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04 異次元回路

「今年もまた、皆揃って新年を祝えるられたことを嬉しく思う」

 国王陛下の音頭で新年会が始まった。



 この日が来るまでおよそ一か月。

 長かった。

 とにかく長かった。

 こんなことなら、アルスで魔王騒ぎが収まるのを待っていればよかった。


 みんな一緒の生活はそれなりに楽しくはあったものの、自由に部屋から出られないというのはさすがにきつかった。


 それでも、ミーティアですら文句を言わない状況で、私だけが駄々を捏ねるのもはばかられたので大人しくしていたけれど。

 というか、ミーティアにとって一か月など長い時間ではないらしく、むしろ、外に出ない――つまり飛ぶこともない環境なので、昼間からお酒が飲める夢のような環境だったのだろう。


 もちろん、リリーはいつもどおり手の掛からない良い子で、むしろ、この生活を最も喜んでいたかもしれない。

 経験値を稼ぐだけならいくらでも方法はあるしね。

 それに、この生活のおかげか、少しずつ甘えてくれるようになったのは良い傾向のような気がする。


 また、なぜかアイリスがリリーに対抗心を燃やして甘えてきていた。

 しかし、彼女のこれまでの人生はずっと籠の中の鳥だったのだろうし、私たち以上にいろいろと溜まるものもあったのだろうと思うと、邪険にはできなかった。

 もちろん、甘えている時間以外は、いろいろと策を練っていたり、勉強や訓練もしていたけれどね。


 とまあ、理由はどうあれ、ひとり不満を漏らすのは自重せざるを得なかったのだ。



 新年会の会場は王城の一階にある大ホール。

 大きめの体育館ほどの広さのホールに集まっているのは、五十組ほどの夫婦、若しくはそれに類するペア。

 もちろん、皆さん貴族の中でも高い地位にいる人ばかりだ。


 もっとも、会場や警備の都合などもあるので、さすがに全ての有力貴族を集めることはできないらしいのだけれど、その中にはサイラスさんとソウマくんに、その婚約者らしき少女もいた。


 なお、ソウマくんのお相手は、アイリスの妹らしい。

 つまり、紛うことなき王女殿下である。

 ソウマくん、これからの人生大変そうだけれど頑張って。

 というか、ソウマくんたちは、新年会の後に行われる貴族の子女向けのパーティーにも参加しなければならないらしい。

 マジ頑張って。



 アイリスはといえば、国王陛下と王妃殿下の側にいるけれど、私はそこにはいない。

 私の出番はまだ先なので、アルに会場の様子を中継してもらいながら、控え室で出番を待っているところである。

 もちろん、朔の探知能力を使えば中継など不要なのだけれど、手の内を隠す意味でも素直にお願いしている。

 アルは友達だけれど、同時に貴族でもあるので、それはそれ、これはこれなのだ。


 リリーとミーティアは、新年会で振舞われている物と同じ料理を自室で頂いている最中だろう。

 羨ましい。


 なぜか私の所には料理が無いし、出番以降食べる機会は巡ってこないと思われる。

 何かの手違いなのか、それとも何かの配慮なのか。



 さておき、会場では、アイリスの数年振りの出席に様々な憶測が飛び交っていて、一部の人たち――主に男性たちがその美しさに見惚れている。

 中でもアズマ公爵さん――事前に特徴を教えてもらっていたとおり、濃い茶色の下品な長髪に、似非優男風の下品な顔、空気を読めない下品な性格――の人は、何を勘違いしているのか大はしゃぎしている。

 それを派閥の人たちが相槌を打って、ご機嫌を取って、見事な天狗になっている。

 実際には道化だと思うけれど。




「皆、聞いてくれ」

 開会からしばらくして、一段落したタイミングを見計らって、陛下が切り出した。

 参加者の皆さんもそれを待っていたようで、場内は水を打ったように静まり返った。


「気になっている者も多いようだが、ここにいるアイリスのことで報告がある」

 再び会場がざわめきが起こるけれど、陛下はそれが鎮まるのを待ってから再び口を開く。

「儂の出していたアイリスとの結婚の条件は、本日をもって終了とする。これは――」

「ようやく私の申出を認めていただけたのですか! さすがは陛下、賢明なご判断です!」

 陛下の言葉を途中で遮った公爵さんは、大袈裟に両手を広げて陛下の許へ向かおうとしていた。

 何なのこの人?

