<< 前へ  次へ >>  更新
84/84

01 新築一戸建

 神前試合も無事に終わった。


 これでひとまず自由に動けるようになった。


 しかし、日本に帰るための召喚術解析プロジェクトの方は私たちに手伝えることはないし、成果が出るのにも時間がかかる模様。


 もちろん、その間じっと待っているのも非効率的なので、障害の排除とか王国への点数稼ぎ的な目的で、アズマ公爵をどうにかしようということになった。


 手段としては、不正の証拠だとかを集めて、正攻法でアズマ公爵を失脚に追い込むか、いちゃもんつけて実力で排除するか、暗殺でもするか――などと考えながら、彼の領地を目指していたところ、天使と不規遭遇戦となった。


 天使は、一匹見つけると一万匹いるような理不尽さと、《神域》というズルい領域を使う卑怯な戦術に苦戦したものの、何だかんだあって、どうにか退けることに成功した。


 なお、私としては、禍根が残らないように殲滅しておきたかったのだけれど、朔が私の人間性を優先して、強制的に中断させられたのでそれは適わなかった。


 もっとも、そのおかげで私は人間性を失わずに済んだのは確かだ。

 それでも、代償として、いろいろ失って、いろいろ付け足されることになったけれど、その程度のことで、みんなの無事と天使をぶん殴るという夢を叶えたのだから良しとするべきなのだろう。

 いや、天使は喰ったのだけれど。

 大量に。


 とにかく、喰らった天使が朔の処理能力を少々超えてしまったとかいう理由で、しばらく能力全般の行使の禁止を言い渡されてしまった。

 変わり果てた私自身の再構築もしばらくは控えるようにとのことで、身体能力も据え置きだ。

 つまり、その間は私の人間力が試されることになる。

 望むところだ。



 クリスさんに偽装用の装備を用意してもらうと、念のためにすぐに館を離れた。


 追撃されると困っていた状況で追撃がなかったのだから、恐らく大丈夫だとは思うけれど、天使とは全く話が通じなかったし、私たちの常識も通じないかもしれない。


 クリスさんたちには「ずっといてもいいよ」とは言われたけれど、万一の場合は、問答無用で連帯責任を負わされてしまう可能性もある。

 それを理解していて、無邪気に厚意に甘えるわけにもいかない。


 なお、偽装といってもステータス上のことだけで、外見とかはもう手遅れなレベルなので、しばらくは知り合いに合わないように気をつけなければならない。

 そういう意味では、アルが用意してくれていた私たちの家は都合が良かった。


◇◇◇


 アルの領地の南東端から遥か先、広大な森林地帯を抜けた先。

 海に面した崖の上にある、庭付一戸建――というか、もう、お城。


 最も近い人里まで一千キロメートルくらいで、その間にある森が、魔の森くらいにヤバい【死の森】とよばれるところなので、人間がここまで来ることはまず考えられない。


 アルが、領主業の合間に――というか、息抜きがてらに、理想の別荘地探しの末に見つけた理想郷だそうだ。

 息抜きの感覚がおかしい。

 というか、それくらいに領主業がつらいということなのだろうか。

 少し優しくしてあげた方がいいのだろうか?


 とにかく、アルはそこを領主の引退後に移住する予定でコツコツ開発していて、私との遭遇以降、こういうこともあるかと考えて、住居などを造っていたらしい。


 しかし、よくよく考えてみると私を隔離するにはもってこいの地だと思い至ったようだ。

 万一神の怒りを落とされても、海が少し広くなる程度の被害しか出ないし。


 人生、何がどう転ぶか分からないものだね。




 なお、お城は急造ではあるものの、造りはしっかりしていて、超大きい。


 建築コンセプトは、ラスボスの住む城だそうだ。


 地上10階地下2階の建物で、建築面積も東京ドーム何十個分とか――実際に東京ドームを見たことがないので分からないけれど、とにかく大きいとしかいえないものだ。


 少なくとも、家というには大きすぎる。

 というか、王城より大きい。

 比較対象にならないくらい。


 もっとも、時間と資材が足りなかったそうで、外装は少し寂しいところがあるし、内部は手付かずのところも多かった。



 地下から地上5階までの7フロアは全くの手付かず。

 地下から地上2階までは、「巨人が使うのかな?」と思うほど天井が高い。

 何だか分からないけれど、侵入者に威圧感を与えたかったらしい。

 さっき、人が来れない場所だと言っていなかったか?


