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23 絶対に負けられない戦い

誤字脱字等修正。

「すまない。少々取り乱していたようだ」


 辺境伯が、「バイブスアゲアゲ」などと、意味不明な言葉を吐きながら踊り始めた時はどうしようかと思ったけれど、リバってスッキリしたらしい。


 そして今、酔いが醒めた彼が、バツの悪そうな顔で頭を下げていた。


 なお、酔ったのも、吐いたのも、《竜殺し》が悪かったわけではなく、先ほどの模擬戦的なあれの最中に、これでもかと飲んでいたエリクサーという薬品が原因らしい。



 ちなみに、現状ではエリクサーを人の手で作ることができないそうだ。


 主な入手方法は、難度の高い迷宮や遺跡などで出現する宝箱から稀に採れるだけ。


 味と臭いが途轍もなく酷いけれど、性能の方は、瀕死状態からでも元気いっぱいになるくらいのヤバいお薬である。


 というか、《鑑定》がある世界とはいえ、落ちていた薬を拾って飲むとか正気を疑う。

 不味いとか臭いのって、腐っているのでは?



 さておき、そんな薬品なので、味や臭いに匂いに不満があっても、有用性の高さから非常に人気が高くて、入手も困難らしい。

 間違っても、腐っているとして廃棄されることはない。


 ただ、やはり味と臭いには勝てずに、こうして後になって吐くのもよくあることだそうだ。

 まあ、私のお酒は身体に良いので、むしろデトックスできたのかもしれない。



「あれな、効果はすごいんだけど、とにかく臭いんだ。嗅いでみるか――って、手持ちがなかったわ。多分、口臭も酷いことになってるから、嗅いでみるか?」


 酷いパワハラを受けた。

 当然断った。


◇◇◇


「ご飯も酒も美味いんだけど、確かに酒の方は人間には危険すぎるな。まあ、竜を骨抜きにする酒を、人間が飲んだと考えれば当然なんだけど。美味すぎて、麻薬より酷いことになると思うわ。ってかさ、料理魔法って何なん? 料理ナメてんの? 飯食いに行って、白米出されて、これが料理って言われたら、金返せって言うと思うぞ」


『超ウケる』


 ウケないから。


 まあ、私もそこは問題だと思っていたので、いつかはきちんとした料理が出せればいいなとは思っている。



「はあ……。まあ、いいけど――ところで君、日本人だよね? いや、バレバレだから」


 なぜバレた?


「図星か。まあ、この世界で米に拘るのって日本人だけだし、魔法があるせいで手品する奴もいないしな。それに、それまで無名で、いきなり何かをやらかす奴って、大体転移者だからな。少なくともその疑いはかけられるぞ」


 マジか。

 というか、私、何かやらかした?


 ああ、砦をひとつ潰したか。



「ここから先は報告しないから――って言っても信用できないだろうし、俺も元日本人だって言えば多少は信用してもらえるかな?」


 辺境伯が嘘を吐いているようには見えないけれど、彼の容姿はダークブロンドの髪に澄んだ青い瞳、日本人離れした彫りの深い顔立ちと――どう見ても日本人には見えない。

 まあ、私も他人のことはいえないけれど。


 それ以前に、日本人だから信用するという論理が理解できない。

 日本人でも、詐欺師とか殺人者とかいっぱいいるしね。


 とはいえ、事実であるなら興味深い話ではある。



「転生者だとは聞いたのだけれど」


 ミーティアの竜眼で見てもらえば一発で真偽が分かるのだけれど、今は朔に任せるしかない。


「アイリス様の入れ知恵か。まあ、確かに転生者でもあるよ。前世は召喚された勇者ってね。これ、内緒な」


 本当なら波乱万丈の人生である。


 というか、そんな簡単にバラしていいのだろうか?

