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22 星に願いを

誤字脱字等修正。

 辺境伯は、私から少し距離を取ると、《無詠唱》の魔法かスキルで空へ舞い上がった。


 この世界では、人間も飛べるらしい。

 羨ましくなんてない。


 というか、いい歳をした大人なのだから、地に足をつけて生きるべきだと思う。

 いつまでも舞い上がっていてはいけない。



 辺境伯は地上から十メートルほどの高さで止まると同時に、突き出した右腕から、無数の光の矢を私に向けて放ってきた。


 その数、ざっと百本以上。


 数えられなくはないけれど、途中で飽きるくらいに多い。

 ミーティアのものと比べると速度は大したことはないものの、密度が酷い。


 足場が悪くて、躱しきるのはさすがに厳しいか――本気で走れば逃げ切れるかもしれないけれど、そういうのは私のスタイルではないし、辺境伯もそんなものを見たいわけではないだろう。



 被弾を最小限に抑えるために、思い切って光の弾幕に向かって飛び込んで、直撃するものだけをレジストした――のだけれど、私と交差した残りの矢が反転して、再び私へと向かってくる。

 だからといって脅威になることはないのだけれど、これを何度も繰り返すのかと思うとただただ面倒くさい。

 なので、足元の砂を盛大に蹴り上げて防壁代わりにして、貫通してきたもののうち、手の届く範囲に入った魔法の矢を迎撃していく。


 一方で、辺境伯の方も新たな攻撃を繰り出してくる。



 辺境伯は、爆発、電撃、水や空気の刃などなど、私の反応を見ながらいろいろと試しているように見える。


 しかも、それが当然であるかのように全て《無詠唱》で――ただし、詠唱の代わりか、その都度変なポーズをとっているけれど、その練度はミーティアに以上のレベルだと思う。


 残念ながら、威力の方はミーティアのものとは比較にならないようだけれど、驚くことに、複数の魔法を一度に使ったりもしている。



『彼の身に着けてる服とか手袋に魔法の模様が刻印されてて、そこに魔力を流すことで魔法陣を描くのと同じ効果を出してるみたい』


 ふむ、なるほど。

 よく分からない。

 技術的にすごいということか。


 私にしてみれば、ミーティアに禁呪とやらをぶち込まれた時ほどの焦りはなく、穏やかに会話できる程度のものだけれど。



『彼の魔法の運用は、今まで読んだどの書物にも載ってなかった。ミーティアからも言及がなかったってことは、彼独自のやり方なのか、見た目ほど簡単な技術じゃないんだろうね』


 リリーにも教えてあげられればよかったのだけれど、そもそも魔法だけには博識なミーティアが教えていないということは、一般的ではないか、まだ踏まなければいけない段階が残っているのか――は、蘊蓄(うんちく)好きなミーティアでは考えにくい。


 朔の言うとおり、彼独自の技術なのだろう。


 ふと、魔法の矢にしろ爆発にしろ、なぜ直接相手に発生させないのか? その方が効率的ではないのか? ――と、爆風で吹き飛ばされながら思った。


『そういう概念的な制約でもあるんじゃない?』


 まあ、いくら考えても私には分からないことだ。

 帰ってからミーティアに訊いてみよう。



 さておき、私は小規模な爆発程度でダメージを負うことはないけれど、吹き飛ばされて空中にいる間は、私にできることは少ない。


 魔法ならレジストできるのだけれど、魔法の余波というか、魔法で起こされた現象までは上手くレジストできない。


 理屈の上では爆風や炎も取り込んで無力化できるはずなのだけれど、私の意識的な問題なのか、なぜかあえて受けている感じになってしまう。


 この短時間でそこを突いてくるようになるとは、さすが英雄というべきか。

 戦い方が上手い。



 しかし、私はいつまでこうして魔法を受け続ければいいのだろう?


