09 伝染るんです
恐怖という名の枷を填められて、逃げることはおろか、声すら出せない頭目と被害者たち。
困る私。
拉致被害者のうち、男性はひとりだけで、残りは全て女性だった。
その大半は、その状態から、山賊たちの欲望を満たす目的で生かされていたように見える。
後は、なぜ捕まっていたのか分からない、私から翼と輪っかと人の耳を引いたような猫の亜人さんが3人。
こちらも人族の女性たちと同じくとても怯えているけれど、彼女たちの身形は人族の女性たちより清潔で、暴行を受けたような跡も見えない。
人質か売り物――なのだろうか?
人族至上主義というのもいるらしいし――いや、それだと殺してお仕舞いか?
分からない。
もしかすると、これからだったのかもしれないけれど、彼らに囚われていたことを思えば、どちらにしてもろくな未来は待っていなかっただろう。
しかし、彼女たちのことよりも、山賊がわざわざ男性を攫って生かしていたことが気になる。
その男性から直接話を聞ければよかったのだけれど、手足の腱を切られていて、更には歯と舌まで抜かれていて衰弱も激しく、とても話ができる状態にないっぽい。
とはいえ、全て古傷で、今すぐに死ぬような容体にも見えないので、私が手を出すのはアイリスにどうにもできなかったときでいいだろう。
さておき、待っていても一向に誰も口を開こうとしない。
こんなときに司会進行を務めてくれるはずの朔も、なぜかだんまりだ。
というか、大人しすぎて逆に不気味だ。
「状況説明」
仕方がないので、情報を得られるところから得ておこうと、特定の誰かを指定せずに簡潔に問いかけてみた。
「――ご主人様が問うておられるのです。さっさと答えるのです」
彼女たちの返答が無かったのを不満に思ったマリアベルが、大剣を肩に担ぎ直しながら返答を急かす。
というか、急かしすぎ。
1秒も経っていなかったよ?
「あの、ボクたち、助けてもらえるのですかニャ?」
「愚か者め、質問しておるのは我らの主だ。貴様らはただ問いに答えればよいのだ」
「それは貴様らの返答次第だ」
意を決して声を出した猫の亜人さんを、アドンとサムソンが一蹴する。
愚か者呼ばわりされた猫人さんはすっかり怯えてしまって、耳はペタンと伏せ、尻尾は哀れなほど股の間で丸まっている。
質問に質問で返すのはよくないそうだけれど、自分たちの状況を知りたいと思う気持ちは理解できるし、質問に答えるにも、最低限の前提条件くらいは明らかにしていないのは、質問側の手落ちだと思う。
可哀そうに――と思う傍ら、朔が何だかそわそわしているような雰囲気で、そちらが気になって仕方がない。
「ボクたち、どこかに売られるらしいですニャ」
怯えてしまった猫人さんを庇うように、別の猫人さんが質問に答えた。
売り物だから身形がマシだったのだろうか?
もしかすると、受け渡しの日が近かったのかも?
「わ、私たちはジェンキンス男爵家の使用人で、こちらのお方は男爵家の次男のリチャード様です」
猫人さんたちの発言で勇気を得たか、人族の女性も続いて答える。
その言葉が本当なら大当たりなのだけれど――アルに男爵家の家族構成でも聞いておけばよかった。
「この場で証明できますか?」
マリアベルが当然の疑問と大剣を突きつけ、その風圧で自称使用人の顔が歪む。
脅しは要らないんじゃないかな?
「も、も紋章入りの品は、すす全てそその男に奪われれれした。でですが、ごごご当主様にか確認を取ってもられえれればば」
剣を突きつけられた女の人が、残像が見えそうなほど震えていたので、マリアベルを大剣ごと摘まみ上げる。
ミーティアを連れてきた方がよかっただろうか?
