25 リニューアル
通信珠は、領域や《固有空間》の中に入れていると当然のように役に立たない。
なので、偽装用のチョーカーにその機能も付けて、ずっと着用していたのだけれど、それは天使との戦いで壊れてしまった。
ゆえに、クリスさんの所へは、アポ無しでの訪問となる。
「何を考えているのかね、君は!?」
大雑把な説明を済ませると同時に、クリスさんの雷が落ちた。
個人的には、神の怒りより痛かった。
まあ、怒っていたのは訪れた直後、私の姿を見てからずっとなのだけれど。
もちろん、セイラさんもとても怒っていらっしゃる。
「神と敵対してしまったのは仕方ないし、君が無事だったのはよかった。だが、これは何だ!?」
何だと言われて、乳をステッキで突かれる。
この人にとっては、神と敵対したことより、おっぱいの方が重要なのか?
いや、無事だったからこそ責められているのか。
神や天使に絡まれるなんて避けようがないしね。
というか、ソフィアのことには触れもしない。
怒られるのが一回で済んでよかったと思うべきなのだろうか?
「私が苦労して創り上げた完璧な曲線が台無しなのだよ!」
「そうよ、ユノちゃん。属性は盛ればいいってものじゃないの。バランスがとても大切なのよ。……でも、形も色も肌触りも弾力も完璧ね」
人の乳を指差し覗き見揉みしだき、この人たちは何を言っているんだろう。
ある意味、いつもどおりだけれど。
身体が女性のものになったからといって、心まで女性になったわけではないので、女性らしい羞恥心などはない。
むしろ、恥じるような身体ではないと思う。
とはいえ、今までもジロジロ見られることはあったけれど、直接突かれたり、揉まれりしたことはないので、どうにも変な感じがする。
元より、私自身の性別には大きな意味は無かった――というか、女性でいる方が面倒が少なかったのでショックなどは無いのだけれど、アイリスとの婚約のこと――というか、アイリスの精神状態が少し気懸かりだ。
アイリスは、この状況をどう受け止めて――若しくは受け止められずにいるのだろう?
私の目には全然異常が見えないのだけれど、そんなはずはないだろうし。
アイリスの精神、どうなっているの?
それはさておき、ここまで大幅に変わってしまうと、ステータスのチェックからやり直す必要があるとのことで、いつものように高度鑑定室に向かったのだけれど、《鑑定》結果のほとんどが文字化けしてしまって用を成さなかった。
多少の数字が散見されるだけで、全体的な意味が全く分からない。
種族すら不明というのは、さすがに不安が残る。
そこで、《鑑定》レベルの高いアルの名前を挙げてみたのだけれど、やはりクリスさんたちは王国貴族との個別の接触は避けたいようで、渋い顔をされた。
しかし、アルが他の王国貴族とは違うだとか、日本に詳しいことなどを話して、どうにかクリスさんたちを説得することに成功して(※朔とアイリスが)、どうにか一度だけ会って話すことを了承してもらった。
アルの方はというと、賢者と名高いクリスさんたちとの繋がりは喉から手が出るほど欲しかったものらしく、すぐにでも会いたいということで、時間を作ってくれた。
というか、さすがにパーティーは終わっていたんだね。
◇◇◇
それから一時間後、少し疲れた顔をしたアルが、指定場所に《転移》で現れた。
パーティーで何かあったのだろうか。
それから、私の変わり果てた姿を見て、大袈裟に驚いていた。
いや、驚くか。
他のみんながあまり驚かないから、そういうものかと思ってしまうところだった。
アルは、困惑しながらも、じっくりと私を――特に胸の辺りを観察した後、挨拶もそこそこに自称主人公と賢者と大魔法使いとの会談が始まった。
「では、簡潔に問おう。ユノ君の現在の姿を見てどう思うかね? 率直な感想を聞きたい」
簡単な状況説明が終わると、クリスさんが本題に踏み込んだ。
「――聖天使猫姫、本当にいたんだ! いや、どっかの国では正装だって聞いたことあるけど、本物はこれだって断言できるわ」
この人、何を言っているの?
