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24 失ったモノ

――ユノ視点――

 体中が痛くて重い。

 特に、頭と背中と胸が何だか重いような……。

 それと、何かに締めつけられているような圧迫感がある。


 ええと、何をやっていたのだろうか?


 …………あ、天使?


 この痛みとか違和感は生き残った証拠か?


 それとも、ろくな死に方はしないと覚悟はしていたけれど、死後まで苦痛を与えられているとかそういうことなのだろうか。


 というか、何がどうなったのかよく覚えていない。


 予想外のタイミングで、かなりヤバめの攻撃を受けたことは覚えている。

 あれには少し驚いたけれど、そこまで深刻なものでもなかったはず。

 というか、反撃するくらいの余裕はあって、実際にしたはずなのだけれど……?


 それがなぜこんなことになっているのか。

 認識できない攻撃でも食らったのだろうか?



 意識を失う直前の記憶が無い――いや、何か大変なことが起こっていたような気もするけれど、思い出せない。


 思い出さない方がいいと本能が告げている。

 そんな気がする。


 何だか分からないけれど、精神に結構なダメージを負っているみたいだし。


 しかし。本能とか――思った以上に人間性が残っているらしい。

 やったね!

 何%残っているのか楽しみだ。


 それに、念願だった天使をぶん殴ることも達成できた。

 殴ったというか、喰ったのだけれど。


 気分が良いので、今なら大抵のことは受け容れられそうだ。



 とにかく、痛む身体に鞭を入れて、何とか体を起こそうとする。


「「「「ユノ!」」」さん!」


 飛びついてこようとするリリーをミーティアが摘み上げていて、アイリスは必死に私に回復魔法を掛け続けていて、ソフィアが起き上がる手助けをしてくれる。


『みんなが助けてくれたんだよ』


 朔のイメージから、大体のことは伝わってきた。

 なぜ私の精神が迷子になったのかは分からないけれど、みんなが危険を覚悟の上で助けてくれたのだ。

 みんなの誇らしげな様子が何だか眩しい。

 ちょっと感動。


 しかし、剥き出しの魂とか精神ってとても繊細なので、もうこんな危ないことはしないでほしい。



 というか、精神世界――本当にあったのか。


 それにしても、私の精神世界ヤバいな。


『現実の方が酷いよ』

 ははは、ご冗談を。


 さておき、なぜか精神世界での記憶の最後の方があやふやになっていたけれど、みんなが大変な思いをしたことと、私の過去を覗き見られたことは理解できた。


「みんなありがとう。でも、何だか少し恥ずかしいな」


 恥ずかしさはかなりのものだけれど、まずは頭を下げてお礼を言う。

 礼儀と人間性は大事にしないといけない。


「よいよい、助けられたのはこちらも同じじゃ。それに、お主に駄目なところがあるのも今更じゃし、それを含めてお主の魅力じゃ」

「誰にだってそういうところはありますし、ユノの事情では仕方ありませんよ。でも、私にはもっと踏み込んでいいんですよ?」

「あんたがレティたちのことを大事に想っていたのは伝わってきたわ! 私はその恩返しをしただけよ!」

「ユノさんは格好悪くなんてないです!」


 どこまで見られたのか――というか、どこまで好意的に解釈するつもりなの?

 余計に恥ずかしくなってくるのだけれど。


 その後もみんなから無駄に手厚い擁護と慰めを受けた。

 何だこれ? 新手の精神攻撃か?



「まあ、いつまでもこうしているわけにも――」


 話を打ち切って立ち上がろうとしたところで、自身の異変に気づく。


 微妙に身体が重いと思っていたら、なぜか背中に真っ黒? な翼が生えている。

 一応、色があるので領域ではない――いや、私の身体も私の領域の一部ではあるのだけれど、肉体として構築されているからか?

 とにかく、不慣れなせいかぎこちないものの、私の意思で動かせもするし、感覚もある。


 そして、なぜか胸が大きくなっている。

 端的にいうと、おっぱいである。

 アイリスほどではないけれど、ソフィアよりは大きい。

 つまり、結構大きい。

 どういうこと?