 まあ、他言するつもりはないけれど、私は案外うっかりが多いのだ。



『それでそんなに強いの?』


「君に言われると微妙な感じだけど、勇者やってた時は割と凡庸(ぼんよう)で、おかげで体の良い駒にされて人生終わっちゃったんだけどな。でも、そこから記憶と能力を引き継いで転生――まるで強くてニューゲームじゃん。チート主人公伝説始まったと思ったもんだよ。生まれた直後から意識があったから、魔力系の能力は伸ばし放題だったし、魔法やスキルもいろいろ覚えてさ。ボッチ人生のリベンジしようって、友情に恋に――敵も多かったけど、精一杯リア充生活も満喫してさ。現代知識とチート能力フルに使って、貴族の立場も利用して好き勝手やって、領地を発展させて、戦争にも勝って、嫁さんも沢山もらって。問題はまだまだ山積みだけど、主人公無双してたんだけどなあ……。努力も重ねてきたつもりだったけど、それでも勝てないかもしれない奴がいるなんてなあ。いや、竜とか魔王とか、俺より強いのなんてごろごろいるけど。しかもめっちゃ美形だし。方向性間違えてるけど。神様は不公平だわ」


 怒涛の勢いで語り始めたかと思えば、いきなり落ち込み始めた。


「そのまま主人公していればいいですよ。私は家に帰りたいだけですし」


「マジ? こっちの世界のほうが暮らしやすくないか? まあ、力があってこそだけど」


「それは確かに。でも、あっちに妹たちを残していて、ふたりは未成年で、両親もいないから、どうにかして帰りたいです」


「あー、それは心配だよな。俺も両親や兄貴には悪いなあとは思うけど、それも昔の話だしな。それに俺、あっちじゃ就職浪人――あ、やべ、凹んできた。酒出してくれ」


 彼の話が事実なら、ソウマくんのケースとは違って両親健在――この世界への適性とは、他に選択肢が無いとか、奪っているわけではなく、純粋にこの世界を受け入れられるかどうかなのか?


 それはともかく、思いのほか躁鬱(そううつ)の激しい人だ。


 しかし、日本人で、そして同性なので話が合いそうな気がする。


 ただし、《竜殺し》は出さない。

 市販のお酒で我慢してもらおう。


◇◇◇


 ふたりでお酒を飲みながら、いろいろなことを話した。


 こっちの世界に召喚される直前の彼は、一流大学を卒業したものの就職に失敗した直後。


 実家がそこそこの名家だったので、プレッシャーもきつかったらしく、彼の感覚では「まだ慌てるような時間じゃない」ところを、「とにかく帰って来い」と仕送りも止められて、夢を追うことを諦めるしかないのかと行き詰まっていた頃だそうだ。


 ちなみに、そもそもの彼の孤独な大学生活と就職の失敗の原因が、高校時代に初めてできた彼女が、学校の体育教師に寝取られたことが影響しているそうだ。

 しかも、その際、わざわざ目の前で行為――彼女が快楽に溺れている姿を見せつけられたことに深く傷付いて、それ以降、何かに本気になろうとすると、どこかでブレーキが掛かるようになったのだとか。


 なお、その時は、その場で証拠を押さえて即通報したそうで、教師はすぐに逮捕されて少しスッキリしたそうだ。

 しかし、後日、各所にバレて病んでしまった元彼女に刺されて、数日ほど生死の境を彷徨ったこともトラウマに追加されたらしい。



「あの時死んでたら、勇者召喚じゃなくて異世界転生だったのかなあ……」


 お酒の席の話にしても、重すぎる。

 とにかく、こっちの世界で幸せになれてよかったねと素直に思う。


◇◇◇


「なるほどなあ。ちょっと何言ってるか分かんないところも多かったけど、料理以外の魔法は使えないのか。個人的には、料理は魔法じゃないと思うんだけどな」


「でも、ファンタジー世界ですし、何があっても不思議ではないのでは?」


 私もそう思うけれど、実際にそうなっているのだから、事実として認めるしかない。


 それに、「充分に発達した技術は魔法と変わらない」というようなことを、どこかの偉い人が言っていたような気がする。



「いや、ファンタジーを何だと思ってんの? というか、俺の今までの人生の中で一番ファンタジーなの、君だからね?」


「ええ……。私は地に足つけて生きていますよ?」


 人をファンタジー扱いとか、失礼な話である。


「ううん……? 最早どこからツッコんでいいのやら……。でもまあこの世界、強い奴が正義ってとこあるし、あっちの世界じゃ可愛いのが正義だし、君が言うならそうなんだろうな」


