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03 フライングV

 半魚人は駆除も含めて簡単だったのに対して、海竜の巣はなかなか見つけられなかった。


 人魚さんたちが及び腰なこともあったのかもしれないけれど、彼女たちの能力を考えれば同行――脱落してしまったけれど、しようとしていただけでも評価するべきなのだろう。


 案内人がいなければ、捜索効率が落ちるのは仕方がない。


 探し物なら、領域を展開できれば簡単なのだけれど、みんなにきつく止められているのを無視してまでやるつもりもないし。

 それに、海――特に深海は恐ろしいところだということもある。

 深海生物って、見た目がヤバいの多そうだし。

 天使や神より、よほど強敵かもしれない。



 とにかく、一時間ほどかけて、何度も海岸線を往復してみたけれど、竜の巣のようなものは見当たらなかった。


 ということは、入り口は海中にあるなどで、上空からは見えない可能性がある。

 だからといって、安易に海に潜って探すなど、効率面でも安全面でも問題しかない。



 そこでまた作戦会議。



 作戦案その一。

 ミーティアの禁呪、若しくはブレスで海岸線全域を吹き飛ばす。

 もちろん却下した。

 どれだけ吹き飛ばしたいのか。



 作戦その二。

 毒を撒いて燻り出す。

 私はリリーの育て方を間違っているのだろうか?



 作戦その三。

 釣りあげる。

 釣れるのか?

 どうやって?


 いろいろと疑問はあるけれど、さきのふたつよりはマシなので、とりあえず試してみることに。


◇◇◇


 軽い気持ちで言ったのが間違いでした。


 まず、私の足に、鎖で鉄球に繋がっている拘束具を付けます。

 不壊属性とやらの付与されたそれは、私が装備しても壊れないわけではなく、非常に壊れにくいだけの逸品である。

 JAR〇に連絡してもいいレベル。


 とにかく、永続する魔法は存在しないので、限りなく壊れにくい物は作れても、本当に壊れないものを作ることはできないのだ。

 つまり、「不壊」という言葉の定義が私たちの認識とは違うのだろう。


 とにかく、短時間短距離に限って、私であっても、引き摺って歩く程度では壊れない鉄球も用意できるというわけだ。

 もちろん、武器のように扱えばあっさり壊れるものの、装備に関して一歩前進しているのは間違いない。

 ……正解でもない気がするけれど。


 なお、これはクリスさんに餞別として貰った物で、その時は何の役に立つのか分からなかったけれど、思わぬところで役立った。

 ……役立っているのだろうか?


 そして、腰には同じく不壊属性の付与された紐を巻きつけられていて、上空のミーティアがそれを引っ張って飛んでいる。

 分かりやすく表現すると、私をエサにしたトローリングだろうか。



 水面を滑るように引き摺られる。


 こんなもので本当に釣れるのだろうか。

 釣りというより、何かの刑罰にしか思えない。


 《竜殺し》でも撒けば釣れるとは思うけれど、その場合は海竜以外にもいろいろ寄ってくるだろう。

 むしろ、酔ってくるのは目に見えているので、自重せざるを得ない。


 それ以前に、朔とミーティアの許可が下りないけれど。


 それに、これも翼を使った姿勢制御の訓練だと思えば悪くはない。


 やはり、自力で空を飛ぶ夢は諦めきれない。

 万一のことを考えると、それくらいのことはできないと、この姿になったことを妹たちに言い訳できない。




 釣りという名の刑の執行を始めて十五分。


 私以外にやれば大問題になりそうな遊びが結果を出した。



 海底から猛烈な勢いで私に向かって突進してくる大型の生物。


 朔の感知から間もなく、海竜の牙が私に突き立つ――こともなく、逆に私の大鎌が竜の上顎を貫いた。

 その直後に大鎌を回収して、大鎌で貫通させた傷に私の鎖を通す。

 能力は使わなくてもこれくらいのことはできるのだ。


「ヒットじゃ!」

 海竜が私に食いついたのを確認したミーティアが、直接私を掴んで急上昇すると、水中から海竜がその全身を出現させる。


 海竜の全長は三十メートル弱ほどもあって、全長だけで見ると、ミーティアとも遜色がない。


 しかし、ミーティアのように陸空ではなく、水陸での生活に適応進化した結果か、身体は細長くて手足は短く、翼は退化して僅かに鮫の背びれのような二つの突起が残るのみ。

 イメージ的には、首の長いワニだろうか。



 釣り上げられた――というより、吊り上げられて必死に暴れていた海竜は、物理的な力では逃げられないと悟ったか、ブレスを吐こうと口を大きく開ける。

 しかし、そこにリリーの魔法――恐らく何らかの毒が流し込まれて、海竜の身体はビクンと大きく跳ねた後、全身の力が抜けてだらりと垂れ下がった。


 リリーはミーティアの背で、腰に手をやって胸を張って、やり遂げたような顔で仁王立ちしていた。


 竜を一発でノックアウトできるくらいに強くなったことは喜ぶべきなのだろう。

 しかし、果たしてこれは褒めていいものなのだろうか?