変わり果てた私の姿に動揺したか、それとも気が触れたのかと心配したのだけれど、なぜかクリスさんとは固い握手を交わしていた。
もちろん、セイラさんもそこに手を重ねていた。
「グレイ辺境伯、君を同志と認めよう」
「俺のことはアルフォンス――アルと呼んでください」
「よろしくね、アル。私たちのことも呼び捨てにしてもらって構わないわ」
何だか分からないけれど、理解し合えたようで何より――なのだろうか。
しかし、いきなり旧知の仲だったかのように打ち解ける三人を見ると、引き合わせてはいけない組み合わせだったのかもと、よく分からない不安を感じてしまう。
◇◇◇
「素晴らしい趣味とセンス! クリスなら日本で神になれますよ!」
クリスさんの館に招かれた、アルのテンションが高い。
確かに、クリスさんの造った個性豊かなホムンクルスと、その衣装を作る技術は素晴らしいものがある。
私も、以前ホムンクルスに似たようなものを作ろうとして、目も鼻もない人形しかできなかった。
私のコピーなら作れたと思うのだけれど、さすがに自分そっくりの人形を作るのは気が進まなかったのだ。
それはさておき、神になるとはどういうことだろうか?
新興宗教の教祖にでもなるのだろうか。
それならまだいいのだけれど――よくはないけれど、私の敵になるのはお勧めできない。
「そう言ってもらえると作った甲斐があるというものだよ。君がひとりの同志として来るのなら、いつでも歓迎しよう。――だが、私たちなどまだまだなのだよ」
「そうね。私たちの勇者様は、
「二次元世界の主人公……。それはとても素敵ですね」
何を言っているのかまるで理解できない。
しかし、アイリスたちもポカンと呆けている様子を見ると、私がおかしいわけではないのだと思う。
◇◇◇
そして、事件は私を《鑑定》していたアルの何気ないひと言から始まった。
「こうなってくると、耳が作り物なのが惜しいな」
アルの言っている耳とは、猫耳付きのヘアバンドというか、ヘッドドレスのことだと思うのだけれど、玩具っぽいのが駄目とか、玩具に何を言っているのだろう。
それとも、そもそものコーディネートについて言っているのだろうか。
それは朔に言ってほしい――いや、やっぱり余計なことは言わないでほしい。
しかし、これはこれで、クリスさんが造ったオリジナルはお耳がピクピク動く機能が付いていたし、朔のコピーも朔が手動で動かしているので、クオリティは高いと思う。
こんなに情熱を注ぐ物なのかな? とは思うけれど。
『任せて!』
何を――と訊く暇もなく、頭とお尻に鋭い痛みが走る。
「ナイスよ、朔ちゃん!」
「あら、可愛いらしい」
「リリーとお揃いです!」
「見た目と中身のギャップがまた大きくなったのう」
「これ本当に詐欺よね」
「すげえ、何でも言ってみるもんだなあ。いや、似合ってるぞ? 冗談抜きで」
私に耳と尻尾が生えた。
ネコ科の――というか、猫そのものの三角形の耳と細長い尻尾だ。
耳は人間のものと合わせて4つになっている。
そして当然、翼と同じく動かすこともできるし感覚もある。
毛は生えないのに、翼や尻尾や耳が生えるのはおかしくないだろうか――いや、耳と尻尾は髪と同じ色の毛でふさふさだけれど。
なぜだ。
なぜこんなことに?
「うむ。天使成分をカモフラージュする良いアクセントなのだよ!」
そう――なのか?
言われてみれば、天使と同じ姿をしているのはいろいろとまずい気がする。
色違いだと、更にインチキ臭いと思われるかもしれない。
真由もよく言っていた。
カラバリで水増しは悪い文化だと。
「ユノには気の毒なことかもしれませんが、お耳も尻尾も元気に動いて、とても可愛らしいですよ?」
そうか、可愛いか。
私も可愛いものは大好きだ。
アイリスがそういってくれることが、せめてもの救いなのだろうか。
「属性盛りすぎはダメだって言ってたのに……」
それでも愚痴のひとつくらいは許されるだろう。
「これはひとつの完成形なのよ。究極といってもいいわ! 私たちの――勝利よ!」
私のささやかな抵抗は、セイラさんの勝利宣言と、「「「おー」」」という歓声で掻かき消されたき消された。
みんな一体何に勝利したのだろう?