 戦闘の影響か、偽装のチョーカーは壊れてしまっているので幻術の類ではないし、触った感触もちゃんとある。

 すごく柔らかくて、触り心地が良い。

 このモチモチスベスベな感じは、間違いなく私の肌だ。

 そこにタプタプムニムニが追加されて、お得感がアップしている。

 あれ? これは喜ぶべきなのか?


 しかし、あえて問題を挙げるとすれば、大きな翼と胸のせいで服がずり上がって、さらにパッツンパッツンな状態で、お臍どころか下乳まで丸出しなことか。



「私の身体は一体どうなっているの……?」


 ひとまず、現状のチェックを行う。


 無茶しすぎた影響が、いろいろなところに出ていた。


 同化や偽装も解けているのに、髪は黒いままだった。

 父さんと同じ銀の髪は気に入っていたのだけれど、いつか元に戻るだろうか?


 そして、背中には立派な黒い――髪と同じ色の翼が生えているし、頭の上には取り外し不可能な黒い輪っかが浮いている。

 何この輪っか? 何に使うの?


 何より問題なのは、胸は立派に育ち、股間には両方ついていること。

 これは天使の身体の特徴なのだろうか?

 理由は分からないけれど、それが反映されているっぽい。



「どうすればいいの?」


 対処法が思いつかないので、駄目元で訊いてみる。


 アイリスたちは見た目は気にしない、結構似合っていると言うだけだった。

 そういう慰めを聞きたかったわけではない。


 どう考えても、似合うで済むレベルを遥かに超えていると思う。


 少なくとも、私には「ごめんな。お兄ちゃん、女に――いや、天使になっちゃった」などと、妹たちに言えそうにない。

 冷たい視線を向けてくる妹たちが目に浮かぶ。


 一過性の病気などであればいいのだけれど、こんな病気は聞いたことがない。



 やはり、こういうときこそよかったことを考えるべきか。


 こんなことで悩めるのは人間性が残っているから、おっぱいが大きくて柔らかい。

 女湯に堂々と入れる。


『ボクが駄目って言うのに、無茶するからだよ。でも、あれだけ無茶して、その程度の見た目の変化と、少しの人間性の喪失で済んだのは奇跡だよ。まあ、ボクが頑張ったんだけど』

「悪かった」


『反省してない……。いい? ボクは現在進行形で君の喰い荒らした天使の除去をしてる。いつかはそれなりに元に戻ると思うけど、しばらくは能力の行使は禁止だからね!』


 バレたか。

 確かに反省はしていないけれど、朔の言うとおり、この程度で済んだのは幸運だったのだろう。


 しかも、元に戻れる可能性があるとは、さすが朔だ。

 朔に任せておけば全て上手くいくと信じているよ。


 ということで、しばらく大人しくしていることも(やぶさ)かではない。



「ま、待て! 待つのじゃ! それは酒も出せんということか!?」

『そうだよ。今無理をすると身体はもっと酷いことになるかもしれないし、残った人間性を失うことにもなりかねない。ミーティアのお酒のストックが切れるまでには応急処置はするつもりだけど、それまでは何もしちゃ駄目』


「何……じゃと……!?」

「そういうことなら仕方ないですね。しばらくの間は無理しないで、私たちを頼ってくださいね?」

「リリー、いっぱいお手伝いしますね!」

「そういっても、必要だと思ったら力を使っちゃうんでしょうけどね」

「……うむ。古竜も魔王もおるのじゃ。大抵のことはどうにでもなる。大船に乗ったつもりで任せるがよい。そして、さっさと回復するのじゃ」



「分かったよ。――ああ、でも、やっぱり翼とか目立ちすぎない? それに、両方付いてるのだけれど?」

 私も朔に負担を掛けたいわけではないので、状況次第にはなるけれど、言われたとおりにしておこうと思う。


 それでも、これからのことを思うと、この大きすぎる翼は邪魔ではないだろうか?

 それに、私は極度の便秘なのか、これまでの人生で用を足したことが無いのだけれど、これから先もずっとそうなのかは分からない。

 そのときに2WAYとか嫌だよ?


