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16 口下手な奴が突然早口で喋り出すアレ

「良かったねえ、お爺ちゃん」


 魔王が涙ぐみながらグレゴリーさんにハグしているのだけれど、奥さんの目が笑っていない。


 奥さんからすれば、いつの間にこんなに大きな孫を作った――というところだろうし、仕方がない感じはする。


 そして、グレゴリーさんの多少上がった身体能力程度では、魔王を引き剥がすことはできなかった。

 予想していた感動の再会は、不幸な事故と、背後で苦悶の呻き声を漏らすヒトデ人のせいで訪れることはなかった。



 難しいことを考えるのは朔に任せるとして、同じように種子に取り込まれたはずのグレゴリーさんとその他の人の違い、そして、グレゴリーさんたちが召喚した種子と朔との違いが気になった。


 少なくとも、私には種子を召喚するような何かをした記憶は無い。



 そして、グレゴリーさんの記憶にある、天使の残した言葉だ。


 種子とは確かに発芽するものではあるけれど、この種子は発芽するとどうなる?

 そもそも、発芽する条件は?

 というか、見た目だけなら開花しているのだけれど。


 それと、今現在の私と朔はどういう状態にある?



 いろいろと真剣に考えていても、バケツを被っていては周囲には伝わらない。


 それよりも、今の私には他にやるべきことがあるはずだ。


 何度もここに通って、その都度種子の操作をするなんてことはやっていられない。


 ということで、種子に意思を持たせる――のは危険な気がするので、ある程度のことは自動で、例外的なことは管理者――グレゴリーさんにでも任せられるようにしようと思う。


 付与するのは、取り込まれた人の解放設定――要望があった人の検索、不要な魔法やスキル等の破壊などなど。

 肉体と魂の結合など、種子にも朔にもできないところは私がやるしかないのが面倒だけれど、上手く調教すればいけないだろうか?

 よくよく考えれば、私も極めて感覚的にやっていたことなので、自動化するためにどうすればいいのかなど、さっぱり分からないけれど。



 そこで思いついた名案。

 種子とは別に私の眷属を創って、それに諸々の管理をさせればいい。

 私の眷属なら、魂や精神も扱えるかもしれないし、加減を間違って壊してしまったとしても、新たに創ればいい。


 なぜそういう結論に達したのかはよく分からない。

 しかし、できそうな気がしたなら、試してみる価値はある。

 むしろ、やってもらわなけば困るので頑張るしかない。



 私の秘石を核に、大鎌や鎖のように領域を私から切り離して連結、固定化して、あり合わせの材料で作った、白一色の目も鼻も口もない人型の人形に組み込む。

 この組み込むという行為は物理的なことだけではなく、魂と精神を器に紐づけて、それを更にもっと根本的な何かと上手いことやって接続する。

 これこそが朔にできない器と魂の結合である。

 何でできないのかなあ?


 とりあえず、これで眷属の素体は完成。

 それから、眷属を経由して迷宮の種子に干渉すると、手本としてひとりの研究員を再構築して取り出す。

 これで私の眷属にも同じことができるはず。


 できた。


 私がやるより肉体と魂と精神のずれが大きくて、朔より肉体の再構成が雑なところが、むしろちょうどいい気がする。

 いい感じで人間っぽい。


『理不尽だ』

 私的には結果が良ければそれでいいと思うのだけれど、朔は理屈が合わないことには納得できないらしい。



 とにかく、ここまでは上手くいった。

 せっかくなので、眷属に侵入者と脱走者に対する番犬としての能力も付与してみることにする。


 種子を守る最後の砦――としては頼りない見た目なので、本気を出すとヤバくなるように設定してみる。


 試しに起動してみると、人形がずるりと剥けたというか裏返ったというか、そこから綿ならぬ(わた)――臓物や害虫毒虫などがどばーっと溢れ出てうわーってなったとしか表現できないあれがあれして、阿鼻叫喚の地獄絵図になった。