 この年齢で毒婦……いや、まだ間に合うはずだ。


 リリーの将来はリリーが決めるべきものだけれど、私個人の希望としては、私と同じ癒し系でいてほしい。


◇◇◇


 瀕死の海竜を、近くの海岸に水揚げする。


 この竜は、身体は大きいものの下位の竜らしく――というか、陸地に近いところにいる海竜の大半は下位のものらしく、上位のものほど外洋を好む傾向があるそうだ。

 時折、上位の海竜が産卵などで陸地に近づくこともあるそうだけれど、竜は上位になるほど繁殖活動を行わないそうで、何十年とかに一度あるかないかというところらしい。


 そういう例外以外では、縄張り意識の強い竜は、縄張りを拡大することはあっても縄張りから遠く離れることは少ない。


 そんな理由で、沿岸部の比較的安全な所では、船を使った漁なども行われている。

 ただし、竜と遭遇した場合、逃げも隠れもできない海は死地になる。

 外洋だと、万一の可能性も無い。



 戦うにしても、人間は水中ではパラメーターにマイナス補正がかかる上に、呼吸をしなければならないというハンデがある。

 補正云々は分からないけれど、呼吸なら気合で卒業できるよ?


 とにかく、船上で待ち受けるにしても、竜は下位でも莫迦ではないらしいので、水中から船底を破壊して沈めてしまうそうだ。

 もちろん、魚雷や機雷といった兵器も散々試されたらしいけれど、それが定着していないという事実で結果が分かってしまう。



 さておき、面倒なのは、この竜を殺しても、いずれはこの竜の縄張りにまた新しい竜が来るだけなこと。


 私が助けるのは今回だけ――というか、次回以降は未定なのだけれど、人魚たちが約束どおり自助努力をしているなら、以降も手助けをする気になるかもしれない。

 しかし、それも何度も何度もというのは御免被る。


 なので、この竜を活かす方向で進めたいと思う。

 駄目なら駄目で、そのときに処分すればいいのだから。


 そんな感じで、アイリスたちからも異論は出なかった。



 アイリスが、瀕死の竜に回復魔法の《解毒》と《快癒》を掛けて、解毒と傷の治療を行う。

 後は、竜の意識が戻るのを待つ。

 一応、起きたときに暴れられると面倒なので、手足と口は鎖で縛り上げている。



 ほどなくして、竜の目がゆっくり開かれる。

 竜は私たちを見回して、自由を奪われていることを認識すると、再びゆっくり目を閉じた。


「夢ではないぞ」


 ミーティアがツッコんだ。

 しかし、言葉は通じるのだろうか?

 言葉を理解するのは上位からだとか言っていなかったか?


「ガフ」

 そんな心配を余所に、竜はひと声鳴いた――口は縛られていたので、口の端から息を漏らすと、寝返りを打って仰向けになった。


『「くっ――殺せ」ってこと?』

「ギャ、ギャワ!?」

 竜が慌てて首を持ち上げて左右に振る。

 こちらの言葉は通じているようだけれど、竜の意思は伝わってこない。

 一応、「くっ――殺せ」ではないみたいだけれど。


「服従を示しているのでしょうか?」

「ガウ、ガウ!」

 アイリスの言葉に勢いよく首を縦に振る海竜。


「竜のくせにプライドもないのか……」

 ミーティアの言葉は完全スルーされた。

 恐らく、「お前が言うな」とでも思っているのだろう。


 ただ、竜が必死なことは伝わってきた。

 命がかかった状況で、言葉の壁を超えたのかもしれない。

 そう思うと、人魚さんより愛着が湧いてくる。


「コイツ、番犬代わりにでもするの? 竜って懐くの?」

 ソフィアの言葉に、みんなの目が一斉にミーティアに向く。

 言った本人は、莫迦なことを訊いたという表情でミーティアから目を逸らした。


「竜は誇り高き生物じゃ。強き者には敬意を払う。じゃが、こうも簡単に腹を見せるなど、慎みがないとしか言えんのう」

 なぜこうも「お前が言うな」と思わせようとするのか理解に苦しむ。

 ミーティアも、いつもお腹出して寝ているよね?


