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幕間 アルフォンス・B・グレイ

誤字脱字等修正。

――第三者視点――

「不可能です」


 アルフォンス・B・グレイは、ロメリア王国王城にある王の私室で、銀竜を従えた少女の調査報告を行っていた。

 なお、アルフォンスはユノが男であることは知っているが、ユノを「男である」と説明した際に、正気を失わせるほどの美貌を説明できないと判断して、女性として扱っている。


 むしろ、当人的には「男の娘もいいかな」などと思い始めている辺り、かなり汚染されている。



 さておき、アルフォンスは、この報告に先立って、既に書面による報告は行っていた。


 しかし、その内容が先ほどの返答同様、王の望むものではなかったことが呼び出しの原因だった。


「地位や名誉に興味は無く、金では動かん。力では敵わない――最悪ではないか。本当にお前でもどうにもならんのか?」


「無理です」


 王とアルフォンスのこのやり取りも、何度目になるか分からない。

 王にとっては、それだけアイリスを馬の骨に取られたくないのだが、アルフォンスには「相手が悪い」としか言いようがない。



 アルフォンスの受けた印象では、ユノは規格外の可愛らしさで、守ってあげたくなるような可憐な少女であると同時に、どんな魔物よりも恐ろしい怪物である。


 《瞬間移動》をレジストし、禁呪の《時間停止》はエラーを起こし、《流星》も受け止めに行く。


 システムの恩恵を受けていないとか、システム依存の魔法が使えないとか、道具が使えないといった弱みはあるものの、それを補って余りある戦闘能力を有している。


 それこそ、彼が以前討伐した名もなき魔王などより、よほど魔王に相応しい。

 綺麗なバラには棘があるとはよくいったもので、迂闊に手を出せば滅びを与えてくる彼女は、一体どんな花を咲かせているのだろうか。



 戦闘面以外でも、気を抜けば魅了されてしまいそうになる美貌に、胃袋どころか魂を掴まれそうな魔法の料理。

 話が通じるように見えるのが救いだったが、何となくすれ違っている感もあり、どこまで通じているのかは謎だった。



 アルフォンスが彼女と話していて気がついたのは、彼女に興味があるのは日本に残してきた妹たちのことだけ。


 友人であると自ら言った銀竜ですら、必要なら殺すと言い切った。

 むしろ、友人だからこそと。



 アルフォンスは悟った。


 こいつ、ヤベー奴だと。


 今までにないタイプの面白い存在ではあるものの、迂闊な言動は慎もうと思った。



 ただ、大事なところを侵さない限りは極めて寛容だった。


 多少の無茶でも、それによって自身がどう思われ、どう扱われようが、気に留めない。

 なぜこんなに歪んでいるのかは分からないが、彼女の邪魔をすればどうなるかは考えたくない。


 友人として付き合うのは難しくない――いや、男だと分かっていても愛人にしたくなるような美貌を持っているのは、違う意味で難度が高い。

 それでも、そういった損得が無ければ対立するようなことはないと思える。



「だからといって、何の対策も講じないわけにはいかないだろう?」


 国王とアルフォンスのやり取りに口を挟んだのは、王国の重鎮、【デレク・M・ジョーダン】将軍である。


 彼は、いつまでも変わらないふたりのやり取りに嫌気がさして口を挟んだのだが、王の私室にいることからも分かるように、王の信頼も厚い。



 今この場にはこの3人しかいない。


 王の信頼という条件だけなら他にも多くの者がいる。

 それこそ、王国の要職に就くほとんどの者が該当するが、殊アルフォンスが絡むと、途端に意見が合わなくなる。


 王としては、公私ともにアルフォンスの能力と人柄を信頼している。

 しかし、彼をよく知らない者からすれば、既に強大な力を持っているグレイ辺境伯家が、これ以上力をつけることは、自らの地位どころか王国そのものも脅かされかねないと容認し難いのだ。