 もちろん、試運転のつもりだったので、出力は控え目にしたはずだった。


 それでも、部屋を埋め尽くさんばかりにあれが溢れ出て、ヒトデに襲いかかった――というか、喰らいついた。

 どこに口があるのかも分からないのだけれど、私の眷属は食いしん坊らしい。


「ハウス!」

 藁にも縋る思いで命令してみると、何事もなかったかのように一瞬で元に戻った。


 ちゃんと命令も聞くようでよかった。



 幸いなことに、被害はヒトデ人が少し喰い荒らされたくらいで、特に問題は無い。


 あんなにいっぱい出るのは予想外だったものの、私としてはバケツを被って朔からの情報を遮断すればいいし、侵入者や脱走者に対する牽制にもなるので問題無い。

 とにかく、攻撃対象の指定は上手くいっているようで、グレゴリーさんたち研究員の皆さんはもちろん、魔王も被害を受けていない。

 グレゴリーさんの奥さんや娘さんが気絶しているくらいは些細なことだ。


「な、何をやっているんですか!?」

「お、おま!? お前は! 莫迦なのか!?」

 怒られた。



 現王国関係者――というか、アイリスとアルは、王国とは関係の無いところで彼らを匿うためのあれこれを話し合っていたところなので、それを邪魔した形になってしまった。

 本当に申し訳ないと思っている。


「ごめんなさい」

「謝ったからって何でも許されると思うなよ!?」

『まあまあ、悪気は無かったんだし』

「悪気無しでこれとは、さすがじゃのう」

「この()、怖い。ここまでやらかして、人間って言い張れる神経が怖い」

「大事なのは、人であるかどうかじゃない。人であろうとすること心が大事」

「良いこと言ってるような感じで締めやがった」

「バケツ被ってるようなのが何言っても駄目だと思う」

 アルだけでなく、魔王にまで駄目出しされた。


 それはいいとして、もう少し調整したいところなのだけれど、そんなことができる雰囲気でもなさそうだ。

 まあ、最悪の場合は種子も含めて全て喰らい尽くすだけだろうし、証拠隠滅も可能と思えば、それもありかもしれない。



 とにかく、これでこの迷宮でやるべきことは終わりだ。

 種子は番犬――【邪神くん】と名付けられた人形に守られているので、ひとまずは問題無い。

 強さ的には大したことはないけれど、魔王と合わせれば、人間に突破は不可能だろう。


 また、召喚術の情報はともかく、種子の情報を得られたことも収穫だろう。

 種子そのものとか、領域の理解が一気に進んだ。



 それより、どこかで下手に種子でも召喚されれば、日本に帰るどころの話ではなくなってしまう。


 そういう意味での問題は、ゴクドー帝国だ。

 亜人狩りが領土拡大目的ならよかった――よくはないのだけれど、どうも嫌な予感がする。


 そもそも、名前が悪い。

 ゴクドーって何だよ。

 極道って、本来は仏教用語で「仏法の道を極めた者」という意味だよ?

 莫迦にしているの?


