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19 外見と中身

誤字脱字等修正。

「俺も本当は爺さんの与太話だと思ってたんで、ほとんど信じてなかったんだけどな。ユノちゃんが気になるってことはマジだったのかもな」


「貴殿には何か信じる根拠でも?」


「門番」


 サイラスと名乗った騎士さんからの問いに、ひとつ目巨人から採取した、人の頭ほどのサイズの魔石を取り出して見せる。


 大きさだけで言えばかなりのものだけれど、純度というか濃度はそれなり止まり。

 小指の爪程度しかない私の秘石とは、比べ物にならない程度の物でしかない。

 大きければいいということでもないらしい。


「ユ、ユノちゃん! それはギルドで買取りますから! 一定の基準以上の魔石は、ギルドに納品する義務があるって言ったじゃないですか!?」


 買取カウンターのお姉さんが慌ててカウンターを飛び出してきて、にこやかに「これは買取りさせていただきますね?」と言って、魔石を回収していった。


 一応、彼女からは死角になるように取り出していたのに、なんと目敏い――しかし、そう驚かれたり怒られなかったところを考えるに、まだ常識の範囲内なのか?

 というか、密航にもお咎めなしだし、さすがに緩すぎないかな?


 まあ、私に都合が良い分には構わないのだけれど。



 とにかく、魔石の買取り規定に違反したことだけが問題だったらしく、無許可で島に渡ったことや、迷宮に入ったことについてはお咎めはなかった。


 ちなみに、魔石の取扱い規定には、一定の基準以上の魔石を許可なく私有することを禁じたものがある。

 兵器の動力として利用されたり、暴走させたときの被害を考えてのことだそうだ。


 実際は《固有空間》などにいくらでも隠せるので、あまり意味のない規定だけれど、その意義は理解できる。


 しかし、その割には神の秘石についての取り決めはない。

 奇跡とか万能というほど大層なものではないのはともかく、その劣化版的な立ち位置の賢者の石については所持禁止で、バレると厳罰を食らうらしいのに。


 バレたらどうなるのだろう。

 というか、私にとってはいくら取り除いても、2、3日もすれば新たに出来ている程度ものでしかないのだけれど。



「てことはまあ、ユノちゃんもあの【サイクロプス】を倒したんだな」


 隠すようなことではないらしいので、コクリと頷く。


 それよりも、「も」ということは、他にも倒した人たちがいるということだろうか?

 それにあの巨人――サイクロプスとやらは何体もいるのか? 

 倒されるたびに誰かが連れてくるの?


 いろいろと疑問が浮かぶけれど、私が質問するより早く冒険者さんたちが暴走する。



「すげえなユノちゃん。あれ強化個体だから、普通は《鉄壁》や《完全防御》持ちが何人かいないと無理なんだけどな。どうやって倒したんだ?」


「ユノちゃんの魅力でイチコロだったんだろ」


「キュン死だな。俺も何度か死にかけたから分かる」


「分かってっるじゃねえか。お前とは良い酒が飲めそうだな!」


「それよりもさ、また配置される前に俺らも10層越えとかないとな」


「それよりもって何だよ。てか、お前らあんまり狩場荒らすんじゃねえぞ? 下層にゃ門番倒せるレベルで来てもらいたいもんだけどな」


「攻略隊募集してたとこだったんだよ――ってか、募集取り下げないとだな」


「おい、ユノちゃんが困ってるだろ! 情報をまとめて差しあげろ」


「お、おう。つまりだな、門番は倒されてから次のが配置されるまでに10日から15日くらい間が空くんだけどよ」


「それまでに《転移》陣に登録しとくと、門番と戦わずに11階まで行けるようになるんだよ」


「それに乗じて、弱っちいパーティーが無理して深いところまで来るもんだから、しばらく逃げ回る弱小パーティーのせいで、狩場がめちゃくちゃになるんだよ」


「20階の門番は特定の属性に弱いのが配置されることが多くてな、比較的倒しやすいんだ」


 私が何も言わない間にもどんどん話が進む。

 なぜかリレー形式で。


 しかし、話題が飛び飛び――というか、説明が足りていない気がするので、よく理解できない。



「30階より先は勇者くらいしか無理なんじゃねえかな。門番に挑んで帰ってこれた奴ほとんどいねえしな」


「ほとんど?」


 どうにか口を挟むことに成功した。

 かなり無理をしたけれど、どうにも言い回しが気になったのだ。


 ほとんどいない――ほとんどの人は死んだ。恐らく門番の手によって。


 では、残りはどうやって生きて帰った?