 ユノの件も、いずれは彼らとも話し合う必要はあったが、その前にこの3人で擦り合わせておこうというのが、今日の集会の趣旨だった。



 デレクは、他の多くの貴族たちと違って、アルフォンスには好意的である。


 彼もまた王国最強の7人、セブンスターズの一員である。

 しかし、同じセブンスターズでも、アルフォンスの実力は他の6人とは桁が違うものであると認識している。

 そして、それだけの実力がありながらも決して驕らず、民や国に尽くす姿勢に、デレクは好感を覚えていた。



「その辺りは、報告書にまとめたくらいのことしかできないと思いますけど」


 アルフォンスが嘘を言っているとか、それにより私腹を肥やそうなどと考えていないことは、ふたりとも理解している。


 それは、ともすれば領地の開拓と運営の成功で、王家との力関係が逆転してもおかしくないほどの偉業を成しておきながら、王国のメンツを立てて要望を聞いたり、今回のように、彼に何の益もない仕事を引受けたりもすることからも、疑いの余地が無い。


 そして、ユノの扱いについてのアルフォンスの提案は、「帰れるなら帰ってもらうのが最善」である。

 また、王の懸念であるアイリスの件については、ユノではなくアイリスと交渉するべきとの投げやりにも思えるもの。


 次点では、「他国に流れないように飼い殺す」というものだった。

 それも、適度に距離を置きつつ、彼女の要求には最大限の便宜を図るべきだと添えられている。


 いろいろと邪推もできる内容だが、彼の態度からは、野心どころか保身しか窺えない。


 いつもであれば、どんな難題でもイケイケだったアルフォンスが見せた弱気に、デレクは驚きを隠せないと共に、納得がいかない。



 アルフォンスは、実際にふたりと会話して、彼自身やユノとアイリス、そして王国のために最善を考えたつもりだ。


 ユノを敵に回すのは当然として、下手に利用しようとして不興を買うのもまずい。


 彼女の機嫌ひとつで、町のひとつ――もしかすると、国ですらも滅ぼされるかもしれないのだ。

 銀竜単体でも厄介なのに、そうなればロメリア王国の切り捨ても考えなければならなくなる。


 ロメリア王国に愛着を持っているアルフォンスだが、滅びの運命を共にしようとまでは思わない。

 どうにかして、それだけは避けたかった。



 王国の抱えている問題は多い。

 軍事関係に限っても、不完全な形になった勇者召喚に、アルフォンス頼りの軍事力と抑止力、不穏分子といってもいいくらいに腐敗した一部の貴族などなど、問題解決の目処すら立っていないものも多い。


 アルフォンスも、王国として使える手駒が欲しいのは理解していたが、その手駒との交渉に自分を使うのはいかがなものかと思っていた。

 能力的には自分しかいないことは理解できるが、すぐそうやって面倒事を押しつけるから人材が育たないのだと、文句のひとつも言いたいところである。


 その分、王の信頼を得ることができて、自らの利にも繋がっている――下手をすると、それらを失う可能性があるので、簡単にノーとは言えない。



 そんなアルフォンスでも、ユノを制御することは難しいと判断せざるを得なかった。


 正確には、一線を超えなければ利用することもできそうだし、ギブアンドテイクで良好な関係も築けるような気もするが、一線を超えた場合を考えると、恐ろしくて気軽にできるものではない。


