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03 軟禁

 久し振りの親子の再会ということもあって、積もる話は尽きなかったようだけれど、予定の時間になったということでお開きになった。

 王にも重要な仕事が山ほどあるらしく、いつまでも私たちに時間を使えるわけではないらしい。



 陛下自らに先導されて、王城内にある魔道研究所とやらに向かう。


 仕事はどうした?


「陛下、お仕事があるのでは?」

 アイリスも同じことを思ったようだ。

「明日から頑張る。それより、なぜパパと呼んでくれない?」

 この国、大丈夫なのかな?


「ま、それは冗談だ。今日は何があってもいいよう、一日空けておったのだ」

「それどころか、遺書まで準備していたのよ? 無駄になって良かったわあ」

「儂が寛大で良かったのう」

 ああ、もしかして、ミーティアに報復されるとでも思っていたのか。

 普通に考えれば、ミーティアに報復するつもりがあれば、いちいちこんな機会を待つ必要が無いのだけれど。


 とはいえ、慎重なのは悪いことではないし、そんな理由でも付けなければ休みも取れないのかもしれないと、好意的に解釈しておこう。


◇◇◇


 途中ですれ違った人たちはみんな、まず陛下と殿下の姿に違和感を覚えるようで、二度見三度見していたけれど、後に続くアルや私たちを見て思考が止まる。

 というか、私がガン見されている。

 まあ、王城内で冒険者を見る機会などないのだろうだし、私のゴスロリ服にミーティアの踊り子っぽい衣装などは珍しいのだろう。


 王城内で働いている彼らは、エリート中のエリートなのだろう。

 それでも、国のトップと国内でも指折りの実力者が、私たちのような異分子を引き連れているのが理解できないのかもしれない。

 ただ、一時停止してもすぐに再起動して、何事もなかったかのように取り繕えるのはさすがだといわざるを得ない。

 スルー力が高すぎる。




 魔道研究所に着いてすぐに、陛下の姿を確認した職員さん――恐らくお偉いさんたちが、少々訝し気な様子で出迎えに来る。


 こういう、社長の抜き打ち視察みたいなのは、現場の人は困るらしい。

 亜門さんの会社の社員さんたちがそんなことを言っていた。

 出迎えたり話しかけられたりで作業の手は止まるし、そうでなくても気が散るらしいし。


「そういうわけだ。この者たちに協力してやってくれ」

 そして、開口一番これである。


「陛下、それでは何のことなのか分かりません」

 アルはスルーできない人だった。

 いや、この状況ではこの対応で正解なのは分かる。

 突然現れた国王陛下に、ひと言そう言われて困っている所長さんと、研究者のお偉いさんらしき人たちへのフォローは必要だろう。

 それに、フォローするにもそれなりの能力というか、権力が必要になるので、そうなると、王妃殿下かアルしかいない。

 しかし、王妃殿下は若返ったことで舞い上がっているのか、国王陛下の若かりし姿にときめいているのか、「あらあらまあまあ」しているだけなので役に立ちそうにないので、やはりアルしかいない。