 そして、時空魔法で拡張されている、広すぎる地下は、ラスボスに相応しい大迷宮にしたかったそうなのだけれど、時間が足りなかったので後回しにしたそうだ。


 というか、まだ開発を続けるつもりらしい。


 誰も得をしないので考え直してもらうようお願いした。

 もちろん、私たち自身でやればいい話ではあるのだけれど、私たちに建築関係のノウハウもスキルもないので、アルに頼るしかないのだ。

 断られたけれど。

 こんな中途半端な物を引き渡すのは、英雄の名が許さないとか何とか。

 英雄って何だろう?



 4階には、客間――というか、3LDK〜6LDKのスイートルームが48室。

 そんなに必要?

 というか、私の家なんてこのうちのひとつだけで充分なのだけれど?

 最初はそんな感じの物を想像していたのだけれど?


 なお、南東角部屋6LDKは、既にグレイ辺境伯家専用となっていて、内装などもしっかり完成していた。



 ちなみに、お城の玄関は西側で、東側からは海が望めるようになっている。

 そこから見る海は視界を妨げるものが何もなく、海の透明度も非常に高いので、空と海の境界も曖昧になるような、世界の広さや美しさを実感できる素晴らしいロケーションだった。



 そして、7階には温泉があった。

 それもただの温泉ではない。

 浴場面積は大型遊泳プール施設に匹敵するくらいで、設備はスーパー銭湯も真っ青なくらいに充実している。


 なお、お城の外にも遊泳用プールがあるらしい。

 というか、あった。

 私たちに管理をさせて、自分たちが遊ぶつもり満々である。


 しかし、これだけのものを提供されては、管理くらいは致し方ない気もする。


 しかも、この大浴場は、アルがこの近所で掘り当てた温泉を、各種魔法を駆使して直接引き込むことに成功した、源泉かけ流しなのだ。

 泉質は単純温泉で、子供や高齢者にも優しく、美肌にも効果がある。


 もちろん、温泉には明確な定義があるのは周知の事実で、銭湯はまた違う定義があることは明確にしておかなければならない。

 ここは「温泉」なのだ。

 スーパー銭湯のようにいろいろなお風呂や設備があったとしても、「温泉」である。

 圧倒的銭湯力だったとしても、「温泉」なのだ!


 当然、温泉の花形である露天風呂も用意されていて、そこは湯船の縁を可能な限り低くすることによって、眺望の邪魔をすることなく海や空が見えるような心配りもされている。

 普通の人は落ちたら死ぬ高さで、安全対策とか何もされていないけれど、その分開放感が半端ない。



 私、ここに住んでもいい。


 温泉の引き込みや温度管理、設備の維持などの動力源に魔石を用意する必要があるらしいけれど、そんなものは問題ではない。

 アルのドヤ顔も眩しく見える。



 なお、7階の余剰スペースには、卓球だとかボーリングなどが楽しめるレクリエーションルームや飲食もできるコミュニケーションルーム、お子様大好きキッズルームなどに利用されていた。


 アルの趣味とか、実益とか、家庭の事情が、如実に現れていた。



 それはいいのだけれど、売店っぽい設備とかは誰が運営するのだろう?

 というか、ここは何だったか?



 8階には、大小様々な会議室とか、指令管制室なる用途が分からない部屋があった。


 一応、説明はされたけれど、会議室はその名称のとおりに会議をする部屋で、指令管制室は、有事の際にお城の防衛のために使用する部屋らしい。

 後者は、ボタンひとつでお城や城壁から迎撃設備が顔を出して、その運用ができるそうだ。


 何事にも備えは必要だとは思うのだけれど、ここまでのものは必要だろうか?

