<< 前へ  次へ >>  更新
55/55

28 代償

 帰還のアミュレットを使った先は、門番後のポータルを使った際と同じく、1階のポータルだった。

 一応、罠である可能性も考えて警戒していたのだけれど、迷宮の主は本当に帰ってほしかっただけのようだ。

 レジストしなくてお互いによかったね。


 それと、これで迷宮の主が迷宮内をモニタリングしているのが確実になった。

 迷宮内では、あまり領域は使わないようにしよう。



 さておき、迷宮から出てきた男の人が、気配と足音を消して私の後をつけてくる。

 もちろん、朔の領域で認識しているだけで、気配なんて分からないけれど、雰囲気でいってみただけだ。


 なお、ソウマくんたちとは、迷宮の入口でひと言ふた言話した後、彼らに犠牲者たちのギルドカードを託して別れているので、彼らではない。


 夜が明ければ晴れてお尋ね者の仲間入りを果たすであろう彼が、なぜ私をつけてくるのか。

 こんなことをしている間に少しでも逃げた方がいいと思うのだけれど。


 手に両刃のナイフを握りしめていることから、ろくでもないことを考えているのだと思うけれど、不意打ちなら私をどうこうできると思っているのか。

 バケツを被って普通に行動している相手に、不意打ちが効くとでも?


 それに、最初からそのつもりだったのなら、どうしてもうひとりの男の人を始末したのか?