 辺境伯が低高度とはいえ空にいて、なおかつ怪我しない程度の攻撃しかできないとなれば、ろくな遠距離攻撃手段が無い私はお手上げに近い。


 跳べば届く距離ではあるけれど、跳んでしまうと細かい力加減ができなくなるし、そもそも「力を示す」とは、そういう場当たり的な対応のことではないように思う。


 それに、確証はないけれど、辺境伯もまだまだ余力を残しているように思うので、何かする前に、それを受けてからの方がいいかもしれない。



『もっと本気を出してもらってもいいですよ』


 既に本気だった場合は、かなり失礼な話だ。


「――後悔するなよ!?」


 しかし、その心配は杞憂に終わる。


 先ほどまでとは比べ物にならない威力――というか、派手になった魔法の集中砲火を浴びて、まるでピンボールのボールのように弄ばれる。


 もちろん、ダメージは受けていない。

 とはいえ、スカートの中にまで気を配っていられるほどの余裕は無い。


 常人であれば見えるような速度ではないと思うのだけれど、辺境伯くらいの能力なら、見えているような気がしないでもない。



『もっと、もっと!』


 それでもというか、だからというか、空中で高速で錐揉みしながらも、辺境伯に向かって手招きする。


「畜生!」


 辺境伯は悪態を吐きながらも、今度は私の背後に《転移》してきて――錐揉み状態の私に背後も何もあったものではないのだけれど、豪華な装飾の施された剣で、光の軌跡を描きながらマジカルな感じで斬りかかってくる。



 ようやく近接戦闘の間合いまで来てくれた。


 しかし、怪我をさせてはいけないので打撃は禁止。

 投げとか関節技ならいいかもしれないけれど、回転が邪魔すぎる。

 剣を壊しても責任が取れないので、剣を狙うこともできない。


 そうなると、もう防御するか――攻撃してくる手でも捕まえるくらいしかない?

 しかも、なるべく優しく。高速錐揉みの中で。



 いや、無理だよね。

 さすがに近接攻撃をしてきたといっても剣の間合いで、私は空中で錐揉み中。

 間合い操作ができる状況にない。


 いや、待てよ?

 確か、角運動量保存の法則だったか、アイススケートなどではスピン中に腕を畳むと回転速度が上がるらしい。


 そして、回転といえば、吸引力の変わらないただひとつの掃除機は、詳細は忘れたけれど回転サイクロンしていた気がする。


 さらに、回転、吸引力とくれば、妹が「回転パイルドライバーの間合い広すぎるでしょ。マジウザいんだけど」と言っていたのを思い出す。


 その名称からすると、恐らく回転を加えたプロレス技――パイルドライバーなのだろう。


 実際に見たことはないけれど、理に適っている気がする。


 それに、亜門社長も従業員の人に「莫迦野郎! 回転中の機械に近づくと吸い込まれるって、いつも言ってんだろうが!」と怒鳴っていた記憶がある。

 イケそうな気がする!



 できる限り回転を速めるため、肩関節を外して極限まで回転半径を小さくする。

 すると、予想どおりに回転速度が増して、更に効果を高めるために思いっきり息を吸った。


 私は一陣の竜巻となった。


 そして、目論みどおり、辺境伯を吸い込んで捕まえた。

 ちょっと激しい空中ソーシャルダンス(錐揉み)に興じつつ、痛くない関節技か抑込技に持ち込めれば――と考えていると、とても不思議な感覚に襲われた。


 辺境伯が再び《転移》のような魔法を使って、背後から私に斬りかかる――そんな予感というか、幻が見えた。


 しかし、辺境伯は今も目の前にいるし、《転移》魔法特有の揺らぎも感じない。


 なぜか嫌な予感がしたので、すぐに朔と同化して、辺境伯を潰してしまわない程度にしっかりと掴む。


 結局は何も起きなかったのだけれど、さっきの予感は何だったのだろう?


 何にしても、私に朔と同化させるとは、やればできるじゃないか、英雄さん。

 予感の中の貴方の太刀筋は悪くなかったよ。


 一応、死なないように――怪我をしないようには気をつけるけれど、死んだらごめんね?


 半ば祈るような気持ちで、辺境伯を地面に捻じ込んだ。


◇◇◇


――第三者視点――

 アルフォンス・B・グレイはまたも困惑していた。


 先日以上に、幾重にも重ね掛けした強化魔法と状態異常防御などのおかげで、ユノと正対しても一応は平静を保っていられた。


 光属性魔法《光矢》程度が効かないことも織り込み済みだった。

 それでも、彼の能力であれば、《光矢》の一本でBランク程度の魔物であれば一撃で仕留められる威力があったし、それを128本同時に撃ち出せば、牽制くらいにはなると思っていた。