 いや、神も迎撃できるのであれば大歓迎だけれど。


 まあ、必要無ければ花火を打ち上げるとか別の用途に使えばいいだけなので、ひとまずスルーする。



 9階にはアイリスたちの私室が用意されていた。

 それぞれに3LDKのスイートルームが割り当てられていて、生活に最低限必要な設備は揃っている。

 部屋がいっぱい余っていることはあまり考えないようにしよう。



 最上階の10階は、ワンフロアぶち抜きで私の私室だそうだ。

 形式的にはペントハウスというのかもしれないけれど、東京ドームがすっぽり入るくらいの広さがあってもペントハウスと呼べるのかは不明だ。

 もちろん、東京ドームの広さなんて知らないけれど。


 というか、部屋数が無駄に多いせいで、家の中で迷いそうになるという意味の分からなさは、住居としていかがなものか。

 私も9階の部屋でいい――むしろ、温泉に住みたいくらいなのだけれど、10階の部屋にも大浴場や露天風呂はあるからと押し切られてしまった。

 まあ、私が一番上だと、神の怒りを落とされたときに防げる可能性があるし、仕方がないのかもしれない。




 そんな超巨大なお城も、庭――というか、敷地全体から見ればごく一部でしかない。


 お城の東側、崖の淵には高さ二十メートルくらいの外壁というか城壁があるのだけれど、それがアルの拓いた敷地の外縁部を囲っているらしい。

 その「らしい」というのは、壁が見えるのはごく一部だからである。


 東側にある壁は見えるけれど、途中で水平線の向こうに消えていて、北側と南側と西側は、最初から水平線の向こうなのでさっぱり見えない。


 そして、今日はアルの《転移》でお城の前に来たので通っていないのだけれど、お城の玄関から真っ直ぐ西に行ったところに正門があるらしく、本来はそこを通って行き来するのだとか。


 誰が?


 私たちやアル以外の誰が来るというのだろう?

 というか、こんな広いお庭は必要?



 さておき、その広大な敷地内には、既にいくつかの建物や構造物が存在――点在している。


 時計塔はまあいい。

 時間に縛られるのは好きではないけれど、子供もいる手前、手本となるよう、ある程度は規則正しい生活を送る必要がある。


 しかし、お城の玄関正面には大きな噴水があったのだけれど、その中央にある像が何かの女神っぽいので、交換してもらうようにお願いした。

 私の住むところに神は要らない。


 南側には巨大な遊泳プール施設があった。

 そこには流れるプールや波が出るプールはもちろん、竜型のミーティアでも余裕で入れるサイズの巨大なプールに、ウォータースライダーなどの施設まであって、みんなで遊べば楽しそうだなとは思う。


 なお、ここの気候は地球でいうところの熱帯気候に近いらしく、いわゆる常夏の国である。

 もっとも、熱帯気候といわれても、海外旅行などしたことがないのでどんなものかは知らないのだけれど、個人的には日本の四季が好きだった。

 というか、それしか知らないので比べようがない。


 とはいえ、元々居宅ではなく、別荘を作っていたという話なのだから、致し方ないのかもしれない。



 周辺のロケーションは、東から南東にかけて白く美しい砂浜と透明度の高い海があって、北西から西には広大な森林地帯、遥か北には頂上付近が冠雪しているような高い山々が連なっている。

 近くにないのは、川とか淡水湖くらいのものらしい。

 本来なら飲料水に苦労しそうなロケーションなのだけれど、そこは私たちくらいになるとあまり問題にならない。


 さておき、水場の近くは強大な魔物の溜まり場となっていることが多いらしく、人間が生活圏を築くには相応の苦労があるらしい。

 つまり、緑はあるものの水場が少ないここは、強大な魔物たちにとってはあまり魅力のない場所で、

アルのような人にとってはリゾート地としてはこれ以上ないロケーションである。


 私としては、夏より冬の方が好きなのだけれど、ある意味では海の見える一軒家という夢が叶ったアイリスのはしゃぎようを見ていると、そんなことはとても口には出せない。


 まあ、夏が嫌いというより、夏は虫が出るから嫌いというだけなのだけれど。



 とにかく、みんなで遊んだり楽しんだりできる場所があるのは嬉しい限りだ。

 私には目的があるとはいえ、息抜きも必要なのだ。


 しかし、広大すぎる敷地も全てが整備が終わっているわけではないようで、あちこちに作業用具や資材の仮置き場などがあるのも理解できるし、何に使うか分からない尖塔や物見台があるのも良しとしよう。