◇◇◇
容姿のことは後回し――家に帰るまでにどうにかしてもらうとして、本題の《鑑定》結果に戻る。
しかし、アルの必死の《鑑定》でも、一部の情報は意味が不明だった。
《鑑定》結果はこちら。
個体名 ユノ(処女)
種族 ユノ(邪神)
年齢 16
レベル 1
クラス 可愛い天使猫姫
女子力 無病息災
女子力 五穀豊穣
女子力 お砂糖とスパイスと素敵成分配合
女子力 夢見る乙女
女子力 身長160センチメートル 体重54キログラム B90W52H89
女子力 綺麗好き
女子力 良妻
女子力 ママ
女子力 物理
恩愛 眷属創造
慈悲 料理魔法
称号
一応、比較対象として、ミーティアの《鑑定》結果がこちら。
個体名 ミーティア(竜)
種族 古竜
年齢 1,192
レベル 119
クラス 銀竜
MHP 1,201,098
MMP 792,098
STR 4,201
VIT 4,387
AGI 3,931
DEX 4,914
PIE 2,742
MND 3,612
MAG 5,019
スキル
魔法
称号
スキルや魔法は目が滑るくらいにいっぱいあったので割愛するとして、普通はこんな感じである。
いや、数値は普通ではないか。
なので、追加の比較対象として、アルだとHPとMPが三千弱で、パラメータは二百から五百。
最もパラメータが低いアイリスで、HP620とMP991、パラメータが1から四百ほど。というか、DEXが1で、不器用なんてスキルが限界突破していた。
さておき、まず最初に、私のステータスの種族欄がユノ(邪神)になっていたのが気になった。
ついに言い逃れできない邪神の表示。
しかし、邪神である前に私は私的な表示、ある意味お得な感じなのだろうか?
いや、自分でも何を言っているのか分からないけれど。
そしてクラスが「可愛い天使猫姫」。
天使とか猫については、まあ、不本意ながらそんな容姿になっているし、理解できる。
しかし、姫はどこから出てきた?
それに可愛いが残ったままだし、ツッコみどころが多すぎる。
少なくとも、私の意思とか希望は全く関係ないことは分かった。
やはり、神は殺さねばならないようだ。
パラメータは全て女子力で統一されていて――無理矢理表示させようとすると、無病息災とか、五穀豊穣とか、商売繁盛とか、わけの分からないものが表示される。
そしてなぜか、頼んでもいないのに身長体重、それにスリーサイズまで表示されていた。
単に私が女性になったから?
それとも、英雄色を好むとかそういうこと?
身長160センチメートル、体重54キログラム、B90W52H89――元々の身体から比べると身長の低さが気になるけれど、私の背が伸び始めたのは10代の後半も後半なので仕方がないのかもしれない。
対して、体重が若干マシなのは翼の分の重量かな?
とにかく、この数字が客観的に良いのか悪いのかは分からないけれど、個人的には良いのではないかと思う。
「やべえ。ブラ無しで垂れないGカップとか神じゃね? どうなってんの? GはGODのGかよ」
「正に乳なる神なのだよ。とりあえず拝んでおくのだよ」
「ちょっとクオリティが人間離れしすぎているわね。足はヒールを履く必要が無いくらいに長いし、腰は細いし、胸は言わずもがなよね。それが透き通るような――毛穴も角質もないお肌が合わさって、最強に見えるわ」
みんな、《鑑定》結果――というか、身体測定結果に夢中で、邪神とかその辺りには誰も触れない。
とにかく、もう余計なリアクションをして、変なオプションを付けられることだけは避けたい。
◇◇◇
「となると、後は服装なのだが、何か良い案はあるかね?」
そして、流してはいけないところを華麗に流して、私の服の話題になった。
本題は偽装の準備だった気がするのだけれど、確かに、いつまでも下乳出しっ放しなのもまずいし、今では尻尾のせいで、後ろからはパンツ丸見えなのもよくない。
しかし、前回のこともあって微妙に――かなり嫌な予感がするので、一応話題の転換を試みる。
「偽装の準備だったのでは?」
「偽装など適当でいいのだよ。素材を最大限に活かし、TPOに合わせたファッション。これを欠くなどクソ以下なのだよ」
大真面目な顔のクリスさんにツッコんでみたけれど、やはり大真面目な顔で返された。
「翼があるから背中が大きく空くのは仕方がないわね。胸が大きくなっているからエロ……セクシー系もいけそうだけれど、後は意匠に†を織り交ぜることかしら」
「露出を上げるだけなのは駄目ですね。……それでも隙間。隙間だけは譲れない」
「そうだな、隙間は重要だ。それと私の一押しは腋だ。腋から控え目な胸にかけての曲線が――胸がもっとなだらかな曲線なら、ボディスーツなどでもよかったのだが……」
TPOはどうした?