 とはいえ、私の勘は当てにならないので気にしても仕方ないし、私が日本に帰るまでに早まったことをしなければそれでいいのだけれど。


 こういうことで後手に回るのはよくないと思うものの、余所の世界のことに必要以上に首を突っ込みたくないし、何よりそんな余力は無い。



 他にも、今回は少し能力を見せすぎたことも問題かもしれない。

 ある程度は仕方がなかったとはいえ、しばらくはいろいろなことに警戒はしておこう。




 友人であると同時に警戒対象その一でもあるアルは、研究員さんたちと町造りの要望や研究に必要な資材などの打ち合わせをしているところだ。

 必ずしも敵対すると考えているわけではない――むしろ、そうなる可能性は低いと思うのだけれど、彼の立場上、彼の意思だけではどうしようもないこともあるかもしれない。

 まあ、残念ながら敵対してしまったときは、友人として誠心誠意相手をしてあげようと思う。



 そして、警戒対象その二である魔王は、打ち合わせは研究員さんたちに任せて、私のところへやってきた。

「突然襲ったりしてごめんなさい。それと――ありがとう」

「いいよ」

 何が「ありがとう」なのかはよく分からないけれど、何でもいいので謝罪を受け容れる。

 守るためのもののために戦うのは当然のこと。

 私も私の目的のためにやっていることだし、戦わなければならないところで戦ったことは好印象だ。

 その直前のやり取りさえなければ。


『妹さん見つかるといいね』

 彼女たちの今までの実験内容などは手に入ったも同然だし、そこから人捜しのノウハウなんかも得られるだろう。


「ここを拠点にしてからも、妹を捜して世界中を回ったわ。あちこちのギルドに捜索の依頼を出したリしてね」

 突然語り始めた魔王。

 というか、竜や魔王に簡単に町に侵入されて、人間は大丈夫なのだろうか?

 それに、魔王のくせに随分と正攻法で探すことを意外に感じた。


「吸血鬼なら、眷属を増やして捜させればよかろう? お主くらいの魔王なら、やりすぎん限り討たれることもなかろう?」

「人間に嫌われるのは構わないけど、妹に迷惑掛けるお姉ちゃんにはなりたくなかったし、妹に嫌われたくないから、眷属なんて作ったこともないわ」

 朔の力を使いまくっている私には耳が痛い話だ。

 少しだけ魔王を見直した。

 でも、私も心はまだ人間なの。


「それでね、外に捜索に行ってる私を、おじいちゃんが召喚するのは成功してるの」

「それは普通にある魔法ですね。難易度の割には役に立たない魔法ですが、派生の《死体回収》はギルドで大活躍ですけどね」

「えっ!?」

 何かの成果について話そうとしていた魔王が、アイリスのコメントで固まった。


「えって、知らなかったんですか? 確かに最近、といっても百年ほど前に開発された魔法ですが」

「それはおいといてね、ほら、種子の力ってすごいじゃない? 特定人物の検索くらいなら、この大陸と、魔族領全域をカバーできちゃうのよ」

 さらっと流したな。


 魔王の話をまとめると、実際に何かを召喚しようとすると相当なコストがかかるのだけれど、検索――いるかいないかの確認だけであればローコストで行える上に、召喚で事故を起こすこともないらしい。