『仕方ないなあ。……はい』

 朔の軽い感じの声と僅かばかりの痛みと共に、二十数年間連れ添った大樹と宝珠が姿を消して、不毛な荒野――これ以上の表現は不適切なので簡潔に、ツルツルの雪原だけが残った。


「なぜそっちを取るの!?」

『そっちの方が質量的な負担が少ないからだよ? それに変装の手間も減るし』

 質量ということなら逆では――ああ、胸も含んでいるのか?

 なるほど……?

 まあ、いいか。

 あれも別に役に立っていなかったしなあ。


「ふふっ、姿が多少変わってもユノなんだと安心しました」

 アイリスが、とても眩しい笑顔で微笑みかける。

 はて、どこに私らしい要素があったのだろう?


『使う機会が来たらちゃんと元に戻すよ』

 また返事に困ることを……。

 アイリスは顔を赤くしているし、本当にどう反応すればいいのだろう?



「とにかく、しばらくは私たちに任せてくださいね! 気がついたら何だかとんでもなくレベルアップしてましたから!」

 アイリスが力瘤を作るポーズを取っている。

 言っていることの意味も、力瘤の存在もよく分からない。


「リリーも尻尾が増えてました!」

 私自身のことに気を取られていて、言われるまで気づかなかったのだけれど、確かにリリーの尻尾のボリュームが倍以上になっている。

 7本だ。

 マジで?


「私も! レベルが100を超えて、称号も大魔王になってたわ!」

 ソフィアもレベルが上がったようだけれど、その称号は喜んでいいものなのだろうか?


「恐らく、お主の中での経験は、世界を邪神から救ったレベルなんじゃろうな。そして、現実世界に戻った儂らに反映されたのじゃろう。

思わぬ収穫じゃが、それだけの危険があったということなのじゃろうな」

 ミーティアがとても愉快そうに笑っていた。

 笑いごとで済むレベルなのか?


◇◇◇


「ところで、あの光の柱は何だったんですか? やはり神様の怒りだったのでしょうか?」

 ミーティアの背の上で、アイリスが尋ねてきた。


 またもや目的地が変更されて、今はクリスさんの所へ偽装のチョーカーを直してもらいに行く途中だ。


 ついでに、ソフィアの分の偽装もお願いしようと思う。

 今更だけれど、王都に戻る前に用意しておいてもらえばよかった。


『調整されてて分かりづらかったけど、あれも種子の力だと思う。ミーティアのブレスに似た感じで、あの経験がなければ危なかったかもだけど、ユノの反撃はあっちにまでダメージは届いたんじゃないかな』

「効果は存在の分解とか消滅ってところかな。対種子攻撃としては有効なもののひとつだと思う。私にはもう効かないと思うけれど」


 やはり、感覚を言葉で説明するのは難しい。

 仮に、あれ以上の出力で神の怒りが落ちたとしても、私より先に、世界が崩壊する可能性が高い。


 それ以前に、私には効かないとしてもアイリスたちにはそうではないし、余波などまで完全に消せるかというと、分からないとしか答えられない。

 私はただでさえうっかりや度忘れも多いのだ。

 それはどんな能力を持っていたとしても、油断できない要因になる。


 もちろん、そんなことになれば、それより先に神を殺すつもりだけれど、実際のところ、朔が指摘するように、神に他の攻撃手段が無いとも言い切れないので、油断はできない。


『それでも、しばらくは勘弁してほしいけどね』

 全くもって同感である。

 いや、しばらくどころか、ずっと勘弁してほしい。


「止めを刺しに来なんだし、神や天使どももそれどころではないのじゃろうな」

 そうだといいのだけれど、ちょっと喰らった情報量が多すぎて、どこまで被害を出せたかはよく分からないんだよね。


「神の怒りに逆切れって、なかなかできることじゃないわ!」

 怒りを買う時点でどうかと思ったけれど、聞く耳を持ってくれない相手では、遭遇時点で既に駄目だったのだろう。


 今度からは、有無を言わさず殺しておくべきか。


 とにかく、追撃がないのは幸運だけれど、この幸運を無駄にしないためにもいろいろと備えておくべきだろう。

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