 色取り取りの花が咲き乱れる庭園なんかも見事なものだ。

 お城の内部の装飾や調度品なども含めて、これだけのものになると費用が心配になったけれど、その大半は経費として国庫から出させるつもりになっているらしい。

 残りもどうにか回収するとのことなので、心配する必要は無いそうだ。


 むしろ、かかったコストの大半は魔力だそうで、心配するくらいならお酒を寄こせと言われた。

 残念ながら今は持ち合わせがないので、朔から能力の行使に許可が出れば出してあげよう。

 さすがに女性の身体になった今、必要以上に接触するのは誤解を招くと思うし。



 それはさておき、敷地内にロメリア王国の領事館があるのはどうなのだろう?


 事実として、ここはロメリア王国領でも、他のどこかの勢力圏内ではない。

 強いていうなら、アルが開拓したのでグレイ辺境伯領か。


 私としてはそれでいいのだけれど、アルとしては、飛び地の領地運営なんてしたくないらしい。

 私に使わせるなら特に、他の貴族への配慮とか何とかがあるからとか。


 それも仕方がないのかもしれないけれど、アルが言っていたのは、お城は私の家で、敷地はその庭ではなかっただろうか?

 庭に領事館とかおかしくない?

 頭の悪い私には、いまいち意図が見えてこない。


 とにかく、敷地は九割以上が手付かずのままで、アルは城の敷地内も、その外も自由に使っていいと言う。

 言われても困ってしまう。


 アイリスがガーデニングをしてみたいと言っていたけれど、さすがにこの広さは持て余すだろう。

 庭というか平原だし。

 地平線が見えるし。


 というか、今更だけれど、これだけのものの維持管理を私たちだけでどうしろと?

 それも含めて、私をここに縛りつけようとする策なのか?


◇◇◇


 細かいことはひとまずさておき、お城の敷地から出て砂浜へと向かう。


 そして目にする、アルの言葉どおりの――いや、それ以上の光景。


 白く輝くきめ細かい砂浜がどこまでも続いていて、青く透き通った海と、その向こうの境界線が曖昧な空は、テレビや写真でしか見たことがないような幻想的なもの。


 むしろ、お城が激しく景観を損ねているような気さえする。

 砂浜に不自然に屹立する巨大な岸壁、その上に広がる威圧的な城壁に囲まれた広大な城の敷地。


 当然のようにアルの仕業だったらしい。


 建築系主人公のアルにしては雑な仕事だけれど、自分の別荘にするはずの計画から大幅に変更したため、とりあえず要件を満たす程度を形にしてみて、全体的なことは後から考えるのだそうだ。