「いや、何でもかんでも力で押し通すつもりはありませんよ? 何でも正しければいいというわけでもないけれど、道理とか倫理は大事だと思います」


 力が正義の世界とかヤバすぎる。


 まあ、正しい行為が正しい結果をもたらすとは限らないし、正誤よりも意志の方が大事だと思うけれど、自分だけの世界ではないのだから、譲り合えるところは譲り合うべきだと思う。



「うーん、特におかしなことを言ってるわけじゃないのに、君が言うと妙に説得力が無いなあ。でも、なんか心の奥の方がザワザワするっていうか、変な感動があるんだよね。というか、姿勢綺麗だよね。言葉遣いも、ちょっと変なところがあるような気がするけど、丁寧に喋ろうというのは伝わってくる。でも、俺にはそんな畏まらなくていいよ?」


「ありがとうございます。でも、所作や言葉遣いが汚いと余計な敵を作るとか、そこまでいかなくても反感を買うじゃないですか。普通に考えれば損しかないことをする人っておかしいじゃないですか」


 私の所作を褒める人に悪い人はいない。

 この人は良い人だ。


 ちなみに、悪い人とは、他人を外見だけで判断してちょっかいをかけてくる人だ。



「なるほど。君は余計なひと言で敵を作るタイプなんだな。というかさ、君の容姿とか姿勢とか、整いすぎて浮世離れしすぎてるんだよね。他の人に真似できるレベルじゃないんだけど、君を基準で当然とか言われても、モヤっとする。ある意味暴君」


 ……きっと、根は良い人なのだ。

 人間、自分のことが一番見えないというし、人の振り見て我が振り直せということだろう。



「で、アイリス様との関係だけど、そんなに深刻に考えなくていいんじゃない? 今は恋人ごっこでも、そのうち本当の恋人になるかもしれないし、先のことはそのときにならないと分からないよ」


 そんなものなのだろうか?


「日本の価値観でいうと、16歳に手を出すって犯罪だけど、あっ、トラウマが……。とにかく、こっちの世界で気にすることじゃないし、アイリス様は肉体的にも精神的にも成熟してるように見えるし。まあ、思うようにやればいいと思うぞ。アイリス様の立場を考えると、あんまり適当なことはできないけどな。でもまあ、最悪の場合はうちで匿ってあげることもできるだろうし、必要以上にビビる必要はないってこと。ビビりすぎて機を逸すると、俺みたいに、うっ……!」


 アイリスとの関係にも、男としての、たくさんのお嫁さんを持つ先輩として、トラウマ持ちとしてもアドバイスをくれた。


 貴族社会の慣習として、やむを得ず正妻だとか序列はつけているけれど、本当はみんな平等に愛しているのだとか、何かいろいろ言っていたけれど、そうまでして正当化しなくても、本人と奥さんたちが納得しているならいいと思う。


