で居合わせただけなのですが、どうしても貴女を見てみたいと」
誰?
私?
「どうも、コーディ・ギンダーです。一応男爵家の出ではありますが、ここよりよほど貧乏な泡沫貴族ですがね。しかし、なるほど。噂どおり――いや、噂以上ですな」
場違いなこの人も貴族だったらしい。
というか、私を見たいというのは野次馬的なことではなく、観察という意味なのだろうか。
人懐っこい顔の裏で、しっかりと私たちを観察されている。
それでも私の姿にツッコミがないことを思えば、やはり私の姿はそこまで珍しいものではないのかもしれない。
「貴女の噂は聞いていますよ。俄かには信じ難いですが、一年以上も行方不明だった彼の弟を救助したことや、何より聞きしに勝るその美しさ。まるで天使のようだというのが比喩でないなど、さすがの私も読めませんでした。私がもう十年若ければ――」
ギンダーさんは思ったよりよく喋る人だった。
男爵があたふたしている。
というか、私と天使を一緒にするなんて、見る目がないとかそういうレベルじゃない。
友達は選んだ方がいいと思う。
「ところで、弟君の容体はいかがですか?」
しかし、私に対するわけの分からないアプローチには、アルとアイリスの鉄壁のガードがある。
アイリスは、にこやかに微笑んでいるだけだけれど、何だか怖い。
「あっ――と、失礼いたしました。先ほど当家のかかりつけのお医者様を呼んだところで、詳しいことはまだ。――ですが、酷く衰弱していましたが、二度と会うことはないと覚悟もしておりましたので、まずは無事に帰ってきたことを喜ぼうと思います」
どうやら、男爵弟さん(仮)から(仮)が取れたらしい。
どうやって、何のために攫われたのか――はアルに任せておけばいい。
「――それで、謝礼なのですが……。お恥ずかしい話ですが、当家にはあまり――いえ、まるで蓄えがないものでして……」
男爵がものすごくバツの悪そうな顔で謝礼について切り出したけれど、それは別の形で頂く。
「金品での謝礼は結構ですので、少しお話を聞かせていただけませんか?」
アイリスがそう返すと、花が咲いたような笑顔でにっこり笑う中年がいた。
相当にお金が無いのは理解したけれど、この分かりやすさは貴族としてどうなのだろう。
「そう言ってもらえると有り難い」
「そういうことでしたら、友のために、この私がとっておきの話をして差し上げよう。――あれは三年ほど前の、激しい雨の降る日だった。私は険しい山道で――」
「いや、コーディ君、少し黙っていてくれ。――それで、話というのは父のことでしょうか?」
もっと面倒なやり取りになるかと思っていたけれど、いろいろとわきまえてくれているようで大変よろしい。
何だかわきまえていなかった人もいたけれど。
「監督官殿の前でこんなことを言うと、資質を疑われるかもしれませんが、正直なところ、父が王国に反逆するとは思っておりませんでした」
「私の職務外のことには立ち入りませんし、プライベートなことなど、問題が無ければ報告もしませんよ」
ウィリス監督官が、言外にジェンキンス男爵の敵ではないと示していた。
彼もこの男爵や前男爵が本気で反逆を考えていたとか、今も考えているとは思っていないのだろう。
「弟が失踪――いえ、誘拐されてからいろいろとあったようですが、貴族の責務として、何があっても民を犠牲にすることはできないと常々言っていた、そういう父でしたから」
彼の言葉からは、前男爵は、家族のために民や王国を裏切るようなことはしない、という感じに聞こえる。
私とは正反対だけれど、どちらが正しいというものではない。
「内心では葛藤があったのは見ていれば分かりました。ですが、最後まで反逆の兆しには気づきませんでした」
といっても、あるのは結果だけ。
最も疑わしいのは、公爵による洗脳支配だけれど、公爵を追い詰められるだけの証拠が無い。
いや、正確には、他国の介入を拒絶できるだけの大義名分や抑止力、介入される前に全てを終わらせるだけの準備が必要なのだろう。
朔がそんな分析を出している。
「ですので、このギンダー殿の力を借りて、父に何があったのかを、真実を知るために調査していました」
ジェンキンス男爵は、真剣な目で、何かが裏にあると私たちに訴えかける。
そんなことは知っているし、どうでもいい。
必要なことは、公爵が逃げられない状況を作り出すこと。
ミステリーやサスペンスではないのだから、真実かどうかはさして重要ではない。
「それをここで言ってしまうのかい? やれやれ――彼女らがまだ敵か味方かすら分かっていないというのに」
それを口にするギンダーさんもどうかと思うのだけれど、空気が読めない彼は続けて口を開く。
「とはいうものの――彼女らが敵側だとすると、弟君を助ける意味がないし、間諜にしても、これだけ目立つ意味が分からない」
私たちからすると、貴方の立ち位置が一番分かりません。
少なくとも、ひととおりの調査は王国側で既に行っているはずなので、彼がそれ以上の調査能力や頭脳を持っているということなのだろうか?
