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幕間 アルフォンス・B・グレイの英雄譚

――アルフォンス視点――

 困ったことに、ユノは天才らしい。

 天才というよりは、天才肌――むしろ、天災といった方が正しいように思う。


 殊戦闘においては、彼女に勝つことは不可能であると断言できるほどの強さを誇る。

 ただし、本人に言わせれば「私より強い人にまだ会っていないだけ」らしい。

 そんな奴いるのか?


 近接戦闘では、ヤバいパラメータの高さの魔王が、手も足も出ないレベル。

 話を聞く限りでは、古竜も殴り倒したそうだ。


 それに、本気でパンチを打ったら大爆発するらしい。

 お前は何を言っているんだ?


 とにかく、あれは人間にどうこうできる存在じゃない。

 デレク将軍にもあれほど止めた方がいいと言ったのに……。

 しかも、ユノが気を利かせて締技使ってくれてたのに、《気絶耐性》高いせいで地獄を見るとか……。



 ユノの強さは、身体能力の高さだけじゃなくて、戦闘技術の高さ――スキル外の技術を極めていることにあると思う。



 その前に、システムの話になるけど、システムには――というか、《鑑定》では表示されない隠しパラメータみたいなのがいくつかある。

 幸運とか、正気度とか、そんな感じのが。

 そのひとつに、クリティカル率みたいなのがあると思うんだけど、これは別のシステム補正と競合してるっぽくて、レベルが上がるほどに相対的に効果が低くなる。


 基本的に、システム補正のおかげで、レベルが上がれば上がるほど、「打ち所が悪くて」というのは発生しにくくなる。

 それが、「まぐれ当たり」的なクリティカルにも効果を及ぼす上に、クリティカルを受けない確率のようなパラメータも存在してるみたいで、高レベル者同士での戦いになるとほとんど出なくなる。

 その代わりというか、高レベル者が低レベル者を攻撃する分にはクリティカルが出やすくなるんだけど、どっちにしても戦術には組み込みにくい仕様になってるんだ。

 クリティカルが当たれば、防御力を貫通するとか、場合によっては相手を即死させるとか、効果は絶大なんだけど、出ないものに期待しても仕方ないし、出なくても勝てる相手に出てもなあって感じで。


 ただ、これにはひとつ例外があって、レベルとか関係無く、絶対に当たる状況で、相手が防御不可能な場合はクリティカルになる。

 寝首を掻く時とか、綺麗にカウンターが入った時とか、後はユノのやってるみたいに、防御も回避もできないくらいにきっちり追い詰めてから出す攻撃とか。


 こっちの世界でも、クリティカルをとるために、先に通常攻撃で相手を崩すスタイルの奴はいる。

 俺とか、神前試合にいた侍風の奴とか、多少心得のある奴だ。


 でも、それはクリティカルが入る状況でスキルを撃つための布石であって、ユノみたいにクリティカルが入る状況を作ってから、維持し続けるのとは違う。

 一度捕まったら逃げられない、蜘蛛(クモ)の糸とか蟻地獄みたいなヤバいやつ。

 ユノが言うには、「間合い操作が理解できている人には、そう上手く嵌らない」らしいけど、古竜や魔王をボコる奴が言っても説得力が無い。


 とにかく、ユノの攻撃は、システムからは全てクリティカル判定されるレベルで、緩急や認識を惑わせる動きを使った体捌きは、攻撃も防御もパラメーターとスキルに頼り切ってるこの世界の人に対応できるものじゃない。


 多少心得がある俺が、《危険察知》のサポートがあって、認識した時には手遅れレベル。

 この世界の人だと、何が起きているか分からないうちにやられているんじゃないだろうか。



 だけど、ユノは莫迦なんだ。


 加減を知らないんだ。


 純粋な手加減の話じゃなく、勇者を救うために魔王騒動を起こしたり、命あるもの全ての天敵というべき存在であるデスを使い魔にしたり、ちょっと目を離した隙に神の怒り的なものを落とされている奴は、少なくともまともじゃない。