 何を言っているのかよく分からなかったものの、彼が忙しいことは充分理解している。

 無理をして、心を病まないようにだけは気をつけてほしいものだ。



「魚とか海産物を獲るつもりなら、かなり沖に出るか、南にある岬を越えたところまで行かないとあんまり獲れないんだけどな」

 と、アルが言うように、魚などの姿はほとんど見えない。


 それにも理由があって、魚などが豊富な場所にはそれをエサにする魔物なども多くて、やはり居住やリゾートには向かないからだそうだ。


 それはつまり、私の苦手な、魚の餌となるニョロニョロしたあれとか、岩肌をカサカサ這い回るあれがいないということ。

 最高ではないか。



 水着があれば泳ぎたいところだね、とアイリスたちと話していると、当然のように「あるよ」と答えるアル。

 サイズ直しもすぐにできるよと満面の笑顔でにじり寄る自称主人公は、さすがにちょっと気持ち悪かった。

 などと言いながらも、結局水着を出してもらったのだけれど、直すまでもなくサイズがピッタリだったことが怖かった。



 浜辺には更衣室など無いので、それぞれ一度自室に戻って、好みの水着に着替えてから再度砂浜に集合することになった。

 ただし、お城にはエレベーターがあるのだけれど、お城から砂浜に降りる道はまだないので、城壁の上から飛び降りるしかない。


 さっきはアルの短距離《転移》で移動したものの、今回は水着ということもあってか、アルは自粛して別行動。

 ひとり砂浜で正座で待機している。


 しかし、私の心配を余所に、城壁と岸壁を合わせて五十メートルほどもある高さを、アイリスやリリーも躊躇せずに飛び降りていた。

 ミーティアやソフィアなら分かるのだけれど、魔法があると彼女たちでもこれくらいは平気らしい。


 もちろん、私も受け身は得意なので、これくらいの高さなら魔法などなくても何ともない。

 とはいえ、大丈夫なのは私自身だけで、私が飛び降りると着地というより着弾になる。

 平気というより、兵器である。

 ちょっとどころではない能力を使えるようになったとはいえ、能動的に使わなければ以前とほとんど変わらないのだ。



 そんなことよりも、せっかく水着を着てきた彼女たちを褒めなければいけない。


 口下手なのは仕方がないのだけれど、こういう場面での朴念仁はフォローのしようがない。

 妹たちには、それでよく怒られた。

 そういうのは彼氏にしてもらえばいいのに。

 ふたりの彼氏になる人には、私を乗り越えてもらう必要があるけれど。



 アイリスは白のビキニに、腰にパレオを巻いていた。

 想像以上に大胆な露出に驚いたけれど、よく似合っていてドキドキしたと素直に認めた。

 全然気が利いていなかった。

 それに対してアイリスは少し照れながらも「ありがとうございます」と淑やかに振舞っていた。

 何だかギャップがすごい。


 リリーは黄色のセパレート。フリルが沢山付いていて、リリーの明るい雰囲気にぴったりで可愛いよと褒めた。

 褒められて嬉しそうにクネクネしているリリーは本当に可愛い。

 これこそ正に天使だろう。

 世の天使がみんなこうなら、世界はもっと平和で、私も人間のままでいられただろうに。


 ミーティアはなぜか競泳用の水着だった。

 はち切れそうになっている胸周りが気になるけれど、速そうだねと褒めると「たとえ水中でも海竜には負けん!」と、とても張り切っていた。

 竜の価値観とか感性はよく分からない。

 しかし、きっと彼女にとっては大事なことなのだろう。


 ソフィアは意外なことに一番の恥ずかしがり屋だったようで、なぜかスクール水着を着ていた。

 恥ずかしがって真っ赤になっているソフィアの頭にポンと手を置いて、外見は可愛いのだから自信を持てと言っておいた。

 髪の色は違うけれど、こういうところはレティシアとよく似ている気がする。


 なお、恥ずかしさでいっぱいいっぱいだったのか、反応は特になかった。

 彼女は普段の服装がどんなものかを認識していないのだろうか?


 そして、アルはといえば、なぜか一緒に遊ぶつもりのようで、ブーメランパンツを穿いて正座していた。

 これはセクハラかな?


