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14 種子

 グレゴリーさんに案内されて、地下迷宮というある種の異世界の中から、更に別の異世界へ移動する。


 着いた先は、10メートル四方の小部屋。

 そこに安置されていたのは、ほぼ想像どおりのもの。

 ただし、実際に見ると、予想以上に状態は悪い。

 崩壊しきるまで、あと何年か何十年か何百年か。


 見た感じは、黒っぽい煙のような、液体のようで固体のような不定形なもの。

 元は朔と同種の存在だったと思われるものだけれど、朔とは違って、何にもなり得なかったものの欠片。


 確かにそこに存在しているのに、実感というか実在を伴わない。

 可能性とは面白いことを言うものだ。


 全然気配を感じないとか、欠片とはいえこんなに弱々しいものだったか? という疑問は残るけれど、この世界にあって、この世界でない存在は間違いない。


 話の真偽は別として、朔の正体に近づけたのは幸いか。



 種子の特性の説明と実演を行おうとしているグレゴリーさんを遮って、無造作に種子に手を伸ばす。

「話を聞いていなかったのか!?」

「あんた、何考えてんの!?」

 慌てて止めようとするグレゴリーさんと魔王を、鎖を出して牽制する。

 今は相手にする余裕は無いんだよね。


 種子に手を触れると、そこから私を侵食して取り込もうとしているように感じるけれど、あまりにも弱々しい。

 朔との同化の時以下では、何の脅威にもなり得ない。

 何だこれ、と首を傾げながらも逆に侵食して――といっても取り込むつもりではなく、朔にこの種子の持つ情報を探らせるためだけだ。


 とはいえ、あまりにも弱々しい種子は、私の侵食には耐えられそうにもないので、先に安定させてやる必要があるっぽい。



 とりあえず、核となるものが必要だろう。

 理由は分からないけれど、そんな確信がある。


 ひとまず、私の秘石でやってみよう――と、それを私の代わり、種子を朔と見立てて、上手く馴染ませながら再構築していく。

 これくらいならもう同化しなくてもできるようになっているんだなあ……。


 さておき、感覚的には大鎌とか鎖を作るようなものに近いだろうか。私が作ったわけではないけれど、感覚としてそんな感じ。

 眷属創造というよりは、私と朔とは切り離された劣化した私と朔、というべきもの。

 下位互換といってもいいかもしれない。


 突然の出来事にグレゴリーさんの下顎が外れて落ちたけれど、わざわざ説明しても理解できるかは分からないし、何より面倒なので、慌てる彼と怯える魔王は無視する。



 手術は予定どおり、無事に終了した。

「ふぅ、疲れた」

 もちろん、気分的なものである。

 細かい作業だったのでそう感じただけ。

 現代日本の外科医さんとか、もっと大変なんだろうなあ。


 さておき、出来上がったのは、一輪の黒い百合の花っぽく姿を変えた種子。

 開花しているけど種子! なんちゃって。


 実際には黒ではなく色が無いとかないとか、花ではなく領域なのだけれど、人間の目で見るとそう認識できるというだけのものだ。

 モノがヤバいだけに、見た目だけでも和める方が良いだろうという配慮なのだ。

 もちろん、見た目だけではなく、ヤバい気配も発しないようにとか、無闇に物を取り込まないようにも調整したし、消費期限も何百万年とかの単位で伸びたはずだ。


 我ながら、なかなか良いものが出来たのではないかと思う。

 その分気を遣ったのだけれど。


 何より、こんな時でもきっちり女の子座りするほど女装に慣れた自分に気づいて、余計に疲れた気がした。



 とりあえず、人目もあるので正座に座り直す。


『変なところで器用だなあ』

 変なところとは失礼な。

 基本的に手先は器用なのだ。

 今回のことは手先は関係無いけれど。


「何をした……? なぜ無事でいる!? それにこれは……?」

『ボクも説明するのは面倒なんだけど……。簡単にいうと、崩壊寸前だった種子を再構築して安定させただけ』

 気のせいかもしれない疲れのせいで、説明するのは億劫だったので、朔に丸投げにする。

 頑張れ、朔。


『コレに飲み込まれた人のリストはある? できれば人物像が分かるようなプロフィールみたいな物もあるといいかも』

「? ……分かった、持ってくる」


 下顎が無くても問題なく喋れるグレゴリーさんが、慌てて行動に移った。

 どれくらい慌てているかというと、足が漫画の表現のように空回りして、下顎を忘れていくくらいだ。


「何――したの? 湧き出る魔力――魔素の量も増えてるみたいだし、質も良くなってる? 何より、得体の知れない不気味さが無くなってる」

 不気味さなんてあったか?

