21 一匹見かけると
誤字脱字等修正。
現在王城では、アルを主役としたパーティーが開かれている。
直前の神前試合では――最初の方は私が主役だったはずなのだけれど、何だかんだあって取って食われた形である。
それ自体はどうでもいいのだけれど、このすっかり忘れられている感じはどうしたものか。
アイリスの推測では、アドンとサムソンを召喚してみせた私はみんなから恐れられていて、近寄り難くなっているのではとのこと。
本来、
私としては、下手な
つまり、その機会をわざわざ作ろうとは思わないようで、少なくとも、死の恐怖が残っているうちは余計な干渉は無いだろうとのこと。
それは有り難い。
有り難いのだけれど、この後どうしていいのか分からない。
必要な干渉も無いのは困るのだけれど。
当初の予定では、試合終了後に誰かが――恐らくはアルが、今後の予定について説明に来るはずだった。
しかし、主役の彼がパーティーを抜け出すことは難しいだろうし、それどころか、ろくに指示すら出せない状況なのだろう。
アルと距離を取っていた貴族さんたちにすれば、一刻も早く彼との関係を修復したいとか、少なくとも、その手掛かり足掛かりを掴みたいのだろうし。
それでこうして待ちぼうけを食らっているわけなのだけれど、このまま待っていても埒が明かない。
思い立ったが吉日とか、「巧遅は拙速に如かず」という格言もあるので、とりあえず行動に移すことにする。
なので、「アズマ公爵領に行ってきます。後はよろしく」とだけ記した書き置きを残して、会場を抜け出した。
◇◇◇
特に
出てから、出発前に王都観光でもしておけばよかったと思うも、それでいきなり引き返すのも縁起が悪い気がするので、それはまたの機会にすることに。
気を取り直して、そこから真っ直ぐ西へ、ミーティアが竜型になっても騒ぎが起きない場所まで移動している時だった。
『何か来る』
朔が警告を発した直後、前方少し上方の空間が微かに歪んだ。
これは《転移》の前兆だったか。
アルが追いかけてきたのかと思ったのも束の間、眩い光と共にそれは現れた。
天使。
グレゴリーさんを再構築した時に覗いた記憶にあったものとよく似ている。
神ではなく、天使――なぜだか分からないけれど、それは分かる――いや、そう思いたいのか?
何だか分からないけれど、とても
こんなものを神とは認めたくない。
神を詐称する何者かの使う道具だと考えると、まだ納得できる。
この天使は、グレゴリーさんの記憶にあったものとは違って、翼は一対二枚。
しかし、体長が十メートルくらいある。
個体差なのか種類なのかは分からない。
身体つきから、一見すると女性に見えるけれど、天使には性別が無いというような話を聞いたような――そんなことよりも、なぜボンデージで全身を包んでいるのか。
いや、太めのベルトのような物で胸囲と局部のみを隠した姿なので、ボンデージとすらいえないか。
こんな姿でうろつくとか正気か?
背中の純白の翼と、頭上に光る輪っかがなければ、お巡りさんを呼んでいたレベルだ。
などと、感想を述べている場合ではない。
「こんなところで手つかずの世界の種子を見つけることになるとは。――これこそ主のお導きでしょう」
天使が突然口を開いた。
私たちに話しかけているという感じではなく、変なクスリでもやっているかのような独り言。
というか、魂や精神の歪さから、対話ができる存在には思えなかったので、言葉を発したことに少し驚いた。
しかし、種子の――私か朔のことには気づかれている様子。
ここが地球であれば、今すぐにでもブチ殺すところなのだけれど、似たような存在だったとしても、余所の世界を壊したいわけではないので、できれば穏便に済ませたい。
目的を諦めるつもりはないけれど、できる限り大人しく、謙虚にやっていくつもりなのだ。
「人の子よ。それは禁忌の力。人がその身に宿すなど許されぬこと――そもそも、人にそれを御することは不可能。お前が今生きているのは奇跡――主の御業によるものです」
は?