 貴族的な慣習や作法に疎い私でも、陛下の言葉を遮るのはまずいと分かるのだけれど。

 この人、生まれついての貴族だよね?

 もしかして、勇者の子孫って特権的なものでも持っているの?


「最後まで陛下のお言葉をお聞きになられた方がいいですよ、アズマ公爵」

 そこへアルが割って入って制止する。

 アルの視界を中継してもらっているので、彼の表情は窺えないけれど、声色には存分に疲労とか諦念とかが滲み出ていたように思う。


「貴様、そこをどけ! 私はアイリスの夫となるのだぞ! そもそも貴様、誰の前に立ち塞がっていると思っている――」

 何がどうなってそんな結論に辿り着いたのか分からないけれど、公爵さんは顔を真っ赤にして喚き散らしている。

 まるで瞬間湯沸かし器――というか、アルをそれだけ意識しているのかもしれない。


「勘違いしておる者もおるようだが、アイリスを竜を倒した者にやると言ったのは撤回しておらん」

 状況が理解できずに、いまだに喚いている公爵さんを余所に、その意味に気づいた人たちが再びざわめき始める。

 それからすぐに、侍女さんが私を呼びに来た。

 何だか、想像以上に出て行きづらい雰囲気なのだけれど……。


◇◇◇


 事情を知っている人以外が呆けている中、私は侍女さんから役目を引継いだ王子殿下のひとりにエスコートされて、陛下の許まで堂々と歩を進める。

 この王子殿下は、アイリスの腹違いの兄で、王位継承権が低くて良識のある協力者である。

 なぜか私よりも緊張しているのだけれど、何かあっても貴方のことは守るから安心してほしい。


 なお、私の服装は、一応ドレスを着ているけれど、当然のようにスリットが深くて太ももは丸出しである。その点については、いつものゴスロリ服と大差ない。

 正直、この場では浮きまくっているような気がするものの、姿勢の良さと勢いで押し通す。



「紹介しよう。単独で古竜に勝利し、アイリスを勝ち取った英雄、ユノ殿だ」

 陛下の紹介を受けて、いつものように貴族令嬢っぽい挨拶をする。

 多くの視線が太ももに突き刺さるけれど、もうすっかり慣れた。

 むしろ、そこに囚われて他のアラが見えなくなるなら、それもいいかと思い始めたくらいだ。

 いわゆる視線誘導というやつだ。


 さておき、反応は――みんなぽかんと口を開けて、莫迦みたいに固まっている。

 サイラスさんとソウマくんも同様だ。

 気持ちは分からなくもないけれど、大袈裟すぎる。


 まあ、茶番にしか見えないのは分かるけれど。

 それでも、一端の貴族なら、スルー力も磨いておくべきだと思う。


「しかも、このユノ殿は古竜に勝利しただけに止まらず、驚くべきことにその古竜を従えておる。儂の予想を遥かに超える快挙である。

これでは認めぬわけにはいくまい。先ほど『終了する』と言ったのは、そういった理由なのだ」

 正確には従えているわけではなく、対等の立場の友人なのだけれど、面倒なのでこの場で訂正する気はない。


 それにしても、まるで反応がない。

 もう帰ってもいいのだろうか?


 なお、私の仕事は顔を見せることだけである。


 後のことは陛下とアルがやってくれるそうなので、くれぐれも喋るな、長居するなと釘を刺されている。

 ボロを出すとでも思われているのだろうか?

 いや、この雰囲気ではうっかり何か出しそう。

 とにかく、面倒事が減るのは有り難いので素直に従うことにしよう。



 陛下とアルにアイコンタクトで何かを確認した後、アイリスの手を取って退出しよう――としたところで、ようやく一部が正気に戻った。

 そのまま呆けてくれていればよかったものの、今度は公爵さんが私の進路を塞ぐ形で割り込んできた。


「陛下、お待ちください! これは一体何の冗談なのでしょうか!? 新年だからといっておふざけがすぎるのでは!?」

 莫迦は声だけは大きい。

 しかし、公爵さんの大声で気を取り直した取り巻きの人たちも、躊躇いつつも彼に追従する。


「嘘でも冗談でもない。実際に彼女に連れてこられた古竜に凄まれて、酷い目に遭ったわ。全く、滅多なことを口にするものではないな」

「私もその場にいたが、軽く《威圧》されただけで膝を付きかけた。――軽い気持ちで『確かめてやろう』などと言わなければよかったと後悔したものだ」

 自虐気味に語る陛下に、デレク何とか将軍が続く。

 将軍さんの方は豪快に笑い飛ばすような感じの話し方だったのだけれど、周囲の反応は「「「将軍が笑った!?」」」といった感じのもので、彼が笑うのは珍しいことなのかもしれない。