しかし、これが嘘なら逆に大したものだ。
摘まみ上げたマリアベルを、情報以外にもいろいろ漏らしそうな女の人から、頭目さんの方へ方向転換させる。
更に空気を読んだアドンとサムソンも頭目さんを取り囲んで、彼にとって悪夢のような現実が完成する。
こんな時だけ見事なコンビネーションを発揮する、案外お茶目な使い魔たちである。
「おお、俺は何も知らねえ、全部命令されてやったことだ! こ、殺さないでくれるなら、全部喋る! だから――」
いろんな体液を撒き散らしながら喚く頭目さんに、にっこり微笑んで見せる。
よくこれだけ汁が出てくるものだ。
人間の身体ってすごいね!
頭目さんにはよほど学がないせいか、それとも時間稼ぎでも図っていたのか、要領を得ない話をダラダラと続けられたのだけれど――要約すると、彼らの仕事の大半は、容姿はおろか性別や名前も分からないローブの人と取引だったそうだ。
そのローブの人からの要求は主にふたつ。
奴隷にする目的での人攫いの依頼――亜人も含めて、特に女性や子供を。
もうひとつは、男爵の次男を殺さない程度に飼っておくこと。
人攫いについては、容姿が良くて健康であれば高値で買取ってくれたので、山賊家業の合間に誘拐などの仕事も行っていたらしく、後者は貴重な固定収入になっていたので、面倒でも断れなかった。
しかし、山賊側からの連絡手段はなく、ローブの人の来るに任せていただけで、不思議といつもタイミングよく現れていたそうだ。
その人物について分かっているのは《転移》魔法が使えることのみで、最大で4人同時に《転移》していたのは確認しているらしい。
それだけでもかなりの使い手と分かる相手で、裏切るとか、殺して身包みを剥ごうなどとは考えられなかったらしい。
その人物が公爵勢なのか帝国勢なのか、はたまたそれ以外の第三勢力なのか、頭目さんの話だけでは全く判断できない。
つまり、そこを調べるにはローブの人か、その上の人を捕まえなければどうにもならない。
とはいえ、今回は目的地である男爵家に土産ができただけでも上出来だろう。
彼の素性が本当ならだけれど。
とにかく、アイリスに相談して、アルにも連絡を取るべきか。
「こ、これで全部だ。や約束どおり逃がしてくれよ?」
ひと息に話し終えた頭目さんは、息も荒いままに約束を拡大解釈する。
私は何も言っていない。
百歩譲って、殺さないことは約束したことにしてもいいけれど、逃がすとまでは約束した覚えはない。
というか、臭いから関わり合いたくない。
それでも、拉致されていた人たちの縋るような視線を余所に使い魔たちを下げて、目で行け――と促した。
すると、彼は折れた足を引き摺るように、時折こちらを振り返りながら
目が口ほどに物を言ったらしい。
とはいえ、どうやって馬に乗るつもりなのか、よしんば乗れたとしても、ひとりで生き延びられると思っているのか。
ああ、ポーションでもあれば治るのかな?