 無能な働き者――いや、異能な働き者か。


 使用人を雇ったとか、旅先で喧嘩をしたくらいのことなら、誰も文句は言わない。

 だけど、物事には限度があるんだ。


 ユノにとってのちょっとした出来事は、人間にとって未曽有の大災害に発展しかねないんだ。


 神は破れ、空に――世界に大きな穴が開いた。

 そう、こんな感じに。

 やめろよ、おい。

 主人公にどうにかできるレベルを超えてるぞ。


◇◇◇


 表向きは、王国の危機を救ったことと神前試合の打ち上げの名目で――実際は、俺やデレク将軍との繋がりを作ろうとする貴族たちのためのパーティーが開催された。


 俺は、自分の領地の発展を重視していたので、他の貴族との人脈作りは――まあ、あったらあったで面倒なものなので疎かにしていた。

 最初にできたコネが陛下だったってのもある。

 人脈としてこれ以上はないし、下手なのは要らんだろ。

 うちが景気良いこともあって、取り入ろうとしてくるところも多かったし。


 だけど、今後もユノ関連のことで時間や労力が必要になることを思えば、ここでしっかり地盤を固めておくのも悪くない――とはいっても、仲良くする相手は選ばせてもらうけどな。


 そういう意味では、今日の親善試合は恐ろしいほど俺に都合の良い展開になった。

 というか、何であんなことになったんだ?


 まあ、何となくいい感じになった流れと、朔とのよく分からない芝居もあって、挨拶に来る貴族たちに、無理難題を吹っかけられることがないのは助かる。

 結局、デス1体残ったままだったしな。

 あれに襲われたらって思うと、無理難題吹っかけて嫌われるような真似はできないわな。

 というか、「デスが出た折にはよろしくお願いします」ってのが既に無理難題なんだけどな。


 とにかく、そんな事情もあってか、俺より爵位が上の貴族や、国の要職に就いているお偉いさんたちが、空気を読まない貴族たちを牽制してくれている。

 おかげで、今日一日で多くの有力貴族と良い関係を築くことができたと思う。

 実に良い日だ。



 ただ気がかりなのは、完全放置状態にしているユノたちのことだ。

 一段落すれば様子を見に行こうと思っていたんだけど、なかなかそのチャンスに恵まれず、少し前にようやく使いの者を送れたんだけど、果たして大人しく待っているだろうか?


<公爵領に行きますとの書き置きが――>


 遅かった。


 でも、ユノの事情を考えると、単にせっかちだと非難はできない。


 せめて、俺が行くまで大きな問題は起こさないでくれよ――と、西の空を見ると、遠くの方に巨大なキノコ雲が発生していた。


 遅かった……!


 あの莫迦、何でそんなに問題ばかり起こすんだよ!?

 今度は何と戦ってんの!? 神? 悪魔? それとも世界か?

 まだユノが原因だと確認できてないけど、アイツ以外には考えられない。



「すみません。少々緊急事態のようで――皆さん、避難された方がよろしいかと」


 仮にも英雄である俺が感情的になると、間違いなくパニックが起きる。

 苛立ちは表に出さずに、飽くまで落ち着いた様子でパーティーの中止と、王都からの避難を呼びかける。

 衝撃波も届いていない距離でのことなので、飽くまで念のためだけど、何事にも万全を期すのがこの世界で生き抜くキモなのだ。


「ジョーダン将軍、陛下のことをお願いします。自分は空から何が起こっているのかを見てきます」

「うむ。任せよ」


 将軍に陛下を、アンジェリカに他の貴族たちの避難誘導を任せると、《飛行》魔法を発動して空に上がる。

 その直後、眩い光が空を切り裂いた。

 かなりの距離があるはずなのに、《盲目耐性》マックスなはずの俺の視界も、一瞬だけど真っ白に塗り潰された。


「何だ、何が起こった!?」

「うわあああ!? たす、助けてくれえ!」

「目が! 目があああ!」


 状態異常耐性の低い人たちが多かったパーティー会場は、大混乱に陥っていた。


 あれはグレゴリーの話に出てたあれか?

 本当に神とでも戦っていたのか!?

 ――ちょっと待て、グレゴリーの話が本当なら、王都もタダじゃ済まないぞ!?

 どうする?


 《転移》でここにいる人たちだけでも逃がすか――しかし、首都機能を失った王国がどうなるかを考えれば――いやいや、あれは人間に食い止められるものなのか?

 無理だな。



 だけど、現実は残酷にも、神の怒りよりももっと酷いものを突きつけてきた。


 邪神の逆切れ。


 例えようのない不快な悲鳴と共に、空が割れた――いや、世界が喰われたのか?

 どうするのこれ!?

 どうにかなるのか?


 もっと無理!


