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26 地下迷宮単独攻略

誤字脱字等修正。

 無人の野を行くがごとく、目的地へ向かって走る。

 というか、跳ねる。

 上下左右に頑丈な足場があるので、地上を走るより遥かに速い。



 魔物は基本的に無視――というより、朔の気配を少しだけ解放しているので、生物は何も近づいてこない。

 どうやら、朔の気配は生物全般が本能的に恐れるものだったらしく、人間や獣だけでなく、知性の存在も怪しいからと諦めていた虫すらも近寄ってこない。

 嬉しい誤算だ。



 ただし、朔の気配は、領域とは違って領域の外にも効果を及ぼすもので、その範囲を完全にコントロールすることができない。

 私にできるのは、私の領域のコントロールだけなのだ。


 つまり、順路を外れて夜営をしていた冒険者さんたちが、パニックに陥っていたりもするわけだ。


 幸いなことに、朔の気配を恐れて逃げだした魔物たちは、彼らのことなど目に入っていないようで、戦闘が発生したりはしていないようだけれど。


 それでも、彼らがこれから眠れぬ夜を過ごすのだ思うと、少しだけ心が痛い。



 目的地までのルートを確認した後は、領域をその範囲に固定して、障害物の存在だけを朔に教えてもらう。


 無暗に領域を広げても、リリーのように感づく人がいるかもしれない。

 リリーが特別なのか、ある程度勘が良ければ誰でも気づくものなのかは分からないけれど、可能な限りリスクは排除するべきだろう。



 さておき、罠のような障害は、事前に領域で認識できているので問題は無いけれど、それ以外の何かであっても、早めに認識しておかないと事故に繋がる。


 朔の気配を撒いて魔物を排除していても、ナメクジやスライムのような移動速度に難のある魔物が逃げ遅れていたり、なぜか逆にアンデッドは領域に引き寄せられてくるとか、違う意味での障害物が残っている。

 とまあ、万事が上手くいっているわけではない。


 どちらも私の苦手なものという点で、リスクに見合った効果があるかは微妙なところだ。



 ちなみに、アンデッドは領域に惹かれてやってくるものの、領域に触れるとなぜか活動を停止する。


 それだけならよかったのだけれど、ゾンビのような実体があるものは、その場でただの腐肉になる。

 酷いものは、溶けるように液状化したりして、目も当てられない状態になるのだ。

 正直、ゾンビのままだった方がいくらかマシだった。


 恐らく、剥き出しの魂? 何かちょっと違う魂とか、肉体があの状態で、真っ当な精神の無い存在では、私の領域に抵抗することができないのだろう。



 つまり、問題は、今回ばかりは「来た時よりも美しく」はできないかもしれないことだ。

 というか、できない。

 ごめんなさい。




 10階には門番が再配置されていた。


 ただし、前回のひとつ目巨人――サイクロプスとやらとは違っていた。

 今回の門番は、ライオンの頭と胴体に、山羊の頭と尻尾に蛇がトッピングされている、「ちゃんぽん」という言葉がとても似合う獣だった。


 頭が複数あるとか、尻尾が蛇というのは、この世界の流行りなのだろうか?


 とにかく、また迷宮が荒れるのも嫌なので、戦闘はスルーして階段に駆け込むつもりだった。

 しかし、そもそも、部屋の隅っこに張りついてガタガタ震えている獣と戦うとか、気の毒すぎて無理だった。



 20階には門番がいなかったので素通りして、その後も私の進行方向に逃げた敵だけを粉砕、若しくは迂回していく。


 相変わらず、朔の気配を恐れた魔物たちが大移動していて、迷宮内にいる冒険者さんたちに少なからず迷惑を掛けているので、せめて進路上の斃せる敵だけは掃除しておこうと思う。

