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06 再構築

誤字脱字等修正。

 理解し難い話だったせいもあってか、随分と長い時間話していた気がする。


 とりあえず、現在得た情報を整理してみよう。



 俺が奪われた上で、影の中の人が混じった。

 俺の外見年齢が下がっていることや、身体能力の異変はそれが原因か。

 迷子になっているのは別問題。

 以上。



 一歩前進と思っていいのかどうか迷うところだけれど、少なくとも後退はしていないと思いたい。


 まずは、普通の人を――できれば町を探そう。

 そうすれば、ここがどこか――日本なのか外国なのか、まさかのファンタジー世界なのかが分かるはずだ。

 最後のはないと思う――思いたいけれど、そんな益体もないことを考えてしまう時点で、俺も妹たちに毒されていたのかもしれない。




 とにかく、多少なりとも手掛かりもできたし、まずは自分で解決できる範囲のことは解決しておきたい。


 ひとまず、今の俺の生命線である体術と()の制御から。


 何でもかんでも暴力で解決しようとする姿勢はどうかと思うけれど、対話をするにも相手があってのこと。俺の努力だけではどうにもならないこともある。

 とにかく、影の人と混じっていることが違和感の原因なら、今の自分を正しく認識することから始めよう。



 身体が若返った分、身長や体重も減っているはずだ。


 写真に写っている姿からすると、15、6歳くらいの時の姿のように見える。

 身長体重を測ったりする道具や、比較となる物が手元にないので正確な数値は不明だけれど、外見年齢相応に縮んでいるのだろう。


 しかし、総合的な戦闘能力は以前と変わらない――むしろ、上がっているように思う。

 つまり、外見の変化は、個人的には大問題ではあるけれど、戦闘能力的には問題は無い。


 また、彼の「奪った」とか「混ざっている」という表現が意味するところは、腿とか胸とかロースのような部位的な意味ではなく、全体的というか、割合というか、俺にはよく分からない概念的なものらしい。


 更に彼の言葉を信じるなら、奪った分と返した分はほぼ等価で、若返ったのは単なる調整ミス――彼にも初めての経験だったことと、邪魔が入ったことが原因らしい。


 もちろん、元に戻せるのかも訊いてみた。


『既にボクの混じった分も安定してるし、その分抵抗力も増えてるから、大規模な改変は難しいかな』

 ということらしい。


 というか、よく分からない。

 実際には整合性がどうとか小難しい言葉を並べられたけれど、要約すると今の状況ではかなり難しく、リスクも高いらしい。


 この先のことを考えると、少――年の姿はデメリットでしかないように思うけれど、優先すべきは「家に帰ること」である。

 それに直接必要でないものを、リスクを冒してまで改善するメリットはない。



 とにかく、山積みとなっている問題を少しでも解決しようと、意識を自分の内側に向ける。


 それは単純に筋肉や内臓とかの物理的なものだけでなく、自分の内面世界というか、精神世界というか、在り方に対しての比重が大きい。


 もちろん、両親に教えてもらった方法――体内で()を練って、循環させるだけでも効果はある。


 身体をエンジンに、()をガソリンに例えると分かりやすいだろうか。

 エンジン内でガソリンが適切に巡っているとパワーが出る感じとでもいうか、俺は機械に詳しくないからよく分からないけれど、多分そんな感じ。


 しかし、そこで俺は気づいたのだ。

 ガソリンをいっぱい流せばもっと強くなるのでは――というか、もうガソリンで満たしてしまえばいいのでは――と。

 つまり、俺がガソリンになちゃえばいいのでは! と。


 この理屈は正しかった。


 身体の中で()を循環させるより、身体中を()で満たしてしまえば、能力は比較にならないくらいに上がる。

 例えるなら、ガソリンエンジンからロケットエンジンに変わった感じだろうか。

 ロケットエンジンがどれほどの物かは知らないけれど。


 もっとも、試す場所や機会がないので、その差がどれくらいかは分からないけれど、そういう実感はある。


 そして、更に魂というか、精神的なものを合一させることで、()だけのときとも次元の違う力を生み出せるのだ。

 例えるなら、ロケットエンジンから原子炉に変わった――原子炉もよく知らないけれど。

 とにかく、実感としてすごいことだけは分かる。


 ちなみに、俺がこれをできるようになったのが両親の失踪後である。

 恐らく、これが両親が言っていた「次の段階」だと思うのだけれど、この新たな発見を、いない両親は仕方ないにしても、()の循環はできるようになっていた妹たちにも教えてあげたのだけれど、

