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17 昨日の敵は

「何よ? この魔王ソフィア様が仲間になってあげようって言ってるのよ? 『今後ともよろしく』って返すところでしょう! それより、この道具ちょうだい!」

「要らない。あげない」

 危機感に駆られて、手に持った携帯を取り込んで回収した。直後に魔王の手が空を切る。

 すぐさま戦闘態勢に入った魔王だけれど、私が領域を展開して見せると、すぐに大人しくなった。


『落ち着いて整理しよう。この娘は本当に君の妹で間違いないの?』

「双子の姉妹だもの、間違えるわけがないわ! どこにいるの? 会わせてよ!」

『だから落ち着いて!』

 どうにもこの魔王は、妹のこととなると周りが見えなくなるようなので、仕方なく鎖で拘束する。

 もちろん、派手に泣き喚かれたけれど、それに触発されたヒトデ人が蠢き呻き始めると、何かを察したのかピタリと大人しくなった。



 魔王が落ち着いたのを確認してから、話を再開する。

「さっきも言ったように、私がレティ――レティシアに会ったのは十年くらい前。うちの両親がどこからか保護してきたのだけれど、詳しい事情を聴く前に両親が失踪した」

「彼女の妹が消失したのは二百年以上前ですが、種子――ですか、それが絡むと時間は意味をなさないようですし、日本に辿り着くこともあるのでしょうか?」

「そうじゃのう。最も高い可能性は偶然じゃろうが、こやつが絡むと常識で物を語るのが莫迦らしくなる」

 言い方きつくない?


「そういえば、三角形の形に並んだホクロがお尻にあったはずよ!」

「言われてみれば、そんなのもあったような……?」

「あら、そんなところを見せ合う仲なんですか? いくら兄妹でも、年頃なのですから自重しませんと」

「子供の頃の話です……」

 アイリスが怖い。

 考えれば分かることだと思うのだけれど、いい歳してお尻を見せ合う兄妹なんているわけがないだろう。

 というか、アイリスの怒るポイントが分からない。



『この娘が魔王の妹だとして、なぜそれが二百年も後の、しかも日本にいるかは、本人かユノの両親にしか分からないと思う』

 異世界で義理の妹の姉(二百歳以上)が見つかるなど、予想外にもほどがある。

 関係者でなければ知り得ない情報を知っていたり、ミーティアの眼でも嘘ではないということから、いくら不条理なことでも事実として扱うべきなのだろう。


『一応補足しておくと、ボクにはソフィアの妹どころか、生贄を受け取った記憶も形跡も無い。だから、その件とボクは無関係。証明はできかねるけど』

「分かってるわ。あの種子はあんたみたいにヤバすぎる気配は出してなかった――あの場に呼び出されたのがあんたなら、みんなショック死していたはずよ」

「そもそも、こやつらとお主の遭遇した種子は真に同一のものか? ここの種子もそうじゃが、ユノと朔の力の規模は、別物といってよいものに思えるのじゃが」

「それは確かに。大人と子供――それ以上の力の差があるように思うわ」

「天使様の言っていたという、『発芽』というものが関係しているのでしょうか?」

「可能性はあるのう。種子にも成長や進化の段階があるのやもしれん」

『天使に訊くわけにもいかないし、調べようがないけどね。それにまあ、ボクに一番理解できないのもユノなんだけどね』

「お主でも理解できんのか?」

『そもそも、ユノが何なのかってことから分からないよ? ユノは人間だって言い張ってるし、ボクも最初は人間ってこういうものなんだと思ってたけど、どう考えても普通じゃない』

「えっ? 人間でしょう? 人間だよね? 違うの?」

 いきなり何を……?

 というか、なぜそういう話になっているの?


『身体は確かに人間――最初はそうだった。最近は怪しい。そもそも、根本的というか、概念的にというか、ユノを人間といっていいのか分からない。

人間の定義の話になってくると思うけど、人間の皮を被った何かって表現が一番しっくりくる」

「何か酷くない?」

「朔と混じって変化したんじゃないんですか?」

『ボクと会う前からユノは変だった――間違いなく身体は人間だったけど、どこか違和感を感じるというか。少なくとも、「呼吸を卒業した」って人間は、ユノ以外に聞いたことがない。それにボクと混じってからはもっと変、ミーティアと戦ってからは理解不能だよ。ボクが混じって、ボクと同じ能力が使えるようになったならまだ分かる。でも、ユノが使ってる能力が、ボクには理解できない時がある』

 そんなことを言われても困るのだけれど。

 人間なら誰しも秘密のひとつやふたつはあるものでは?


「儂には違いなど分からんが――ああ、そういえば、儂のブレスを受け止めた傷が、ひと晩寝たら治ったというのは最早怪奇現象の域じゃな」

「私は私。心と身体が人間なら、それはもう人間でいいんじゃないかな」

 なぜレティシアの話から私の話になって、しかも言いがかりをつけられているのだろう?