これは何を言っているのか。
目の前の事実から目を背けて、許すだ許さないだと、どの立場で何を根拠に言っているのだろう。
そもそも、誰かに赦しを請うたつもりなんて毛頭無いし、私が生きているのは奇跡でもなんでもなく、私自身の努力と周りのみんなに助けられてのことだ。
神とか知らんし。
というか、今更のこのこ出てきて頭ごなしに否定とか、何様のつもりか。
やはり、サクッと殺して埋めておくか――ああ、少々頭に血が上り始めていて、正常な思考ができなくなってきたかも。
しかし、なぜにこんなにイラつくのだろう?
「天使様、お待ちください。世界の種子とは何のことなのでしょうか? 私たちのような者にも分かるように仰っていただけますか?」
アイリス、が動揺しながらも情報を引き出そうとする。
「人の子が知る必要はありません。ですが、神は寛容です。お前たちが罪を悔い改め、種子を差し出すのならば、神は慈悲をお与えになるでしょう」
今度は罪ときたか。
人の話も聞きもしないで、本当に何様のつもりなのだろう。
これだから神は駄目なのだ。
本当に寛容なら、他人の話にも耳を傾けて、きちんと向き合うべきだ。
最初の予感どおり、対話できるような存在ではなかったようだ。
寛容という名の拒絶をして、慈悲という名で何をするつもりなのか。
冗談にしても笑えないなあ。
やっぱり、ここで殺して証拠隠滅しておくのが最善か。
喰っちゃえばバレないかな?
「嘘じゃな。――慈悲? 笑わせるな。浄化だの救済だのとほざいて、虐殺することの何が慈悲か」
私が行動を起こす前に、ミーティアが噛みついた。
言葉でだけれど。
「やはり、地上の者は愚かですね。神の偉大さ、深謀遠慮な御心の内は理解できませんか」
「自分の意思で歩むこともできない神の狗ごときには何も理解できないわ」
ソフィアが魔王っぽい毅然とした態度でやり返す。
いいぞ、もっと言ってやれ!
「天使様、よくご覧になってください! ユノは現にその力を制御しています!」
「邪神に毒された哀れな巫女よ、お前にも救済が必要なようですね」
アイリスの――神に仕える巫女の言葉すらも届かないとか、何なのこれ。
「悔い改めよ!」
しかし、天使が寝言と共に、その手に持つ巨大な剣を天に掲げた瞬間、天使を中心に広大な領域が展開された。
問答無用かよ。
というか、グダグダ話していたのは、領域を展開するための時間稼ぎだったのか。
余計なことを考えていたせいで出遅れた。
いや、まあ、こっちから手を出すつもりはなかったのだけれど。
余所の世界を掻き回したいわけではないので、ギリギリまで大人しくしていただけ。
それでも、相手から問答無用で仕掛けてきた以上、私も私の大切なものを守るために抗わなければならない。
「これは!? 身体が急に重く――」
「力が出せない! 能力が封じられてるわ!」
「これは神域か! 儂には効かんようじゃが、どうするのじゃ? やってもよいのか?」
天使の展開した領域――ミーティアが神域と呼んだ領域は、どうやら敵対者のシステム利用を封じるものらしい。
なぜかミーティアには効かないようだけれど、アイリスやリリーのことを考えると迂闊にゴーサインは出せない。
アイリスたちは巻き込みたくないので、逃げてもらうのが最善か。
しかし、ただ逃げるだけでは駄目な気がする。
それよりも、この領域は、私を――私の領域を侵食しようとしている。
もっとも、纏わりついているだけで、私を侵食するには弱々しいけれど、層が厚いというか量が多いというか、とにかく非常に鬱陶しい。
……なるほど、これの本来の効果は、種子の封じ込めにあるのかもしれない。
それはそうだ。
相手は種子のことを知っているのだから、対抗策を用意していないわけがない。
今更ながらにそんなことを考えている間にも、吠える天使の更に上空に、いくつかの空間の歪み――《転移》魔法の派生の
一匹見かけると三十匹はいるというアレのようだ。
とはいえ、口に出すのも憚られるGだと逃げるしかないけれど、天使なら翼をもいで、彼らが見下す人間と同じ姿にしてやることもできる。
天使の神域で蓋をされていて、私自身も少々気持ちが乱れていることもあって領域を上手く展開できずにいるだけで、私の全てを封じられているわけではないのだ。
『ミーティア、みんなを連れて逃げて!』
新たに出現した天使は、私だけでなく、アイリスやリリーにも見境なく襲いかかっている。
というか、もっと早くに逃げてもらうつもりだったのに、声に出すのを忘れていた。
……おのれ、神の手先め!