「――無いなら作ってしまえばいいのでは?」
「どういうことかな?」
「横乳。――横乳のラインで貧乳っぽく演出してしまえばいいんですよ!こんな感じで!」
アルは、得意気に光魔法の《結像》という魔法を使って立体映像を映し出して、図解で示している。
「―――これが天才か!」
「全く、大したものだわ」
「あの!」
「どうしたのかね、巫女殿?」
「ユノの髪を結うために、不壊属性の付与されたリボンなどをいただけると嬉しいのですが」
彼らを止めてくれると思っていた最後の砦、アイリスまでもが彼らの側についた。
そうすると、リリーは当然として、ミーティアやソフィアも面白半分で参加する。
朔はこういうことが大好物なので、最初から期待していない。
「いいよ。こうなったら、どんな服でも着こなしてやる!」
「おお……正真正銘女になったのに、変なところで男らしい」
「よし、本人のお墨付きももらった。後は我々の持てる全てを注ぎ込み、ユノ君を更に輝かせるのだよ!」
どうせ私の希望は通らないのなら、せめて作られたものに負けない素材の良さをアピールしてやる。
あ、でも、捕まらない程度のものでお願いします。
◇◇◇
英雄と賢者、それと巫女とか竜とか魔王とかの夢のコラボレーションから生まれた叡智の結晶は、以前と同様のゴスロリ、メイド服、和服などに加えて、巫女服やバニー装束に身体のラインがしっかり出るボディスーツなども追加された。
もちろん、翼と尻尾を出す必要があるので、以前のものより露出は増えている。
しかし、ネコ耳でバニーとは一体……?
とはいえ、私が口を出したところで、彼らの暴走は止まるはずもない。
心の準備をする時間もなく、アルの超高速裁縫スキルのせいで、服の制作は本当に一瞬の間に次々と仕上がっていく。
チート主人公とやらの本気を見た。
でも、服飾関係の人に謝ってほしい。
なお、それらの服に共通している特徴として、背中と太ももの露出が高いことと、腋と横乳の絶妙なラインに尻尾穴。
そして、時にはちらりと、時には大胆に覗く隙間とか谷間。
また、パンツも尻尾対応のローライズなどの物をいろいろ用意されたのだけれど、私のパンツを笑顔で作る英雄には少し引いてしまった。
しかし、これで本当に吹っ切れてしまった感がある。
もう何も怖くない。
◇◇◇
私のファッションショーが済むと、ようやくリリーの尻尾の件や大魔王を連れていることのお叱りを受けた。
やはりスルーはできなかったか。
ただ、事情が事情なので、すぐに無事を喜ぶ方向へ変わった。
やはり姿形が変わることより、生きていてこそ。
生きていることの定義は人それぞれだけれど。
クリスさんたちなら、そう言うであろうことは分かっていたけれど、それでも実際に言われると安心する。
まあ、私としては、生死よりも重要なものがあると思うのだけれど、ここでは言わない方がいいような気がする。
とはいえ、尻尾が増えたのと生えたのでは意味合いが違うと思う。
翼に至っては、完全変態でもしたのかというレベルである。
しかし、確かに翼は目立つけれど、数は少ないものの有翼亜人種も存在する。
そして、翼の有無にかかわらず、私は目立つと言われては、ぐうの音も出なかった。
なお、頭の輪っかは、呪いのかかったアクセサリーか何かだということにしておくことになった。
呪いで何でも押し通せるところは、ファンタジー世界の良いところのひとつだと思う。
いや、呪いで通じる時点で微妙か。
どうせなら祝福が欲しいのだけれど……いや、いっそ、私が与えるか。
何もしない、ろくなことをしない神の代わりに。
神の真似事ではなく、私なりに。
◇◇◇
その後、みんなで夕食を頂くことになって、アルの振舞う料理の数々に舌鼓を打った。
私も、お酒やご飯を出してあげたかったところだけれど、能力の行使は朔に止められている。
なので、ストックにあった分だけのささやかなものだったけれど、それでもみんなと囲む食卓は良いものだと思った。
お風呂では、慣れない翼や尻尾が洗いづらかったり、洗ってあげようと寄ってきたみんなに揉みくちゃにされるなどひと悶着あったりもしたけれど、神前試合から始まった長い一日がようやく幕を下ろした。