09 迷宮攻略4
迷宮攻略5日目。
今日もアイリスとリリー、そしてアルの奥さんたちとテッドさんとの合同パーティーで攻略を進めている。
道中の敵にも大型の魔獣や小型の竜などが姿を見せるようになって、一概には雑魚とはいえなくなっていたけれど、彼女たちのパーティーはそれらをことごとく打ち倒し、瞬く間に70階の最奥に到達した。
フロアボスには、30階でも見た死神がいた。
「封神の鎖がない、制限無しの【デス】だ。能力はほぼ10倍で、物理は完全に無効、魔法も効果が薄くて、ドレインに麻痺や衰弱なんかのバステも使う。何より、奴が持ってる大鎌は防御を貫通する即死効果付きで、掠っただけでもアウトだ。俺の持ってる聖剣ならダメージも与えられるんだけど、さすがにひとりでは厳しいし、仲間を頼ればいいんだけど、守り切る自信がない」
お手上げだとアルが溜息を吐く。
奥さんや親友を信頼していないわけではないのだけれど、万にひとつの可能性であっても危険な橋を渡らせたくないのだろうし、それは私も同じだ。
というか、即死効果って何?
触れたらアウトなの?
もう触れちゃったよ?
「ワンミスで死ぬ――ただでさえそんな緊張感が付き纏うのに、あの濃密な死を連想させるオーラで足が竦む……。封神鎖があっても厄介だったのに、ちょっと人間の敵う相手じゃないな」
「生きとし生けるものの天敵――死そのものを具現化した魔物。亜神ともいえる存在だからな」
「聖属性エンチャントすれば物理攻撃も通じるようになるでしょうけど、属性の分しかダメージが入りません。ですが、接近戦は危険ですし――」
「儂のドラゴンブレスなら吹き飛ばせるんじゃがな。ここは狭すぎて竜型では満足に動けんし、そもそもこんなところでブレスを吐けば大惨事じゃ。他の手持ちは相性が悪いし、ここでは儂もお手上げじゃな」
ミーティアはそう言って、私の方を見てニヤリと笑う。
私にやれと?
テッドさんが言うようなオーラは全く感じないし、鎖がなくなったのならまた巻けばいいだけの話ではないのだろうか。
拘束してしまえば後は任せればいいか?
そんな感じでいこうかと思って、「いいよ」と言おうとした寸前に朔に遮られる。
『それじゃあ、面白いものを見せようか』
朔がそう言うと、何を――と言う暇もなく、私の影から、部屋の中央にいるデスとやらと同じものが出現して、私に向かって跪いた。
頭部を手に持っているところを見ると、ソウマくん救出の時の個体なのか。
ものすごく嫌な予感がする。
『ユノの使い魔』
私から生えてきたものじゃなくてよかった――よかったのか?
使い魔?
使い魔ってあれか?
朔が読んでいた魔法少女ものの漫画の中に出てきたあれか?
あれはもっと可愛げのあるやつだったよ?
朔がこれに興味があるって言っていたのは、使い魔にしたかったからなのか!?
『ヘッドハントされたのがよほど嬉しかったのか、使い魔になりたそうな顔でこっちを見てたんだ』
どんな顔!?
どう見ても骨!
というか、ヘッドハント違い!
「ははは、うん。美女と野獣みたいで絵になるな。だけど、笑えないわー」
アルの言葉にみんなが首を縦に振る。
しっかり笑っているじゃないか。
「儂もこれは予想外じゃったな。お主は一体何を目指しておるのじゃ?」
そんなことは私にも分からない。
それは朔に訊いてほしい。
『過去の君はもう死んだ。これからは生まれ変わった気持ちでユノに尽くせ』
そういうことを聞きたかったわけじゃない。
というか、なぜに朔じゃなくて私の使い魔になるの?
言いたいことはいろいろとあるのに言葉がまとまらず、とりあえず、外れていた頭を元に戻してあげる。
「心優しき我が主よ、何なりとご命令を」
あれ、案外分かっているじゃないか。実は良い奴なのかもしれない。
それに、だ。
これは上手く使えば殺虫剤代わりにはなるのではないだろうか?
