27 メイドイン
門番と周辺の動く鎧を全て片付けたので、ひとまずソウマくんたちの危険は無くなった。
そして、ここからが最難関。
頭と口を動かす時間だ。
ソウマくんたちが立て籠もっている部屋の扉をノックして、反応を待つ。
しかし、いつまで経っても何の反応も帰ってこない。
中にいるのは分かっている。
大人しく両手を上げて出てこいとは言わないけれど、誰何くらいはしてほしい。
めげずに徐々に扉を叩く音を大きくしながら、何度もノックしては様子を窺うけれど、やはり誰も出てくる様子は窺えない。
『みんなずっと身構えてるね。まあ、警戒して当然なんだろうけど』
まあ、朔の言うとおりか。
彼らからすれば、外は動く鎧の山なのだ。
迂闊に開けたりすれば、今度こそ逃げ場がない。
部屋の反対側にも扉はあるけれど、その外側も鎧でいっぱいだし、そっちは片付けていない。
こうなると仕方がない。
返事を待たずに、勝手に開けよう――と、扉に手をかけたけれど開かない。
『内側の取っ手に剣を閂代わりにかけて、ロープできつく縛ってるね』
最初に確認した時はそんな物は無かったはずなのに、死神と戦っている間にでも細工したのだろうか。
朔に取り込むことも考えたけれど、この能力はあまり人前では使わない方がいいだろう。
どのみち、この程度なら少し力をかければ外せるだろうし。
そう考えて、扉を連続で蹴る。
扉は不思議素材ではなく普通の鉄なので、分厚くても普通に壊せるはずだ。
もちろん、必要以上に力を入れて、吹き飛ばさないように加減はしている。
それで怪我人でも出すと本末転倒だしね。
振動でロープが緩むか、剣が折れるのがベストだ。
「ま、まずい! このままでは破られます!」
「お、抑えろ! ここを破られては後がない!」
「ぼ、僕が時間を稼ぎます! みんなはその隙に――」
中からかなり焦った感じの声が聞こえてきた。
とにかく、扉を押さえられるのはよくない。
下手をすると、扉と一緒に吹き飛ばしてしまう。
どうしたものか。
まあ、どうもこうも、強行突破しかないよね?
彼らを怪我させないよう注意して、気合を入れた貫手で扉を突き破る。
「うわああああああ!?」
「ぎゃあああーーー!」
「ひいっ!?」
「か、構えろお!」
中はパニックに陥っているようだけれど、付近の音に反応する魔物は大体殲滅済みなので問題は無い。
よくよく思い返せば、扉を突き破ってコンニチハとか、ホラー映画によくある展開のような気もするけれど、返事をしない彼らが悪いのであって、さすがにそんなことまでケアできない。
それでも、これ以上刺激しないように、閂となっていた剣を取り除いてゆっくりと扉を開ける。
その間に、ソウマくんたちはみんな部屋の中央くらいまで後退していた。
とにかく、一歩室内に入ったところで、両手を前に重ねてペコリとお辞儀をする。
サイラスさんを先頭に、ソウマくんたちは陣形を作って油断なく私と対峙しているけれど、見知らぬふたりの男の人は部屋の隅で逃げ出す機会を窺っている。
どこへ逃げるつもりだろう?
「――何者だ?」
サイラスさんが誰何してきた。
やはりバケツを被ったメイドは怪しいようだ。
油断なく大剣を構えたままで、サイラスさんが一歩前に出る。
私がギルドカードを身に付けていないことも関係あると思うけれど、一応は会話ができる存在だと思ったのだろう。
「MIBの方から来ました、エージェントのMと申します。秘密を知りすぎた方は、記憶を消させていただきますのでご容赦を」
ヘルメイドなどと名乗って戦闘になっても困るので、即興で考えた設定を使う。メイド・イン・ブラック――いや、メイド・イン・バケツか。
即興の割には上手いのではないかと思う。
正体が私であることは、声色を変えて、更にバケツで篭っているのでバレないと思いたい。
「お、おう。え? えむ?」
想像もしていなかったであろう私の台詞に、サイラスさんは反応に困っているようだ。
できればそのまま深く訊かないで欲しい。
「ま、魔王の手の者か?」
しかし、空気の読めない系インテリことスペンサーさんが水を差す。
とはいえ、責任を魔王に擦り付けてしまうのは良い考えかもしれない。
「さて、どうでしょうか。ところで、何か慌てておいでのようでしたが?」
やっぱり、魔王が実在するのなら、下手に騙ると魔王側からクレームが来ることも考えられるので、否定しないに留める。
とにかく、彼らが困惑から回復するまで待つつもりもないので、状況を進めようと思う。
「――恥ずかしい話だが、我々は遭難しているのだ。だが、つい先ほどこの世ならざる凄まじい気配を感じて、その直後に外が騒がしくなってな。この迷宮の魔王の噂を思い出して警戒していたのだ」
さすがに勇者の従者は無能ではないらしく、今何をするべきかを十分に理解していたようだ。
そのまま素直に私に助けを求めてくれるか、提案を受け容れてくれれば作戦終了だ。
それはともかく、その気配が朔のものなのか、別口で魔王がいたのかの判断が難しい。
仮に朔の気配だとすれば、このフロアに踏み入れた時点でオフにしているのでほんの一瞬のこと。それに、距離的にもそこそこ離れているので、気づかれたのだとすれば、みんな私の想像以上に優秀な人たちなのかもしれない。
そして、少なくとも私は魔王とは遭遇していない。
一応警戒はしておくものの、襲ってくるつもりならとっくにそうしているだろうし、気づかないうちに暴れていた私の巻き添えになったということもないだろう。
あ、もしかすると、あの死神のことか?