「確かに、突然人間じゃないと言われても動じないところは普通じゃありませんね。メンタル強すぎです」

「私でも、魔王や吸血鬼になった時はものすごくショックだったのに……」

「大事なのは自分が何なのかじゃない。何を想い、何を成すかだよ」

 オークのような人間とか、紳士なオークがいたりもするのだから、自身が何者なのかは自分が決めるのだと思う。


「なんじゃろう? この納得しがたい感情は……」

『ユノの成すことが大体理不尽だからじゃないかな?』

「あれ? 朔がそれを言うかな? デスを使い魔にした人は誰なのかな?」

 あれが理不尽でなければ何なのか。

 結果的に役に立っているとはいえ、事前に連絡とか相談とか何も無かったのだけれど?


『アドンとサムソンを小間使いにしようと思って声をかけたことは認めるけど、彼らが主として認めたのはボクじゃなくてユノだよ? そこに原因があるとは思わない?』

 それは私のせいになるのか?

 いや、他にも予想外な結果になることは多々あったけれど、得てして人生とはそんなものじゃないのか?


「まあまあ。不毛な喧嘩はそれくらいにして。――もうユノはユノ、オンリーワンな存在ってことでいいじゃないですか。人はみんなオンリーワンなんですよ」

「個性といえば個性じゃな。まあ、儂はユノの変なところも含めて気に入っておるし、何の問題もないのじゃ」

 さすがアイリスは良いことを言う。

 そして、やはりアイリスが言うと、なぜか説得力が違う。

 ミーティアに変だと言われるのも心外だけれど、その気持ちは嬉しい。

 こうやって嬉しいと感じたり、悲しいと感じたり、そういうのが積み上がってできたのが私であって、人間かどうかはあまり関係無いのだ。

 いや、私は人間だけれど。

 というか、私が人間で誰かが困るのか?



「話も落ち着いたみたいだし、改めてよろしくね?」

 簀巻きにされたままの魔王によろしくと言われても、何のことか分からない。

「それと、レティのこと、ありがとう。今すぐ会えないのは残念だけど、少なくとも無事で、幸せそうにしてるって分かっただけでもよかったわ」

 これも礼を言われることではないはずだ。

 しかし、その心配は理解できるので、補足してあげることにする。


「健康面は問題無いし、生活に困らないだけのお金もある。もうひとりの妹とも仲が良い。人付き合いも苦手じゃないし、家事も万能で、その辺りは私よりしっかりしている。彼氏もいないし、何も心配は無い」

「この歳で結婚してないのを安心していいの!?」

「文化が違いますから――というか、魔王ソフィア。貴女、本当についてくるつもりなんですか? ついてきてどうするつもりなんですか?」

 その話はまだ続いていたのか。


「ここの防衛はどうする? それにお主がおらんと研究員たちが困るじゃろう?」

 ミーティアの言うとおり、ミーティアの時とは違って、彼女にはやってもらわなければいけないことがある。

 私が家に帰る前にはひと声かけるつもりなので、それまではきちんと仕事をしていてほしい。


「お爺ちゃんたちには、引き続きレティのいる世界の特定をしてもらうことになってるから、私がいなくても問題は無いわ。

防衛は、その白いへんてこな――邪神君? がいるし。魔王が力を貸してあげるのよ? 普通は感謝するところじゃないの?」

「邪神くんは非殺傷目的で創ったから弱いよ?」

 ここまでソウマくんたちが到達することも考えて、攻撃力は控え目にした。

 生命力は切っても切っても分裂して再生するくらいに設定してあるけれど、ミーティアのブレスくらいの攻撃なら一撃で吹き飛ぶだろう。

 当初は、異世界ならもう少し傍若無人に振舞えるのかとも思っていたけれど、案外殺してはいけない人が多くて面倒臭い。


「アレを弱いというあんたは、やっぱりおかしいわ……」

「邪神って呼称にビビりすぎ」

 半分くらいはハッタリなのに。

 《鑑定》で「邪神」と目にして、ビビってくれれば御の字だ。


「それでお分かりかと思いますが、魔王が力を貸してあげると言われましても、戦力的には既に過剰といえるくらいですし、私たちに必要なのは、戦闘以外の能力です」

「えっと、煙になったり、獣になったりできる……よ?」

 それが一体何の役に立つのか?

 というか、獣ならアイリスもたまになる。


「我ら、短距離《転移》と壁抜けならできますぞ!」

「不可視状態での移動もできますぞ!」

 さらに、呼んでもいないのに、私の影からアドンとサムソンが顔を出した。

 なぜ対抗心を燃やしているのかは分からないけれど、確かに煙や獣よりは役に立つか?


「ユノ様、ソフィアの同行を認めてやってはいただけませんか?」

 魔王に助っ人登場。

 子供の問題に親が出てくる的なものかもしれない。


「ソフィアはこれまで同年代の友人などおらず、孤独な人生を送ってきました。良い機会ですので、これから少しでも青春時代を取り戻してくれればと、彼女の仲間として、親代わりとして思うのです」

 友人? は、いいとして青春?