 というか、朔の説明を聞いていなかったのだろうか。


 それと、できればガクガク揺すらずに休ませてほしい。


 ああ、でも、日本にいた時も、こうやって妹にいろいろねだられたものだと懐かしさを感じる。



「止めなさい、ソフィア! 一部だが持ってきた。これでいいだろうか?」


 グレゴリーさんが持ってきたのは、千年以上前に作成されていた当時のファイルらしい。

 当時の全関係者の詳細な情報を記録している物とのことで、ある時種子から吐き出された物だそうだ。


 大量のデータに目を通すのも面倒なので朔に任せる。

 といっても、朔の中に取り込むだけだ。


 朔が全てを記憶したファイルを返却して、気分的に重い身体を起こす――実際には軽すぎて困っているくらいなのだけれど、今は気分的に重い。

 とにかく、再び種子と向かい合う。


『リストの中から有能な人を、順位を付けて何人か挙げてみて。事情を説明しなきゃいけないだろうから、物分りの良いのとか、後のことも考えて』

「!? 会えるのか!?」

 期待していたくせに、白々しい。

 ミーティアのように嘘は見抜けないけれど、魂が少し活性化したとか、精神が高揚しているのは分かるのだ。


『ユノは疲れてるんだから早く』

「あ、ああ。……では――」

 グレゴリーさんの指定する人のうち、問題の無さそうな人を取り出していく。



 朔以外の種子に触れたからだろうか、それに対する理解が格段に進んでいる気がする。

 言語化はできそうな気がしないけれど、何をどうすればいいかは感覚的に理解できている。


 長い間不安定な状態だったせいか、存在が破損していたり希薄だったりで、すぐには取り出せない人の方が多かった。


 もっとも、そういう人も存在を補完してあげれば安定する。


 死体として吐き出されたものは、恐らく精神とか魂が分離されていたのだろう。

 そうやって肉体が無い人でも、魂や精神の情報から肉体を再構築して、くっつけてあげれば生き返る。

 いや、生き返るという表現は適切じゃないかな。

 生きていたわけではない――連続性は途切れているけれど、死んでいるわけでもない。

 ちょっと手を入れる必要はあるけれど、再起動とでもいうのが近いだろうか。


 その気になれば、身体の情報から魂や精神の再構築もできそうなので、同一存在の量産もできるかも。

 しないけれど。


 さすがに、何も残っていない人を、他の人の身体や魂や精神の情報から再構築するのはやりすぎかなと思うのだけれど、それに該当する人はいないようなのでひと安心。

 主に説明する手間が。


 ただ、外見上――ぱっと見は問題はなかったとしても、内臓が足りないぞうとか、他人の物が混じってたりとか、精神が入れ替わっていたりとか、その辺りの確認とか照合が面倒だった。


 あの不出来な種子にとって、それらはそういうものだという認識だったのか、私のようなうっかりなのか。


 まあ、大した問題では無い。


 人体の再構成は朔がやってくれる。

 というか、私はグロいのは苦手なので、どうしても必要な場面でなければやりたくない。


 しかし、魂や精神の結合は私がやる必要があるようで、やはりそれは面倒くさい。

 それも朔がやってくれればいいのにと思うのだけれど、なぜか朔にはできないらしい。

 認識の問題だろうか。

 というか、私の認識は感覚的なものなのだけれど、それでいいのだろうか?


 そもそも、私にできて朔にできないことが存在するのが不思議でならない。

 非常に納得し難いことだけれど、朔は楽をしたいからと嘘を吐くような性格ではない。

 面白そうだからと嘘を吐くことはあるけれど。



 とにかく、5人ほど取り出したところで、混乱する研究員さんたちに現状の説明を、同じく混乱しているグレゴリーさんにさせて、その間再び休息を取る。

 ところで、グレゴリーさんは家族と会いたかったようだけれど、その姿で会うつもりなのだろうか。

 私も若返ってしまっていることを妹たちにどう説明するかという問題があるため、彼の対処を参考にしたい。

 いや、その前に、協力を得るために元に戻してあげた方がいいのかな?