竜型に戻ったミーティアが、どうにか天使どもの攻撃を防いでくれているけれど、その様子に、心の中がグチャグチャになる。
もう、全部壊してしまおうか――壊してしまいたい。
でも、壊してはいけない――壊れないでほしい。
今すぐにでも全てを台無しにやりたいのに、力を封じられている――振り解くことはできるけれど、加減を間違えれば、アイリスたちまで巻き込んでしまいかねない。
例えるなら、ポテチの袋を開ける時の感覚――力を入れすぎると大惨事になるあれである。
落ち着いて、慎重にやればできるはずなのに、怒りなのかよく分からない感情がそれを邪魔する。
ひとまず、みんなを巻き込まないように、少しでも離れておこうと走る。
天使の多くが私を追ってきてくれた隙に、ミーティアの活躍もあってみんなはどうにか態勢を整えることができたようだ。
ただ、いつまで無事でいられるかは分からない。
上空で待機中の大きい天使や、新たに出現した翼の枚数の多い天使――これは神か?
それらは大規模な魔法の準備に入っているようで、この先も無事だとという保証も時間も無い。
「お主はどうするのじゃ?」
『殲滅する!』
何の担保も無しに自らを正義だと豪語して、誰の得にもならない試練を課すかと思えば、気紛れに人の努力をふいにしようとする。
神の愛?
人間を愛していることを演じている自分を愛しているだけじゃないのか?
愛の押し売りとか、迷惑以外の何ものでもない。
無償の愛とかどの口がほざくのだ、
気持ち悪い。
そんな存在は、いない方が世界のためだ。
いや、もう言い訳は必要無い。
やると決めたからやる。
『今のユノには、細かい制御をする心の余裕が無い! 早く!』
「む――分かった。無理をするでないぞ!」
ミーティアは、一瞬迷ったように見えたものの、状況を正確に把握して、敵を斃すことよりアイリスたちを守る方が重要だと判断してくれたようだ。
ミーティアは、すぐにアイリスたちを抱えて空に上がると、周囲の天使を引き裂きながら急速に戦域を離脱していった。
よかった。
もし誰かが傷付けられていれば、自分を抑えていられる自信はなかった。
生死はただの結果なので仕方のないところもあるけれど、こんな理不尽な形で与えられては堪ったものではない。
しかし、もう大丈夫。
ミーティアの速度なら、天使に追いつかれることはないだろう。
そんなに理不尽が好きなら、心行くまで味わわせてあげる。
ホッとしたのも束の間のこと。
上空の上位天使たちによる大魔法――もしかすると、禁呪とやらが直撃して、私に群がっている天使も諸共に吹き飛ばされた。
そして、それは2発目、3発目、4、5、6、7――と、数も分からなくなるほど連続で撃ち込まれて、多くの天使も巻き込みながら地形を大きく変えていく。
圧がすごすぎて、宙に浮くこともないのは初めてだ。
もちろん、領域を展開できていない私もただでは済まない。
気合ですぐに再生するとはいえ、レジストを貫通されるたびに何度も全身を焼かれ、手足が吹き飛び、身体に風穴が開く。
気合を入れているのに、これほどレジストを突破されたり身体を破壊されたりするのは、やはり種子対策か。
それでも一瞬で消滅させられたりしないのは、回収目的で加減をされているのだろうか。
……いや、上手くはいえないけれど、何かを勘違いしている気がする。
私も、天使も。
何にしても、この状況は私の弱さと油断が招いたことなので、そこは真摯に受け止めなければならない。
もちろん、諦めるつもりは全くないし、すぐに反撃に出るつもりだけれど、その間もまだ天使は湧き出し続けていて、空を見上げれば、天使が八割で空が二割といったところ。