 だから何なのかは分からないけれど。


「賢明な皆なら、儂と同じ轍は踏まぬと信じておるが」

 将軍さんが作り出した異様な雰囲気に、陛下が止めを刺しにいく。


「あまりにもご無体な話ではないですか! アイリスは私の婚約者だったはずです! それに、その者は女ではないですか! それとも、その女も共に私の嫁にしてもよろしいのですか!?」

 しかし公爵さんには通じなかった。

 嘘の中に少しの真実を混ぜるとそれっぽくなるというけれど、理解不能な論理の中に多少正論が含まれていても理解不能だった。

 なぜに私も嫁にならないといけないのか?

 どういう論理で考えればそういう結論に辿り着くのか?


「私は既にユノ様のものですので、気安く呼び捨てにしないでいただけますか?」

 根回しされている人といない人は、その表情を見れば一目瞭然だ。


 表立って騒いでいるのは公爵さんだけ。

 陛下自身は気さくな人物ではあるけれど、公の場でここまで騒ぐのはまずいのではないだろうか?

 むしろ、彼の堂々とした、何に恥じることもない様子を見ていると、もしかすると、この世界ではこれが許されるのかと思ってしまう。


 しかし、彼を諫めなければいけない立場の人たちは、それを承知の上でスルーしていて、彼が致命的な失態をするのを待っているのだ。

 いや、もう十分に不敬罪とかが成立するのではないかと思うのだけれど、とにかく、みんな何とかしてあの公爵さんを排除したいのだ。


 アイリスも普段ではスルーしそうなものだけれど、挑発のつもりか、若しくはよほどフラストレーションが溜まっていたのだろうか、彼女らしくないきつい言葉で公爵さんを拒絶している。

 というか、アイリスたちから聞いた話は幾分盛っているのだろうと思っていたけれど、それ以上だとは想像もしていなかった。

 取り巻きの方々が大人しいのは王家の威光だと思うけれど、そういう空気すら読めないとは恐れ入る。



「ユノ様には神前試合に出るようにお願いしております。ですので、ユノ様に勝てば、アイリス様も、ユノ様も、そして古竜をも手に入れることができるかもしれませんよ? もちろん、公爵以外のどなたでも」

 アルが公爵さんを煽る。

 公爵さんの目の色が変わって、他にも何人かが興味を持ったようだ。

 貴族はもっと腹芸の上手い生き物だと思っていたのだけれど――いや、細かな表情の動きでも見逃さない私が相手では分が悪いのか。

 まあ、表情の変化は読めても、感情は読めないのだけれど。


 それにしても、わざと話に信憑性を持たせずに、公爵さん以外の反体制派も一掃――とはいかないまでも、炙り出すと言っていたのは聞いていたけれど、そこまで上手くいくのだろうかと、ついさっきまで心配していた。

 普通に考えれば、こんな見え透いた罠に引っ掛かるような間抜けはいないと思う。

 なのに、今のところはまずまず順調。

 むしろ、爆釣といっても過言ではない。


「それと、陛下の命により、私がユノ様との交渉役に任ぜられましたので、ユノ様に御用のある方は、私を通していただくようお願いします」

 そして、アルが私への干渉を遮断して、見事にシナリオどおり。


 しかし、公爵さんは私の進路を塞いだまま、ものすごく気持ちが悪い顔でこちらを見続けている。

 憤怒、嫉妬、情欲――どういう感情を抱けばあんな顔になるのだろう?

 暴れたりするようなら捻っていいと言われているけれど、顔面が暴れているだけという微妙なライン。


「私のところに来い! そうすればグレイよりも良い暮らしをさせてやろう!」

 思考も暴れていた。

 これは買収? それとも引き抜き?