 良い人なのだろう。

 ちょっと闇を抱えているけれど。




 この人になら大丈夫かなと思って、朔のことも話してみた。

 もちろん、邪神だとか人を喰うことなどには触れずに。



 なぜか、サブカルチャー的な話題で意気投合していた。


『いい歳した大人が、「四天王」とか「セブンスターズ」とか言われるのってどんな気分?』


「自分のクラスを『可愛い』ってつけちゃうのもアレだけどな! 文句なく可愛いけどな!」


 軽口まで叩き合うようになっていた。


 なお、彼のことは愛称で「アル」と呼ぶことを許可された。

 もちろん、TPOはわきまえなければいけないけれど。


 それだけでなく、アルは貴族との付き合い方など分からない私の代わりに、彼らとの窓口になってくれると申出てくれた。


 私としては貴族様とお付き合いする予定は一切なかったのだけれど、私が望もうと望むまいと、アイリスと一緒にいる以上、避けられない場面が出てくるとアルは断言していた。



「まあ、そういうときが来たら俺の名前を出していいよってこと。そうならないようにこっちでも動くけど、まあ、深く考える必要は無いよ。今のところは」


 そうまで言われては断れない。

 私にデメリットは無いしね。


 それでも、アルにそこまでするメリットが無いのではと尋ねてみると、「友達のために動くのに理由は要らないだろ」と、男前な返答があった。

 自然にこんな言葉が出る辺りが、彼がモテる理由なのかもしれない。


 さらに、アルは私やアイリスの目的にも、王国貴族の範囲としてではあるけれど、最大限の協力を約束してくれた。

 さすがに彼にも彼の生活だとか、貴族としての立場や責任があるので、王国と揉めてまでは協力できないとのことだけれど、私もそれは望まない。


 もちろん、ただ協力してもらうだけなのは気が引けたので、私たちのランクでは換金できなかった魔物の素材を譲っておいた。

 といっても、長く保管しておいても朔のおやつになるだけだし、事実、いくらか量が減ったいたので、ギブアンドテイクを装った、(てい)のいい処分なのだけれど。



 しかし、アルとしても下手に利益を得てしまうと、その後の活動に支障が出ると言って、彼が損をしない程度の換金という形になった。

 よく分からないけれど、貴族的な(しがらみ)だとか何とか。


 というか、ポケットマネーで100億円分のお金――カードを通じてだけれど、ポンと出せる懐事情には驚かされた。


 この人、成功者だ。

 いや、英雄とか呼ばれていたし、分かっていたことなのだけれど、金額で表示されると実感も一入(ひとしお)である。


 しかも、このお金は彼が趣味の冒険者業で稼いだ分だけのものだそうで、領地運営で得たものとは別――全体の稼ぎからすると、ごく一部にしかすぎないらしい。

 なるほど、私たちが稼いだ額程度では、エリート冒険者さんたちが驚かないのも納得だった。


◇◇◇


 翌日、関係者を集めて、夕飯を一緒にいただくことになった。


 一応の仕事は終わったので、これから顔を合わせる機会も増えるだろうと、懇親会を開いて、今ここにいる人たちだけでも親睦を深めようということになったのだ。



 しかし、それは口実にすぎない。


 昨日のアルとの会話の中で、ひとつお願いをされてしまったのだ。


 私を友達だと言ってくれた彼のために、応じてあげたい気持ちはあるのだけれど、彼の立場――貴族であることを考えると、無条件にとはいかない。

 それはそれ、これはこれである。



 とりあえず、そのお願いとやらを聞いてみてから判断することになったのだけれど、それは貴族とか英雄とか全く関係無いものだった。

 ただ、彼がそこにかける情熱は本物で、ヤバいくらいに必死だったこともあって、協力してあげなければいけない気にさせられた。




 アルの監修の元、お昼過ぎには仕込みは完了していた。