いや、どうだろうか?
何だか、封印されているようなことも言っていたし、少なくともあれに封印を施した存在はいると思っていいのか?
それが魔王なのか? でも、神と王だと格が違うような気もするけれど……。
考えても分からないので、まだ魔王かそれに類するものがいると思って行動しよう。
「外には魔王はおろか、魔物の姿もありませんでしたよ?」
「あ、ありがとうございます! あの、ユ――」
「そうか、状況が状況だけに神経質になりすぎていたようだ。とにかく、感謝する」
感謝の言葉の後に何か言いかけたソウマくんを遮って、サイラスさんが深々と頭を下げる。
「重ね重ね申し訳ないが、エム殿に余裕があるようなら、食料と回復薬などを分けてもらえないだろうか?」
「畏まりました。――ところで、私の方からもひとつお尋ねいたします。こちらの荷物は皆さんの物でしょうか?」
スペンサーさんの申出に先んじて、通路で回収した物資を取り出して並べる。
食料などはスライムに食べられてしまっているし、動く鎧に踏み荒らされて壊れている道具も多いけれど、それなりに使えそうな物も残っている。
これら全てを失っていれば、予算的に大ピンチになるだろう。
「おお、それは確かに――いや、しかし迷宮内で得た物は、全て拾得者の物であるのが冒険者の習わしだ」
「私は冒険者ではなくメイド――いえ、エージェントですので、冒険者の習わしなど存じません。ですので、どうかご遠慮なさらずにお受け取りください」
こんなに滑らかに口が動くとは自分のことながら驚きだ。
気負いが無いからだろうか。
「俺らの分はねえのか?」
サイラスさんに彼らの荷物の引き渡しと、食料と薬の差し入れを行っていると、壁際にいたふたりの男の人のうち、身体の大きい方の人から声をかけられた。
ふたりは、巨漢というよりデブ、細身というより痩せっぽちという印象を受ける対照的なコンビ――かどうかは分からない。バランス的には良さそうだけれど。
どちらも初老が見えてくるくらいの中年男性なのに、ギルドカードが示す冒険者ランクはいまだにDランクと、うだつの上がらない感じがひしひしと伝わってくる。
サイラスさんたちが異様に警戒していることもあって、盗賊かと思ったくらいだ。
「あちらの方は?」
何となく険悪な雰囲気だったので触れたくなかったのだけれど、無視したことで余計な時間を浪費するのは避けたいので質問してみた。
「他者や仲間までも見殺しに――いや、生贄にして生きている屑だ。相手にしない方がいい」
サイラスさんが、ものすごい顔で男たちを睨みつける。
こんな状況でなければ殺している――と、そんな気配がヒシヒシと伝わってくる。
いや、嘘です。気配とかさっぱり分かりません。
とにかく、ソウマくんたちも同様の気持ちのようで、侮蔑の色を隠そうともしない。
彼らにここまで嫌われるって、一体何をやらかした?
