06 迷宮攻略1
――ユノ視点――
迷宮攻略初日。
ギルドでの昇格試験が予定より早く終わったので、早速迷宮に向かった。
私とリリーとミーティアの3人は、前回地下11階のポータルまで攻略したのでそこから再開できるのだけれど、今回はアイリスも参加しているので、改めて1階からの攻略となる。
良い機会なので、10階まではアイリスの実戦訓練に利用する。
軟禁中にあれこれしているうちに50くらいまでレベルは上がっているのだけれど、実戦経験がほとんどない。
レベルというものがさっぱり理解できない私にとっては、それが不安でならない。
たとえ弱い敵が相手で、システム上の経験にはならなくても、実戦慣れとか勝負勘というものは莫迦にならないと思う。
勘に頼り切りというのは論外だけれど、ここ一番でピンとくるときは、経験に裏打ちされた最適解であることもままあるのだ。
どうも言葉で説明するのは苦手なので上手く伝えられないけれど、経験を積めば理解できるはずだ。
今はその経験を積ませるのに説明が必要なのだけれど。
私が前線で攪乱して、アイリスが攻撃する。
リリーが撃ち漏らしを警戒しつつ、前線の私のフォローする。
ミーティアには、とりあえず解説でもしてもらう。
前線で、二足歩行の魔物は転ばすか浮かせ、四足以上の魔物も転ばすか浮かせる。
そして、起き上がらないよう、地面に落ちないよう妨害し続ける。
数が少なければ、転がして起き上がるのを邪魔し続けるだけの方が楽なのだけれど、ある程度数が増えると、ジャグリングよろしく空中で待機させている方が確実だ。
残念ながら、虫とグロには使えない手段なので、そういうのを見つけ次第、リリーかミーティアに焼き払ってもらう。
アイリスは初めての――護衛に囲まれていない状況での実戦に戸惑いながらも、実験的に色々な魔法を試している。
数をこなすことで徐々にではあるけれど、反応や判断も良くなっているように思う。
もっとも、何だかよく分からない不器用さで、その能力を十全には活かせていないけれど、とりあえず、ついてこられるだけでも及第点か。
それと、攻撃力は微妙でも、必要であれば命を奪える点も大きい。
見た目が人間に近い魔物を殺すのはさすがに無理らしいけれど、実力差があれば殺さずに行動不能にもできるかもしれないし、油断して怪我をさせられるようなことがなければ問題無いだろう。
「ユノと直接でなくても、結構レベルが上がるものですね」
予想より早く10階の門番前まで辿り着いたので、少し早い昼食を摂りながら、ここまでの反省会を行う。
とはいえ、今のところは経験不足による問題ばかりで、それもすぐに対応してくるので、反省すべき点は特に見当たらない。
攻撃面は諦めた。
今のフォーメーションなら当たれば儲け程度で、乱戦になったりしたら支援に徹してもらおう。
強いていえば、魔力の回復時に私がほぼ占拠されてしまうことくらいだろうか。
樹液に群がる虫のようにくっつかなくても充分に回復するはずなのだけれど、みんな競ってしがみつくようにとか、押し当てるように私に群がるのだ。
私自身には分からないのだけれど、私の身体にくっつくと温泉に入るより気持ちいいとか、良い匂いがしてリラックスできるとか、とにかくリラクゼーション効果もあるらしい。
ちなみに、リラクゼーションはいわゆる和製英語で、正しくはリラクセーションと発音すべきものである。
よく耳にするのは前者の方だけれどね。
良い子のみんな、勉強になったかな?
とにかく、そんなわけで、既に私の首から上はアイリスの、膝の上はリリー、右手にはミーティアというのが定位置になりつつある。
「ユノにダメージを与えるか、攻撃を当てると莫大な経験が得られるようじゃ。じゃが、ユノが防御や回避行動を取らないじゃとか、躱されたり往なされたりじゃとほとんど得られん。まあ、難易度の問題じゃろうな」
「ユノに操られているような状態のものに攻撃しても上がりますけど、反面、ユノから攻撃を受けても上がることはないようですね。避けられない災害みたいなものだからでしょうか。避けられると上がるのかもしれませんね」
「ユノさんの状態によっても変わるってことですか?」
「そうですね。それと、ダメージは物理的なものには限定されていないみたいですね」
「うむ。魂のないゾンビなどは例外じゃが、虫は恐ろしい勢いでレベルアップしておったの」
「マジで?」
何それ、超怖いんですけど?