 直接敵対しなくても、とばっちりを受けただけでも危険である。

 莫迦な貴族が、彼女の逆鱗に触れたりしたらと考えると、気が気でない。



 恐らく、彼女の目的である「日本に帰る」ことは容易ではない。

 前世の彼も何度も考えたことだが、それが成功した例など聞いたことがない。


 そんな状況で、くだらないちょっかいを出されたら誰だって怒る。

 彼女に莫迦を近づけさせないようにしようと、アルフォンスは心に決めた。



 そうしてアルフォンスの出した最善は、ある程度彼女の好きにさせつつ、彼女や彼女の周囲の者の信頼を得る。

 彼女が日本に帰っても、銀竜ミーティアとの縁が残るかもしれないし、ユノが残ったときでも信頼関係を構築できていれば、少なくとも敵になることはないかもしれない。



 しかし、アルフォンスのこの報告と提案は、彼のことを高く評価しているふたりにとっては不満しかなかった。


 どんな難題でも――西方諸国連合との戦争でも、帝国との小競り合いでも、王都での邪教徒の拠点の制圧でも、王国東部で起きた魔物の大量発生でも――いかなる時でも彼らの期待以上の結果で応えてきた男が、事実上の打つ手無しと判断したのだ。




「一度直接会ってみるしかないか……」


「そうですね、恐らく見ないと理解できないと思います。その時は自分も同席します」


 王の呟きにアルフォンスが反応する。


「いや、私が立ち会おう。お前には他にすべきことも多いだろう」


「いえ、彼女は天然の魅了持ちですから、対抗策を取っていないと、初見で終わります」


「確かにそんな報告もあったが、しょせんは状態異常。心の持ちようではないか?」


「普通の状態異常じゃないんですよ。――いや、あれが本来の魅了なのかも? 心身を支配される魅了とは違って、直接的な害はありませんけど、目と心を奪われるような――とにかく、初見が一番危険ですから」


「アイリスも可愛いぞ! 儂の娘たちは皆可愛いが、その中でも特別可愛いアイリスを見慣れている儂なら大丈夫であろう!?」


 またいつもの親莫迦か――と、アルフォンスだけでなく、デレクも溜息を吐く。


 ロメリア王は、これがなければ名君といってもいいほどの傑物なのだが、事あるごとにアルスへ視察に行こうとするのが地味に国政の負担になっていて、行かせなければモチベーションが目に見えて下がる困った国王だった。



「アイリス様が可愛いのは認めます」

 アルフォンスも、アイリスが類い稀な美貌を持っていることは認めている。

 何より、おっぱいが大きいのは、おっぱい星人である彼的にポイントが高い。


 もちろん、そんなことを公言すれば国王が怒り狂うので、心に秘めているが。


「で、あろう?」


「でも違うんです。あれは人間ではあり得ない精度の美術品とでもいえばいいのか――。アイリス様は人としての美しさで、ユノは神の作った芸術で、表現できる言葉が――ああもう、見れば分かりますよ」