 幸いにも――幸いが何なのか分からなくなるけど、それは目の錯覚かと疑うほどの一瞬のことで、先ほどまでの全てが嘘のように平穏が戻っている。

 逆に怖いんだけど。


 だけど、不幸にも盲目状態から回復していた人は、あの異様な光景が恐怖として魂に焼きつけられていて、不幸にも回復していなかった人は、見えないゆえの恐怖と世界の悲鳴が恐怖として魂に刻み込まれて、どっちにしても夢や幻の類だと思うことはできなかったみたいだ。



 その後、恐怖に支配された貴族の方々に縋られるように頼まれて、何がどうなっているのかの調査にひとりで行くことになった。

 こういった非常事態の時のために訓練されていた騎士団も、混乱していて役に立たないし、王国貴族と王国民の心の支えはもう「英雄アルフォンス・B・グレイ辺境伯が確認に向かったところだから」の一点のみ。


 今現在、俺しか動ける奴がいないことも、誰かがやらなければいけないことも承知しているけど、神と邪神の争いなんてものに人間ひとりに何ができるというのか。

 英雄という肩書の、体のいい人身御供じゃないか。


 もう戦闘が続いている気配はなかったけど、それでも万一の状況に備えて、魔力を温存しつつ、いつでも各種魔法を行使できる状態を保ってゆっくりと前進する。


◇◇◇


 本気で飛べば3、40分――いや、15分のところを、たっぷり1時間かけて辿り着いた、戦闘が行われていたであろう場所には、昨日までは存在していなかった大きな湖が出現していた。


 やはり第二のアルスの湖が誕生するところだったのかもしれない。

 ただ、そこには既にユノも神もいない。



 代わりにといっていいのかは分からないけど、ゴツゴツした岩のような青い肌に、竜のような角や翼と尻尾が特徴の大型悪魔が1体、それと、山羊のような頭に4本の腕を持つ、赤い肌の小型悪魔が3体いた。


 どうやら、新しく出来た湖を調査しているらしい。


 どちらも悪魔の尖兵でしかない――貴族級の悪魔とその配下は、それぞれの思想に基づいて活動しているとかで、必ずしも人間の敵ではないらしい。

 他の悪魔は――召喚されて契約に従っているようなのは別だけど、基本的に悪魔は人間の天敵のひとつだ。


 まあ、人間と敵対していない悪魔は、積極的に人前には出てこないと聞いている。

 なので、あれは敵だ。


 ただ、悪魔は人間より遥かに優れた基礎能力と、魔法全般に高い適性と耐性を持っている上に、何より人間と同じように数も力としている。

 悪魔は敵を見つけると、気紛れに仲間を呼んで、短時間に殲滅できなければ鼠算式に増え続けることもある。


 だがしかし、幸いなことにまだ気づかれていない。

 先制攻撃可能。

 攻撃手段は禁呪――破壊魔法《流星》と《核撃》の時間差二段構え。


 もちろん、《無詠唱》で撃たなければ先制攻撃にはなりえない。

 しかしながら、《無詠唱》での発動は、魔力消費が跳ね上がるし、威力も減衰する。


 それを補うのは――補って余りあるのは、ユノからもらった酒《鬼殺し》。


 今から、鬼どころか悪魔を殺します。

 飲んだら飛ぶな、と言われているが、今は非常事態。

 いただきます、と一升瓶を真上に掲げ、一気飲みする(※大変危険ですので、まねしないでください)。


 やっべ、めっちゃ美味え。

 超漲ってきたあ!



 目から、口から、鼻から、勢いよく魔力が噴き出すように溢れる。

 突然現れた魔力反応で悪魔どもに気づかれたけど、今更反応してももう遅い。


 湖の水面付近では、湖の水を一瞬で気化させるほどの大爆発が起こって悪魔を呑み込み、追い打ちをかけるようにいつもの数倍――いや、十数倍の大きさと数の隕石が追い打ちをかける。

 《核撃》の方は、最悪レジストされる可能性もあるけど、完全にとはいかないだろうし、最悪足止めができていれば《流星》で斃せるだろう。


 斃せてなかった時は《転移》で逃げるつもりだ。

 名付けて「やり逃げアタック」。

 ま、あのサイズと密度と数の隕石だと木端微塵だと思うけど。


 悪魔の素材はかなり貴重で高価な物だけど、こんなに王都に近く、開けた場所で、最悪の状況を考えてまで狙うものではない。



 スキル《戦利品自動回収》の効果によって、大型悪魔の角と小型悪魔の爪、そして悪魔の核――通称「魔核コア」が手に入った。

 戦利品は諦めていただけに、特に魔核の入手は嬉しい。

 いってみれば上質な魔石なんだけど、その利用価値は測り知れない。


 これを触媒にすれば、俺の米作りもひとつ前進するかもしれない。



 それはそうとして、湖が少々大きくなっている気がする。

 俺の使った魔法のせいかもしれない。

 まあ、全体的には誤差程度だけど、規模からすると、王都でも地震くらいは感じたかもしれない。

 おのれ悪魔め――と、目撃者もいないので、全て悪魔のせいにしておこう。


◇◇◇


 そうこうしていると、ユノから連絡が入った。

 何代も前の勇者の従者、森の賢者クリス様と会いたくないか、と。


 もちろん、会いたいに決まっている。


 彼とのコネクションは、王国貴族との繋がりとは比べ物にならないくらいに重要だ。

 日本贔屓と噂される彼の知恵を借りれば、土壌や品種の改良なども進むかもしれない。

 そうでなくても、共同研究もあり得るのではないだろうか?