 ソフィアの距離の取り方が酷い。


 なお、私は着替えていない。

 服が濡れることはないので、着替える必要が無いのだ。

 それに、翼と尻尾がある私に着られる水着のようなものがほとんど存在しなかったし。



「ユノは着替えないんですか?」

「うん。濡れないしね」


 私の服は、私にしか触れない私の影のようなものであって、朔の玩具なのだ。

 よって、水に濡れるようなことはないし、汚れることもない。

 それらは全て本体にかかる。

 便利なのか不便なのか分からない仕様だけれど、元々服装に拘りがあった方ではないし、不満を口にしても始まらない。

 慣れるしかないのだ。


『水着姿になるのを恥ずかしがってるんだよ』

 朔が空気を読まずに余計なことを言う。


「違う」

「お主に恥などという概念があったのか!?」

 ミーティアが失礼なことを言う。

「そんな! 私だって恥ずかしいの我慢してるのよ!?」

「恥ずかしがるユノか……。正直見てみたい」

 アルが既婚者としてあるまじきことを言う。

『じゃあ、見せてあげよう。こんなのだよ!』

「止めて!」


 いろいろとツッコみたいところも我慢しての、心からの叫びも空しく、みんなの目に晒されるV。

 水着というか、ほとんど紐。

 辛うじて大事なところは隠れているものの、数多ある水着からこれを選ぶ感性が、これを水着と言い張る度胸が恥ずかしい。

 むしろ、見られても恥ずかしい身体をしていない分だけ、裸よりも恥ずかしい。


 みんな、見事に無言だ。


 アルに至っては前屈みになっている。

 そうだね、貴方の好きな隙間だらけだよ。

 ほーら、たんとご覧。


 恥ずかしがるから余計に恥ずかしいことになるのだと、恥ずかしいのを我慢して堂々と胸を張ってみたけれど、どう見ても痴女だと思った。


 服に慣れる努力と、頭の中身を疑われることに慣れる努力は違うのだ。

 玩具にされることにも慣れる努力はするけれど、朔には社会生活における常識を、みんなには朔の遊びにはそういうものが根底にあるのだと心に留めていてほしい。




 開き直って海に入って、みんなと水をかけ合ったり泳いだりして楽しむことにする。

 朔の制御のおかげで、いくら動いてもポロリすることも食い込むこともないので、水に浸かってしまえばいくらかマシだ。

 逆に、いくら気をつけても朔次第ではポロリさせられるのだけれど。


 アルは諸事情により、砂浜で体育座りしていた。

 どうやら、ビキニが小さすぎたようだ。

 お互いに。



 そうやってしばらく遊んでいると、沖の方からこちらを窺っている存在に気づいた。


 領域を展開することも禁止されているので、目視できる範囲でしか分からないけれど、一見すると海藻が浮いているところに、それに紛れて人の頭部のようなものが見え隠れしている。

 ちょっとしたホラーである。


 敵意はないように思えるけれど、念のため何者かは確認しておきたい。

 アイリスやリリーのレベルもかなり高くなっているそうだけれど、水中戦では万が一ということも考えられるので砂浜で待っていてもらって、ミーティアとソフィアに同行を頼むことにする。


『ミーティア、ソフィア、あそこにいるのを確認したいからついてきて』

「人魚のように見えるけど、そういう疑似餌を持った怪魚もいるらしいし、ここからでは分からないわね」

 そんな魚は見たくない。

 海、やはり恐ろしいところだ。


「今日の夕飯か?」

 ミーティアにはあれがそう見えるのか?


『いや、敵対行動を取られるまでは友好的に。ふたりなら後手に回っても平気でしょ? 逃げるようならひとり捕まえてみようか』

 天使を散々喰っておいてと今更だいわれそうだけれど、好き好んで人型は食事にしたくないなあ――と思いつつ、ゆっくり接近していく。



「こんにちは」

 警戒している様子の人魚っぽい5つの人影――魚影? に遠目から声をかける。

 この期に及んで、頭の上に海藻を乗せて偽装しているけれど、この時点で逃げたり攻撃してこないなら、ひとまずは大丈夫か。


「何をしているの?」

 警戒、困惑、覚悟などなど、いろいろな感情が見え隠れする彼女たちに、辛抱強く声をかける。


 そんな私の誠意が伝わったのか、後ろで睨みを利かせているミーティアが怖かったのか、ひとりが恐る恐る顔を出して、残る4人がそれに倣う。

 彼女たちが海藻を取り払うと、そこで5人全てが女性なのだと分かった。


「し、失礼ですが、貴女たちこそこんなところで何を? あ、あの大きな建物と関係ある方ですか?」

 恐る恐るといった感じで、先頭にいた人魚さんが問い返してきた。


「私たちはあの城の住人。こいつが城の主よ」


 ソフィアの言葉に人魚さんたちは顔を見合わせた後、ひそひそ話を始めた。

 もちろん、私の良すぎる4つの耳には大体は聞こえているのだけれど。


 人魚さんたちは、それからひとつ頷き合って、こちらに向き直る。


「この地の支配者様にお願いがあります。どうか私たちをその庇護下に入れていただけないでしょうか?」


 今度はこちらが困惑させられる番になった。


 支配も何も、今日越してきたばかりである。

 確かに、城内の維持管理をする人手が欲しかったところだったけれど、人魚ではなあ……。


 陸地に打ち上げられて、ビチビチ跳ねている様子しか思い浮かばない。


 とりあえず、交渉は私たち向きの仕事ではない。ここはアイリスやアルの知恵を借りた方がいいだろう。

<< 前へ目次  次へ >>  更新