 この人は、宝箱の罠を解除する振りをしながら、それを利用するしてデブの人を殺害して、彼の金品を奪っているのだ。

 さすがに迷宮を出るまでの間くらいは協力するものだと思っていたので、本当に予想外だ。



 冒険者より泥棒とか暗殺者に天分がありそうなその男の人は、私の辿り着いた先で、あるモノを見つけてしまった。


 暗闇に沈むその銀の鱗が周囲の景色を映していて、天然の迷彩になっていたはずだった。

 さらに、《認識阻害》の魔法も掛けられていたはずなのだけれど、私と話しているそれに違和感を覚えてしまったのだろう。


 ゆっくりとミーティアが首を持ち上げ、その瞳が不運――莫迦な男の人を捉える。


 彼はその場で動きを止めて、固まってしまった。

 言葉というか、悲鳴すら出せないようだけれど、自身の運命は理解しているのか、身体からいろいろな物が溢れ出していた。


 こういうのを蛇に睨まれた蛙というのだろうか。


 確か、ツチガエルといったか、分泌物を出してヘビに食べられないようにする種がいると聞いたことがある。

 イメージどおり、気持ち悪い。



 しかし、彼は思考も停止しているのか、無造作に私が近づくのも目に入っていない。

 さすがに、この状況で、痩せガエルに「負けるな」というのも酷なので、介錯してあげよう。


「あれほど申上げましたのに。……秘密を知ってしまいましたね」

 胴体を離れた首に向かって話しかける。


 私を追って来なければもう少しは生きられただろうに、莫迦なことをしたものだ。


「お主、そんな格好で随分とノリノリじゃのう。というより、お主がそれほど喋っとるのは久しいの」


「何かを演じるって、案外楽しくて。それじゃあ、メイドらしくお掃除でもしようか。ミーティア、これ燃やしといて」


「人任せか? まあ、お主は普通の魔法が使えんしのう。よいじゃろう。じゃが、今日はメイドらしく儂に奉仕するのじゃ」


「うーん、いつもそれなりに奉仕させられているような気がするのだけれど……」


 毎日のようにお酒を注いであげたり、お風呂で身体を洗ってあげたり、マッサージをさせられたり――これ以上どんなサービスをさせようというのか。


 ひとまず、その男の人の火葬の煙を狼煙代わりに、作戦終了の合図とする。

 さすがに町からは見えないと思うけれど。


◇◇◇


 町の上空で、いつものユノの姿に戻って――「いつもの」とか「ユノの姿に戻る」というのもどうかと思うけれど、もうそう思っても仕方がないくらい慣れた。

 むしろ、女性の姿の方が、いちいち「男です」と説明しなくていい分楽だし、婚約者の公認もあるので、誰に気兼ねする必要も無い。

 盲点だったね。

 とにかく、どこかから文句が出るまでこれでいいや。



 町に戻ると、その婚約者の所へと、ひと息つく暇もなく走る。


「ただいま」

「「おかえりなさい」」


 笑顔で出迎えてくれるアイリスに照れながら、飛びついてきたリリーを受け止める。


 時計を見ると、残り時間3分。

 ギリギリ延長せずに済んだらしい。



「迷宮の外まで連れ出したから、すぐに帰ってくるよ」

 私への信頼と、ソウマくんの心配で板挟みになっていたリリーにそう言って安心させて、頭を撫でる。


「本当にこんな短時間で……」


 常識的な感覚を有しているアイリスには信じられない――というか、想像ができないらしい。

 私とミーティアの戦いを見ていてもなお、だ。


 なお、同じくあれを目の当たりにしていた騎士さんたちも、時間が経って落ち着いてくると、あの日のことは夢か幻覚だったのではないかと思い始めているらしい。

 私が領域を展開したことなどは、全く覚えていないそうだし。


 あれは、それくらい現実離れした光景で、時が経つほどに浮き彫りになる常識とのギャップを埋められず、一時は体調を崩しそうになっていたそうだ。


 そんなことを言われても、私にはどうしようもない。


 というか、魔法を使えば、みんなも同じようなこともできるはずなのに、魔法を使わなかったというだけでこの扱いは不本意だ。

 アイリスは騎士さんたちほどではないけれど、それでも私が1時間で帰ってくると言ったのは、さすがに半信半疑だったらしい。



 アイリスの考える普通は、ギルドの冒険者や、事情を知らされた神殿騎士の救出部隊の出発が明朝になること、 30階に到達できるのが、21階のポータルが使えるパーティーがいて、早くて3日。

 それも、露払いのパーティーがいる前提での話なので、実際にはもっと時間がかかると予測していたそうだ。


 なので、アイリスの心配も無理はなかったのかもしれないけれど、私もそんなことは知らなかったので、無理はなかったのだ。


 タイムアタックのような私の攻略を見ていたであろう迷宮の主は、一体何を思ったのだろう。

 ああ、帰還のアミュレットが出たことが答えか。


 まあ、変装はしていたし、大きな問題とまではいえないけれど、それでもアイリスとはもう少し認識を共有するべきかもしれない。



 なので、事後にはなるけれど、アイリスに私の認識の範囲で迷宮内での出来事を話して、問題点がないかを確認する。


「バケツ……。いえ、下手な変装よりはバレないとは思いますけど……」


 実際に行動していた姿をして見せると、苦笑いでコメントを濁されてしまった。

 リリーはコメントを控えているけれど、明後日の方を向いて肩を震わせている。

 ……ウケたようで何よりだ。


「そもそも今回の件なら、彼らにだけであれば、ユノの姿を見せても問題は無かったかと――。迷宮の主がいるにしても、そういった消極的なことしかできなかったのですから、今のところはそこまで気にする必要も無いかと」

 アイリスの評価に愕然とした。


「もちろん、誰にもバレていないなら、それが一番ですけどね」

 そのとおり――決して無駄だったわけではない。

 慎重なのは良いことだ。


「後は、これほど大事になってしまった以上、ギルドの調査が入ると思いますので、しばらくは大人しくしていた方がいいかと思います」


 私が回収してきたギルドカードの枚数は、今日だけで33枚。

 その大半は30階で見つけた物で、全てが今回の事件の犠牲者とは限らないけれど、相当な数や量の肉塊や血痕などの痕跡を見つけた。

 他にも取りこぼしはあるはずだし、正確な被害者数はギルドカードを調べなければ分からないけれど、アイリスから聞いた今日以前に判明している犠牲者数を含めれば、3桁を超えそうな大事件だ。


 なお、ギルドカードのの多くはCランク以下の渡航許可のない人たちの物で、自業自得な面も多いとはいえ、まずいことになったかもしれない。


 飽くまで迷宮探索の意思決定をしたのは被害者自身であって、私も責任を感じているわけではないけれど、私が事件の引き金となったといわれると、この先の計画に悪影響が出るかもしれないのだ。


 それに、元凶はもう死んでいるし、バケツを被った不審人物が表に出てこないことを考えると、解決は長引く――迷宮入りするかもしれない。迷宮だけに。



「だったら、明日からしばらくは、アイリスのお手伝い――教会の奉仕活動でもしようか。リリーも一緒に来る? ソウマくんと遊んでいてもいいけれど」


 奉仕活動程度で帳消しになるとは思わないけれど、何もしないよりはマシだろう。

 神の手伝いだと思うと(はらわた)が煮えくり返る思いだけれど、アイリスの手伝いならギリギリセーフ。


「はい、お待ちしてますね」


「一緒に行きます!」


 即答だった。

 まあ、一緒にいる口実にもなるし、奉仕活動もリリーの教育にいいかもしれない。


◇◇◇


 翌日は朝からアイリスを手伝うために、リリーと教会へ向かった。


 さすがにミーティアはついてこなかったけれど、元よりミーティアに奉仕活動ができるとは思っていないので、宿で静かに飲んでいてくれれば充分だ。


 なお、意気込んで始めた奉仕活動だけれど、孤児院の子供たちの世話――子供の相手なら慣れたもののはずなのだけれど、私と遊んでいる子供たちのレベルが不自然に上がり始めると、引き離された。


