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01 継続は力

 人生において、一大イベントといえば何を想像するだろうか。


 答えは人それぞれではないかと思うけれど、多くの人は、進学や就職、結婚やマイホームの購入などが思いつくのではないだろうか。


 なるほど、それらは確かに努力や運、そして思い切りの良さなどが必要なことで、それを境に人生が一変することもあるのだろう。


 しかし、会社帰りに異世界に拉致されたり、頼んでもいないのに若返ったり、竜と戦ったりを経験した私には、もう何も恐れるものなど無いと思っていた――

いや、虫とかグロテスクなものとかいっぱいあるな。


「ご無沙汰しております、陛下」

「うむ、久しいな、アイリス。息災のようで何よりだ。しかしな、アイリス。――公の場ではないのだし、陛下は止めてパパと呼んでもよいのだぞ?」


 遂にこの日が来てしまった。

 アイリスパパに――ロメリア王国国王陛下にご挨拶の日が突然やってきた。


◇◇◇


 暦は12月に変わったばかり。


 予定よりも随分早いけれど、国王陛下自らの目で私たちを確認したいとのことで、アルが迎えに来た。


 どのみち、魔王騒動の影響でアルスでの活動は行き詰っていたし、予定より早くアイリスとも合流できるので、こちらとしては好都合だった。

 なお、魔王騒動についてあれこれ追及を受けたけれど、私には心当たりが無いことと、迷宮に監視者がいることを丁寧に説明して納得してもらった。


 さておき、ミーティアは嫌がるかもしれないけれど、のんびり馬車での旅というのも悪くはないかもしれない。

 どうせ、時間もあるし、お鍋をかき混ぜる毎日に飽きていたしね。


 などと考えていたのだけれど、王都まではアルの《転移》魔法で一瞬だった。


 残念だ。

 空気を読まないアルにもがっかりだ。


 せっかく日本人を辞めて異世界貴族になったのだから、余裕とか遊び心を大事にしないといけないと思う。


 もちろん、そんなことはおくびにも出さず、「《転移》ってすごいですね」とだけ言っておいた。

 その結果、一時間近くも得意気に時空魔法の蘊蓄を語られた。

 得意なことになると、急に饒舌になるタイプかな?


 聞いても分からないので華麗に聞き流していると、なぜか国王陛下との面会が待っていた。

 こういうのは突発イベントにしちゃ駄目だと思うの。


◇◇◇


 国王陛下は想像していたよりも遙かに若くて、四十歳前後に見える。

 肉体的には、細身だけれど筋肉もしっかりついている細マッチョ。

 ただ座っているだけなのに、お飾りには見えない威厳がある。


 そして何より、アイリスの親だとはっきりと分かる整った顔立ちに、強い意志を宿した目が印象的だ。

 何というか、正に絵に描いたような王様だ。


 ただし、その意志はアイリスを前に少し暴走している感じがある。

 変なところまでそっくりだ。

「では、お父様。こちらが先にお話したユノ――ユーリ様で、その隣が古竜のミーティア様です」

 そして、なぜかミーティアまでこの場にいる。

 婚約者の両親への挨拶に、友人を同伴する人はなかなかいないのではないだろうか?

 もっとも、ミーティアの同伴は先方からの申入れだけれど、ミーティアも王様にひと言物申したいらしく、快諾していた。

 面倒事にならなければいいのだけれど。


 国王陛下の横には、王妃――敬称は殿下になるのか? とにかく、アイリスの母君と、その両サイドに、アルと見知らぬおじさん――デレク何某さんとかいう将軍様も立ち会っている。


 なお、リリーは別室でアルフォンスさんの奥さんたちが面倒を見てくれている。

 リリーは私と離れるのを嫌がっていたけれど、こんな堅苦しい場よりはマシだろう。


「パパと呼んでよいのだぞ? ――と、彼がユーリか。変装をしておると聞いたが、今の姿も変装か?」

 パパ呼びに拘る王が、アルに向けて問うた。

 何だったか、礼儀的に直答するのは駄目なんだったか? そもそも、礼服も着ていないのだけれど?