 仲間を見殺しにして階段へ逃げ込んだか――根拠は無いけれど、そんな感じの言い方ではなかった。



「あの迷宮の不思議なとこでさ、たまにもう駄目だーって状況から、気がついたら生きて迷宮の外にいたりすることがあってな。つっても、大抵はそのまま駄目なんだけどな」


「うちの爺さんも50階の門番で全滅しかけて、死んだと思ったら、勇者ともうひとり、3人で地上にいた――つってたな。残り3人はどうやら死んじまったらしいが」


「50階の門番って何だっけ?」


「知らねえよ。30階の門番がヤバすぎるってのに、その先の心配なんかしてられねえ」


「結局、その時に膝に矢を受けたのが原因で、従者を辞めたんだと。で、もうひとりの生き残りってのが婆さんなんだって」


「うわー、一気に嘘くさくなったぞ」


「イイハナシダナー」


「俺もユノちゃんが望むなら、いつだって矢を受ける覚悟はできてるぜ! ユノちゃんの愛という名の矢をな!」


 冗談と寝言は軽く受け流す。

 これができなければ、ここで話を聞くことはできない。


 さておき、これが勇者の従者をしていた人の子孫?

 しかし、年代的にはアイリスの話と一応一致しているように思う。




 とにかく、彼らから得た情報をまとめる。


 門番に挑むときは、勇者や特殊な人たちがいる場合を除いて、いくつかのパーティーが合同で戦うのがセオリー。


 一か月ほど前に挑んだ連合は残念ながら失敗して、ほぼ全滅してしまったらしい。

 何人かは死体を回収できて、《蘇生》にも成功したらしいけれど、復帰はまだ先になりそうだということだ。



 そう聞かされた時は何を言っているのかと思ったのだけれど、この世界では条件次第で死者を甦らせることができるらしい。


 ただし、《蘇生》するには条件があって、生命活動が可能な程度に身体が残っていること、死亡からの時間経過が少ないこと、高位の術者ができれば複数人いること――などなど、細かいことを入れればきりがないけれど、条件がそろっていて運が良ければ、魔法の力で生き返るのだそうだ。


 とはいえ、条件が完璧にそろっていても、失敗することは当然として、成功しても大幅な能力の低下や、記憶の一部などが失われたりもすることもある。

 やはり、死んでも大丈夫などとは思わない方がいいらしい。



 余談だけれど、ギルドの保険に加入していると、運良く死体を回収できた場合に特別価格で《蘇生》を受けられるサービスや、かなり高額だけれど、《死体回収》をしてくれるサービスがあるそうだ。


 大抵の場合は、遺体の一部や遺品の回収にしかならないけれど、万が一を考えて利用する人も少なくないのだとか。




 さておき、本題に戻る。


 10階層ごとにあるポータルは、迷宮入り口のすぐ近くにある隠し部屋のポータルと繋がっていて、登録したポータル間での移動が可能になる。


 登録はポータルを起動させるだけで行われるようで、当然ではあるけれど、個人ごとにされる。

 また、登録されていない人がポータルの中にいると起動しない。



 門番の再配置までには時間の余裕があって、その間にポータルの登録をしようとする人がそれなりにいる。


 迷宮で得られる戦利品は総じて価値のあるものが多く、実力の伴わない冒険者が一攫千金を狙って迷宮に入ることも珍しくはないのだとか。


 そして、その実力不足の冒険者は、往々にして大量の魔物を引き連れながら逃走して、若しくは餌となって大量の魔物を誘き寄せて、他のパーティーを巻き込んで大惨事を引き起こす。