 しかし、ユノはそれを最低限のものだけを撃ち落とし、残りは体捌きだけで躱していた。


 簡単に躱せるようなスピードではないはずで、しかも背後から襲いかかった自動追尾のものまで、後ろにも目があるかのように避けられた。



 アルフォンスは、同時に撃ち出す魔法の数を増やし、属性を変え、魔法の種類を変えて弱点を探るが、これといって有効打になりそうなものは見つからない。


 むしろ、落雷とほぼ等速の《雷矢》すら避けるあり得ない回避能力に、地の利を生かした《蟻地獄》をルームランナーか何かと勘違いしているバランス感覚に、魔法防御貫通能力を付与した《酸性雨》を直撃させても、ダメージを受けるどころか濡れさえしない理不尽さに、最早恐怖しかない。



 しかし、ユノの行動範囲を限定するためだけに、彼女の前方に撃ち込んだ《爆撃》の魔法の爆風で、彼女は驚くほど呆気なく打ち上げられた。


 打ち上げられてからは回避能力は鳴りを潜め、全ての魔法を手足で撃ち落とすようになり、そのたびに高度と回転速度が増していく。


 ただし、ダメージは確認できない。


 アルフォンスはまたも困惑する。


 遊んでいるのか、飛べないのか。


 というか、こいつは一体何なのか、と。



 アルフォンスを含む、翼を持たない個体の使う《飛行》魔法は、いくら訓練しても、生まれついて空を飛べる種族や個体と肩を並べることはない。

 戦闘において空を飛べるか否かの差はかなり大きいが、翼の無い者が空を飛ぶのは相応のリスクも存在するのだ。


 アルフォンスの《飛行》レベルは、人族の限界である10に達しているが、それでも飛行中はパラメータが平時の80%まで低下するし、スキルや魔法の精度・威力も低下する。


 さらに、《飛行》のレベルが低い場合、離陸時に大きな隙を晒してしまう。

 そのため、敵の目前で《飛行》を発動することは、ごく稀なケースである。


 また、《飛行》中は、高度や速度に応じて魔力を消費し続けるので、維持できなくなれば当然のように落下する。

 その際、場合によっては落下ダメージで死ぬこともある。


 それでもアルフォンスが飛んだのは、砂漠という足場の悪い環境で、先に自分が空に上がってしまえば極めて有利になるという計算からである。


 地上にいるならそのまま狙い撃ちに、追いかけて飛ぼうとしても離陸の隙を狙い撃ちに。

 《飛行》のメリットは、そのリスクを認識してもなお上回るのなのだ。



 ユノが《飛行》魔法を使えるかどうかは分からない。

 そういった報告は上がっていなかったが、古竜を倒すのに《飛行》が使えないというのは考えにくい。

 《飛行》無しで、飛んでいる古竜とどう戦うというのか。

 地上と空中で遠距離攻撃を撃ち合ったとしても、基本的に回避できるスペースが広く、物理攻撃に限れば位置エネルギーも利用できるなど、上空の方が有利なのだ。

 そして、最悪飛んで逃げられてしまえばお仕舞いである。


 ユノが《飛行》魔法を使えると仮定すると、《飛行》魔法の離陸時に発生する隙も、空中で発動すれば極小にできる。

 しかし、一向に発動する様子はなく、ここで使わないのであれば《飛行》は使えない――と断じることはできない。


 《飛行》はしなくても、高速錐揉み大回転しながらアルフォンスの魔法を弾いている様は、何かの限界に挑戦しているだけのようにも見える。


「もっと! もっと! まだまだいける! 貴方の実力はこんなものじゃない!」


 むしろ、挑発までされる有様だった。

 アルフォンスの豊富な戦闘経験の中でも、これほど異常なものは初めてだった。


 というより、現実感が欠落し、悪夢に溺れている感じに近い。


 アルフォンスは、得体のしれない恐怖に突き動かされて、秘蔵の霊薬【エリクサー】をがぶ飲みしながら、複数同時無詠唱魔法と紋章術を駆使して、大魔法を乱れ撃ちする。


 これだけやれば、上位の竜や大悪魔でも撃破、若しくは撃退できるだろう。

 大赤字と引き換えに。


 しかし、ユノは『もっと、もっと!』と手招きまでして、挑発をエスカレートさせるだけ。

 その様子はまるで、どこかのエクササイズのインストラクターか熱血コーチのような物言いである。



 アルフォンスは恐怖する。

 最初から恐怖しっ放しである。


 魔法の弾幕が途切れ、彼女が地面に降りた時、自分はどうなってしまうのか?