 さておき、目上の人がフランクなのは有り難いのだけれど、目下の人からするとリアクションに困るタイプの冗談だった。


「アルフォンス、説明できる範囲で説明してやってくれ」

 そして、ウケなかったので拗ねたのか、それとも面倒だったのか、アルに丸投げしてしまった。

 どこの世界でも中間管理職って大変だね。



 しばらくして、大雑把な説明が済んだところで、所長さんは頭を抱えてしまった。

 いくら陛下の命令とはいえ、理由は伏せたままに、こんな小娘相手に長年の研究成果の全てを差し出せというのだから無理はない。

 しかも、私の紹介は、先日の召喚に巻き込まれた日本人とまでしか説明されていないし。


 話の上では純然たる被害者だけれど、陛下自らが帰還に全面協力しろと言うなど、裏があると考えるのが普通だろう。

 何らかの理由で王が脅されているとか――これはあながち間違いではないけれど、脅したのはミーティアだ。

 他にも出家したはずのアイリスがいるとか、アルがいることも疑念や不信感を煽る要因かもしれない。


 渋る所長さんへの最後のひと押しは、所長さんが私に目を向けた際に、折り目正しく頭を下げたからだろうか。

 この世界の礼儀作法はよく知らないけれど、姿勢の良さや所作の美しさはこの世界でも有効らしい。


 それからの所長さんは、アルとものすごい早口でやり取りして、何とか短時間で話が纏まった。




 それでも、情報は提供してくれるけれど、さすがにレポートなどの物的な形は無理だとのこと。

 これは、扱っている情報の重要性を考えれば当然だろう。


 そこでアイリスのアイデアで問答形式を取ることになった。

 突然のことで詳細な情報までは無理だと思うけれど、それでもこれほど早くチャンスが巡ってくるのは幸運だ。



 とりあえずは、召喚術のコスト、リスク、条件付けのできる範囲、前回の顛末。送還の可能性について訊いてみた。


 とはいえ、具体的な召喚方法などには触れていない。

 今のところは必要無いし、そこまでの信用も無い。


 召喚に必要なコストは魔力で、勇者を召喚するための魔力は個人はもちろん集団でもそうそう賄える量ではないため、大量の魔石を用いること。

 基本原理は完全にシステムに依存しているため、現状ではほとんど解析できていないこと。

 現在判明している範囲では、魔力の不足、又は過剰供給、他にも多種多様な要素で暴走して、ときに甚大な被害を齎すこと。

 条件付けは、年齢や性別など、召喚時点で決まっていることは指定できること。

しかし、能力などの定まっていないものについては、指定はできるものの効果は保証されない。

 また、召喚適正とは、元の世界に未練が少ないとか、こちらの世界に高い順応性を持っていることだそうだ。


 前回の儀式は、ある研究員が乱心して召喚条件の一部を改竄したとして処理されている。

 しかし、その研究員に指示を出したのと疑われているのがアズマ公爵の派閥の貴族だったため、背後関係を調査している最中である。

 なお、実行犯は、事が失敗と判断した瞬間、魔物化――異形と化して暴れた末にアルに捕らえられた。


 人間や動物の魔物化は割とポピュラーな邪法で、手軽に実行できるというメリットと、理性を失うとか、元に戻すことがほぼ不可能という都合の良さゆえに、テロリストの常套手段となっているそうだ。

 最後に、送還の可能性は不明だそうだ。異世界へメッセージを送る実験は何度か試みられたものの返信が来ないので、届いているかどうかも分からないとか。


 なお、魔物化した研究員は表向きは処刑されたことになっているけれど、実際には捕らわれたままらしい。

 可能性は低くても、理性を取り戻させて証言を得ることができれば、アズマ公爵を追及する口実となる、と期待してのことだとか。


 他に手がなければ、私がその研究員の記憶を奪ってしまう手もあるけれど、魔物化しても知識や記憶が残っているのかどうか、それ以上に能力がバレる可能性を考えると割に合わない。

 そもそも、召喚魔法自体がシステム依存のものである以上、私には使うことができないので、私ひとりが先走ってもどうしようもない。


 そして、肝心の送還の可能性は、ゼロではない。

 とはいえ、それは彼らが私を召喚していた場合の話であって、送還先をどう特定するか、送還の成否をどう確認するかなどなど、問題が多すぎて、現実的な確率ではない。


◇◇◇


 今日の予定が終了すると、城内の客間のひとつに案内された。


「召喚術の解析は望み薄じゃな。まさか、全く解明されておらんとはのう」

 そこでひと息ついたところでミーティアが零した。


 リリーは最初からこの部屋でアルの奥さんたちに面倒を見てもらっていたのだけれど、慣れない環境だったからか、猫可愛がりされたからか、疲れ果てていていつものように飛びついてくることはなかった。