 どちらにせよ、他人の話を一切聞いていない。

 取り巻きの人たちも、さすがに暴走が止まるところを知らない公爵さんを持て余しているように見える。


「アズマ公爵、私の申し上げたことが理解できませんでしたか? ユノ様を手に入れたければ、神前試合で勝てばいいのです。

セブンスターズに名を連ねる貴方であれば、もしかするとチャンスがあるかもしれませんよ? ただ、役職上私は参加できませんので、私との対戦を望まれていたのであれば申し訳ございません」

 アルが参加しないと聞いて、更に多くの貴族さんの顔色が変わった。

 中にはあからさまに安堵したというような表情を浮かべている人もいた。

 もちろん、公爵さんもその中のひとりだ。

 アルが用意したエサを、アル自身が掻っ攫っていく茶番だとでも思われていたのか?


 アルは、私にとっては愉快な同郷人でしかないけれど、実際にアルの力を目にする機会があった人からしてみれば、相当な脅威なのだろう。

 隕石を落とす人なんて初めて見たし。

 少なくとも、リリーの村を襲っていた帝国兵や神殿騎士さんたちでは手も足も出ないだろうし、正しく一騎当千の実力者なのは間違いない。


「陛下、ご婦人方をお送りしてまいりますので、少々失礼いたします」

「うむ。くれぐれも失礼の無いように頼む」

 予想以上に見え透いた罠に掛かりそうな貴族さんが多くて、王国の将来が心配になるけれど、ひとまずはエサとしての役割は十分果たした。


 そうして陛下の了承を得たアルにエスコートされて、アイリスと一緒に会場を後にした。

 公爵さんはというと、忌々しげにアルを睨むものの、間を詰められると素直に道を譲っていた。

 ダサい。


◇◇◇


「あれは酷い」


 部屋に戻って少しは落ち着いたけれど、口に出たのはそれが精一杯だった。

 公爵さんのせいで頭の中がぐちゃぐちゃで、上手く言葉が纏まらない。

 というか、理性が忘れるべき出来事だと告げている。

 私は興味が無いことはすぐに忘れる性質なのだけれど、彼は悪い意味で興味深かった。


「いつもおかしいんだけど、今日はユノがいたからか、更に絶好調だったな。怖いのはあれで、精神異常だと思った? 残念、正気でしたー! ってことなんだよ」

「あれは間違いなく、私もユノも既に自分の物だと思っていますよ。そうなってからの行動が突飛すぎてもう……」

「よっぽどアイリス様を盗られたのが悔しくて、ユノを気に入ったみたいだな。城にいる間は大丈夫だと思うけど、気をつけろよ。莫迦さ加減がレベルアップしてたからな」

 盗ったなんて人聞きの悪い。

 というか、レベルアップでそんなものまで補正を受けるの?

 システムも善し悪しだなあ。


「リリー、あの人嫌いです」

 新年会の様子を中継で見ていたリリーが、なぜか我がことのように憤慨していた。

 子供に見せるのは教育上どうかと思ったものの、危険人物の顔は覚えさせておいた方がいいと見せることにしたのだ。


「魅力がありすぎるのも困りものじゃのう」

 ミーティアがニヤニヤしながら私をからかう。

 ミーティアにとっては、しょせん他人事らしい。

 その上で、私がどんな無茶苦茶なことをしでかすかと、愉しんでいる様子だ。



「それじゃあ、準備はいいか?」

 新年会が終わると、神前試合が始まるまでは自由時間。

『うん、後のことはお願い』

「行き先はどうする? ちょっと遠いところにあるけど、絶好の場所にお前らの家を用意したけど」

『それはちょっと興味があるけど、アルスで。アイリスのギルドの登録とかもしないといけないし』

「分かった。俺も2、3日して落ち着いたら合流する。現地には連絡入れてるけど、あまり無茶するなよ。じゃあ、行くぞー」


 アルの《転移》魔法で、若干の気持ち悪さを経て、あっという間にアルスの端に到着した。



 今日から神前試合の直前まで、迷宮を探索する。

 私ひとりで行くことも考えたけれど、目的は最深部に何があるかを調べることだとか、迷宮の主との接触にある以上、戦闘くらいしか能のない私ではあまり役に立たない。

 そのためにアイリスについてきてもらうのだけれど、そうなると1階からのスタートになる。

 まあ、みんなでレベル上げをしながら行くのもいいだろう。

 それでどこまで潜れるかは分からないけれど、後々そのレベルが活きてくるかもしれないし、少なくとも無駄にはならないはずだ。

 他には特にこれといった方針はないけれど、時間は有効に利用しよう。

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