「まあ、私たちとは別に何かの捜査をしている、というところなのだろう」
ギンダーさんが、ドヤ顔でこちらを指差す。
しかし、そのくらいのことは誰にでも分かることだと思う。
そして、バレたからといって特に問題にはならないことだ。
というか、隠していないし。
「概ねそのとおりですよ」
「手の内を見せるのは主義ではないのですが、ここはひとつ、情報交換といきませんか?」
アルの返答に気を良くしたギンダーさんが、立場を忘れた発言をする。
アルが調子に乗せたのだから、アルが責任取ってよ――と目で訴える。
「申し訳ないが、一応機密に当たりますので、私の一存では貴殿に情報を漏らすわけにもいきませんし、私と貴殿の間に、それを超える信頼関係もありません」
「コーディ君、黙ってて! グレイ辺境伯、申し訳ありません。彼は普段はいい奴なのですが……」
『来たよ』
そんなことよりも、私たちは私たちの目的に沿って動くだけだ。
最初から犯人や犯行動機を推理するつもりなんてないし。
「ソフィア、今からしばらくの間、館から誰も逃がさないで」
「任せて」
「――だから、機密など知ったことではないのですよ! 私は真実が知りたいだけなのです! さあ、彼を保護した時の状況を話すのです!」
私たちの会話は、大声で駄々を捏ねているギンダーさんによってカモフラージュされた。
しかし、この人、アルや監督官の前で無茶苦茶だ。
「さっき教えられないって言ったでしょう? 知ってどうするんです? どうなるんです? 機密の意味、ちゃんと考えてますか? 何かあったときに責任を取らされるのは私なのですよ?」
「そんなことは知らん! 私は! ただ! 真実を知ることができればそれでいい!」
手の内は見せなくても、醜態は見せてもいいらしい。
何だか分からないけれど、必死である。
「申し訳ない……。その、本当に悪い男ではないんです。ただ、彼は魔法の才能が全く無くて、そのせいでのめり込んだ推理とかトリック小説が大好きすぎて、時々自分を見失うんですよ…」
ジェンキンス男爵が、興奮するギンダーさんを押さえつけながら、彼に代わって弁解していた。
やはり、人は暇を持て余すと、お金のあるなし問わずにろくなことをしないのだろうか。
「キャーーーーー!!」
そんな折、絹を裂いたような悲鳴が屋敷中に響き渡る。
「事件か!?」
ギンダーさんの目がキラリと光る。
真面目な顔をしているものの、口元が緩んでいた。
ああ、この人は今、ミステリーとかサスペンスの主役――名探偵気分なのだ。
彼からしてみれば、謎が謎を呼ぶ最高の展開なのかもしれない。
この近くに崖はなかったと思うけれど、アルなら作れるはずだし、名探偵の推理に乞うご期待してもいいのだろうか?