 私たちは遊んでいるわけではないのだけれど、グレゴリーさんは何を言っているのだろう。

 というか、同年代? 実年齢いくつ――いや、精神年齢の話か?


「それに、ユノ様の目的のためにも、私たちとの連絡役や、召喚魔法の専門家がいる方がよろしいかと思うのです。ソフィアはこう見えて、召喚魔法の名手なのです」

 アイリスが私の顔を見る。

 とりあえず頷いてみたけれど、何のサインなのか全く分からない。

 アイリスも、バケツの下で困っている私の表情など察しようがないと思うので、とりあえずもう一度頷いておく。



「魔王ソフィア。同行を許可する前にいくつか質問します。正直に答えてください」

「は、はい」

 物怖じしないアイリスの姿勢に、魔王の方が動揺している。

 というか、本当に許可するつもりなのだろうか?

 戦略担当のアイリスが構わないのなら私がどうこう言うことではないのだけれど、私としては気の休まる男友達が欲しいところだ。

 アルが英雄とか貴族でさえなければ……。


「ヴァンパイアの真祖だそうですが、吸血衝動はどうしていますか? 二百年以上生きていてその姿なのですから、吸血はしているんですよね?」

「あ、血を吸ったことはないの。お爺ちゃんに会うまでは普通の食事だけだったから、吸血衝動は酷かったし、歳も取ったわ。どこかで間違ってたら死んでたか、暴走してたと思う。でも、ここにきてお爺ちゃんの特性ドリンクに、種子の魔力を混ぜて飲むようになってからは、充分な魔力を保持できるようになって、吸血衝動はほぼ感じなくなったし、老化も止まったの」

 異世界の常識はさっぱり分からない。

 血を吸った吸わないでどうなるというのか。


「本来吸血とは魔力の摂取方法のひとつでしかないのじゃが、吸血鬼にとっては自身を吸血鬼たらしめる重要な行為じゃ。まあ、ユノの酒でも薄めて飲ませておけばよかろう。恐らく、骨抜きにされるがの」

 分かるような分からないような解説はともかく、ミーティアがそんなことを言うものだからか、早速《鬼殺し》なんて魔法ができてしまった。

 私のお酒、どれだけ殺したいの?

 そして、ちょろっとしか漏れていないのにミーティアが嗅ぎつけて寄ってくる辺り、この酒も相当に美味しいのだろう。



「では、吸血はしない。勝手な行動もしない。何かあったときはすぐに報告すること。この三つを守れますか?」

「守ります! ――というか、命令を聞けとは言わないの?」

「ユノは本人の意思を尊重する人ですから。ですが、貴女の意志で再びユノと敵対するときは覚悟してくださいね」

 アイリスがそこまで言うと、魔王――ソフィアは首を何度も縦に振って、アイリスはそれを確認すると今度は私の方に向き直る。


「ソフィアも目の届かないところにいると不安になる人でしょう? いろいろな秘密も知っていますしね。目に届くところにいた方が――ということでいいですよね?」

 まあ、確かに余所で種子の情報でも洩らされたりすれば面倒――って、ソフィア「も」?

 他に誰かいるのか? もしかして私か?

 それほど思い当たることはないのだけれど、有無を言わせない感じなので首を縦に振る。 

 するとアイリスは満足そうな表情で、最後にパンとひとつ手を打って話をまとめてしまった。


 竜に幼女に巫女に魔王に――随分とバリエーション豊かなラインナップになってきた。

 音楽隊でも結成すればいいのだろうか?




 もうひとつの懸案事項、神と天使。

 神というのが何なのかは分からないけれど、みんなの心の中にいるよ的な存在ではなく、本当にいるらしい。


 そして、グレゴリーさんが見たという神だか天使だかは、誰かの指示か独断かは分からないけれど、種子を回収しようとしていたらしい。

 グレゴリーさんの話を裏付けるように、幼い頃のミーティアがそれらしき光の柱を目撃していたそうだ。


 もしかすると、私も襲われたりするのだろうか?

 神なんて虫と同レベルで大嫌いだけれど、できる限り余所の世界を荒らすようなことはしたくない。

 どうしても避けられないならやり合うしかないけれど、そうやって相容れないものを全て排除するのが神のやり方なのだとすると、怒りよりも情けなく思う。

 いや、神にも事情があるのかもしれないけれど、問答無用で襲ってくるようなことだけは勘弁してほしい。

 私としては、立つ鳥跡を濁さずでいきたいのだ。


 とはいえ、神や天使が人前に姿を現すことは滅多にないらしいし、また、ソフィアが倒した魔王が行っていた実験を止めるでもなく、グレゴリーさんたちの事後処理に当たっただけというなら、そうそう遭遇することはないのかな?

 必要以上に深刻に考える必要は無いのかもしれない。


 もっとも、迷宮内は異世界なので管轄外なのかもしれないけれど、ミーティアと戦った時にも横槍が入らなかったことも、それを裏付けているのではないだろうか。

 何にしても、神を恐れてとか配慮して行動しないという選択肢は存在しないのだけれど。

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