 一も二もなく頷いたけど、ユノは公爵領――西へ行ったのではないのだろうか?

 賢者様の住む森は全く逆方向。

 ここで問題を起こしていたのはユノではなかったのか?




 そんなことを考えていた時期が俺にもありました。


 天使を喰ったら天使っぽくなりました?


 ”がいこつのにく”くらい意味が分からない。


 クリスと意気投合できたのはよかったけど、俺が呼ばれた理由は、ユノを《鑑定》するため?

 嫌だなあ、世の中には知らない方が幸せなこともあるんだよなあ――と思うんだけど、この状況でしないわけにもいかない。

 何より、ここにはアイリス様やクリスたちもいるので、面倒事であっても共有できると思えば……。


 そもそも、コイツは何で女になってんの?

 TSまでこなすとか、属性盛りすぎだろ。

 ついでに、おっぱいも盛りすぎだ。

 いや、最高だけど。大きいおっぱいは正義。


 なんだけど、すごい破壊力の下乳が気になって《鑑定》どころの話じゃない。

 諸事情により、腰が引けてしまうんですけど。


 しかも、それを誤魔化すように言った何気ないひと言で、本当に聖天使猫姫になるなんて誰にも想像ができないことだ。

 俺のせいじゃない。


 しかしヤバい。

 美しさ可愛さだけじゃなく、無邪気さやエロさ、良く分からない神々しさまでプラスされて、少々どころじゃなく混乱させられている。

 今までこうなるのを避けるために、必要以上に見ることを自重していたのに……。

 神のごときおっぱいのせいで、どうしても視線が誘導されてしまう!

 おのれ、悪魔め!



 だがしかし、開き直ってこうして改めてじっくり見ると、いろいろなことに気づく。

 シミひとつない――皺や黒子は当然として、肌が白い人によくある血管が透けて見えすぎてるようなこともなく、それどころか、毛穴や角質や手相や指紋なんかも存在しない肌。

 それは、要らないものを徹底的に省いた、人間を辞めないと不可能なものだ。

 鎖骨はあるのに肋骨は無さそうとか、マジでどうなってんの?


 それにしても、人形っぽいと思ったのはこういうことか。

 まるで神が造った一分の一フィギュアだ。

 そのクオリティは人間離れした美しさというか、本当に人外の――神懸かった――もう神以上の美しさだったのだ。


 この世界では、能力の高さと容姿のレベルが比例していることが多いといわれるけど、これはその最たる例だといっても過言ではない。

 その上、無性にモフりたくなる猫耳尻尾まで装備するとは、正しく邪神の所業。

 それに、鳥も結構可愛いよね。

 前世の友人がインコを飼ってたんだけど、めっちゃ懐いてて羨ましかった記憶がある。

 そんなふたつと美少女が合体したら最強に決まってんだろ。



 何か興奮してたんだよく覚えてないんだけど、《鑑定》でスリーサイズまで測れることを初めて知った。


 ほどよくメリハリのついた、どストライクなスタイルに、俺のジャスティスがフリーダムしそうになる。


 それでも、種族に誤魔化しようのない「邪神」の表示があるのに、「何かの間違い。多分、邪神分はちょっとだけ」と言い切るユノを見て、少し正気に戻る。


 ごめん、ちょっとじゃないと思う。

 多分みんなそう思ってる。


 これで何でちょっとと思えるのか。


 それに翼が生えたり、耳や尻尾が増えても仕方ないで済ませてしまうし、やはりユノはどこかおかしい。



 だからといって、扱いやすいかと問われれば、絶対にノーだ。

 本人だけなら、適当に理由をつければ、目的の妨げにならない限り通りそうな気がする。

 むしろ、チョロそう。


 問題は朔、そしてアイリス様のふたりだ。

 他の脳筋やお子様は、ユノが納得すれば追従するだろう。

 でも、このふたりだけはユノの不利益となることを見逃さないだろう。

 そう思っていた。

 そこを攻めるのは、命懸けになるだろうとも。


 しかし、そのふたりも、ユノの着せ替えでは判断基準が甘かった。

 とにかく、可愛ければ、恰好よければ多少エロくてもオーケーと――パンツなんかはかなりエロかったはずだが、見事にスルーしてユノを困惑させていた。

 布地手のひらサイズだぞ?