 メイドだけに。




 そうして、30階に到達した時点で同化を解いて、気配も抑える。


 要救助者を怖がらせては、後が面倒だからだ。


 それに、この30階には、中身が空っぽの動く鎧しかいなかった。


 厳密にいえば、迷宮の掃除役のスライムなどはいるけれど、襲ってくるのはそれだけのようだ。


 ただ、バリエーションは豊富で、大きい個体では3メートルもあったり、剣や盾、槍やハンマー、ドリルなどなど、様々な武器を手にしている。

 それに、戦闘技術は思っていた以上にしっかりしているし、動きもそれなりに速かったものの、私的にはとても心休まるフロアだった。



 面倒臭いのは、動く鎧は音に敏感らしくて、ほんの少しでも音を立てると一斉に寄ってくるところだ。

 そして、一体でも動くと、それの立てた音にも反応して、連鎖反応的に警戒状態になる。

 さらに、複数体が集まると連携やら陣形やらを取り始めるので、冒険者のレベルによっては厄介な敵ではないかと思う。


 というか、追い詰められて、逃げようとしたり、突破しようとしたパーティーがいくつも壊滅していた。

 亡くなった人たちは残念だったけれど、情報は有効活用させてもらうので、安らかに眠ってほしい。



 幸いなことに、動く鎧は戦闘以外は全く駄目なようで、敵を見失った瞬間、敵の存在を忘れてしまう。

 頭空っぽなのは伊達ではないようだ。



 おかげで、ソウマくんたちの籠城している小部屋の前が、酷い有様になっていた。


 扉の前に鎧が(ひし)めきあって、まるでひと山いくらのバーゲンセール会場だ。

 扉を開ける知能も無いのは微笑ましくもあるけれど、外部からの助けがなければ自然に解消しなし、それを解消するのは並大抵のことではないと思うと、ちょっと笑えない。



 試しに、手近にいた鎧の頭部をこっそり外してみると、その個体による無差別攻撃が始まって、その音に反応した鎧が一斉に私へ押し寄せてきた。


 目は無いのに視覚はあるのが謎すぎる。

 まあ、領域を展開した私も似たようなものだけれど。


 それを、何も考えずに殴る。

 連携とか陣形とかは、基礎能力が違いすぎて意味が無い。


 案山子とさほど変わらない鎧を、ここまでのフラストレーションを晴らすつもりで殴る、殴る、蹴る、投げる。


『この鎧、ゴーレムの一種みたい。中にはアンデッドっぽいのも混じってて勝手に成仏してるけど。まあ、ユノには殴れれば何でも関係無さそうだね』


 うん。

 いや、何でも暴力で片付けるのはよくない。


 でも、殴っても血や内臓が飛び散らない敵には負ける気がしない。

 そして、この鎧はストライクゾーンど真ん中すぎる。

 来た時よりも美しくできるので、ここぞとばかりに念を入れて綺麗にしておく。


 欲をいえば、もう少し手応えがあればやり甲斐もできるのだけれど、そうすると一般の冒険者さんにはつらいのかもしれない。


 おっと、帰りのことも考えて門番も掃除しておくべきか。



 そう考えて、門番の所に向かう道すがら、私自身の帰りのことを考えていなかったことに気がついた。


 正体を隠す目的上ポータルは使えないし、門番のいた部屋に引き返すこともできない。

 迷宮を破壊すれば出られなくはないかもしれないけれど、迷宮の主を敵に回すようなまねも控えたい。


 最悪は、最下層まで攻略して、迷宮の主に挨拶でもするか――どうせミーティアが私を覗いているのだろうから、アイリスやリリーにも報告が行くと期待しよう。


 しかし、うーん、結局のところどうしたものか。


 よし、後のことはそのときに考えよう。


 私のことだけなら何とかなると思うし。



 そうと決まれば、さっさとソウマくんたちを回収して帰してしまおう。




 襲い来る鎧を薙ぎ払って、門番前の扉まで辿り着くと、躊躇うことなく扉を開けて、部屋へと踏み込んだ。


 なぜか、残った鎧は部屋の中にまでは入ってこないらしい。

 何だろう?

 またファンタジー的な理由か?

 まとめて片付けようと思っていたのだけれど……。



 さておき、部屋の中央には、手には禍々しい形状の大鎌を持った、黒地の襤褸(ぼろ)を纏った骸骨がいた。

 それが宙に浮かびながら、空っぽな眼窩(がんか)を私に向けている。


 お伽噺なんかに出てくる死神のようなイメージだ。


 死神といえば、何だかんだで神の一種だった気がするけれど、身体に鎖を体中に巻きつけられていて、それをジャラジャラと引き摺る様はむしろ咎人(とがびと)のようで、とても神には見えない。


 まあ、神なら神で構わない。

 むしろ、神を殴れるチャンスなどそうそうないので、合法的――かどうかは分からないけれど、心ゆくまで殴りたい。



 私が一歩踏み出すと、死神が両手を広げて、その影から3メートル級の動く鎧が6体出現した。


 このフロアの魔物は、彼――骨格的に男性だと思うのだけれど、その彼が生み出した魔物なのだろうか? というか、鎧にも性別ってあるのかな?