「しょせん虫ですから、レベルアップしても極端には変わりませんが……。そんなに虫って怖いものですか?」
アイリスは虫とかは平気な人らしい。
頼もしい限りだ。
「どこを見ているのか、何を考えているのか分からない眼とか、蠢く脚とかお腹とか触覚とか気持ち悪いし怖い」
思い出しただけでも、口に出しただけでも寒気がする。
虫という存在の全てが怖い。
背中側から見るテントウムシくらいなら耐えられるけれど、翅を広げたり、裏側から見るともう駄目だ。
戦うとか立ち向かうという選択肢は存在しない。
そもそも、あれらの最大の武器は数であって、全てを駆逐するなど不可能なのだ。
あれらが世界から消えるなら、大嫌いな神にだって縋るかもしれない。
「ユノさんはリリーが守ります!」
リリーはとても良い子だった。
こんな良い子に試練を課す腐りきった神に災いあれ。
10階の門番は初回と同じサイクロプスだった。
ソウマくんの救出時にいたライオンっぽいのは倒されてしまったらしい。
可愛そうに――いや、あまり可愛くはなかったから別にいいか。
「今回は儂が足止めをしてみたいのじゃが?」
さすがにここまで退屈だったのか、ミーティアが私とのポジションチェンジを要求してきた。
いきなり門番戦でという危惧はあるけれど、この程度の魔物で、しかも能力も割れているようなものなら問題はないだろう。
むしろ、緊張感を保つのに良いかもしれない。
それに、今回は倒してしまっても迷宮を調査中の王国騎士がいるので、前回ほど荒れることもないだろう。
ということで、ミーティアの希望どおり、前衛ミーティア、攻撃と補助をアイリスとリリーで、解説が私の布陣になった。
ミーティアは、前回の私と同様に無造作に間合いを詰めると、質量差をものともせずに棍棒を奪い取って、そのままサイクロプスの足を薙ぐ。
システムのサポートの影響か、あっさりと膝を付くサイクロプスと、揺るぎもしないミーティア。
ミーティアはそのままサイクロプスの足を掴んで、バッサバッサと飛び上がって半ば逆さ吊り状態――からの降下でエビ反り状態。
重量的には跳ね除けられそうなものだけれど、サイクロプスは必死に抵抗しているものの起き上がれそうな気配が無い。
勝ち誇ったように手招きするミーティアに合わせて、アイリスとリリーが魔法で攻撃すると、あっという間にサイクロプスは攻略されて宝箱に変わった。
私の苦労は一体?
システムのサポートがある存在の近接戦闘――分かりやすいものを目にしたのは初めてかもしれない。
重心を崩すような動きとか駆け引きは存在しなかった。
ただ、パラメータの優劣によって結果が決まる。
なるほど、地道な訓練など軽視される理由がよく分かる。
今更システムにケチをつけようとは思わないけれど、せめてどれだけ強化や補助が付いているかを分かりやすくしてほしい。
毎回リリーのタックルを往なしたり、アイリスに押し倒されるのに抵抗するのに、力加減が分からないのだ。
ミーティアとの訓練や魔物を相手にするときも同じで、私の50キログラム程度の身体でも、相手の重心を崩せれば、持ち上げたり、投げたりもできる。
そこは以前と同じなので、さほど違和感は感じない。
しかし、与えられるダメージが全く予想できない。
そこは地力と反応速度の差でどうにかなっているのが現状で、かといって気合で身体能力を強化すると結構な頻度でやりすぎになる。
結局、レベルによる能力の補正がどの程度のものなのかが初見では分からないのが問題で、殺してはいけない条件だと、後手に回るしかないのが実情なのだ。
唯一の気休めは、システムの影響下にある人の動作には、本来なら発生するはずの空気抵抗なども発生しない――それに伴う風圧なども一切発生しないので、それで吹き飛ばされる心配がないことだけ。
もちろん、それが吹き飛ばすための動作であったときは、いつも以上に飛ばされてしまうのだけれど。
こんな私に神前試合に出ろというのだから笑えてしまう。
場外負けとかあったらどうしよう?
真剣に、空を自由に飛ぶ方法を検討するべきか?
迷宮でそういう道具が手に入ったりしないだろうか?