 天井知らずに強くなってくるタックルには少し困っていたけれど、なければないで少し寂しい。


『神でも捕まえて、直に訊くしかないね』

 冗談ぽく聞こえるけれど、それができれば手っ取り早い。

 実在するなら本気で探してみてもいいのかもしれない。

 他に手段が無くなればだけれど。


「いくつかお願いをしてはみましたが難しいでしょうし、後は湖の地下迷宮でしょうか。噂の域を出ませんが、最奥に大魔法使いがいるという話もあったそうですし」

 アイリスの言うお願いとは、過去の勇者の遺物――携帯電話を使っての実験だろう。


 召喚魔法を行う際、電波的に繋がっているのかどうか。繋がっているのならそれを利用した情報収集や、特に私のいた日本の特定と、特定世界を繋ぐ再現性の確保など、いろいろな実験ができるようになる。

 これは彼らにも益のある実験だと思われるけれど、勇者の遺物となると希少なので、ホイホイ行うわけにもいかないのだろう。

 とにかく、今すぐ役に立たなくても、先のことを考えていろいろと布石を打っておくくらいしかない。


『国内は手詰まり、地下迷宮は年明けから。今できることは少ないし、ボクとしては図書館とかあれば行ってみたいんだけど』

「そうですね、手配しておきます」

 確かに、状況は朔の言うとおりで、知識を身につけておくことも重要だけれど、図書館は苦手だなあ……。

「そういえば、神前試合ってどんな感じなの? アイリスは知っているの?」

「言葉どおり、神様の前で行う試合です。神様に武勇を奉納するのが目的で、新年の祭事として行われます」

 神が本当に見に来るわけじゃないよね? いや、来たら捕まえるチャンスなのか?

「ルールとかはどこかで確認できる?」

「参加前に神様に宣誓するくらいで、特にルールはありません。卑怯な手段も使えますが、神様の御前で行うのですから、自らの誇りと名声と引き換えです」

 神に宣誓することが、何の担保になるのだろう?

 アイリスはたまにおかしなことを言う。

「ユノの出場する試合は、新年最初の興行として貴族平民問わず参加できますので、参加人数次第で方式が変わります。基本的に貴族と平民は別グループですが、貴族の名代として貴族グループに平民が出ることはありますので、詳細は直前にならないと分かりません」


 またもや待つことしかできない状態らしい。


 以前と違うのは、アイリスが合流したので守りやすくなったこと。

 そして、情報の漏出を防ぐために軟禁状態にあること。


 事前に申請すれば外出もできるそうだけれど、護衛をゾロゾロつけられても困るし、観光でもショッピングでも趣きがなくなってしまう。

 王都観光を楽しみにしていただけに、地味にショックだった。


 もちろん、用意された部屋は、アルスの旅館に勝るとも劣らない立派なもので、何不自由はない――不自由だけれど、生活する分には申し分ない。

 何かあればアルを呼べと、専用の通信珠を渡されたけれど、少し部屋の外に出るだけでも彼を呼ばなければいけないとなると、非常に忙しそうにしている彼に余計な負担をかけるのも申し訳ない。

 そもそも、事情を考えれば軟禁も致し方ないのだ。



 観光はまたの機会にするしかないとして、私の扱いは、他国の王レベルのものにされるらしい。

 どういうことかとアルを問い質したところ、貴族的な付き合いなどは無いので安心していいとのこと。

 単に、食事などの質と、アルを小間使いにするための名目のようなものらしい。

 一応、王国側は王国内での私の活動に最大限の配慮をして、私は王国側の要求に誠意をもって応える――と、私の自由を最大限確保した上で、私の目的に適う条件を勝ち取ったのだとか。

 ミーティアが「嘘くさい」と言っていたことから、他にも意図があるのは確実だけれど、アルの言っていることも全てが嘘ではないのだろう。


◇◇◇


 暇になると余計なことを考えてしまうのだけれど、身体を動かして発散することもできない。

 自由に部屋から外へ出られないし、出たとしても行動範囲は限られている。

 新年会までは目立ってはいけないので、兵士用の広い訓練場も利用できない。

 当然、室内では大がかりな訓練はできない。


 部屋の中でできる訓練――普通に勉強するくらいしかできない。

 図書館仕様の申請も、アイリスを通じて持ってきてもらうだけで、部屋から出ないように配慮されていた。



 そして、当てにしていた町の散策ができないので、肝心のクリスマスの用意をすることができない。

 この世界にクリスマスがあるのかどうかは別として、アイリスは元日本人だし、リリーにもそういうお楽しみイベントは必要かと思っていたのだけれど、プレゼントもケーキも用意できそうにない。