「お兄ちゃんのイカれ具合にはついてけない」

「兄さん、余計なことはしないで大人しくしててください」

 と窘められた。


 なぜだ。

 まあ、できないから拗ねているのかもしれない。



 循環の方は、呼吸で酸素を取り込んで、血流で全身に巡らせるようなイメージで掴みやすいのだと思う。

 しかし、気は酸素とは違って物理的なものではないのだから、扱い方を心得るだけで可能性は無限に広がるのだ。


 他流派のことでうろ覚えだけれど、チャクラだとか丹田とかから気が巡るなどと聞いたことがある。

 だったら、全身でチャクラだとか丹田になってしまえばいいのである。

 チャクラが複数あるとかも関係無い。

 全部まとめて、その全てになってしまえばいいのだ。


 なお、こうやって()で全身を満たせるようになると、呼吸が必要なくなった。

 気は酸素の代わりになるらしい。

 素晴らしきは気の可能性である。


 そうなると当然、心臓も動かさなくても平気になる。

 そうすることで、鼓動で生まれるブレも消せる。

 良いこと尽くめである。


 そのうち宝籤に当たって彼女もできるかもしれない。


 そうして俺は、呼吸と心拍動を卒業した。



 なのだけれど、びっくりしたときなどにドキッとしてしまうのは、修行不足のせいだろうか。




 さておき、肉体の方は変わり果てているけれど、魂や精神の方は彼の言ったとおり、特に変わりはない。

 俺は臆病で、自分勝手で、飽きっぽくて適当で、一般的にはろくでなしといわれる人種だけれど、

変わっていないようでひと安心だ。

 それは安心していいのか?


 しかし、問題の肉体の方は、かなりでたらめだ。


 人体としての形式はもちろん、素の筋力や強度は変わっていない――と思う。

 比較対象となる他人の身体のことまでは知らないので、俺の感覚による診断だけれど。


 しかし、表面上は変わりないものの、()に関するとろこは別物といっていいレベルである。

 まあ、肉体の能力は()の充実具合に影響を受けるので、普通にしているつもりでも、いつも以上に()が漲っている状態では、肉体も別物といってもいいかもしれないけれど。


 さらに、影の人との間にも経路が確立しているせいで、そこから俺へ大量の力が流れ込んでいる――どれくらい身体能力が上昇しているのか想像もできない。

 迂闊に全力を出すと大事故が起きるところだった。


 ただ、造りは良くても、俺がそれを認識していなければ宝の持ち腐れである。


 しかし、ひとつだけ欠点を挙げるとすると、影の人の手が入ったところが、魂や精神を合一させることを考えられていないことだ。


 まあ、これについては俺の方で対処ができると思う。

 しかし、それに気づくまで、その辺りの造りというか認識が甘かったせいか、彼から送られてくる力にあの暗闇の中で感じた気配的なものが混じっていて――何というか、少し気配が漏れていたっぽい。