「名前は?」
「【アドン】と申します」
「ではアドン。私の行く道を阻むものを排除しなさい」
そうと決まれば上手く付き合っていくべきだ。
一度は奪って、変質させてしまった大鎌を、騎士の叙勲のような感じでアドンに手渡しながら命令を下す。
「御意」
アドンはそれをとても大切そうに受け取ると、動かないはずの表情が緩んだように見えて、瞳の奥に炎が灯った。
「この地に縛られて二百年余、ようやく現れた敵が、まさかの裏切り者だとは」
「真に仕えるに値する主を得ただけのこと。貴様に恨みは無いが、主の望みゆえ、その首、もらい受ける」
そんな首を望んだ覚えはないけれど、無駄に活き活きとしたアドンが、空中を駆けるように突進していった。
一応警戒はしていたけれど、裏切るような気配はない。
私の中――というか、朔の中? どちらでもいいのだけれど、とにかく何があったのか。
さておき、デス同士の戦いでは魔法は致命打にはならないので、自然と大鎌での戦いになるようだ。
鎧の攻撃はデ、スに対して全く効果が無い。
それでも一心不乱に剣を振っている。なんだかちょっと可愛い。
ただ、アドンの攻撃を阻む盾というか壁にはなる。
簡単に薙ぎ払われる様子も、ちょっと可愛い。
どうでもいいのだけれど、乱戦になるとどっちがどっちか分からなくなる。
動く鎧も戸惑っているように見えて、やっぱり可愛い。
恐らく鎧に襲われている頻度が高い方がアドン――というか、なぜかアドンの方は鎧を出せないらしい。
まあ、出せたとしてもガシャガシャうるさいので禁止するけれど。
「貴様、何だそれは!? なぜ――」
違いはもうひとつ、武器性能の差。
召喚される動く鎧はもちろん、大鎌同士で打ち合っても一方的に切り裂く。
何なら迷宮ごと切り裂いている。
「クハハ! 我が主より賜った神器は何者にも止められぬ! 貴様に勝ちの目は無い! 投降し、慈悲を請え!」
斬り落とされたはずのデスの鎌も次の瞬間には再生――いや、徐々にサイズが小さくなっていたり本体も縮んでいて、徐々に勝負の天秤はアドンに傾いていく。
「違うの」
しかし、最早デス同士の戦闘を見ている人は誰もいない。
アルとアイリスは真顔で、リリーは誇らしげな、奥さんたちとテッドさんは怯えた目で、ミーティアはなぜか憤慨した様子で私を見ていた。
「朔がやりました」
『ボクは選択の機会をあげただけ。選んだのはアドンで、屈服させたのはユノ』
朔が欲しいって言ったから取り込んだのに――とは声に出して言えない。
生き物――あれが生きているかどうかは別として、普通の《固有空間》には生物とかアンデッドとかは入らないからだ。
それに、他人がどうとかいう前に、決意して実行したのは私なのだ。
「犬か猫かのようにデスを拾ってくるのは、さすがにどうかと……」
「モノがモノだけに、元いた場所に返してこいとも言えない……。祟られそうだ」
「なぜあんなものに頼って、儂には頼らん!?」
アイリスとアルの言葉には返す言葉もない。
しかし、ミーティアは頼られたかったのか?
また矜持とか自尊心が傷付いたのか?
繊細すぎる。
「お納めください」
アドンが採れたて新鮮なデスの頭部を私に差し出してきた。
必死に弁明しようとしていた間に戦闘は終わっていたらしい。
なお、胴体は頭を探して、あらぬところを彷徨っている。
「くっ、殺せ――」
こうなってしまってはデスでも何でもない、ただの喋る頭蓋骨です。
というか、このフレーズは流行っているのだろうか?
仕方なく頭部を受け取って、灯の消えた目を覗き込む。
「初めて聞いたくっころがデスの口からなんてあんまりだ! この後滅茶苦茶何すればいいんだよ!? 葬式か!?」
なぜかアルが激怒していて、奥さんたちが対処に困っていた。
「我が主、ユノ様。この愚か者にも何卒ご慈悲を」
慈悲って何? 成仏させてあげること?
分からない。
「くっ、我がただの人間ごときに情けをかけられるなど――」
話がどんどん望んでいない方向へ暴走していって帰ってこない。
こんな時は朔に丸投げしてしまうに限る。
朔に丸投げしてこうなっている気もするけれど、私に収束させられる自信は無い。
アドンと新たなデスを回収すると、ようやくみんなの表情に安堵の色が戻る。
「ユノの戦闘が見られるかと思ったのに、とんでもないものを見てしまった……」
「デスが使い魔って……。そういえば、竜も……? よく考えたら無茶苦茶だ」
「常識的にはあり得ない光景なのに、何だか神話か何かをモチーフにした名画を見ていたような――」
「動けなくなるほどの恐怖なのだが、同時にとても神聖なものを見ているような――」
「感動」
この世界の人はリレー形式で話す習慣でもあるのかな?