それか、相手が即死しなくなる道具。
10階の門番以降もミーティアが前衛を務め、私以上に卒なくこなすミーティアと、私の時以上にやりやすそうにしているアイリスとリリーのおかげで、私はすっかり荷物持ちと化した。
他にも戦利品の回収だとか、宝箱の中身の確認など――一度でも見たことがある物は朔が識別できるので、その結果を聞くなどの仕事をこなしていた。
もちろん、みんなの物理的な憩いの場所になるという重要な仕事も残っている。
決して役立たずではない。
初日は21階まで到達したところで引き揚げた。
最短距離のルートを、戦闘時間は最小に、休憩も最低限に留めると、平均で30分で1層をクリアできるかどうかといったところだった。
もっとも、落とし穴を使っての大胆なショートカットも何度か使ったので、正攻法の攻略ではもう少しかかると思う。
残念ながら、レベルアップのペースは、私が前衛を努めていた時とは比べ物にならないくらいに下がった。
とはいえ、レベルアップによる基礎能力の成長も必要だと思うものの、そればかりでは技術が身につかなくなってしまう。
アイリスやリリーに限って、そこで手を抜くとは思わないけれど、レベルアップだけならいつでもできると考えれば、今は経験を積むことを優先した方がいいだろう。
なお、20階には門番はおらず、探索中の王国騎士団のキャンプ地になっていた。
一応軽く挨拶だけでもとアイリスが話しかけると、彼らも私たちのことは聞いていたらしく、いくつかの情報とともに、快く先へと通してくれた。
彼らの調査は現在25階まで進んでいるらしく、ここまで魔王の痕跡は見つかっていないそうだ。
個人的には、20階が物資の集積場になっているのが気になった。
11階から運んだのでは割に合わないし、20階のポータルから戻る裏技でもあるのかと期待したのだけれど、普通に21階までポータルを使ってから、短距離《転移》しているだけだそうだ。
残念だ。
また、21階でなく20階なのも、集積場としての広さと拠点防衛のための戦闘頻度の問題で、20階なら門番を倒せば少なくとも数日から十数日は安全地帯になるし、再出現には予兆があるので退避も可能。
それに、この階層の門番は攻略法がほぼ確立しているとのことで、ここが選ばれているそうだ。
さらに、ここを抜けなければ階下には行けないため、この機に乗じてさらに奥へ進もうとする冒険者への牽制にもなる。
今後、彼らの調査は30階まで続けられる予定で、その先は打ち切りか、勇者、若しくはアルの協力を得て続行するかどうかの判断を仰ぐことになるそうだ。
恐らく、彼らの捜している魔王とやらは、少なくとも、30階くらいでは出てこないだろう。
きっと、期間のアミュレットとか出されてからが本番だ。
あまりにも気の毒なので、市販のお酒を差し入てれ、「魔王がいれば倒してくるから、無理しないで」と言って励ましておいた。
◇◇◇
迷宮探索2日目。
ミーティアが前衛を務めているので、生半可な攻撃や状態異常は通じず、魔物との戦闘はまるで問題にならない。
というか、有り余っていたポイントを使って新たに覚えたという、対象の動きを遅くしたり拘束する魔法が大活躍。
私の出番はもう回ってこない。
いや、休憩時には大活躍だ。
私は癒し系。
30階の門番は、ソウマくん救出時と同じく死神だった。
作戦タイムもなく飛び込む脳筋ミーティアと、侵入者に呼応して湧き出る能無し鎧。
死神には物理的な攻撃は全く意味をなさないらしく、各種魔法も効果が薄い。
唯一効果が確認できるのは、アイリスの聖属性魔法のみ――聖属性って何だ?