 前者が、迷宮入口の張り紙にあった【トレイン】というものらしい。


 今回私が門番を倒したことで、そういった輩が現れるのは避けられず、しばらく迷宮内は荒れることになる。


 なお、攻略パーティーに余裕があれば、迷宮内の秩序を維持するために、しばらくその場に陣取って、実力不足のパーティーを追い返したり、通行料を取ったりするらしい。


 もちろん、門番を斃したものの、退却せざるを得ないくらいに消耗していることもあるので、義務ではない。

 私たちは、一応後者に分類されているようだけれど、そんな中で挑まなくてはいけない勇者ご一行には気の毒なことをした。


 可能であれば予定を延期するなりして、私のためにも死なないでほしい。



 迷宮内で窮地から一転、気がつけば迷宮の外にいたというのはよくある話らしい。

 何らかの意図というか意思を感じざるを得ないけれど、その詳細については分からない。


 結果だけを見れば人助けといえなくもないけれど、そんな不確かなものを当てにするわけにもいかない。


 いろいろと気になることはあるものの、やはりアイリスの言うとおり、攻略するなら新年会の後にした方がいいのだろう。

 もっとも、その頃に迷宮に挑む意味があるかは分からないけれど。




 サイラスさんたちは、エリート冒険者さんたちを相手に、まだ細かな確認作業を続けているけれど、私としては訊きたいことはそれなりに聞けたし、魔石の査定も済んだので一度席を離れる。


 しかし、いくら友好的な関係を築いていたとはいえ、これほどペラペラと喋ってくれるとは思わなかった。



「ユノちゃんが聞きたいなら、30階までの魔物とか罠の攻略法とか教えちゃうぜ?」


 などと言いだした時には、耳を疑ってしまった。

 情報の価値を理解していないのかもしれない――いや、本当に人格者集団なのか?

 それはそれでキモい。



「申し訳ありませんが、現金でお渡しできる分はこれだけで――残りはカードの方に記録しておきました」


 査定が終わって、現金を用意してきた職員さんに差し出されたのは、大金貨10枚と、金貨がざっと百数十枚。それと、やたらと桁数の多い明細書。


 ざっと日本円で――いくらだ? 百万、一千万、一億と指折り数えて、全部合わせて約5億円もあったことに驚いた。


 あれ? 稼ぎすぎていないか?


 冷や汗が出る思いだけれど、職員さんが額を気にした様子はない。



「現金で必要でしたら、また後日お越しください。また、ユノちゃんのカードやお仲間のカードに移されるのであれば今すぐ処理できますし、いろいろと特典もついてお得ですよ?」


 というか、暗に現金を返せと要求されている。

 いつも、現金とカードへのチャージを半々にしてほしいとお願いしていたのを忘れていた。


 さすがに、リリーのような子供に大金がチャージされたカードを持たせておくのは教育的によくないので、お小遣いとして現金を渡して、限られた範囲で使い道を考えてもらう方針だった。