というか、また混乱している?
それよりも――。
『早く撤退した方がいいかも』
朔が迷宮の異変を察知して、警告を出す。
首を傾げるアルたちを余所に、ミーティアはアイリスとリリーを守れる位置に移動する。
『たった今、77階までしかなかった迷宮が80階まで拡張した。81、82――更に拡大中。それと、何かがこっちに向かってくる』
「この気配は魔王級じゃのう。儂やユノはともかく、他は逃げた方がよいのう」
魔王級の気配とやらは全然感じられない。
私の五感はかなり鋭敏なので、勘もそうだと思っていたのだけれど、実は鈍感なのだろうか?
それとも、朔の探知能力と干渉しているのか?
「――っべ、撤退準備!」
翼や尻尾を出して戦闘態勢を取るミーティアを見て、アルが全員に撤退の指示を出す。
『――来る!』
「まあ、そう言うな。もう少しゆっくりして行くがよかろう。いろいろと訊きたいこともあるしのう」
ちょっと遅かった。
私たちの眼前に黒っぽい霧が集まって、徐々に人の形を取っていく。
つまり、現状霧が喋っていることになって、ファンタジーが暴走していた。
帰ってきて、私の常識!
霧が一箇所に集まって、ひと際濃くなったところから現れたのは、黒みがかった蒼く長い髪に、病的なまでの白い肌で、釣り目がちな目に琥珀色の瞳をした、背格好はアイリスと変わらないけれど胸のサイズは普通で、見た感じは私たちとそう変わらないくらいの年齢の可愛らしい少女。
特徴的なのは、薄く笑った口元から覗く長い犬歯だ。
それ以上に目を惹くのは、花魁ぽく着崩した、丈が極端に短い和風の着物。
血を連想させる紅い着物に白い肌がとても映える。
というか、この世界には太ももを露出させないといけない決まりでもあるのだろうか。
「ヴァンパイアか! ――妨害!? くそっ、《転移》できない! ああもうっ、全員警戒態勢を取れ!」
「魔王からは逃げられんよ。まあ、大人しく妾の問いに答えれば、命だけは助けてやってもよいぞ? ――家畜としてだがな!」
「くそっ、バフまで妨害しやがった! マジで洒落にならん、作戦は命を大事に!」
アルが掛けようとした強化魔法を、そのヴァンパイアだかアンパイアだかは腕のひと振りで無効化してしまったらしい。
魔王というのは伊達ではないようだ。
ところで、先に戦闘態勢をとろうとしたのはアルだけれど、喧嘩を売ってきたのは魔王の方だ。
ただの挑発だと思うし、私に対してだけなら笑って流してもよかったのだけれど、リリーやアイリスを怯えさせたことには警告しておくべきか。
それに、話を聞きたいのはこちらも同じ。
殺すわけにはいかないので、半殺しくらいが適当か。
さて、ヴァンパイアとか魔王というのはどれくらいの強さなのか――どれだけ注意深く観察してもさっぱり分からない。
いくら見ても、胸元開きすぎとか、太もも出しすぎという感想しか出てこない。
「寝言は寝てから」
いきなり出てきて喧嘩を売るとか、犬猫でももう少し分別があると思うのだけれど。
『引き籠りがペットを飼うとか笑える。ああ、友達いなくて寂しいのかな?
でもね、言葉っていつか自分に返ってくるんだ。
そんなことも分からないなんて、魔王っていうのは間抜けの王のことなのかな?
相手がしてほしいなら、素直にそう言えばいいのに。
ああ、でもそうできないからボッチなのか。存在感空気だったし。あ、霧か』
おっと、本音と建前が逆になったけれど、朔の挑発が方が酷かった。
というか、引き籠りではなかったけれど、日本で大して友達がいなかった私の心も一緒に抉っている。
「――ククク、よう言うたわ! 貴様はエサに決定よ! ――楽に死ねるなどと思うな!」
怒った。
図星だったのかもしれない。
何にせよ落ち着いて会話はできそうにないし、ひとまず話は肉体言語だ。