死神から呼び出される動く鎧はいくら倒してもきりがなく、人型のミーティアでは死神の足止めができないので、今までのパターンが通じない。
動く鎧はミーティアが相手をして、リリーが狐火や比較的効果が出る火魔法で死神の行動を妨害する。
そして、アイリスの魔法でチクチク削る。
動く鎧はミーティアが完全に無力化しているけれど、死神の攻撃はリリーやアイリス自身でどうにかするしかない。
といっても、基本的に大鎌をブンブン振り回すか、威力はそこそこあるようだけれど、分かりやすい魔法を使ってくるだけなので、焦らなければ余裕を持って対処できる。
アイリスの不器用さが少々危なっかしくはあるけれど、レベルの高さと相性の良さで、どうにか形になっている感じだろうか。
思いがけず、完全分業という分かりやすい形になった。
もちろん、結果としてそうなっているだけで、攻略法を確立できていない相手に、この形は少々リスクが高いように思う。
とはいえ、これも長期戦を経験する良い機会だと思って、私も積極的に手出しはしない。
危なくなったら止めに入ればいいだろう。
しかし、攻略が作業になり始めた頃、ジリ貧だったように見えていた死神がそれまでの《転移》での回避を止めて、被弾しながらもアイリスに強引に接近すると、その手に持った大鎌を大きく振りかぶる。
ミーティアと目が合う。
「どっちが行く?」
と、目が語っていた。
まあ、普通に考えれば、ミーティアにも対処法のひとつやふたつはあるだろう。
そして、メリットデメリットで判断した場合、まだ見せていないミーティアのものは温存するべきか。
彼女たちだけでの死神攻略はここまでと判断して、アイリスと死神の間に割って入り、私の大鎌で死神の大鎌を受け止める。
領域を纏って殴り飛ばそうかとも考えたのだけれど、迷宮の主にMIBと同一人物だとバレるのもいやなので、不慣れな大鎌を使うことにしたのだ。
ついでなので、鎖も使ってみよう――と、白骨の癖に驚愕する死神に領域を巻きつけ、鎖に置換する。
するとどうでしょう。
あっという間に死神の鎖巻きが出来上がりました。巻く手間いらずのすご技です。
鎖を出してから操るとただの手間でしかないと気づいたので、そう見せる必要が無いならこうした方がいいのだ。
天才かもしれん。
さておき、料理番組のようなナレーションが頭の中に流れる中、どう料理するかを考える。
簀巻きにされた死神は、きつく縛りつけているわけでもないのに、破壊はもちろん脱出もできないらしく、それ以前に魔法も使えなくなっているようで、更にはこちらからの物理攻撃と魔法攻撃も妨害するようだ。
まあ、全く効かないわけではなさそうなので、根気よくやれば斃せそうだ。
とにかく、さすがの死神もこれでは死に体である。なんちゃって。
「ごめんなさい、油断してしまいました……」
「ごめんなさい……」
アイリスが申し訳なさそうに謝罪して、リリーは更に涙目になっている。
謝ることではない。
「まだ戦闘中」
というか、謝る時ではない。
短くそれだけを口にして、止めを刺すように促す。
「「はい!」」
頭の良い彼女たちのこと、油断大敵という良い経験になったことだろう。
相手も生きているのだ――生きているのか?
まあ、生存するためには必死になるものだ。
◇◇◇
「油断すること自体は仕方がないがの。何せ、儂やユノなど慢心の塊じゃしな。じゃがな、儂と戦った奴らは、大体お互いに声をかけ合っておったぞ」
意外にもミーティアが良いことを言ったような気がする。
もちろん、慢心の話ではなくて声かけの方だ。
意思疎通と相互理解。とても大事。
『ボクが思うに、ユノとミーティアは前線で戦う制御不能な人、リリーは遊撃や攪乱をする人、アイリスは指揮官が適役だと思うんだ』
意外なところから新しい方針が示された。
むしろ、このメンバーで戦うならそれが最適解のような気がする。制御不能は余計だけれど。
レベル上げを重要視しない、経験を積むことが課題――とはいえ、こんな実際には運用しないフォーメーションの訓練など意味が無い。
なぜ今まで誰も気づかなかったのか?
2日目の攻略は、反省会と今後の作戦会議もあって、31階到達で終了となった。
死神を斃しきるのに結構時間がかかったこともあるけれど。
余談だけれど、30階の門番の宝箱から、どう見ても布面積の少なすぎる女性用の水着が見つかった。
アイリスが《鑑定》を拒否したので、ミーティアが《鑑定》したそれは、「ビキニアーマー」という名の
性能だけを見れば文句なしの逸品である。
こんな装備があるから、冒険者が変質者になっていくのだろう。
とにかく、残念なことにアイリスは装備を拒否――するまでもなくサイズが合わず、アイリス以上に大きいミーティアは論外で、リリーに着せるのは鬼畜の所業である。
となると、着られるのは私だけになるのだけれど、さきに述べた効果はシステムあってのものであって、システムの恩恵が受けられない私が着るメリットが全く無い。
それでも、冒険者相手には高く売れるだろうというのでギルドへ足を向けたのだけれど、なぜか知った顔がひとりもおらず、職員さんまでもが見たことのない人ばかりだった。
来る場所を間違えたかと思ったけれど、そういうことでもない。
一体、何が起こっているのか?
気味の悪くなった私は、素材や戦利品の売却を断念し宿に戻った。
また公爵の魔の手でも伸びているのか?
いっそ、暗殺でもしておくべきか?