 どうでもいいけれど。


 鎧たちは、即座に隊列を組んで、私に突撃を仕掛けてくる。

 死神はその後ろで、悠々と魔法の準備に入る。


 正直なところ、「またか」としか思わない。


 空から魔法を撃たれるのは、ミーティアやアルで経験済み。

 動く鎧程度では時間稼ぎにもならずないし、何より、飛んでいるといっても、高度が低くて天井もある。


 莫迦正直に付き合う必要も無いので、地上の鎧は無視して、天井を使った三角跳びで死神の頭上から急襲する。


 死神の空っぽの目は、私の動きを追うこともできていない。

 私のように視覚だけに頼っていないようにも見えないし、そのまま死神の無防備な頭部を掴む――はずだったのだけれど、なぜかすり抜けて、そのまま床に着地してしまった。


 幻術――いや、霊体?

 しかし、幽霊なら気合で触れるはず――というか、触れた。


 以前の迷宮挑戦で、何体かの――身体がないのに「体」と数えていいのかは分からないけれど、幽霊を気合で殴り飛ばしている。



 すり抜けた理屈は分からないけれど、それをゆっくりと考えている時間は無さそうだ。


 至近距離に私にいることに気づいた死神が、詠唱を中断して、その手の大鎌を私に向けて振るう。

 避けた方がいいかなとは思うけれど、逃げてばかりでは事態は好転しないので、余裕があるうちにいろいろ試しておきたい。


 それでも、念のために、少し間合いを詰めて柄の部分を受けてみたのだけれど、それは私をすり抜けることなく普通に受け止められた。

 もちろん、ダメージは受けていない。


 しかし、そのまま掴んで奪い取ってやろうとすると、さっき防いだばかりの大鎌をすり抜けて、空振りしてしまった。



 理由がさっぱり分からないので、一旦距離を取る。


 心なしか、してやったりといった感じに見える死神にイラっとくる。



 反転して、再度突撃してきた動く鎧に、小刻みなステップで私から接近する。

 私の動きに反応して繰り出される鎧の波状攻撃を潜り抜けて、その中の一体を選択して、死神に向けて蹴り飛ばす。

 散弾と化した鎧が死神に直撃――せずに、またもやすり抜けて、逆に、死神の放った黒っぽい炎のような魔法が、私の足元から吹き上がる。


 それはレジストに成功したものの、死神が同時に投げつけてきた大鎌もまともに受けさせられて、壁際まで吹き飛ばされた。


 それでもダメージはないけれど――確かに、今度こそ大鎌を掴んだはずなのに、次の瞬間にはすり抜けて死神の手元に戻っていて、私だけが弾かれた形になった。



「理不尽すぎる」


 こちらの攻撃は当たらず、死神の攻撃は当たる。

 さっぱりわけが分からない。


「驚くべき身体能力と状態異常耐性だが、僧侶系の付与魔法や聖属性の術も無しに私に立ち向かうとは……。愚かなり」


 喋った。

 肺はおろか、声帯すら無さそうなのに、喋った。


 しかも、自分の弱点をバラしていないだろうか?

 何もかも理不尽すぎる。

 これだからファンタジーは……。


『ご丁寧に解説ありがとう』


「何、気にするな。何も分からぬままでは死にきれんだろう? ――ああ、異世界の言葉で『冥土の土産』というのだったか」


 私に打つ手がないと思っているのか、余裕すら感じる態度で、くだらない冗談まで口にする死神。

 死ねばいいのに――いや、もう死んでいるのか?

 でも、見たところ、魂も精神もあるんだよなあ。

 違うのは身体――というか、器だけ。


『そっちの攻撃だって全然効いてないよ』


「それは認めよう。【封神の鎖】で力を封じられているとはいえ、桁外れの防御力に状態異常の効かぬ身体――見事しかいいようがない。しかし、私は生者である貴様と違い、空腹も感じず、休息も必要としない。時の流れとは無縁な私に時が味方するなど、皮肉な話よ」


 死神の言葉に合わせて、鎧までもがやれやれといった感じのジェスチャーを取る。

 舐められている――少しイラッとしたけれど、それ自体はむしろ好都合。

 それで油断してくれるなら、メイドや道化を演じることなど安いものだ。



 攻撃は無駄だと悟ったのか、死神が攻撃してくる様子はない。


 しかし、私を先に進ませるつもりはないらしく、階段を塞ぐような位置に陣取っている。

 私ひとりなら突破もできるけれど、ソウマくんたちを連れてとなると、やはりこの死神を討伐するしかない。



 ふと、作戦をひとつ思いついた。

 この際だし、試してみる価値はあるかもしれない。


 おもむろに、お茶碗に入れたご飯を取り出して、死神の前にそっと置く。


「――何の真似だ?」


「お供え」


 僧侶、付与と聞いて思いついたのが、これ――供養だ。

 ご飯の中央にお箸を突き刺したら完成だ。

 成仏しろよ?