 無ければ作るしかない。


 ひとまず、迷宮で拾ったアクセサリーなどにひと手間加えた物を贈ろうと思ったのだけれど、これがまた難しい。

 道具を使うことはできないし、道具を使わなくても力加減を間違えると普通に壊れるし。


 同時に、ケーキを出す魔法の開発を試みる。

 たい焼きが出せるのだから、ケーキを出せても不思議ではない。


 むしろ、アクセサリ制作よりは容易ではないかと思える。



 ただ、サプライズイベントにするためには、みんなの目を盗んでする必要がある。

 もちろん、部屋は充分な広さがあるとはいえ、同じ部屋の中での作業は困難を極めた。


 そういう意味では、匂いのしないアクセサリ制作の方がやりやすく、加工方法も侵食を活用することで活路が見えた。

 しかし、侵食は条理を逸した改造というか改変ができる反面、具体的なイメージを持っていないとアクセサリが虫とか臓物になることがある。


 なぜだ?



 そんな理不尽にも負けず、モノになりそうな物をいくつか作ることに成功した。

 残念ながら、あまり複雑な物は作れず、魔法の効果なんかは全て失われてしまうけれど、装飾に神の秘石でも嵌めておけば代わりになるだろう。

 まだ時間はあるので、更なるクオリティアップを目指して、何事もできることからコツコツと、だ。


 しかし、ケーキの方は残念ながら早々に諦めることになった。

 クリスマスケーキから最初にイメージできたのがなぜかクリスさんだったので、どうにも嫌な予感がした。

 なので、アルに買い出しを頼んだ。

 強行しようものなら猟奇的なケーキが出来上がるに違いない。

 再挑戦はほとぼりが冷めてからだ。


◇◇◇


 クリスマスも近づいたある日、作り貯めておいたアクセサリーの選別をしようとしたところ、なぜか数が減っていた。

 不思議に思ってしばらくじっと眺めていると、残っていたアクセサリーがもぞもぞと動き出したと思うと喧嘩を――共食いを始めた。


 我が目を疑った。


 一度取り込んで再度取り出してみると、先ほどより更に数が減っていて、今度は出した瞬間に共食いを始めた。

 明らかにパワーアップしていた。


『これ知ってる。蟲毒ってやつだ。残った一個が呪いのアクセサリーになるんだ』


 精魂込めて作ったのが駄目だったのか?

 魂が込もってしまったのか!?


 なぜだ。

 魂って、そんなに雑に創っていいものなのだろうか?



 結局、作り直すにしても時間が足りず、作ったとしても、あんな危険なものを渡すわけにもいかないので、プレゼントもアルに頼ることになった。



 恐縮しながら頼んだ時の、「そうなると思ったから買っといた」というアルの言葉が胸に刺さった。


 それでも、アイリスにリリー、意外なことにミーティアも喜んでいたので、やって良かったのだろう。

 というか、私もアルから貰った。


 家族以外から何かを貰ったのは初めて――いや、男の知り合いからのラブレターという名の怪文書は貰ったことはあるけれど、貰って嬉しく思ったのは初めてだ。


 ちなみに、アルから貰ったのはギルドカードを入れるパスケースのような物だった。

 彼の稼ぎからすれば――彼でなくても安い買い物だと思うけれど、こういうものは値段ではなく気持ちの問題なのだ。


 というか、模擬戦の後でちょっと見せただけなのに、ギルドカードを裸で持ち歩いていたことを覚えていたとか、なかなか目端が利く。

 さらに、リリーとミーティア、もちろんアイリスにも、私から改めて贈ってあげれば喜ぶだろうとアドバイスもくれた。

 何この気遣いの達人?

 これができる男の実力なのか。

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