13 魔王誕生秘話
――ユノ視点――
「その少女は、魔族領の小さな村で生まれたわ。優しい両親と、双子の妹と、慎ましくも幸せな毎日を送っていたの」
グレゴリーさんの話が終わったのかと思ったら、今度は魔王が語り始めた。
悪いけれど、魔王の身の上にはこれっぽっちも興味は無い。
いやだなあ、面倒臭いなあ、とは思うものの、話を遮るのも印象が悪いし、聞くのも交渉するのも朔に任せればいいことだと切り替える。
晩御飯何にしよう?
最近それで失敗したような気もするけれど、アドンとサムソンも考えようによっては役に立つ。
とにかく、早く終わるように祈るだけだ。
晩御飯はカレーにしよう。
◇◇◇
――ソフィア独白――
でも、5歳になってしばらく経ったある日、魔王軍の兵隊が村に押し入ってきて、両親や抵抗する大人たちは殺されて、降伏した人や子供たちは攫われたの。
もちろん、これは魔王の命令だったわ。
魔王軍は、私たちの村以外の近隣の村からも村人たちを攫ってきたようで、子供だけでもその数は軽く百を超えていたわ。
しかも、それは一度きりのことじゃなくて、村人たちの数が減ってくたびに、不定期に補充されていたの。
村人の――特に子供の減る理由――それは、とある儀式の生贄にされることだった。
姉妹の姉――私は身体能力、妹の方は魔力の感応力や操作に天分があって、微かに聞こえてくる声や漏れ出た思念を拾い集めて、そこで行われていた事の実態をほぼ把握していたの。
私たちを攫わせた魔王は、更なる力を求めていた。
邪神を召喚して、その力を我がものにしようとしていたのよ。
遙かな昔に、愚かな人族が行った勇者召喚の応用で、生贄を用いて邪神を召喚する外法を使って。
魔王は出所不明のその情報を、何の確証も無く実践していたのよ。
人族は制御しきれずに自滅したらしいけど、自分になら可能だって、この魔王は本気で思い込んでた。
今にして思えば、この魔王も力を得なければ、当時急激に力をつけていた不死の魔王の勢力に呑み込まれると必死だったのかもしれない――けど、それは姉妹にとっては関係の無いことよね。
これまで生贄にされた子供たちは、みんな生命力を全て抜き取られて、干乾びて死んでいる。
もちろん、ただ殺されるのを待つつもりはなかったけど、姉妹の能力が他の子たちより多少優れていても逃げ出せるほどじゃなくて、自分たちの番になる前に救いがくることを祈るしかなかったの。
もっとも、そんな願いも空しく、姉妹の順が回ってきたわ。
まずは妹の腕が捕まれて、祭壇に連れて行かれた。
……今でも夢に見るわ。
直前の、よく一緒に遊んだ友達の死に様が、絶叫が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
せめて自分を先にと泣き叫ぶ私を無視して、無情にも儀式は執行された。
その瞬間、妹の姿が消失した――同時に、世界が全く別の何かに塗り替えられたような錯覚を覚えたわ。
あんたの気配を何倍にも濃くしたようなものね。
そこにあるのは圧倒的な力。
恐らく魔王が邪神と呼ぶもの。
でも、その力を手に入れたのは魔王じゃなかった。
なぜか、姉の――私の身体に大量の魔力が注ぎ込まれたの。
いくら身体が丈夫だといっても、とても耐えられるようなものじゃなかったんだけど、寸前に獲得した《憤怒》のスキルと、微かに感じた妹の意志のおかげでどうにか耐えきったみたいで、特殊な進化を果たしたの。
その直後に世界は元に戻って、強大な力の気配は消え失せた。
当然、自分が得るはずだった力を奪われた魔王は激怒していたけど、それ以上の怒りに支配されていた私に返り討ちにされて、城や外法の情報とともに葬り去られることになったわ。
私はといえば、敵対者をことごとく破壊したところでようやく《憤怒》の暴走が解けて、我に戻ってからは慌てて妹を探したわ。
他の子供たちは、助け出してあげたというのに、私を怖がって手伝ってくれない。
また《憤怒》に呑まれそうになったけど、唇を噛んでぐっと堪えて、妹を探し続けたわ。
結局、妹も妹の亡骸も見つけることはできなかったけどね。
泣きそうだったけど、堪えた。
そうしないと認めてしまいそうだったから。
犠牲になった他の子たちとは違って、亡骸も無い。
きっとどこかに飛ばされただけで生きている。そう思い込むことで何とか自分を保ったわ。
だったら、姉である私が探さなくちゃいけない。
妹は感応力に優れているから、近くまで行けば、きっと私を見つけてくれる。
いつの間にか新たに魔王になってた私は、そう決意して旅立った。