『何でそうなるの?』


 死神はあまりの衝撃に声を失っているのに、なぜか朔が抗議の声を上げる。



「――長い時を過ごしてきた私でも、このような仕打ちを受けたのは初めてだ……」


 台詞に反して、死神がダメージを受けたような様子はない。


「分かった!」


 宗教の違いだと気づいて、箸の一本を横向きに置き直して、十字架を作る。

 しかし、死神は困惑しているだけでダメージはないように見える。


『違う。付与っていうのは、武器に炎とか電撃を纏わせることだよ』


 マジか。

 そんなことをすれば自分が火傷したり感電したりするように思うのだけれど、何らかの儀式的なことなのだろうか?


 ……そうか!

 お線香とか、チーンと鳴らすあれのようなものか!



『違うって。領域を展開して戦えば普通に戦えるよ』


 コミュニケーションを取るつもりではなかったのにツッコまれた。

 考えを読まれているのだろうか?


 しかし、領域とは、飽くまで私自身であって――

『いいから早く』


「はい」


 言われるままに、両手に領域を纏わせる。

 領域に決まった形はないのだけれど、ミスリード目的で、竜の鉤爪のような形の手甲に見せかけることにした。

 迷宮の主が盗み見ている可能性を考えると、ミーティアとの戦いの時のような派手な展開はまずい。

 というか、そもそも使うつもりはなかったのだけれど。


 しかし、これなら私の能力ではなく、装備の力だと見せることができるかもしれない。



「私には、物理攻撃と同様に闇属性も効かんぞ?」


 死神がまたもご丁寧にヒントをくれた。

 何のつもりなのだろう?


 それはともかく、私の領域は闇属性だったのか?

 確かに色だけを見るとそれっぽい。

 多くの人は、黒とか闇だと答えることだろう。


 しかし違うのだ。

 多くの人にはそうとしか認識できないだけ。

 言葉にすると、本質とはずれる――過去に朔が言っていたように表現しづらいけれど、実際には色がない――色ではないというべきか。


「侵食すればいいの?」


『いや、ボクにちょうだい。アレに興味があるから、壊さないように』


 どうするつもりなのか――まさか、出汁でも取るつもりなのか?

 いや、壊さないようにという注文だし、何かの実験にでも使うのか?


 まあ、何でもいいか。



「分かった」


 壊さないように取り込む――それ以前に触れるのかどうかが問題だけれど、朔ができると言うのならできるのだろう。


「それじゃあ、行くよ」


 予告をしたところで、私の動きを追えなければ意味は無いのだけれど、紳士的――というのは微妙かもしれない死神に合わせてみた。


「何度やっても無駄だと思うがね」


 そう言いつつも身構える死神と鎧の集団に、超高速摺り足で真正面から接近して、やはり反応が遅い死神の顔に、一直線に手を伸ばす。


 煙を掴むような手応えだけれど、僅かながらも感触のようなものがあったので、アンカーのように領域――私を撃ち込んで存在を固定すると、無理矢理掴むことに成功した。


 そして、一度コツを掴めば、こういうものかと感覚で理解できる。

 ものすごく繊細な侵食とでもいえばいいだろうか。


 とにかく、幽霊と変わらない感触で納得のいかないところもあるけれど、幽霊にも種類とか格があるのかもしれない。

 ファンタジー異世界は不思議でいっぱいだ。



「ば、莫迦な!?」


 残念ながら、壊さずに取り込むことはできそうになかったので、そのまま首を引っこ抜いて、胴体だけを先に朔に取り込んだあたりで、現状に気がついた死神が驚きの声を上げた。

 そして、その驚愕とか恐怖などの感情が引き金となったか、残った頭部も朔の中へと消えた。


 ついでに、動く鎧も片付けて攻略終了。


 あ、殴るのを忘れていた。




 しかし、恐ろしい敵だった。


 今回は完全に乾燥した白骨だからよかったものの、骨付き肉だと手も足も出なかったかもしれない。


 それにしても、死してなお戦いは終わらないとか、異世界の人は随分と過酷な運命背負っているらしい。

 正確には、生きた白骨死体というべきかもしれないけれど、そんな状態になっても、世界に縛られ続けるとは何の罰ゲームか。

 それと比べれば、異世界に飛ばされただけの私はまだマシなのかもしれない。

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