「そうなのですか?」
しかし、当事者の一方の話だけを聞いて、それを鵜呑みにするほど私は素直ではない。
「綺麗ごとばかり抜かしてんじゃねえよ! てめえが生き残ってこそだろうが! てめえらだって襲われてる奴らを見捨てて逃げ込んだんだろうが!」
訊くんじゃなかったよ。
痩せっぽちさんの方は弁明するどころか華麗に開き直って、なぜか逆にサイラスさんたちを罵倒していた。
これほど見事な逆ギレは、私の人生でも上位に入る。
「貴様らのように、仲間の足を斬って囮にするような者と一緒にするな!」
「そんなことで死ぬ奴が間抜けなんだよ! おい、そこの女! 俺らにもポーション寄越せや! ぐふふ……礼なら後で身体で払ってやるよ!
顔も出せないくれえ不細工なてめえに慈悲を与えてやる、感謝しろよ!」
痩せっぽちの男の人を糾弾するスペンサーさんに、デブさんの方も開き直って、なぜか無関係な私にまで絡んできた。
うわあ、という感想しか出ない。
怒りどころか、むしろ状況が全く理解できていないことに、いっそ、清々しさまえ感じてしまう。
私が単身で迷宮を攻略できる存在だとか、私に彼らを助ける義務が無いとか、何も分かっていない――いや、そんなことすら想像もできないのか。
だから実力もわきまえずに、根拠の無い成功のヴィジョンを頼りにこんなところにまで来れるのだろう。
彼らのように生きられれば、きっと世の中ハッピーなのだろう。
そうなりたいとは全く思わないけれど。
「オラ! さっさと出しやがれ、ノロマが!」
デブさんが、私に向かって何かの空き瓶を投げつけてきた。
ゆっくりと弧を描いて飛んでくる空き瓶は、避けるまでもなく私の遙か手前で地面に落ちて砕けた。
本当に一体何のつもりなのだろう?
「貴様ら――」
サイラスさんが、鬼神のような表情で剣を手に振り返って、男の人たちがたじろぐ。
そこでようやく現状のまずさに気づいた私は、スカートの裾から短剣を取り出して、男の人たちに向けて投げつける。
短剣は彼らの頬を掠めて、少々のことでは傷すら付かない迷宮の壁を、ほんの少し砕いて轟音を響かせた。
「あらあら、冒険者かと思えばゴミだったのですか。メイドという職業上、ゴミは処分しなければ気が済まないのですが――」
そこで言葉を区切ってサイラスさんを見る。
まあ、バケツを被っているので分からないと思うけれど。
サイラスさんは突然のことに呆気にとられていて、つい先ほどまでの殺意は霧散したように見える。
殺気とか分からないけれど、さっきより腰が引けているので、そんな気がする。
「そういった汚れ仕事は、前途ある少年にお見せするようなものでもありません。必要であれば、メイドの方で血煙に変えて差しあげます。
そちらの方々も、ご理解いただけましたら、せめて本当のゴミのように静かにしていてくださいね?」
彼らには、投げられた短剣を目視どころか、恐らく私が何をしたのかも見えていなかっただろう。
しかし、風圧と壁の破片でダメージを受けていて、背後の壁が砕けているところを見れば、私がいつでも彼らを殺せるのだということくらいは理解できたはずだ。
できていないなら、宣言どおり血煙に変えてやる。
さきの言葉のとおり、ソウマくんに殺人現場を見せたくはないけれど、それ以上にソウマくんに悪影響を与えると判断されれば致し方ない。
「迷宮の壁は破壊不可能なはず――」
「これが本場のお掃除テクニックです」
「汚れというか、壁が落ちて――」
「ちょっとしたコツだけで誰にでもできますよ。もっとも、そのコツは企業秘密です。もし秘密を知られてしまうと、その方もお掃除しなくてはなりません」
背負っていたデッキブラシを、クルクルと回しながら手にして決め台詞。
それでうだつの上がらない男の人たちは静かになって、サイラスさんたちの疑問も封じた。
良い感じに回る頭といい、滑らかに動く口といい、今日は絶好調かもしれない。
◇◇◇
ソウマくんたちの食事や身支度が終わるのを待ってから、出口――31階の階段まで向かうべく出発した。
ふたり組の方はガン無視している。
コミュニケーションの取り方が分からないし。
ここから地上に戻るには21階か31階のポータルを使うか、自前の《転移》魔法を使うしかない。
残念ながら、スペンサーさんの《転移》魔法は触媒がなければ使えないレベルで、距離もそれほど遠くにはできないそうだ。
ならば進むか、戻るかの選択になるのだけれど、危険度が高いのは門番がいる前者である。
しかし、斥候であるジェイソンさんが不在の今は、後者も同レベルで危険だった。