 この場に同席してるのは、アルと、その奥さんの、アンジェリカさん、【エリー】さん、【ジーン】さん。

 今回アルスに同行している3人だ。


 他にも4人の奥さんがいるそうだけれど、全員で来ると仕事にならないため、今回は領地でお留守番らしい。

 なお、私の変装のことは既に話してもらっているので、修羅場になることはないはずだ。



 そして、こちらはミーティアとリリーにも参加してもらっている。

 私だけでもよかったのだけれど、彼女たちもこれから顔を合わせる機会が増えるかもしれないので、慣れてもらっておいた方がいいと判断した。




「こちらの可愛らしい方が竜を倒して、その竜がそちらのお綺麗な方なのですか? 俄かには信じられませんが、アルフォンスさんが言うことなら本当なのでしょうね」


 この丁寧な言葉遣いの金髪巨乳美女が、正妻のアンジェリカさんだ。

 正妻と言うとアルが面倒臭くなるので、彼の前でこの話は厳禁だ。


 その彼女は、ミーティアの「あの勝負は引き分けじゃったが、儂はその時のこやつの勇気に感銘を受けてじゃな――」と、ミーティアによる脚色がされた話を真剣に聞いている。


 そして、なぜかそれに対抗心を燃やしたリリーが、更に所々で話を脚色して、最終的には勇者が悪の帝国軍から哀れな村娘を救って、果ては悲劇の王女様を救うために、一度は敵として戦った古竜と心を通わせて、共に巨悪に立ち向かう感じの一大冒険活劇が出来上がっていた。


 意外なことに、結構面白かった。


 登場人物が私じゃなければ、だけれど。

 物語の私は、一体何と戦っているのだろう?


 とはいえ、あの人見知りのリリーが、積極的に人の輪に入っていくことには感慨を覚える。

 切っ掛けはともかく、良い傾向だと思う。



 料理が運ばれてくるまでの間、奥さんたちに真剣に変装をチェックされた。


 変装を解いた時にはアル同様、「「「変わってない!」」」と口を揃えて言われたことからも、彼女たちのレベルが高いこと、そして目が確かなことが窺える。

 それもそのはずで、アルの奥さんたちはみんなAランクの冒険者資格も持っているそうで、時折、アルと一緒に狩りに出たり、迷宮に潜ったりしているのだとか。


 貴族とは一体?



「やっぱり男の子には見えないわ。話を聞いていなかったら、またアルが嫁連れてきたと思ったでしょうね。……さすがにこのレベルの娘になると、怒りよりも危機感しか湧かないわー」


 そう言ってマジマジと私を見ている赤髪の女性はエリーさん。

 アルとは幼馴染らしく、言動に遠慮がない。

 彼女の鉄壁ガードには、随分助けられたし、邪魔をされた。


「他のみんなには、アルの新しい嫁って紹介してみたら面白いかもね」


 こんな冗談を口にすることからも分かるように、彼女はちょっと悪戯好きな性格らしい。

 アルの顔が引き()っているので止めてあげてほしい。



「姿勢の、所作のひとつひとつの美しさが、ただでさえ高いクオリティを更に引き上げている。これはむしろ私が見習うべきなのかもしれん。肌もプニプニでスベスベだ」


 私のほっぺをプニプニと突く青髪の人がジーンさん。

 アルとは西方諸国との戦争で、肩を並べて戦った仲らしい。

 彼女は男勝りな性格を少々気にしているようで、一番真剣に私を弄っていた。



 ふと、あることに気づいてしまった。


 髪の色が見事に信号機だ。


 この世界の人は、バリエーション豊かな髪の色をしていて、町を歩いていると、幼い頃に縁日で見たカラーひよこを思い出すことも多い。

 長生きしろよ?


 などと、信号機カラーの美女と、身内のはずのリリーとミーティアにまであちこち弄られている間、そんなことを考えていた。


◇◇◇


 料理が揃った時点をもって、作戦を開始する。


「それではユノ、頼む。彼女たちに思い知らせてやってほしい」


『りょ』


 なぜか私ではなく朔が答える。

 というか、その暗号みたいな話し方、気に入ったのか?