 経済観念を養うお勉強である。


 しかし、最初のお小遣いで買ってきたのが、私へのプレゼントだとか、感動して泣きそうになった。

 リボンというチョイスはどうかと思ったけれど、お風呂上りとかに、壊さないように慎重に利用させてもらっている。



 さておき、自由に、そして安全に採掘や採取できないこの世界では、資源はとても貴重なものだ。

 特に、金などの貴金属は、ある意味では魔石より希少なものである。

 だからこそ、ギルドカードなどの本人と紐付けされたカードを用いた、デビットカードのような決済方法が定着しているのだ。


 また、《固有空間》の容量の問題もあって、大量の現金決済は困る――という事情もある。


 この技術は、資源問題だけでなく、通貨の偽造の抑止にはじまり、貨幣を運搬する労力を抑え、取引時のトラブル減少させ、更には決済の高速化や正確さも向上させた。


 難点は、冒険者や商工ギルドに加盟しているところでしか使えないことと、カードの所持に結構なお金がかかることだろう。



 要は、小銭程度は用意しておく必要はあるけれど、大きな取引をする場合にはカードを使う場合がほとんどで、金貨なんて大量に持つ必要は無いだろう? ということである。


 なら最初からそうしてくれてもよかったのだけれど――は、私が指定していたからか。

 ごめんなさい。



 使い道のない大金貨や金貨の大半を返却して、残りはカードに移してもらった。


 当然ではあるけれど、報酬を私がひとり占めしているということではなく、繰り返しになるけれどリリーの配当分は預かっているだけである。

 成人すれば堕落しない程度には渡すつもりだし、嫁入りなどに必要な状況になれば、相手の人には私を乗り越えていってはもらうけれど、費用はむしろ私が出す。


 できればリリー名義の隠し口座とかに入れておきたいのだけれど、この世界の金融業にはそこまでの信用が無い。

 預金先が潰れても補償も救済も無いのが普通なので、私のギルドカードに入れているのが最も安全なのだ。


 また、ミーティアは金貨のようにキラキラ光る物は好きだけれど、数字には興味が無い。

 そして、金貨より、私とお酒が好きらしい。


 面と向かって「好き」などと言われると少し照れてしまう。

 まあ、男女の関係になりたいとか、そういう意味ではないらしいので大丈夫だ。


 というか、「お主を見て雄だと思う要素がないじゃろ」と言われる始末なので、きっと問題とか間違いは起こらない。


 とにかく、ミーティアはお金は要らないので、毎晩の晩酌――ストックしてあるお酒も充分に美味いのだけれど、出してすぐの物は私の香りが残っているらしくて、それがまた別格らしい――を配当代わりに要求されている。


 何だか少し恥ずかしくなるような変態的な表現もあったけれど、ミーティアはお酒のことになると途端に饒舌(じょうぜつ)に、そして詩人のようになるので適当に聞き流す。


◇◇◇


 エリート冒険者さんや職員のみなさんに別れを告げてギルドを後にすると、リリーを連れて商店街へ向かう。


 ギルドでは縮こまっていたリリーも再び元気を取り戻して、店先に並べてある珍しい物に興味津々な様子で目を輝かせている。


 ただ、自分からあそこに行きたいとか、あれが見たいとはまだ言い出せないようで、雑貨店、服屋、食料品店、魔法道具の店など、リリーの反応を見ながら適当に入っていく。

 それだけでもリリーは充分に楽しそうにしているけれど、お金はいっぱいあるのに、何かを買ったり、私におねだりすることもない。

 私としては、もう少し甘えてほしいと思う。



 そのためにも店員さんに頑張ってもらいたいのだけれど、むしろ、私の方が店員さんに構われていて、どうしてもリリーへの対応が疎かになってしまう。

 これがただの下心なら一蹴すれば済む話なのだけれど、私に構ってくる店員さんは性別も年齢もバラバラで、何よりおまけ程度ではあるものの、リリーにも親切にしてくれるので断りづらい。

 というか、何も買っていないのにオマケをくれたり、惜しげもなく商品を試食や試飲させてくれるなど、親切の域を遙かに超えたもてなしをされているので、苦情を言える立場にない。



 日本にいた時からこういう傾向はあった。

 私が服を着たり、道具を使っていれば、何よりの宣伝になるとか、そういう理由はあったらしいけれど、ここまで過剰なものではなかったように思う。

 まあ、当時は男装した女性だと思われていたのだろうし、需要がアレなのだけれど。



 とにかく、裁量権を持った人が対応に出てくると「ええい、持ってけ泥棒!」となってしまうので、リリーに間違った買い物知識を植え付けないためにも、手早く買い物を済ませなければならなかった。


 おかげで微妙に無駄な物まで買ってしまったけれど、基本的にみんな好意的だったので、リリーの人馴れする訓練だと思うことにする。


◇◇◇


 宿に戻って、雑貨屋で「お土産だよ」と持たされた、少し冷めているたい焼きを3人で食べながら、先ほど買ってきた魔法書に目を通す。


 やはり、たい焼きは出来立てが美味しい――ということで、電子レンジが欲しい。

 魔法では、燃やすことはできても、適度に温めることは難しいという、微妙に不便なファンタジー具合。


 かつての勇者が魔法で電子レンジを再現しようとしたものは、どうしても制御が上手くいかずに人体爆破くらいしかできなかったらしい。

 勇者にはもっと頑張ってほしいところだ。



 ちなみに、《固有空間》では、僅かながらも時間経過の影響を受けるので、いつまでも食べ物を入れておくと冷めたり腐ったりしてしまうそうだ。

 朔の中ではそのようなことはないのだけれど、こっちはこっちで朔に食べられてしまう。

 天使の取り分ならぬ、邪神のショバ代とでもいうのだろうか。



「魔法とは、世界の力を行使すること。システムは世界と人とを繋ぐサポートをする。システムを利用する手段が、詠唱とか発動句――こんな認識で合っている?」


 細かいところは朔に任せるとして、大雑把に流し読み、自分なりの解釈をまとめてみる。


「おおむね正解じゃ。じゃが、システムはなくても魔法は使える――お主の魔法がその証左じゃな。システムを経由すれば使いやすくなるのは確かじゃが、その分効果は限定的になるのと、《無詠唱》なんかの条件を付するごとに消費魔力も大きくなるのう。スキルも詠唱が予備動作なんかに置き換わっとるだけで、同質のものじゃな」