 どうやらこの漏れた力が薄っすら感じていた気配の正体で、ここまでの道中でほとんど動物と遭遇しなかった理由だったらしい。


 それを最初に遭遇した時ほど感じないのは、単純に初遭遇時より気配がマイルドになっているのと、俺に耐性がついたからなのだろう。


 何にせよ、人に会うまでに気づけてよかった。



 手掛かりひとつで、確認作業はスムーズに進んだ。

 この件に関しては嘘はなかったと考えていいだろう。


 とにかく、俺自身の再認識と、活性化だけでいけどうだ。

 それ以外は恐ろしいほどの精度でできている。


 年齢以外は。


 決して根に持っているわけではないけれど、妹たちや会社の人たちに再会した時にどう説明すればいいのかを考えると頭が痛い。


 まあ、解決できることからしていこうと決めたばかりなので、それ以外は一旦全て忘れよう。

 忘れるのは得意なので大丈夫だ。


◇◇◇


 ()を練って、経路に通して循環させる。

 何だかんだいったものの、循環も自己の再認識手段としては便利である。


 再認識が完了すれば、魂と精神を重ねて、全てを活性化させる。


 こうやって、俺の中に俺という世界を創りあげていく。

 世界というには小さくて歪だけれど、何人にも侵されることのない俺だけの世界だ。


 ついさっき侵されたばかりの気もするけれど、都合の悪いことは綺麗さっぱり忘れてしまうことが、世界を創って、強くするコツなのだ。



 もう少し梃子摺るかと思ったけれど、思いのほか早く終わった。

 どうやら、彼が彼を俺に混ぜる時に、彼なりに俺に合わせて調整してくれてはいたようだ。

 理屈はさっぱり分からないけれど、見事としかいいようがない。


 そして、今の調子はかなり良い。

 むしろ、良すぎて怖いくらいだ。

 しかし、こんな降って湧いたような力――自分のものではない貰いものの力で勘違いしてしまうのは怖い。


 分を超えた力に溺れた人の末路なんて、自分の力に殺されるか、全てを失うか――何にしても悲惨なものだろう。


 とはいえ、捨てられるものではないようだし、頼り切ることのないように意識して、制御できるようになっていこうと思う。



 俺の世界と彼との繋がりを完全に掌握したことで、彼の気配に対して完全な耐性を得たようで、恐怖などまるで感じなくなった。

 それはいいのだけれど、上手く制御しないと、今度は俺が彼のような気配を発することになる可能性がある。

 とりあえずは漏らさないように注意するか、漏らす前に中和するしかない。


 まあ、その辺りは日々の努力の賜物もあって、そのうち無意識でもできるようになると思うのだけれど。 


 一応スーツのほうも制御できないかと繋がりを探ってみたものの、こちらは全くできそうな気がしなかった。


 元々服に対する興味が薄い――というか、どちらかというと裸でいる方が気楽だというところが影響しているのかもしれない。



 今のところ、これ以上強化する必要はないので、俺の方から彼からの力の供給を停止する。

 正直なところ、力だけ増えても、使いこなせるだけの能力や体重なども一緒に増えなければ、恩恵は薄い。


 力とは使うものであって、振り回されるものではないのだ。

 あるからといって使わなければならないわけでもなく、必要に応じて適切に運用するものである。


『ボクの力は必要ないの?』

 少し不満げな様子で、彼が尋ねてきた。


「今の状態でも、前より調子が良いし、必要があれば力を借りるかも。まあ、切り札的な?」

 身体の状態をチェックしながら、特に考えずに思ったままを口にした。

 身に余る大きな力なんて、使う機会がないに越したことはない。

 とはいえ、この先どんな理不尽が起きるか分からないので、「使わない」と決めつけるのももったいない。


『切り札! いつでも頼ってくれていいよ!』

 切り札という言葉が気に入ったらしい。

 反応が小さい子供を相手にしているようで、少し微笑ましかった。


 実際に借りるかどうかは分からないし、借りるような展開が来ない方が良いのだけれど、今は新たな自分の慣らし運転が先だ。



 俺自身の問題がひとつ片付いた。

 見た目に関しては現状ではどうにもならないけれど、能力的なことが解決しただけでも気持ちが軽くなった。



 スーツの方は彼に頑張ってもらうしかない。

 決して汚れないとか、他の人からは見えている(らしい)のに実は全裸と、裸族の願望を叶えてくれているという点では素晴らしいのだけれど、一切着替えをしないように思われるのは体面が悪い。

 できるだけ早く解決してくれることを祈ろう。



 後は、やはりいつまでも影の人とか彼というのもどうかと思うので、名前を付けようかと思った――ものの、気の利いたものが思い浮かばなかったので保留にする。

 何より、まだそこまでの心の余裕は無い。


◇◇◇


 今までダダ漏れだった彼の気配――恐怖の元が消えたせいか、遠目にチラホラと動物の姿が見られるようになった。

 どうやら、今までは気配を消して隠れていたようだ。


 気配に敏い野生の動物なら当然か。

 というか、どうやって気配を感じるのか教えてほしい。


 ただ、トカゲはともかく、イヌには逃げるだけの知能があってもよさそうに思えるのだけれど――済んでしまったことを考えても仕方がない。

 イヌだろうが人だろうが、鈍いのはいるものだ。



 それよりも、遠巻きにこちらを窺っている動物の中には、イヌの血の匂いを嗅ぎつけて狙っているものもいるのかもしれない。

 今はまだ警戒していて近づいてこないようだけれど、それも時間の問題だろう。


 もちろん、襲ってくるなら迎撃するしかないのだけれど、避けられるならそれに越したことはない。


 暗い夜の森の中でも、夜目の効く俺なら月明りだけでも充分に行動可能だ。


 どのみち、このままここで夜明けを待つにしても獣の相手をすることになるだろうし、だからといって彼の気配を解放して、肝心の人間に逃げられるようでは本末転倒だ。


 来た時より美しくがモットーな俺としては、イヌの残骸を残していくことには少々気が咎めるものの、恐らく他の獣が綺麗に片付けてくれることだろうし、放置していっても問題は無いだろうか?


 いや、やはり他人任せにするのは無責任か――それ以前に、野良にエサをあげること自体がマナー違反か?


 非常事態だし仕方がないかと思って、イヌのことは忘れて移動を開始しようと腰を上げると、彼から声がかかる。

『これ、要らないの?』


 俺の影がイヌを指していた。


「持ち歩くのは面倒だから置いていくつもり」

 もうお腹いっぱい――精神的にいっぱいいっぱいで、見たくもない。

 というか、思い出させないで。


『それならボクが貰ってもいいよね?』

 どうするつもり――と口にする前に影が伸びて、犬を覆い尽くした。


 そして、その影の中から「ボリッ!」「ゴキン!」「クチャクチャ……」と、何かを骨ごと咀嚼するような音が聞こえてきた。

 ホラーである。


 何かなどと白々しいことをいわなくても、理解はできないのだけれどそういうことなのだろう。

 美味しいのか――いや、影に胃袋とかあるのか?

 いやいや、そういうことではない気がする。


「――音を立てずに食べなさい。それと骨は食べちゃ駄目」

『はーい』

 俺が彼に忠告した直後、一瞬で犬の質量が消失した。

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