 そして、グレゴリーさんのように、種子に呑まれてから吐き出されるまでのタイムラグがあるのかもしれないということで、照会はこまめに行っている。


『特定人物の照会って、異世界でも行える?』

「できる――というか、実験はやってるわ。召喚術で種子が召喚できるなら、もしかしたら妹の反応もあるかもしれないし、念のためにね。後悔はしたくないし、

できることは全部やっとかないとね」

「それだと妹さんを召喚しようとすると、種子が出現するのでは?」

「結果はご覧のとおりよ。二百年以上成果はないわ」

『特定人物の検索ってどうやるの?』

「その人を特定できるだけの情報が必要ね。私の場合は血縁があるから問題無いわ。情報の精度が低いと、結果の正確性に問題が出るわね」

『吸血鬼になって、血の成分が変わってるとかはないの?』

「それは分からないけど、姉妹って関係性が変わるわけじゃないから、理屈としては問題無いはずよ」

『その魔法は、赤の他人でも捜すことができる?』

「できるけど、捜す人の情報量と精度次第ね。情報があるなら、あんたの妹も一緒に捜してあげるわ」

「上手くいけば、ユノが帰るべき日本を特定することができるかもしれませんね」

 お、気がついたら何だかいい感じで話が進んでいた。


「可能性は低いと思うけど、この世界に来てるかどうか調べてみる? もしかすると、一緒にこの世界に来たって可能性も無くはないし」

 その考えはなかった。

 しかし、魔王の言うとおり、可能性は無くはない。


『ありがとう。それで、情報ってどんなのが必要になるの?』

「名前、容姿、術者との関係性、他にも何でも、あればあるだけ精度が高くなるわ。それに比例して必要な魔力も増えるけど、種子があるからそこは問題にならないわ」

「なるほど。写真ならあるのだけれど、それでもいいかな?」

 魔王の答えを聞く前に、久し振りに携帯を取り出して、カメラを操作する。

 機械音痴の私だけれど、これだけは必死に覚えた。


「これ」

 直近に撮った一枚を表示して、みんなに見せる。

 兄妹三人で仲良く写っているものだ。


「この、男装の麗人としかいえないのがユノ――ユーリですか? 妹さんたちも可愛いらしいですが、すごく浮いてますね」

「手にしておるのが肉串じゃしなあ」

「髪の色がバラバラだけど、本当に兄妹なの?」


「私は色素異常? らしいけれど、髪の黒っぽい方は実の妹で、母と同じ髪の色。遺伝的にはこうなるのが普通らしいね。もうひとりは養子なんだ。この子が五歳くらいの時に、『今日からうちの子になる』って両親が連れてきた。だから血の繋がりはない。でも、そんなことは関係無く私の妹だと思っているよ。まあ、髪の色がプラチナブロンドっていうのかな、私の髪の色と似てなくもないし、優しくて気が利く良い子だし、そんなに気にならなかったかな。あ、ちなみにこれは、ふたりをBBQに連れていった時の写真。ふたりとも超インドア派で、夏休みだっていうのにずっと家にいるから、無理やり連れ出したんだ。これ見れば分かると思うけれど、実の妹の方は胸がその――かなり平坦で、貧富の差がどうとかで海は嫌だって言うから山になったんだ。それでも出かけるまでは文句ばかり言ってたのだけれど、遊び始めると何だかんだで楽しそうにしているの。やっぱりゲームばっかりやってるのは良くないと思うの。私はゲームは苦手――というか、機械全般が苦手だし、海や山なら鮫でも熊でも狩れるけれど、ゲームの中じゃ狩られる側――ゲームの方がストレス溜まるっておかしいよね?」


「ユノが長文を喋った!?」

「妹が絡むと人が変わるのか?」

「――もしかして、レティシア?」

「ん? なぜ妹の名前を知っているの? 知り合い? ――なわけはないか」

 若しくはエスパーか。


「ちょっと、その子の小さい時の写真ある!?」

「あるよー、可愛いよー。見て驚くなよ?」

『ユノ、ちょっとキモい』

 家族自慢の何がおかしいというのか。


「ほら、これ――会ったばかりの頃はなぜか心を閉ざしていて、言葉も通じなくて、両親も世話しないどころか失踪しちゃって大変だったのだけれど、何とか良い子に育ってくれて――」

「ユノ、ステイ!」

「こやつ、シスコンじゃったのか……」

「違うよ?」

 人聞きの悪いことを言わないでほしい。

 家族を大事に想うのは、人として当然だと思うの。


「やっぱりレティシアよ! 私の妹!」

 それは確かななの?

「頭、大丈夫? ああ、二百年も経てばボケもするか? 可哀そうに、目も悪いんだろうな」

 おっと、間違った。

 しかし、適当なことを言って私から妹を奪おうとするなら、今すぐにでも引導を渡してやる。


「ちょっと!? 真祖が二百年くらいでボケたりしないわよ! 年寄り扱いしないで――って、大事な妹を見間違わないわよ!」

「それで、その娘の名はレティシアで合っておるのか?」

「うん」

「偶然の一致というにはできすぎですが――。ところで、姉妹だとすると、髪の色が全然違うんですね。これも遺伝的にはあり得ないと思うのですが」

「髪の色とかは魔王になった時――というか、吸血鬼になったせいで変わっちゃったのよ。元々は同じ色だったわ」

 どういうこと?

 まさかとは思うけれど、そんなことがあり得るのか?

 嘘を言っているようには見えない――というか、嘘ならミーティアに見抜かれるのか?

 ということは、本人は嘘だと思っていないということで、それはつまり、心を病んでいるとかそんな感じ?


「分かった。そういうことなら、私もあんたについていくわ!」


 ……どういうこと?

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