とにかく、最後まで諦めない姿勢だけは評価するべきか。
しかし、頑張っている人の姿は、どんな人でも素敵なものに見えるから不思議だ。
だからといって、手心を加えようとかは全く思わないけれど。
悔しさゆえにか、顔を歪めている被害者さんたちの前まで歩くと、何度か彼女たちと頭目を交互に見やった後、ひとつため息を吐いて、今度は剣や槍や棒を取り出して、再び目で厩を示す。
約束は破っていない。
そもそも、誰とも約束をしたつもりもないし、していても破ることにも何の抵抗も無い。
私と彼との間に、約束が有効に成立するだけのものが無いのだ。
現代日本では、法的には申込みに対する相手方の承諾で契約が成立する――一部例外を除いて口約束も有効だけれど、そんなものはこの世界では通用しない。
とはいえ、彼女たちのためにそこまでする理由も無い。
強いていうなら、男爵家に対してのポイント稼ぎだろうか。
それも、リチャードさんとやらがいれば充分だし、余計なことを話されると面倒なので、みんなまとめて殺しておこうかとも思ったけれど、さすがに独断専行はまずいかと思って踏み止まった。
ということなので、やりたいなら自分たちでやればいい。
その結果返り討ちに遭ったとしても、お互いの命を懸けてのことなのだから、その覚悟くらいはしておくべきだ。
真っ先に動いたのは、猫人さんの3人。
遅れて人族の女性たち。
猫人さん、超元気だ。
なぜ捕まっていたのか分からないくらい。
数の差、武器の有無、足が使えないハンデ。
それらを差し引いても、頭目さんの方にもレベル差というアドバンテージがあるはず。
それをうまく活かせば、何か犠牲を支払ってでもひとりふたり殺して、彼女たちに痛みや恐怖を思い出させれば、逃げ果せるチャンスはあったのかもしれない。
しかし、恐怖から、痛みから、死から逃げようと、それだけに囚われた頭目さんは、「約束が違う!」とか、「騙したな!」と人聞きが悪いことを言うだけで、ろくな抵抗もできていない。
そうして、下手にレベル差があったせいで、結果として嬲り殺しになった。
そんな中、ひとりだけ男爵家の次男さんを看続ける女性がいたのだけれど、残りは全員武器を手に復讐を遂げた。
ふと、レベルが上がっても、心の強さというか質は比例しない――据え置きなのか、むしろ歪ませているような気がした。
考えても分かることではなさそうなのでさておき、復讐という行為も、本人的にそれで区切りが付くならいいのではないかと思う。
ただ、誰も棒を使っていないことには少し不満を覚えた。
便利なのに……。
そもそも、剣も、槍も、振り回すだけなら棒と変わらないのに……。
◇◇◇
「ありがとうございました……」
人族の女性のひとりが、いろいろと思うところもありそうな複雑な表情で、言葉少なげに感謝を述べて、頭を下げた。
残りの女性たちもそれに倣って頭を下げたけれど、そんなことはどうでもいい。
今日までいろいろとあったことは分かるけれど、今すべきことは、返り血や汚れや臭いを落とすことだ。
アドンとサムソンの魔法で火を熾してお湯を沸かすと同時に、何も言わずにそれぞれにバケツとタオルを渡す。
とりあえず、その酷い臭いを何とかしてほしい。
「猫の神様ですニャ?」
「違いますニャ」
うつった。
なぜニャ。
朔が声に出さずに大喜びしているのが感じられる。
まさか、また私にニャにかしたのか!?
「神様、お願いしますニャ。同胞も助けて欲しいですニャ」
それだけの情報でどうしろと――そもそも、私は慈善事業をしているわけではニャいのだけれど。
「言うだけ言ってみるニャ」
違和感がニャいのがまずい。
それより、ニャんのための亜人狩りニャのかは、一応確認しておくべきかもしれニャいと思って先を促したけれど、ニャーニャー気になって集中できないかもしれない。
「ボクら、最初はもっと東に住んでいましたニャ。でも、帝国の奴らがやってきて、森が荒らされましたニャ」
「それで逃げてきたんですニャ。でも、こっちでも追いかけられてニャン人も捕まりましたニャ」
「もうどうしていいのか分かりませんニャ」
また帝国かあ。
随分と手広くやっているようで、褒めはしないけれど感心する。
たとえ枝葉だと分かっていても、また時間稼ぎをするべきか。
むしろ、皇帝さんを暗殺するべきか――いや、あまり干渉しすぎるのはよくニャい。
「猫神様、私たちも、この先の男爵領までで結構ですので、保護していただけないでしょうか?」
ついに猫神になってしまった。
否定したのに……。
これもあれも、全て天使が悪い。
手土産を保護することには否やはないけれど、細かいことは帰ってアイリスに相談しよう。
「抵抗するニャ!」
軽く威嚇すると同時に、身形を整えた11人全員を朔に取り込んだ。
これで移動の問題は無くなった。
後は、戻るまでに語尾を直さニャければ。
朔の悪戯好きにも困ったものだ。