 この戦法は相手に――特に、強敵を相手に反撃を許さないために編みだしたものだが、消耗が激しく長期戦には向かない。


 全ての状態異常とHPMPを回復させる、エリクサーの在庫にも限りがある。



<レベルアップ!>

 アルフォンスの脳内に、システムメッセージといわれる世界の声が響く。


 エリクサーも使い果たし、ガス欠が見えてきた頃、ここ数年全く上がらずに頭打ちになっていたと思っていたレベルが、都合よく上がったのだ。

 そして、今もなお恐ろしい勢いで経験値が入り続けている。


 アルフォンスも、敵を斃すことだけが経験値を得る手段ではないことは知っていたが、戦闘中にここまで目に見えて上がるというのは初めての経験である。


 相手との実力差があればあるだけ得られる経験値が違ってくるものだが、そうすると、自分は一体何と戦っているのかと――「いや、これは戦闘じゃなくて、テストだから!」と、アルフォンスは心の中で言い訳をする。


 レベル1のルーキーを、レベル120のアルフォンスが指導してもこうはならない。


 恐怖と引き換えのボーナスステージか何かなのだろうかとも考えたが、頭の中では危険を報せる警報がガンガン鳴り響いている。


 経験値は喉から手が出るほど欲しいが、このまま調子に乗り続けるのはまずい。

 少なくとも、次のレベルアップよりも、ガス欠の方が早い。


 そうなる前にひと区切りをつけて、できればマウントを取れるくらいに格好をつけてから会話にでも持ち込んで、こっそり魔力と平常心を回復させる時間がほしかった。



 そのためには、安全策ばかり採ってはいられない。

 魔法が駄目なら物理で攻めるしかない。

 やはり、レベルを上げて物理で殴るのが基本であり、奥義でもあるのだ。


 アルフォンスは《無詠唱》の《瞬間移動》――《転移》の上位に当たる、絶対に失敗しない転移魔法で、ユノの背後に回って聖剣を構える。

 アルフォンスの所有する武器の中で、その聖剣が最強というわけではないが、使いこなせるという意味ではそれが最強となる。


 そして、ここで持ち出す理由からも推測できるように、射程は短いが威力は絶大である。

 使い手や状況によっては、大魔法以上の威力を叩きだす。

 当然、当てるだけの技量が必要になるが、《瞬間移動》で反対側に回ってからの、間髪入れずの攻撃である。

 外す方が難しい。


 しかし、錐揉みしているユノと目が合った。


 正確には、アルフォンスは超高速で回転している彼女を視認できるほどの動体視力は持ち合わせていないので、合ったような気がしただけだ。


 しかし、アルフォンスの頭の中では、《危険察知》の警報音が、「ホタルノヒカリ」のメロディーに変わっていた。


 その直後、ユノが竜巻になった。



 恐怖が振り切れ、それが理不尽に対する怒りへと変化したアルフォンスは、聖剣を神剣に持ち替え、禁呪の《時間停止》を発動した。

 《無詠唱》での禁呪の発動、そして神剣に捧げる贄として、人並外れた生命力や魔力を持つアルフォンスでも、卒倒しそうになるほどの魔力と体力とそれ以外の何かが奪われる。


<対象の情報取得に失敗しました。対象が存在しないか、指定できない対象です。予期せぬエラーが発生したため、《時間停止》を強制終了します。強制終了により不具合が残った場合は、管理者に連絡してください>


 アルフォンスの脳内に、そんなシステムメッセージが流れる。


 しかし、アルフォンスがそれを理不尽だと思うことはなかった。

 彼の意識と身体は、例えようのない幸せなものに包まれ、回転しながら落下していった。




 アルフォンスが幸せという名の牢獄から解放された時、彼は乾いた大地に、身体の半分ほどが頭から埋まっていた。


 しかし、不思議なことに、アルフォンスにダメージはない。

 怒りもない。


 《飛行》魔法より遥かに有利不利が分かれる《時間停止》が、理解不能な形で破られたことに対する悲しみもない。

 管理者が誰かなどという細かいことも、どうでもよかった。


 身体中を包んだ柔らかな感触と、両頬に感じたひと際柔らかい感触。脳を蕩けさせるような甘い香りと、奥に隠された際どい黒。


 アルフォンスはただただ穏やかな気持ちで、埋まっていた身体を掘り起こし、身体に残った砂を払う。



「ありがとう」


 アルフォンスの心にあったのは、純然たる感謝の気持ちだけだった。


◇◇◇


――ユノ視点――

 スクリューパイルドライバーが決まった。


 辺境伯が壊れた。


 何に対してお礼を言われたのだろう?