当然、攻撃も苛烈さを増していて、神域の中――私の領域外では、朔の半径百メートルの探査も不可能。
それに、《無詠唱》で撃ち出される禁呪とは別に、更に大きな魔法を準備している様子も窺える。
それでも、切り抜けるだけならきっとどうにでもなる。
しかし、一匹でも逃がせば、次にどうなるかの保証が無い。
Gだって、薬剤耐性とかつけるのだ。
反撃手段は、領域を展開しての侵食。
とはいえ、恐らく私と朔以上に種子のことを知っている彼らは、侵食に対する防御手段か耐性を持ち合わせている可能性が高い。
必要なのは、一気に喰らい尽くせるだけの範囲と、神域の妨害と天使の耐性を上回る強度。
今の私の能力では、後者はともかく、前者が難しい。
私の世界は小さなもので、興味の無いものにはとことん興味が無くて、意外に注意力散漫で、ひとつのことに集中できない――といった性格的なものもあるのだろう。
それを補ってくれるのが朔なのだけれど、今回朔は頼れない。
むしろ、障害になることが予想される。
私が壊れることを何より嫌う朔は、さきの言葉とは裏腹に、無理に天使を殲滅する必要は無いと考えている。
それだと、今後枕を高くして眠れなくなるし、家に帰るにも障害になる。
だから、ここで根絶させる。
恐らく、朔は私が無茶をしようとするとブレーキを掛けてくるだろう。
今回は、朔も捻じ伏せなくてはならない。
仕方がない。
人間であることは諦めよう。
グッバイ、残りの50%。
何になるかは分からないけれど、何があっても私は私だ。
そう覚悟を決めてしまえば、目の前に広がるのは、栄養価など全くない食糧――いや、ゴミの山。
自分自身が種子であると、それを含めて私なのだと、固く強く深く認識する。
そうして、新たに種子としての私を再構築していく。
この間も私の身体は破壊され、再生され続けているけれど、特に思うことはない。
むしろ、痛みを感じることで、人間性が残っているのだと嬉しく思う。
そして、痛みを受けようが、身体――実体が千切れようが、種子としての私の本質は何も変わらない。
私が再構築されると、世界が変わった――いや、変わったのは認識か。
迷宮の種子に触れて、理解が深まったものが、更に深くなった感覚。
認識が変わると、当然のように領域や侵食の認識も変わる。
なるほど、そういうことねー。
言葉では表現しづらいけれど、領域の本当の使い方、侵食の意味も理解できた。
『ちょっと、ちょっと待って! 何するつもり――いや、何してるの!?』
何かを感じ取ったのか、朔が私を止めようとするけれど――もう遅い。
大地に巨大な領域の花が咲く。
領域に侵食された神域が消えて、天使の魔法も、天使も消えた。
上空にいる、領域に触れていないように見える天使は、まだ物理的に残っているように見えるけれど、これは私の認識に問題があるのかもしれない。
それでも、初めてにしては上出来だ。
『ちょっと、本当に何を――まずい、処理が追いつかない!』
ゆっくりと花弁を閉じて、天使の残像を消していく。
慣れればこの行為も必要無くなるのだろうか?
とにかく、後は確定された結果に向けて、世界を――私を収束させるだけ。
強さの階梯をいくつか飛び越えた――いや、強さの概念も変わっている。
従来の強さは意味を失った。
ふむ、これは少しやりすぎたかもしれない。
『ユノ、君はもしかして――』
朔が何かを言いかけた時、空に巨大な魔法陣が出現した。
私の領域下で魔法を発動させるとか、なかなかやる――などと思っていると、そこから撃ち出された巨大な光の柱が私を串刺しにした。