 掃除は何度か道具を壊すうちに止められて、あちこちたらい回しにされた挙句、最終的に炊き出しのスープをかき混ぜるだけのお仕事に回された。


 私が無能なのではない。


 ただ、システムとの相性が決定的に悪いだけだ。



 そんな私とは違って、リリーは掃除も料理もテキパキとこなしている。


 そんなリリーに、掃除や料理をするのと、狩りをするのとどちらが楽しいか尋ねてみたところ、少し間があったものの、はっきりと狩りを選んだ。


 種族の本能的なことなのか、私の教育がそうさせているのか。

 年頃になれば変わるかもしれないので、今はいろいろ経験させてあげたい。



 なお、アイリスは恐ろしいほどに不器用で、掃除をしていると何かを壊して散らかして、料理を手伝っていれば鍋を引っ繰り返すので、どこか邪魔にならないところでニコニコしているのが最大の奉仕らしかった。



 昨日の件は、あれからすぐにソウマくんたちが戻ってきたことで、各方面に出されていた救助の依頼は取り下げられた。


 そして、当然のように彼らが持ち帰った、多数の犠牲者のギルドカードの件が問題視された。

 彼らの証言から容疑者は判明していたけれど、その行方や生死も不明。


 また、彼らが生還できた理由を語らなかった――「気がついたときには揃って地上にいた」と、噂をなぞらえた証言をしてくれているので、MIBのことは公にならない代わりに、事件の全容は闇に閉ざされることになった。


 そして、低ランクの冒険者がいつまでも生き延びることは不可能な場所なこともあって、すぐに日常へと戻るはずだった。



 問題はここからだった。


 戻ってきたのはソウマくんたちだけではなかった。

 その日、迷宮にいた全ての冒険者さんたちが、顔を青くして町に帰ってきたのだ。


 そして、彼らは口を揃えてこう証言した。


「魔王が出た」


 魔王の姿を直接目にした人はいない。

 ただ、魂を鷲掴みにされたような恐怖を感じて、同様の恐怖を感じたであろう魔物たちの逃走――大移動に遭遇したのだ。


 逃げ惑う魔物たちは、冒険者さんの姿には目もくれず、我先にと、少しでも安全なところに逃げようと、魔物同士で争っている姿も目撃された。


 中には、交戦中のゴーストが突然許しを請いながら消滅したとか、逃げ込んだ先が行き止まりだったゴブリンがショック死していたなど、正気を疑うような証言もあった。


 それらは別としても、冒険者さんの多くが、迷宮そのものを揺るがすような轟音と、悍ましい気配を感じ取っていたのは確かなのだ。


 その結果、すぐに迷宮近辺には厳戒態勢が敷かれることになって、近く精鋭だけを集めた調査隊が編成されて、調査に向かうことになるそうだ。



 そして、町でも兵士の姿をよく目にするようになって、夜遅く出歩くことが禁止された。


 王国は無駄な混乱を招かないよう、必死に情報統制に務めたものの、酔って口を滑らせた冒険者のせいで台無しになってしまい、魔王の噂は町中――国中に広がることになった。


 幸い、都市内ではそう大きな混乱は起きなかったものの、アルスに駐留する兵士は増員されて、町の中だけでなく外でもそこかしこで目にするようになった。


 また、迷宮での活動ができなくなった冒険者たちも町の外広くに散らばって、私たちが町の近くで訓練をすることはできなくなった。


 そのせいで、ミーティアが竜型に戻れる場所もなくなり、遠出をすることもできなくなった。



 それでも、教会での奉仕活動をする分には問題は無い。


 ただ、お鍋の中身をかき混ぜるだけの日々は精神的につらい。

 これは私に課された罰なのだろうか?

 お読みいただきありがとうございます。

 1章は邪神的チュートリアル、2章は邪神的冒険の開始と、非常にスローな展開になっておりますが、お付き合いくださりありがとうございます。

 幕間をひとつ挟んで始まる3章でもペースは相変わらずですが、レイド戦が発生したりもしますので、これからもお付き合いいただければ嬉しく思います。

<< 前へ目次  次へ >>  更新