とはいえ、それは彼らの視点での話であって、既に門番を排除している私からすれば、後戻りはあり得ない。
そこで絶好調の話術で、31階に向かうように誘導したのだ。
門番の扉の前で、一度後ろを確認する。
ちなみに、門には鍵とかは付いていないのだけれど、開ければ勝手に閉まる不思議仕様。
なので、開けてみるまで中の様子は分からない。
中に入った後に閉まっても、閉じ込められるわけではないそうだけれど、障害物を置いても閉まらないようにはできないという謎仕様。
マナー的に、開けたら閉めるのは当然のことだし、逃げるつもりも無いので、私には関係の無いことだけれど、何の意図があってそんなことになっているのかは分からない。
さておき、別に見る必要は無いのだけれど、少し離れたところから不穏な気配を見せている、ふたりのクズの人を牽制するのが目的だ。
気配なんて分からないのだけれど、彼らくらいになると精神を見れば分かる。
なかなかに腐っている。
彼らは間違いなく、何かをやらかす。
「手を貸してもらえるだろうか?」
さておき、サイラスさんたちが前進を決めた理由がこれだろう。
ジェイソンさんがいないと探索は難しいけれど、戦闘においてはジェイソンさんの能力はそう高くない。
特に、門番戦では役立たずといってもいい。
探索中の戦闘では、死角から増援がくるとか伏兵を発見するとか、そういう役割はあるものの、門番との戦いではそれもないからだ。
そして、今は私の手が借りられる状況にある。
バケツを被ったメイドをそんなに信用していいのかと思わなくもないけれど、人を見る目に自信があるのかもしれない。
立ち居振る舞いに、そういうのが出ていたちするのかな?
ふふ、照れるなあ。
イレギュラーは後ろのふたり。
サイラスさんたちの証言が正しければ、ここに来るまでに拾った犠牲者たちのギルドカードに何らかの証拠が残っているだろう。
そして、充分な証拠が集まっていれば、彼らは何らかの処罰を受けることになる。
なので、後ろのふたりが逃げ延びるために残されたチャンスは、どこかで私たちを始末することだけだ。
恐らく、門番との戦闘の最中に邪魔をするとか、戦闘後に疲れているところを――そういうことを考えているのだろう。
「微力ながらお手伝いさせていただきます」
何食わぬ顔で――といっても見えないと思うのだけれど、はっきりと言っておく。
そういえば、朔はあの死神を一体どうするつもりなのだろう?
恐らく賞味期限は切れているだろうし、食べたりしていなければいいのだけれど。
サイラスさんが意を決して扉を開ける。
当然、中に門番はいない。
そして、部屋の中央には、宝箱がひとつだけ存在している。
宝箱を残しているのは、「門番はいませんよ」というメッセージ代わりのつもりだったのだけれど、こうして改めて見ると、非常に胡散臭い。
「一体どう言うことだ……? 今朝までは確かにいたはず……」
サイラスさんがそう言いつつ私を見る。
まあ、この中で疑いがかかるのは私だろう。
「孤独に耐えかねて旅立ったのかもしれませんね」
この場での沈黙は肯定と取られるだろうし、「彼はいるよ。私の心の中に――というか朔の中に」と、本当のことを話すわけにもいかない。
なので、適当な言葉でお茶を濁す。
「よく分かりませんが、いないのであれば好都合かと。今は生きて戻って、次の機会に挑戦しましょう!」
訝しがるサイラスさんと、すぐに帰還を進言するスペンサーさん。
いいこと言うね、インテリさん。
ソウマくんはまだ幼いので仕方がないけれど、セシルさんの影が終始薄い。
やはり神が役立たずだと、信徒もそうなるのだろうか。
「前進する。油断はするな」
サイラスさんたちは、中央にある宝箱を迂回して、奥にある階段に向かう。
彼らはそのまま何事もなく階段を下りて、私はポータルで一階に戻るソウマくんたちを見送った。
私はポータルに登録されるつもりはないのだよ。
その直後、階上から爆発音が聞こえた。
恐らく、宝箱の罠が作動したのだろう。
こんな形で役に立つとは。
そもそも、中身は抜いているので、完全に骨折り損なのに。
なお、その中身には、【帰還のアミュレット】という魔法道具と、取扱説明書が入っていた。
こんなことは初めてだった。
通常、宝箱の中身は《鑑定》しないと効果はもちろん、名称も分からないものなのに。
どうにも作為的なものを感じたけれど、私にとっても都合が良いので文句は言うまい。
欲をいえば家に帰りたいのだけれど、さすがにそれは高望みだろう。
とにかく、帰れというのなら帰ってあげよう。
でも、また来るよ!