 というか、憑き物が落ちたみたいにすっきりしているし、もう終わりでいいのだろうか?



「ご満足いただけました?」


「ええ、とても」


 とても良い笑顔だ。奥さんがたくさんいるのも頷ける。



「では、今日はもう終わりということでよろしいですか?」


「いえ。後、もうひとつだけ」


 えー、まだあるの?

 いや、二度手間三度手間になることを思えば、一度で済ませた方がいいか。



「理解できないところも多いけど、人格の方は――問題は無い、かも? 戦闘能力は、魔法防御力が高いことは分かった。破壊力がヤバいのも分かった。後は物理防御力を見たい」


 人格の方、何か言いたげだな。

 まあ、いい。


 ところで、物理防御ってどうやって測るのだろう。

 対応するパラメータはVITだったと思うけれど、私のVITはゼロだ。

 VIT以外もゼロだけれど。


 やはり殴り合うのだろうか?

 殴り合ったら友達になれるかもしれないね。

 貴族様は面倒臭そうなので、お断りしたいところなのだけれど。



「ひとつ魔法を使う。禁呪だけど、威力は控えるし、君なら死ぬことはないと思うけど、無理だと思ったら何か合図をしてくれ」


 辺境伯はそう言い残すと、再び空高くへと上昇して、そのまた更に上空に、巨大な魔法陣を展開させる。


 星降るような夜空を台無しにするような魔法陣だけれど、よくよく考えれば彼が魔法陣を出現させるのは今日初めてだ。

 それだけの手順を踏まなければならない魔法だということなのだろう。



 魔法陣は瞬く間に何層にも積み重なっていって、更にその大きさを増していく。

 ファンタジー感がすごい。


 というか、こんな複雑な魔法陣をよく覚えていられるものだ。

 手順もそうだ。

 私なんてテレビの録画すらできないのに。


 よほど素質に恵まれていて、努力も怠らず、実践慣れもしているのだろう。

 戦闘狂ならぬ戦闘卿なのかもしれない。なんちゃって。


 そんな下らないことを考えている間に、魔法陣がガラス細工のように砕けた。

 諸行無常。

 私のせいではない。


 しかし、魔法陣が消えた跡から、この世界の星空とは違う星空が姿を覗かせている。

 そして、そこに瞬く星の光が徐々に大きくなる――いや、星が落ちてきている?


 マジか。

 魔法ってそんなことまでできるのか。



 走る。


 落下地点へ向けて。


 辺境伯は気を利かせたつもりなのかもしれないけれど、それならもっと高高度から落としてほしかった。


 システムのサポートを受けていない身体が、盛大に砂を巻き上げて力を無駄に分散させるけれど、そんなことは気にしてはいられない。


 思うように前に進まない身体がもどかしい。


 星はもうすぐそこまで――気づくのが遅れたせいで、時間的余裕はほとんどない。



「家に帰れますように。家に帰れますように。家に帰れまむように!」


 くっ、噛んだ。

 今日一番のダメージだ。


 傷なんてすぐに治るとはいえ、今はその時間すらもったいない。

 地面に落ちるまではセーフだと思って、落ちてくる隕石――流れ星の落下地点に飛び込む。


「家に帰れますように! 家に帰りまするように!家に帰りまつるように!」


 どうにかこうにか流れ星をキャッチすることに成功したものの、大型のトラックくらいはある石を不十分な態勢では支えることはできずに落としてしまう。

 とはいえ、無理に支えようとすれば壊れてしまう可能性が高い。


 それ以上に、最近長文を話していなかったせいか、非常に滑舌が悪い。

 それが焦りと合わさって、更にグダグダになっている。


 しかし、まだ流れ星は落ちてきている。チャンスはゼロではない!