 正解以降の理屈はよく分からなかった。


 魔法とは、地震とか雷とか炎などの世界にあるものを、前後関係を無視して現出させるもの。

 前後関係を無視――とはいっても、知らない人からはそう見えるというだけで、実際には厳密な法則が存在するらしい。


 とにかく、極端な言い方をすれば、世界を改変する能力だといえる。

 そして、その改変を、汎用的な形で供給するのがシステム――なのだと思うのだけれど、それだけではシステムの一部しか表現していないように思う。



「システムをどれだけ活用できるかには個人差があっての。――まあ、算術に近いと思ってよい。ひとつひとつ式を重ねていく者もおれば、いくつかの段階を飛ばす者、いきなり解に辿り着く者などいろいろじゃ。素質のある者であれば、独自の魔法を作ることもできる」


 魔法の使い方にもいろいろあって、その可能性も未知数ということだ。


 つまり、よく分からない。


 しかし、リリーはミーティアの話を真剣に聞き入っていて、その尊敬の眼差しが良い気にさせるのか、ミーティアの話にも更に熱が籠る。

 魔法はただ使えるようになればいいというだけではなく、使い方次第で天地ほどの差が出ると教えてくれるミーティアは、リリーの教育上、とても有り難い存在だ。



「頑張ったら、ユノさんみたいな魔法も使えるようになりますか?」


「それはどうじゃろうなあ……? 魔法であるのは間違いないと思うが、こやつの魔法は原初魔法に近いような――。じゃが、それだけでは説明つかんことが多すぎる」


『原初魔法?』


「うむ。システムを介さず――というよりは、システムの用意した法則を用いぬ魔法といえばよいか……。さすがの儂でも、お主以外の使い手を見たことがないので分からぬ。今のところはそういう魔法があるという噂だけじゃな」


『確かにユノの魔法はそんな感じかも? システムと繋がっている感じは一切ないし、《竜殺し》だってボクが作ったというより、ユノの精神世界で、ユノと対話してたら生まれたものだしね。それも、まさかお酒が出るとは予想してなかったし』


「何それ」


 初耳すぎる。

 というか、精神世界って何?

 そこの私と話をしてたらお酒を出す魔法が生まれた?

 何を言っているのか理解できない。



『精神世界っていっても浅いところだから、現実のユノとそんなに変わらない。まあ、たまにボクでもヤバく感じることもあるけど』


「現実でも大概ヤバいと思うのじゃが?」


『そこにいるユノは本音――というか、本質的なものだからね。そこではボクでも何度も殺されてる――まあ、浅い階層だからか、まだ手加減してるっぽいからこうして無事なんだけど。って言えば、多少は理解してもらえるかな?』


 一体私の中では何が起こっているのか。


『まあ、ボクが殺されるのは、ボクが一線を越えるのが悪いんだけどね。それでも、怒らせてボクが殺されるだけならまだマシで、やりすぎるととばっちりで世界が壊れたりするよ』


「それは確かにおっかないのう……」


「自分の世界? を壊しちゃって大丈夫なんですか?」


『大丈夫ではないと思うんだけど……。次に侵入したときには、何もなかったみたいに復活してるんだ』


「何をやっとるのかは知らんが、ほどほどにしとかんと、世界の敵になっても知らんぞ?」


 私はあまり過去を引き摺らない方だと思うのだけれど、「家に帰る」という目的がなかなか進展しないことには思うところもある。

 それでも、こうして冷静に、理性的に過ごしているのだから、世界の敵とまで言われるのは納得がいかない。



「こんなに可愛い能力なのに」


『世界の敵っていうか、たい焼きだね』


 いつの間にか、私の手には熱々のたい焼きが出現していた。


 料理魔法:暗黒《たい焼き》。

 暗黒の料理って何だ? 餡子が黒いから暗黒? それともまさか、暗黒――餡子(あんこ)食う? また駄洒落か!?


 あまりの美味しさに、リリーが目を見開くほどのたい焼きだった。


 一方では、暗黒と聞いて、トラウマを刺激されたミーティアが、ガタガタと震え出していた。


 とにかく、この魔法も精神世界の私とやらが生み出したものらしい。


 もしかして、精神世界の私は莫迦なのだろうか?

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