 というか、礼儀云々の前に、見た目だけなら文句なく王様なだけに、呼び方に拘る姿に哀愁を感じてしまってそれどころではない。


「いえ、陛下。これが彼の素顔です」

 この世界では髪の長い男性も珍しくないので、改めて髪を切ったりまではしなかった。

 現に王様も、綺麗なピンク髪が肩まで届いていて、よく似合っている。

 アイリスはパパ似らしい。


「まあまあ、女の子のように――いえ、女の子より可愛らしい方ですのね。少し予想とは違っていたけれど、これならアイリスに並んでも見劣りすることはないわねえ。むしろ、アイリスが頑張らなくっちゃね」

「はい、お母様。ユーリ様ほど美しい方はこの世界には存在しませんので、それに釣り合うよう努力していくつもりです」

 アイリスの母君は、少しおっとりした感じの喋り方の、金髪の美しい女性で、アイリスのお姉さん――と紹介されても疑わないほど若々しい人だった。

 それよりも、アイリスの惚気のような何かがこそばゆくて仕方がない。


「確かに、今までに見た何よりも美しいのは認めよう。アイリスと並ぶと絵になるのも認めよう。しかし、アイリスと結婚するだと!? 他の男にアイリスを奪われるなど、断じて許せぬ!」

 それは魂からの叫びだった。

 私も妹たちやリリーに彼氏ができたら似たようなことを言うつもりなので、気持ちはよく分かる。


「陛下、気持ちは分かりますが落ち着いてください!」

「そうよぉ、元々はあなたが言い出したことでしょう? いずれはアイリスもお嫁に行くのだし、それがアイリスが望んだ方なら言うことはないでしょう?」

 王妃殿下の方は容認派のようだ。


「分かっておる……。分かっておってもやり切れんのだ……。まさかあのような条件をクリアする者などおらんと思っておった……!」

 魂が揺らぐレベルで後悔している……。

 ここまで必死だと、何だか私が悪いことをしたみたいな感じになってくる。


「クリアしても、複数でのものなら難癖つけて有耶無耶にするつもりが、まさか単独でとは……。其の方、本当に竜を倒したのか? 今なら嘘でも許してやるぞ?」

 何かどす黒いものをぶちまけ始めて、この期に及んで抵抗する王様がいた。

 それだけ娘を溺愛していたということは理解できるけれど、あまりしつこいとミーティアとの戦いを穢されているような気がして、気分が悪くなってくる。


「お父様は、私がこの目で見たことも信じてくれないのでしょうか?」

「あの公爵家の息子――いえ、もう当代でしたか。あれに取られないと思えば、それだけでもよいではないですか」

「陛下、あまりおふざけが過ぎるようですと、英雄を失いますよ? それどころか、彼女――彼がその気なら力尽くで奪うことも可能なのですから、程々にしてください」

 駄々を捏ねる王様を、王妃殿下とアルが宥め、将軍さんは知らんぷりで彫像のように直立不動を保っていた。

 私はこうはならないように気をつけよう。


◇◇◇


「取り乱してすまなかった。私がアイリスの父であり、ロメリア王国の国王、【ウィリアム・L・ロメリア】だ」

「アイリスの母の【クローディア】よ。よろしくね、可愛らしい英雄さん」


 国王陛下は、王妃殿下とアルに宥められたことでようやく落ち着きを取り戻したのか、改めて何事もなかったかのように仕切り直していた。

 いや、アイリスに一切相手にされなかったからか、少し拗ねている感が残っている。


 しかし、あの状況では仕方ないとはいえ、目上の人に先に自己紹介されてしまった。

 というか、もう自己紹介とか喋っていいの?


 アルに目配せをしてみたところ、無言で首肯されたのでいいのかな?