「あの、私の妹は?」

 グレゴリーさんが四苦八苦している様子を、立ったままでぼけーっと眺めていると、おずおずと魔王が摺り寄ってきて、尋ねてきた。

 気持ちは分からなくもないけれど、私を休ませるつもりはないらしい。


「――そんなに意地悪しなくてもいいじゃないのよぉ〜」

 どう答えたものかと考えていると、またしても魔王が泣き出した。

 《憤怒》以外にも、駄々っ子のスキルでも持っているのだろうか?


 人目が増えた分、刺さる非難の目も増えている。

 普段ならそんなものは気にしない性質なのだけれど、彼らの協力を得るためにはそうもいかない。


 そもそも、どちらかと言えば加害者は貴方たちの方だと言いたいのだけれど。


『意地悪してるわけじゃなくて、この中に魔族はいなかった』

「じゃあ、妹はどこにいるのよ〜〜」

 またしてもガックンガックン揺すられる。

 魔王の莫迦力だと、人間なら軽く死ねるレベルだ。



 しばらく魔王に揺すられ続けていると、他方では簡単な説明が終わったようで、グレゴリーさんを先頭にこちらへやって来て頭を下げた。

 もちろん、私も魔王を引き離してから、姿勢を正して礼を返す。


『今回助かったのはただの幸運。自分たちがしたことの意味、理解してるよね?』

 口々に礼を述べようとする研究員さんたちを、朔が一喝する。


『ボクたちは、君たちとは関係無い――この時代の召喚術に巻き込まれただけの被害者だけど、こっちの少女は、正しく君たちの犠牲者だ』

 大の大人と骸骨を正座させて、小娘の頭に乗った子猫の人形が説教をする。

 何とシュールな光景か。


『家族や仲間が気になるのは分かる。だけど、君たちのやったことを考えると、ボクたちに助ける義理なんて無い。因果応報としか言いようがないよね』

 義理はないけれど打算はあります。

 私が言うと上手くまとまらないので、朔にお任せしているけれど。


『それでも助けたのは、君たちの紡いだ因果の犠牲者がここにいて、いまだ助けを必要としているからだ』

 よくそんな嘘が吐けるものだと感心してしまう。

 いや、方便というべきか。


『君たちがこれからどうするのかは、君たちの好きにするといい。その結果、君たちが彼女に殺されることになっても、ボクたちは関与しない』

 確かに彼らがどうなるかには興味が無い。

 朔の交渉なら大丈夫だとは思うけれど、どこに着地するのかは私には分からない。


『一晩時間をあげるから、これからどうするのかよく考えてほしい。明日、君たちの選択に対処するために、何人か連れてくる』

 まあ、こんなところに全員取り出す訳にも、放置していくわけにもいかないし。


『ボクたちの希望でいえば、できれば彼女に協力してあげてほしい。そして、彼女が望むなら、他の人たちを解放することを考えてもいい』

 魔王がはっとした表情で私を見る。

 私が魔王の味方をするのがよほど意外だったのか、またも目をウルウルさせている。

 もっとも、この判断をしたのは朔なのだけれどね。


『最後に一応言っておくけど、あれの支配や操作はユノにしかできないから。もう人が呑み込まれることも、暴走することもないようにはしたけど、絶対じゃない。二度目は助けないからそのつもりで』


 話としては妥当なところなのだろうか。

 さすがに千年以上も前の罪を糾弾しても仕方がないし、これから問題を起こすようなら、そのときに潰せばいい。


 しかし、私の要求は?

 私は正義の味方ではないはずなのだけれど……。


◇◇◇


 今日やるべきことは全て済ませたらしい。

 まあ、グレゴリーさんには分かりやすい希望を与えたので、魂と精神も活気を取り戻した。

 少なくとも、今日明日に消滅してしまうことはないだろう。


 事が事だけに、アイリスやアルを連れてきて一緒に話した方がいいことも理解できる。

 その場合、種子のことがアイリスやアルにバレることが問題だけれど。


 まあ、アルがそれだけの野心を持っているなら、私との接し方も違ったはずだろうし、スルーしてくれると信じておこう。



 ということで、さっさと帰ろうと思って、アドンとサムソンを呼び出す。


 事情を知らない研究員さんたちがドン引きしているけれど、気にする必要は感じない。


 そして、二体に《転移》を頼もうとしたのだけれど、彼らは短距離の 《転移》しかできないらしい。


「で、ですが我ら壁抜けなどもできますぞ!?」

「空を飛ぶことも可能ゆえ、主を乗せて飛ぶこともできますぞ!?」

 あからさまに落胆した私を見て、意味不明なアピールを始める二体のデス。


 世の中、思ったようにはいかないものだ。

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