 アルフォンスはユノをどうにか表現しようとするが、どう言葉を選んでも実物を超えられない。


 二次元から飛び出してきた美少女。

 現実では有り得ない、それこそ絵に描いたような完璧さ。

 それも、神の手によるもの。

 美形の多いこの世界において、更にひとりだけ美化MODを使っているようなクオリティ。


 同じ主人公をやるなら、バトルものよりラブコメもの――コメディはいらない――がよかった。

 彼は、今更ながらにそう思う。


 当然、今の妻たちに不満があるわけではない。

 ただ、妻子がいる身でなければ、男だと知っていても攻略しようとしたかもしれない。


 真実の愛は性別を超えるのだ。


 それでも、彼女が本当に女性で、おっぱいが大きければ危ないところだった。


 しかし、そんな説明をするわけにもいかず、アイリスが比較対象にされた辺りで国王の顔色が変わったので、説明することを断念した。



「しかし、それでは余計に――そう、アズマのボンクラ辺りが黙ってはおらんのではないか?」


 常識人であるデレクが話を元に戻す。


 アルフォンスの言うように、本人を目にしなければ分からないことを言い争っても仕方がないとデレクも理解している。


 とにかく、デレクはアルフォンスの報告が真実だと仮定して、話を進めようとした。

 違っていたときは、またそのときに考えるしかないのだ。



「ああ、そのアズマ公爵ですが、アイリス様を攫おうとしたらしいですよ?」


 しかし、アルフォンスの口から語られたのは今回の事案ではなく、それとはまた別の重大事件だった。


「なんと!? ――巫女に手を出すとは、そこまで愚かな男だったか……。いや、先に真偽を問うべきだったか?」


「いや、奴ならやりかねませんからな。それで、詳細は? アイリス様は無事か? 莫迦はともかく、実行犯はどうなった?」


 アルフォンスが落ち着いている以上、最悪の事態は免れているはずだったが、それでも訊かずにはいられない。


 それに、証拠などの状況によっては、アズマ公爵に処分を下すチャンスになる。



「アイリス様は無事です。(くだん)のユノがスピード解決したそうです」


「そうか……」


 王がホッとした様子で胸を撫で下ろす。


「実行犯は――結局、主犯の詳細は最後まで掴めなかったのですが、目撃者であるはずのアイリス様も、なぜか主犯のことだけはよく覚えていないようなのです。よほど怖い目にでも遭ったか、強力な《認識阻害》でも掛けられていたか――。とにかく、ほとんど情報を得られませんでして、主犯を処分したというユノも、興味が無かったのか大して覚えておらず……。どうにか聞き出せたのは、他の実行犯の死体と一緒にコンテナに詰めて公爵に送った、と」


「なぜそんな真似を?」


「脅しのつもりかと思いますが、本人の確認は取っていないので分かりません」


「なぜ確認を取らん?」


「何となく、で申し訳ありませんが、訊かない方がいいような気がしたんです。といっても、そのコンテナを回収できればいろいろと分かるわけですし、そんなことをするまでもなく、教会から情報提供がありました。それによると、中には実行犯どころか、何も入っていませんでした」


「どういうことだ?」


「分かりません。ただ、コンテナ内部の床、壁、天井にびっしりと後悔と、懺悔と、恐怖が血文字で書かれていたそうです。一応、後で実物を確認にも行きましたが、ちょっと普通じゃありませんでした。鉄製のコンテナがボコボコに――それが武器や魔法を使ってではないことは跡を見れば分かるんですが……。とにかく、普通じゃありませんでした。教会の担当者が怯えきっていたのも納得です」


 その時のことを思い出したのか、アルフォンスはひとつ大きな息を吐いて報告を続ける。


「壁に床に天上に、『仲間や息子たちが俺と同じ轍を踏まないようにこのメッセージを遺す。こんな化け物がいるとは思わなかった。これが神の物に手を出した報いなのか。自分が自分でなくなっていく。みんな喰いたくない。報復、考えるな美味い。肉、ない。腹減った。怖い。俺、うま』といった意味不明な血文字が殴り書きされていて、それ見てるとものすごく不安になるんですよ。まるで異界にでも迷い込んだような感覚で、これ以上進むと引き返せなくなりそうな……」