 よく分からないけれど、いっとくかー。


「ユーリです。アイリスさんとお付き合いさせていただいています。――心ばかりの品で恐縮ですが」

 私も姿勢を正して――いつも正しているので気分の問題だけれど、とにかく挨拶をして、自家製のたい焼きをお土産に渡す。

 とりあえず、何か間違っていても勢いで押し通そう。


「儂がミーティアじゃ。ユーリの友で、貴様らに勝手に賭けのダシにされた銀竜じゃ」

 ミーティアが翼や尻尾を出して猛――竜アピールする。

 マウントを取りたいのは分かるのだけれど、今は自重してほしい。


「――ミーティア殿、こちらの勝手な都合により迷惑をお掛けしたことを心より謝罪する。何か要望があるのなら、できる限り応えるように配慮するので、容赦してはもらえないだろうか?」

 程度の差は分からないけれど、同じように《威圧》されて怯んでいた神殿騎士さんたちよりは肝が据わっているといってもいいか。

 そして、自分たちの手に負えない存在に手を出した代償を理解して、瞬時に切り替えられるのは、さすがに王の器だというべきか。

 好意的に解釈するとそんな感じ。

 客観的に見ると、顔色が悪くなっていて、少し膝が笑っている。


 何とかしてあげたい気持ちはあるのだけれど、当事者であるミーティアの意思を捻じ曲げたくもない。

 最悪の状況になりそうなら、私からお願いしてみよう。


「そうじゃな、まずはひとつ。勇者召喚の情報を寄越せ。ふたつめは、この茶番をさっさと終わらせよ。最後に、――身の程をわきまえろよ? 小僧」

 最後の台詞と共に、《威圧》の段階を引き上げた――のかな?

 アルは何とか踏み止まっていたけれど、国王陛下と王妃殿下は腰を抜かして尻もちをついて、真っ青になって震えている。

 粗相していないだけでも立派な感じ。

 デレク何某将軍さんも踏み止まっていたけれど、口が大きく開いている。

 もしかすると、顎が外れているのかもしれない。


 残念ながら私には何も感じない――何となく雰囲気でそうなのかな? と推測しているだけで、彼らのように大袈裟にリアクションを取るような何かは本当に感じない。

 もしかして、私は鈍いのだろうか?


 しかし、私の五感はかなり鋭敏なはずなので、これもシステムの効果なのかもしれない。


「まあまあ、落ち着きたまえよ。私のために怒ってくれているのは嬉しいけれど、暴力じゃ何も解決しないよ?」

「何じゃその口調は? 内容と併せて、何か腹立つのう」

 今度は私がミーティアを宥め、アイリスとアルが国王陛下と王妃殿下を介抱するのを待つことになった。




「見苦しい姿を見せてすまなかった。――ミーティア殿の要求は全て呑もう。ふたりの交際も認める。ただし、いくつかの条件を付けさせてもらいたい」

 国王陛下と王妃殿下は、想像していたよりも早く復活した。

 まあ、ミーティアも本気で脅してはいなかったのだろうし、あの程度で済んでよかったと思うべきなのだろう。


 それよりも驚いたのは、条件付きとはいえ、こちらの要求を丸呑みしたことだ。

 アイリスの予定とは違う形だけれど――アイリスが不満そうな顔でミーティアを睨んでいて、ミーティアはなぜか勝ち誇った顔をしていた。

 何をやっているのだろう?


「まずは召喚術の情報だが、先に一部を開示する手配をしよう。また、必要があれば研究員にも協力させよう。ただ、召喚術に新たな展開が見えた場合は、我々にも報告すること」

 思ったより早く機密に触れられるのはラッキーだし、朔もそれくらいの条件なら構わないと言っているので首を縦に振る。


「それ以上の情報と、アイリスとの結婚――婚約発表については、1月5日の新年会以降とする。また、1月20日から開かれる神前試合に出場すること」

「神前試合ですか? 理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

「アイリスと結婚する条件の、竜を倒せるだけの実力を皆の前で証明してほしい。もちろん根回しは行うが、恐らく何人かは納得しないし、場合によっては土壇場で裏切られるだろう」


 恐らく、アズマ公爵の派閥のことを言っていて、その対策の一環なのだと思う。

 反対派にも機会を与えて、その上でそれを叩き潰せということだろう。


 しかし、私の力はそういうことに向いていない。

 私の体術は、玄人好みの非常に地味なもので、ミーティアやアルのように、派手で分かりやすくはできないのだ。

 いや、領域を展開してもいいのなら派手にやれるけれど、今度はやりすぎになると思う。


「よって、誰の目にも明らかな形で実力を証明する必要がある。名目上は、な。それとユーリ、お前の変装とやらを見せてもらえるかね」


 名目上――という言葉もあることから、陛下も私が本気で戦えないことは聞いているのだろう。

 とにかく、どんな形でも、勝てば後は王国側でどうにかしてくれるということかな?