数年後くらいに、私は召喚術に可能性を求めて、災厄の元凶となった地を訪れて、その最深部である研究者と出会ったわ。
以降、魔王ソフィアと研究者グレゴリーは、お互いの目的を果たすために協力することになったってわけ。
私は迷宮の防衛、及び妹と邪神の捜索。
グレゴリーお爺ちゃんは、種子の研究と特定人物の召喚。
そうして更に二百年ほどが経過したところで、想定外の事態が起きたの。
私の協力で強化していた防衛ラインが、易々と突破されてしまったのよ。
物理的な力や魔法の力だけじゃなく、聖なる力を持つ、心正しき者のみがクリアできるはずだった試練が、より邪悪な者に蹂躙されたの。
本来であれば、同種の、同等の力を持つ存在を邪悪と評することはいかがなものかと思うけど、それを使役する者は、邪悪などという生温いものじゃなかった。
試練を越えたのが、勇気と知恵と力を兼ね備えた、心正しき者であれば歓迎したわ。
というか、この使役者は、以前バケツを被って勇者を救っていた者と同一人物だったのよ。
勇者を――人助けをすること自体は褒められるべきことだわ。
でも、美しい容姿を隠すのにバケツを使う歪んだ感性。
仲間が魔物との戦闘中にもかかわらず、突然肉を取り出して、敵も味方も混乱させる異常な行動。
迷宮の守護者を自分の使い魔にする悪魔的な手腕。
他にも迷宮の罠――テレポーターをレジストする。物理も魔法も効かない試練よりも、物理も魔法も状態異常も効かない。
破壊不能なはずの迷宮を破壊するとか、理不尽さの枚挙に暇がないわ。
長く生きてきたお爺ちゃんと私でも、こんな理不尽な生物を見るのは初めてだったわ……。
頼みの綱の強制排出機構もレジストされて役に立たない。
というか、気づかれもしないってどういうことよ?
この場では判断がつかないし、このまま進軍を許していいかも分からないしで、私自らが見極めに行ったんだけど、逆に虜囚の身となって辱めを受けたのよ……。
◇◇◇
――ユノ視点――
「なるほど」
最後の方の供述には異論があるけれど、おおよその事情は理解した。
朔が。
私は終わった気配を感じただけ。
いや、それでも半分くらいは聞いていたけれど。
グレゴリーさんは加害者の一味、魔王はとばっちりを受けた被害者。
大体そんな感じ。
念のために、朔に生贄が届いたのかを確認してみたけれど、そんな記憶と事実は無いとのことだ。
『それで、訊きたいんだけど、異世界への接触は成功した?』
「この迷宮もある種の異世界だよ。異世界といっても明確な接点があるのでお互いに干渉が可能だが」
確かにそうだ。
しかし、訊きたいのはそういうことではない。
「異世界を作り出すことはそれほど難しいことではないし、認識している異世界へ干渉することも不可能ではない」
研究者というのは、どうしてこう回りくどい言い方をするのか。
言葉というのは、伝わって初めて意味を成すんだよ?
相手に理解できない言葉は、どんな名言でも寝言と変わらないんだよ?
「しかし、異世界に使い魔を送る計画は失敗した。――理論的には間違っていないはずだが、送ることができずに肉の塊になってしまった」
そうそう。そういうことを聞きたかったのだ。
異世界に使い魔を送って、再度呼び戻す。
使い魔が異世界の証拠を持って帰れば実験は成功――なるほど、良い案だ。
失敗したみたいだけれど。
「こちらには種子があるので魔力不足の線はなく、異世界から物品を召喚できている以上、認識に問題は無い」
グレゴリーさんはそう言うと、日本では見慣れた物である高級腕時計や携帯電話などを見せてくれた。
「よって、現状ではこう考えられる。世界には上下関係が存在し、上から下への移動は容易だが、逆は極めて難しい」
いくつか説明を端折られたような気もするけれど、あり得そうな話ではある。
「召喚された勇者がこの世界で無類の力を発揮できるのも、上位世界から下位世界へ渡った影響ではないかとも推測できる」
それはどうだろう?
私はこの世界に来て何か恩恵を受けた覚えはないし、朔とのことは、この世界とは無関係だ。
「そういう事情から、ソフィアの妹は異世界には行っていない。若しくは異世界に行っている場合は、邪神が関係していると考えられる」
まあ、何ともいえない考察だな。
『邪神って何なの?』
などと、システムから邪神呼ばわりされている朔が問う。
「不明だ。我々の犯した罪が、後世に邪神を呼び出す外法として伝わったようだが、天使は確かにあれを『種子』と呼んでいた」
種子って何のだ?