 必要なら後で報告書に纏めるというアルフォンスの申出を、ふたりは断った。


 修羅場や血生臭い現場を、いろいろと見てきたはずのアルフォンスでさえ顔を顰めるものを見たいとは思わなかった。

 何より、アルフォンスの言いたいことが理解できてしまった。



「それを、そのユノという者がしでかした、と言うのか?」


「証拠はありませんが、恐らくは。おふたりも直接見てみれば分かるかと。あれは私たちの常識では測れない存在です」



「困ったことになったのう……」


 王が額を押さえ、わざとらしいくらいに大きな溜息を吐く。


「ユノの要求を断ることだけは避けなければいけません。王国に協力の意志無し、若しくは価値無しと判断すると、強硬手段に出られる可能性があります」


 アルフォンスは、ユノのことは友人として助けたいとは考えているが、王国を捨ててまでとは考えていない。

 とはいえ、ユノを敵に回してまで王国を守ろうとは考えていない――不可能だと判断している。


 それゆえ、どうにかして王国側から譲歩を引き出そうと画策していた。

 それが真に王国のためなのだと判断して。



「しかし、お前の案を採用するにしても、他の貴族を納得させるだけの理由を用意せねばならん」


 それでも、ユノを知らない者の反応は常識的で、芳しくない。


「とにかく、一度会ってみるか……。アルフォンスよ、銀竜もその場に呼べるか?」


「可能かと思います。陛下、銀竜の弱点は酒です。極上の酒を用意しておいてください」


 銀竜に関しては、多少ながら攻略の道筋が見えていた。

 少なくとも、ユノよりは遥かに攻略しやすい対象だといえる。


 当然ながら、ミーティアも生半可な酒では満足しないだろうが、敵ではないと分かってもらう程度には役に立つはずだとアルフォンスは踏んでいた。


「――分かった。とっておきを用意しよう」


「それと、ユノは子供には甘い――ような気がします。連れの狐人族の子供にも充分な配慮を。そうですね、見た目にも配慮したお菓子などを用意してもらえれば」


「菓子ならお前が用意した方が良いのではないか?」


 アルフォンスの《料理》スキルの高さは一部の貴族の間では有名なことだった。

 彼の手料理を食べたことがあるというのは、貴族の間では一種のステータスであり、それを踏まえれば、王の反論は正論である。


「いえ、酒にしても菓子にしても、恐らくユノが出す物には敵いませんので、歓迎しているという姿勢と、数で勝負するくらいしかないと思います」


 ただ、今回の相手は常識の通用しない相手である。

 質で訴えるより、気持ちで訴える――と、いつものアルフォンスとは真逆の主張をしていた。




 そんな密会の場に、部屋の外で騒々しくしている雰囲気が届いてくる。


「し、失礼します!」


 ノックもそこそこに、そして返事も待たずに、部屋に飛び込んできたのはこの国の宰相だ。

 宰相は、そのまま足をもつれさせ、派手に転倒する。


 平時であれば――非常時であっても不敬と取られかねない行為だが、宰相の慌てようがただごとではなかったため、ひとまずは棚上げされた。


「へ、陛下、アルスに――湖の迷宮に、ま、魔王が出現したとのことです!」


 倒れたまま起き上がることもできない宰相が、顔だけを上げて、縋るように王に報告する。


「直前に迷宮内が荒らされていたとの報告もあり、探索中だった勇者一行も巻き込まれたそうですが、それは救助された模様で――まだ情報が錯綜しておりまして、ひとまず魔王出現だけでもお伝えするべきかと――」


 魔王とは、人間から見れば竜同様に、意思ある天災ともいえる存在である。

 それが人間の多く住む町のすぐ近くに現れたというのだから、宰相のこの失態も単純に責めることはできない。


 迷宮に魔王がいるという噂は以前から、それこそ百年以上も前からあったことだが、具体的な目撃報告など一切ないことから単なる噂か、いたとしても人類と積極的に敵対しない魔王かと思われていた。