 しかし、今更変装を見てどうするのか――もしかして、魔王騒動の容疑者として面通しか?

 いや、あの時は顔は出していないし、アリバイも完璧だったはずだ。

 しかし、渋ると疑いを深くさせかねない。


「変装といってもこの程度ですが、ユノと名乗っていました」

 そう言ってユノの偽装を施す。

 チョーカーを着けて、朔が服を変化させるだけなので一瞬で終わる――のだけれど、最近の朔は、私に妙なエフェクトとポーズを付けて変身させたいらしく、あの手この手で私をプロデュースしようとする。

 変な――というと作者に失礼だけれど、漫画の見すぎである。


「ほう、これは――なるほど、アイリスの連れてきた『男』という認識でなければ危なかった。いや、性別など些細な差か……」

「あらあら、まあまあ!」

 私としては、そんなに驚くほどは変わっていないと思うのだけれど、他人の反応を見る限りでは、私の認識の方がおかしいのかもしれない。


「その変装はこれからも続けてもらおう」

「はっ!?」

「お父様、何を!?」

「もちろん、ふたりきりのところでは解除してもらって構わない」

 なぜそんな話になるのだろう?

 これには朔も首を傾げている。首はないけれど。



「竜の目もあることだ、正直に話そう。もちろん、アイリスのためだ」

 娘のためと言いつつ、娘の婚約者に女装をさせる――意味が分からない。


「アイリスはお前を独占したいのだろうがな、お前が男子である限り、そうもいかんのだ」

 アイリスが何かに気づいたように、「あっ」と小さな声を上げた。

「間違いなく、あの手この手でお前に嫁を押しつけようとする者が大勢出る。断り続けたとしても、お前たちの子にまで累が及ぶだろう。それほど英雄という称号の意味は重いのだ」


 この国では一妻多夫は認められていないそうで、女性同士では子供もできないのだとか。

 なるほど。

 え、後者は普通じゃない?


「だが、お前が女だと、自分より弱い男は嫌だと言ってしまえばよいのだ。それでも手を出してくるなら返り討ちにすればよい。つまらぬ権力やら派閥やらの思惑の入り乱れた権謀術数よりは、そちらの方が得意だろう?」


 ミーティアに目を向けると首を縦に振る。

 嘘ではないということか。


 この件では、朔は役に立たない。

 朔は私の女装に――いや、私で遊ぶことに肯定的だからだ。

 そして、私にもよく意味が分からないので、アイリスやアルの反応を窺うしかない。


「――お父様、ありがとうございます!」

 アイリスももう駄目みたいだ。


 しかし、この理屈で拒否した場合、アイリス以外にも嫁が欲しいというアピールになってしまうのだろうか?

 当然、アイリスを悲しませることは望んでいないので、アイリスがいいなら割り切るしかないのか?

 まあ、女装も最近は慣れたどころか快適さまで感じていたので、悲しいことに抵抗もない。


「私は、アイリスを娶る条件は竜を倒すことだと言った。そこには身分も年齢も、そして性別も条件はつけておらん。ホーリー教で信仰されている愛と豊穣の女神様も、愛の形の多様性を認めておられる。もっとも、法では同性婚は認めていないがな。国として実益を優先せねばならぬ以上、こればかりはどうしようもないが、とにかく何も心配することはない」

 さすがアイリスの父というべきなのだろうか。言葉遊び、強い。


「それに、娘を取られるのは嫌だが、娘が増えるのは大歓迎だ! パパと呼ぶがよい!」

「そうねえ、私もユノちゃんみたいに可愛い子が娘になると思うと嬉しいわ。もちろん、ユーリ君も可愛かったのだけれど」


 何だか綺麗に纏まったかのような感じで、アルとデレク何某将軍さんが拍手していて、ミーティアがまたも首を縦に振る。


 本気か?

 というか、正気か?


 この世界の人はみんなどこかおかしい。


 そんなわけで、私のユノとしての生活はまだ続くらしい。

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