『種子と邪神は同一のもの?』
「呼称の違いである可能性は充分にある。ソフィアの妹が消えた、大量の魔力を得たなど、似通った部分も多くある」
まあ、聞いた分では確かに似ている。
「それに、我々に残された手掛かりは種子だけだったのでな。いろいろと調べたよ。基本的に何でも呑み込む。危険なので知性を持つ生物では試せなかったが、呑み込まれた部分を回復魔法などでは修復することはできなかった」
まあ、それは何となく理解できる。
「呑み込まれたものは、そのままの状態で保存されている――はずなのだが、実際にどう保存されているのかは不明だ。
生物に関しては、既に死んでいる状態なのかもしれない」
心なしか、声のトーンが落ちたような気がする。
このまま消えてしまいそうな気がする――というか、明らかに魂と精神が弱っている。
精神が弱っているのが魂に影響しているというべきか。
大丈夫だと励ましてあげたいところだけれど、実際に見てみないと本当のところは分からない。
「できたことといえば、更に異世界への隔離と、そこから魔力を回収することだけだ」
「他には?」
『ヤバい気配を放ってるとかはない?』
「いや――崩壊後の種子からは若干妙な気配を感じるが、当初は単なる魔力の塊――物質化していない魔石――いや、本物の神の秘石とでもいうべきものだった」
「私の時もそう、ただの力――といっても、圧倒的な力を持っていただけ。純粋すぎて逆に怖かったくらいで、そういう意味ではヤバかったのかもしれないけど。ほんの一部の力を受け取っただけでこうなるくらいだし」
グレゴリーさんと魔王、両名ともが否定する。
いろいろと疑問が浮かぶものの、種子にも個体差というか個性があるのかもしれない。
「種子の召喚の再現はできていないので、その辺りのことは当時の記憶に頼るしかない。――ああ、もちろん今は生贄などは使っていないし、種子そのものを触媒とした召喚は何が起こるか分からないので行っていない」
実際に痛い目に遭っているのだから、無茶な実験はできないか。
そこは評価してあげよう――なんて、上から目線で何様のつもりなのだろう?
難しい話が続いて疲れているのかな?
「妹は?」
「あんたに関係無いでしょう?」
泣き止んだかと思えばこの態度。
まるで子供だ。
子供のように可愛げがない分、面倒臭いだけである。
『ユノが帰る目的も、元いた世界に妹を残してきたからなんだけど、話したくないなら話題を変えようか。――種子って何のだと思う?』
実のある話はもう終わりのようなので、脳内での朔との相談の間、適当な話題を振って時間を稼ぐ。
ミーティアがいれば真偽の確認の手間も省けたのだろう。
とはいえ、出直している間にもしものことがあっても困る。
グレゴリーさんの魂と精神は限界だ。
肉体が不死――いや、死? 何か勘違いしている気がするけれど、とにかく、魂と精神までもが不死になったわけではないのだろう。
「何の裏付けもない私見だが――『可能性』かな。実際に訪れたのは破滅だったが、最初にあれを見た時には、いろいろと期待を膨らませたものだ」
他に手があるなら後回しにするべきなのだろう。
しかし、現状はそれを確認するのが最善か。
『制御できるなら、いろんな可能性が見えそうだね』
制御できれば確かにそうだろう。
私たちの考えているとおりなら、それは人間に易々とどうこうできるものではない――それ以前に、彼らが生きていることだけでも奇跡だ。
『最後にもうひとつだけ。――何でここまでベラベラ喋ったの?』
「……もう疲れた。この数百年、ソフィアの存在には救われたが、それでも私のような凡人に、千年を越える時はつらすぎた。種子の崩壊と共に、次に吐き出されるのが家族や仲間の死体であったらと思うと、もう耐えきれない」
やっぱりか。
「お爺ちゃん!?」
魔王の方は気づいていなかったか――いや、自分のことに関しては覚悟しているのか?
グレゴリーさんは違うと思いこんでいた辺りは、やはり子供――進んで人と関わってこなかったせいか。
『それじゃあ、最後に種子っていうのを見せてくれないかな?』
「………いいだろう。ついてきなさい」
別に了承を取らなくてもどこにあるのか、それが何なのかはおおよそ分かっている。
しかし、私の下手な行動で自棄を起こされても困るので、黙って従う。
少しの間を置いて、グレゴリーさんが背後の本棚を操作すると、隠し通路が出現した。