 とにかく、あらかじめ用意しておいたご飯を取り出して、食卓に並べる。

 今この場で魔法を使わないのは、色違いが出ることを防ぐためだ。


 打ち合わせどおりに、アルが白米、リリーがお稲荷さんに手を出す。


 奥さんたちの表情は渋い。

 お米は美味しいものではないというのが、この世界での一般的な認識なのだ。


 しかし、対する小麦の品質は高く、品種も多い。


 それでも負けられない。

 元お米の国の人だから。


 まあ、目が離せなくなっている時点で勝っていると思うけれど。



「これはユノの魔法で出したものだけど、騙されたと思って食べてみてほしい」


 アルがあまりに真剣に頭を下げていたからか、渋々といった感じで手を出す三人。


「あら、これは……」


「びっくり」


「茶色い包みの方は甘いが、程よい酸味もあってさっぱりしている。美味いな」


 私の出したご飯なので当然だけれど、高評価のようだ。



「ははは! 見たか! これが米の真の実力なのだ! さらに、これを見るがいい!」


 アルは《固有空間》から、おにぎり、炒飯、丼ものなどなど、様々な米料理を出現させる。


 これらは、昼間に私のご飯を材料に、アルが料理した物だ。


 イケメンのくせに料理まで――と思わないでもないけれど、味見をさせてもらったところ素晴らしく美味しかったので、認めざるを得ない。

 むしろ、久し振りの丼ものに感動させられた。



「材料や時間が足りなかったせいで、できなかった料理も多いんだけど、このように料理のバリエーションも広い!」


 奥さんたちの反応を見て、アルがプレゼンテーションを始めた。


 なぜこんなことをしてまでお米の良さをアピールしているかといえば、多くの勇者がそうしたように、アルの領地でも当然のようにお米の栽培をしている。


 しかし、アルもまた、過去の勇者たちと同じようにお米作りの難しさに打ちのめされていた。

 そして、彼の領地で唯一の不採算事業として存続の危機にあり、継続を主張するアルの味方がいないらしい。


 そこで、何としてもお米の美味しさを理解してもらって、需要を示さねばならない――というのが今日の作戦の骨子だ。



 細かいことは私には分からないけれど、お米の良さを知ってもらうことに否やはない。

 いや、パンや麺も大好きだけれど。

 炭水化物は良いものだ。


 しかし、必死にプレゼンテーションを続けるアルに対して、奥さんたちの反応はいまいちだ。


 そもそも、ご飯に限らず、食べ物の味を良くする魔法は普通にあるらしく、私のご飯に関しては魔法であることも分かっているので、私とアルの関係が友好的ならまた口にする機会もあるだろうし、栽培する物とは違うと理解しているのだ。


「同じ労力を小麦に使えばよくありませんか?」


「アルの仕事はお米を作ることじゃないでしょ?」


「なぜ米だけ本来の味に拘る? どうしても美味しい米が食べたいなら、彼女の魔法を教えてもらえばいいだろう?」


 いくつか勘違いは混じっているけれど、ごもっともな意見ばかりである。

 しかし、アルはこんな状況も予測していて、彼が私にした本当のお願いは別にある。


 そして今こそ実行する時だと、アルが目で訴えかけてくる。

 やらずに済めばそれでよかったのだけれど、約束した以上は果たさなければならない。




 ご飯の入ったお茶碗を胸元に抱えるように持ち上げ、ニッコリ微笑む。


『お米って、食べて美味しいだけじゃなくて、美容にも効果があるんですよね』


 そして始まる茶番劇。


「おっ、よく知ってるな。米には様々な栄養素が含まれてる素晴らしい食品ってだけじゃなくて、米のとぎ汁や米ぬかを使ったスキンケアで、美肌効果も期待できるんだよな」


 美肌と聞いて、奥さんたちの視線が一斉に私に向けられる。


 ここで、手の甲にグラスの水を垂らしてみる。

 いつものように水は私の肌に留まることなく流れ落ちていく。

 それを、奥さんたちの真剣な目が追う。


「ツルツルスベスベモチモチのお肌。毛穴も気にならなくなる。効果に個人差はあるだろうけど……なあ? それに、食物繊維も――」


 そんなことを謳いながら私の方を見るアルが悪魔に見えた。


 その話と私は何の関係も無い。

 それは奥さんたちにも分かっているはず――なのだけれど、サンプルが目の前にあって、「もしかしたらと」いう希望を植えつけた。


 その時点で勝負は決していた。


 これが自称チート主人公の交渉術か。

 目的のためには手段を択ばない――実に恐ろしいものだ。

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