「家にかれえますように! いえにきゃ、イエーイ!」


 無情にも星は流れ落ちていく。



「家に、落ち着いて深呼吸! 家に………あぁっ!? ――ワンモア!」


 深呼吸なんて久し振りなのでやり方を忘れていて、それに気をとられている間に、無情にも最後の流れ星が砕け散った。



 もう、恥も外聞も無く、上空の辺境伯に向かってお代わりを要求する。


 願い事を言えたら叶うと本気で思っているわけではないけれど、言えなかったというのは何だか不吉な気がするのだ。



「やたら物理的なメルヘンチックを見たわ……」


 辺境伯がゆっくりと地上に降りてきて、お手上げのポーズをする。


「まさかの隕石に向かって、願い事を口にしながら受け止めに行くスタイルとは、全く想像してなかった。そして無傷」


「結構痛かったです。口の中を切ったし」


「そういうレベルの魔法じゃないんだけどな」


 それは分かる。

 爆発なんかと違って、隕石を落とすという発想がおかしい。

 迷惑とかいうレベルではない。

 天災だよ?


◇◇◇


「それでさ、最初に銀竜を手懐けたのは『餌付け』って言ったよね? それと、差し支えなければ、『暗黒竜殺ご飯』って何なのか教えてもらえたりするかな?」


 なぜ知っているのかはさておき、なぜ合体させた?


 いや、合体させるというアイデアは悪くないかもしれない。

 ご飯と餡子を合体させておはぎとか。

 これはまた新たな料理魔法ができそうな予感。



『私の魔法はひと味違う』


 それはそのとおりなのだけれど、もう少し言い方を考えてほしい。

 辺境伯が身構えてしまったではないか。


 しかし、見たいというなら見せてあげよう。



『チャララララー』


 私の声音を真似た朔の鼻歌に合わせて、テーブルを取り出してテーブルクロスをかける。

 続けて、ほどよく焼けたお肉やお野菜の刺さった串を取り出して、お皿に載せてテーブルの上に置く。

 これは宿で用意してもらったものだ。



『チャラララララーララー』


 身構える辺境伯を余所にお茶碗を取り出して、その上に何の変哲もないハンカチを被せて、指を3、2、1と折っていき、ゼロと同時に捲ると、ホカホカのご飯が!

 いつの間にか、お味噌汁と白菜のお漬物も付いている気配りも素晴らしい。

 つい最近、《ご飯付与》が進化していたのだ。



「さあ、どうぞ」


 何が何だか分かっていない辺境伯に、ご飯を指差して「魔法」と告げる。



「これが《竜殺し》」


 水芸のように指先からお酒を出して、グラスで受け止める。

 ミーティアはこれを直接飲むのがお気に入りらしいのだけれど、リリーの教育上よろしくないので、特別なことがないと許可しない。



「人間は飲まない方がいいらしいです」


 そういうことらしいので、グラスをテーブルの隅に下げる。


 辺境伯はいまだ動かない。

 高レベルの《鑑定》スキルを持っているはずなので、無毒無害なのは分かると思うのだけれど。

 自制心が強いのだろうか。



「デザートも出します?」


 パン定の方がよかったか――いや、おかずが足りないのか?

 魔法で出せるのは、たい焼きくらい――焼き魚というには無理がある。


 一応朔の中には旅館や屋台の料理のストックもあるにはあるけれど、基本的に朔の食べ残しである。

 私が食べるなと言えば食べないかもしれないけれど、食べることくらいしか楽しみのない朔に、そんな殺生なことを言うつもりはない。

 やはり、自力でおかずが出せるようにならないと駄目かもしれない。



「どこからツッコめばいいのか分からねえ!」


 ツッコミどころを探していたのか。

 しかし、それは実食してからにしてもらおう。

 食べる前からケチを付けるなど野暮というもの。

 食べず嫌いはよくない。


 もっとも、食べた後では私のご飯無しには生きていけなくなるかもしれないけれど。


◇◇◇


「っべ、米さんマジ美味え。酒さんもガチめでバイブス上がるんですけど!? 超ウケる!」


 辺境伯がチャラ男風味になっていた。

 なり切れていないところが痛々しい。


「たい焼きも魚なのに神ってる! これはもうパティーンするっきゃないっしょ!?」


 何を言っているのか半分くらい分からない。


『お米パティーン?』


「それな。おけ?」


『りょ』


「あざ!」


 え? それで会話が成立しているの?

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