 しかも、ひとりふたりが騒いでいるだけなら今までもよくあったことだが、多くのベテラン冒険者が口を揃えて言っているとなると、無視できるような事態ではない。



 魔王の存在はほぼ確実となり、これが住処を荒らす者への警告程度ならいいが、まさかの宣戦布告だとすれば、アルスが落ちれば次は王都も危ないかもしれないのだ。



「その魔王、案外悪い魔王ではないかもしれません」


 しかし、アルフォンスの脳裏には、ひとりの容疑者の姿があった。


 彼女であれば、魔王と勘違いされても不思議はない。

 むしろ、魔王などであれば可愛いものかもしれない。


 仮に本物の魔王がいたとしても、外の世界には彼女のような存在がいると分かれば引き籠るに違いない。


「!? グレイ卿! ど、どうしてそう言い切れる!? ――いや、卿は誰よりも深層まで探索しておられたな……。何か確信があってのことと思ってよいのか?」


「確証はありませんが、魔王がその気ならもう手遅れでしょうし。ですが、念のために調査隊は派遣するべきでしょうね」


「そうだな。王国が動いたという事実で安心する者もおるだろう」


「その話は私の方で預かろう。迷宮という場所であれば少数精鋭――騎士団から選りすぐりの者を派遣する。それでよいか?」


 国王とデレクも、アルフォンスの様子からおおよその事情を把握する。


「おお、将軍、いらしたのですか」

 宰相は、声をかけられて初めてデレクの存在に気がついた。


 デレクは四十代半ばながらも二メートル近い長身の筋骨隆々とした大男なのだが、それが目に入らないほど、宰相は視野狭窄な状態に陥っていたのだ。


「――よいも何も、将軍が指揮を執ってくれるのであれば有り難い」


「私もすぐに、とは参りませんが、今の問題に目途がつき次第調査に加わりましょう」


 そこに、アルフォンスも参加を表明する。


「おお……。卿も加わってくれるなら皆も安心できるというものだ。――すまない、私は卿のことを少し誤解していたのかもしれん。卿の愛国心は本物だったのだな」


 これまではアルフォンスが力をつけることを快く思わなかった宰相だが、その英雄が王国のため自ら前線に立つと表明したことに、酷く感激してしまった。


 平時は聡明な宰相も、この緊急事態においては、グレイ辺境伯領がアルスと迷宮を挟んで湖の南側にあることや、アルフォンスたちが妙に落ち着いていることまでには気が回らない。

 ただ、暗闇の中で見出した一筋の光明のように、英雄の名によって勇気づけられたのだ。


「【モーガン】閣下、頭をあげてください。王国のために力を尽くすことこそ王国貴族の本懐です。むしろ、すぐに行けないことを申し訳なく思っております」


「よい、よいのだ。この面子を見るに、また卿にしかできない仕事があるのだろう? 後からであっても卿が合流すると知れば、それだけで兵の士気も上がるというもの」


 すっかり英雄アルフォンスのシンパとなってしまったモーガンは、全てを都合の良いように解釈する。

 それだけ魔王や魔物の脅威が身近にあるということなのだが、彼の領地がアルスに近いことで危機感も一入だった。


「討伐まではできなくても、私たち王国の力と意地を見せつけ、不可侵条約くらいは勝ち取ってきましょう」


「それは頼もしい! 確かに、無理に討伐を目指して将兵を失うのは得策ではない! 卿の先見の明は素晴らしい――どうだ、私の孫を卿の子の嫁に迎えてくれぬか? 私が言うのも親莫迦と思われるやもしれんが、皆器量の良い子ばかりだ」


「大変有り難いお申出ですが、まずは目の前の仕事と魔王に集中して、子供たちが幸せになれる未来を残せるよう努めたいと思います」


「おお、そうだったな! すまぬ、私としたことが先走ってしまったようだ。だがさきの件、真剣に考えてもらえると有り難い」


 王とデレクは苦笑いでこのやり取りを眺める。


 似たようなやり取りを彼らもしたことがあったと、懐かしい気持ちになる。

 そして、このままアルフォンスがシンパを増やしていけば、彼の代以降もグレイ辺境伯家は安泰だろう、どうやって彼の家と縁を繋ごうか、と。



 アルフォンスには敵が多いが、それ以上に強力な味方が存在する。


 かつては「反グレイ辺境伯連合」の重鎮であったモーガン宰相のように、敵だった者が味方になることも少なくない。


 そういう人誑しなところが、彼を主人公足らしめる要因なのかもしれないが、このモーガンの変心によって、本来纏まるはずのなかった彼の提案が、後にほぼそのままの形で通ることになる。

 お読みいただきありがとうございます。

 正統派チート主人公のアルフォンスサイドのお話ですす。

 主人公は遅れてやって来るものとはいえ、遅れすぎではありますが、以降は主人公らしい活躍を見せてくれます。

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