 毛が生えてないから、もう少し小さくても大丈夫そうだとか言ってたけど。

 朔はともかく、アイリス様ってこんなキャラだったんだな……。


 それでも、やはりユノを私利私欲に利用されないようにと警戒しているのは確かみたいだし、そんなつもりは毛頭ない――危険すぎて手に負えないと思うけど、もう少し彼女たちのことを知れば、平和的利用法も思いつくかもしれない。

 それが分かるまでは大人しくしていてほしい。


 むしろ、ずっと監視をつけて――いや、必要なときに対処する必要を考えると、俺がやるしかないのか?

 とにかく、監視しておきたいところだけど、王都の混乱を考えると一度戻らなければいけないだろうし、仕事も増えすぎなので、一度いろいろと見直さないとパンクしてしまいそうだ。

 アイリス様と、上手く協定でも結ぶしかないだろうか。



 それでも、ユノも一応は反省しているようだし、彼女たちの都合上、こんなこともあろうかと用意していた家が役に立ちそうだ。


 自分用の別荘用地にしようと、数年前に見つけてキープしていた絶好の場所なんだけど、この際仕方がない。


 といっても、領地から遠すぎることとか、人間の手の及んでいない地域で、魔物や野生の動物も多くて維持管理が大変なこととか、それ以前に、忙しすぎてほとんど手を付けられなかったことなどもあって、本格的な開発は息子に家督を譲ってからになると思っていた所だ。


 手放すには少々もったいないけど、ユノを隔離する場所として、すぐに用意できる所がそこしかなかった。


 それでも、考えようによっては、王国の国費を使って開発できるかもしれない。

 それに、俺の利用できる余地を確保してユノに維持管理をさせれば、彼女がこの世界にいる間は、いろいろと手間も費用も抑えられるかもしれないことも考えると、メリットもある。

 残念ながら、まだ完成には程遠いけど、足りない物を彼女たち自身に補わせれば、時間稼ぎにもなるだろう。

 思いつきの割には悪くないかもしれん。



 ああ、だけど、余計なことを気にせずに、趣味全開で家を造って、服を作っている時間は本当に楽しかった。

 領地の開発も最初は楽しかったのに、今は利権や配慮だ何だと世知辛いことばかり。

 現状一番面倒臭い公爵がいなくなれば少しは良くなると思うけど、これも上手く事を運ばないと大戦の引き金になりかねない。


 ストレスから解放されるのは当分先になりそうだ。



 なお、今回の事件の責任を全て悪魔と悪魔族に押しつける。

 それで、その卑劣な企みは俺が食い止めたというカバーストーリーにして、角と爪を証拠品として提示することで、ひとまずの幕引きにしようと思う。

 悪魔の目的については調査中としたものの、今後も判明することはない。


 そうやって、またまた英雄としての株が上がることは間違いないだろう。


 もう不安しか感じない。

 インフレが、エスカレートが止まらない。


 大魔王から逃げた辺りでもうギリギリだったのに、遂に邪神とか出てきたじゃねえか。

 どうすればいいんだよ。


 だからといって、ユノの名前を出すわけにもいかないし、丸く収めるためにはこうするしかなかった。

 どうにかこの件を公爵と結びつけられないかとも考えたけど、本当に公爵と悪魔族に関係があった場合を考えると、慎重にならざるを得ない。


 ヤベえ、ユノの口調が移った。


 あいつ、言葉遣いは丁寧なんだけど、表現というか言い回しが古かったり変だったりするんだよな。

 まあ、そこが何か可愛いんだけど。

 語尾に(キリッ)とか付いてそうで。



 とにかく、公爵を排除した後のことも考えておかないとな。

 本当に難しいのはそこ――他国の間者や工作員も同時に排して、同時に再度他国の介入を招く前に公爵領の安定を図らないといけない。

 何で俺がこんなことを考えなくちゃならないんだ?


 まあいい――というか、どうしようもない。

 この人材難は王国だけの問題じゃないとはいえ、特定の人にだけ負担が集中するのはどうにかなんないかな。


 とにかく、費用や人員は王国に出してもらうとして、ユノが台無しにしてしまう前に算段をつけなければ。

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