『でもまあ、番犬にできれば問題の大部分は片付くんじゃない?』

「世話は人魚さんにさせればいいとして、躾とかできるのかな?」

「結構鬼ね……。ううん、でも、人魚の躾と考えれば……」

「一応、現状より良くなればという彼女たちの要望も満たしていますし、ひとまずはこのくらいでいいんじゃないでしょうか?」

「確かに仇討ちは要望の中に含まれておらなんだがのう」


 元から仇討ちに手を貸すつもりはなかったのだけれど。

 特に、食物連鎖の中でのことに、恨みだ何だと言い出すとキリがないし。



 そろそろ帰ろうかというタイミングで、手足の拘束を解いて首輪とリード代わりの鎖だけの状態になった海竜が、私たちに手招きをして海の方へ歩き出した。

 逃げようとしている感じには見えないけれど、言葉が通じないので意図が分からない。


 まさか、こんなマッチポンプ紛いのことで竜宮城に案内してくれることもないだろうし、人魚さんのように群れのところに案内するわけでもないだろう。

 竜は孤高の存在なので、群れないと聞いているし。

 孤高って何だったかな……?


「ああ、巣にある財宝を持っていきたいのかもしれんのう」

 海竜がコクコクと首を縦に振る。

 ミーティアが竜の習性について思い出すことで、ようやく納得がいった。


 竜はキラキラ光るものが大好きで、それを巣に集める習性があるのだとか。

 カラスとかと同じだ。

 最近のミーティアは《竜殺し》にしか興味がなかったので、自分でもすっかり忘れていたらしい。


◇◇◇


 海竜の巣は、海中の岸壁にいくつもある、横穴のひとつを抜けた先にあった。


 横穴はかなりの長さがあって、朔の探知範囲では賄いきれないくらい。

 当然、巣まで行くには、潜水している時間も長くなる。


 とはいえ、レベルの上がったアイリスやリリーでも充分我慢できる距離である。

 なのに、ソフィアだけが水に潜るのを嫌がった。


 吸血鬼は流れる水が渡れないとか、苦手だという伝承とは無関係だ。

 そもそも、ソフィアは普通にお風呂にも入るし、ついさっきは海水浴もしていた。


 ただ、ソフィアには子供の頃に溺れた経験があったそうで、それがトラウマになっているのだとか。


 だからといって、待っているのも嫌だという。


 我儘な子供のようだった。



 面倒臭いので、何も言わずにソフィアを抱えて海に飛び込んで、海竜の後に続く。

 というか、引っ張られる。


 飼い主としてはしっかりコントロールするべきなのだけれど、飼い主の座は人魚さんたちに移譲するつもりなので、その後の躾は彼女たちに任せよう。



 さておき、水中のトンネル内では、所々から僅かに差し込む光によって、目に映る全てが青く輝く幻想的な光景が広がっていた。

 後ろからついてきているアイリスやリリーも、その光景に息を呑んでいる。


 ソフィアにもこれを見せてあげようと、固く瞑った目をこじ開けようとしたのだけれど、暴れられて腕を折られた。

 大して気合を入れていなかったとはいえ、やるじゃないか魔王。


 もちろん、それくらいはすぐに治せるものの、この光景を目にして興奮したソフィアに再び折られた。

 あの時のことを根に持っていたのだろうか?

 ソフィアも鎖で巻いておけばよかったかもしれない。



 そうやって長いトンネルを抜けた先にあったのは、普通に空気もある広い空間だった。


 みんな下位の竜のお宝とやらには特に期待はしていなかったようだけれど、やはり金銀財宝など無いと分かると、残念な気持ちになったようだ。


 代わりにといっていいのかは分からないけれど、白骨化というか、綺麗に食べ尽くされた後の竜らしき骨と、大きな卵がひとつ存在していた。


 卵は海竜のものだとして、骨はお父さんとかそういうことか?

 本当に飼っても大丈夫なのだろうか?

 ちゃんとエサを与えていれば大丈夫かな?


 それはそれとして、竜の素材は貴重で効果なので、それも持って帰ることに。

 これから、いろいろと物入りになりそうだし。

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