14 チート
誤字脱字等修正。
リリーの健康診断を終えて町に戻った頃には、既に空が朱く染まっていた。
クリスさんたちには、「もう遅いから泊まっていけばいいのだよ」と言われたものの、今日は夜通し説教されそうな気がしたので、また時間があるときにでもと辞退した。
アイリスには明日事情を説明して謝ろう。
そう思いながら宿に戻ると、宿の玄関前に、神殿騎士のケイトさんがいた。
どうやら私たちが帰ってくるのをずっと待っていたらしい。
「突然押しかけて申し訳ない。皆様のお力をお借りしたく、参上しました」
彼女は、私たちの姿を見るや否や、いきなり
驚いた。
ミーティアもいるのに臆していない。
というか、こんな所で衆目を集められても困る。
ここは宿の敷地内とはいえ、玄関前である。
当然、往来からは丸見え位置なのだ。
しかも、彼女が私たちの進路を塞ぐような形で陣取っているので、スルーすることもできない。
「何があったのかは知らんが、後にせい。儂らはこれから
しかし、ミーティアには恥も外聞もないようで、迷うことなく彼女を蹴り倒して先に進もうとしていた。
恥とか感じない人ってすごいな。
まあ、竜なのだけれど――などと思いながら、ミーティアの後に続いて宿に入ろうとすると、ケイトさんはまるでゾンビ映画のワンシーンかと思うような感じで私の足を掴んできた。
というか、
「アイリス様が
何を――と、訊き返したいのは山々だけれど、私の聴力で聞き逃すとか聞き間違うことは滅多にない。
というか、こんな場所で訊き返していい内容ではない。
ケイトさんの首根っこを引っ掴んで、引き摺って人目の届かない所まで連れて行って、話の続きを促す。
「申し訳ありません、我々がついてながら……。いかなる罰も甘んじて受ける所存ですので、どうか――」
「そういうのはいいから」
何の役にも立たない謝罪など聞いている余裕は無い。
最悪の場合は領域を展開して探査するつもりだけれど、結界を壊したり、相手にバレたりする可能性がある以上、無差別に探すのは最後の手段だ。
領域の扱いにかなり慣れた今でも、感覚の鋭いリリーには察知されてしまうのだ。
相手側にそういった能力を持つ人がいないとも限らない。
「アイリスは――狭い室内――恐らく、馬車か何かに乗せられ、閉じ込められておるようじゃの。特に外傷はないようじゃが」
ミーティアの《遠視》のスキルか。
今日はイレギュラーばかり起きるけれど、ミーティアのおかげで助かっている。
無事アイリスを救出できれば、いつもより多めにお酒を出してあげよう。
何なら後日、竜型を洗ってあげてもいいかもしれない。
「分かるのですか!? それで、アイリス様は今どこに!?」
それに比べて、この駄目騎士は……。
大声を出すんじゃありません。
せっかく人目が届かない所に連れてきたのに、大通りまで聞こえそうな声を出してどうするの。
「場所までは分からん。儂の竜眼で見えるのは人だけじゃ。じゃが、動いているようには見えんのう」
「暗くなるのを待っているのでしょうか。――私たちも、この一件を手引きをしたと思われるキースを確保していますが、全面的に否認していまして、尋問が間に合うかは……」
そういうことは先に言うべきだ。
というか、この状況で情報を小出しにする意味ってあるの?
「案内」
「キースのところにですか? 何か手立てでも? ――いえ、ご案内します」
そう言ってケイトさんが立ち上がると、外で待たせていた馬車に合図を送る。
「儂もついていってやろう。まあ、何か役に立つこともあるじゃろう」
意外にも、ミーティアもついてくるらしい。
宿でお酒でも飲んで酔っ払っていてくれた方がいいのだけれど――いや、今の私はユーリではなくユノだった。
ついてきてくれないと、「お前は誰だ?」ということになりかねないのか?
というか、いくら慌てているからといって、ユーリの不在に気づかないケイトさんは、騎士として大丈夫なのか?
とにかく、ミーティアがついてくることは仕方ない。
ただ、リリーは昼間のこともあるし、大事を取って宿でお留守番をしてもらう。
できれば側についていてあげたいのだけれど、この状況では私がふたりいない限りは対応できない。
それはさすがに――いや、上手く領域を使えば――いやいや、今はアイリスのことに集中しよう。
それに、これから起こることを見せたくない。
こんなに胸がモヤモヤするのは久しぶりのことだ。
相手は誘拐犯、及びその共犯者。
犯罪者に人権などない世界――ふふふ、やりすぎてしまわないか心配だよ。
アイリスの計画に支障をきたすような騒ぎは厳禁だと分かっていても、アイリスに何かあれば関係者は皆殺しにする。
国が関わっているなら、国ごと滅ぼそう。
日本へ帰るのが遠のくかもしれないけれど、そんな人たちと交渉できそうな気がしないし、国王の首でも持って、他の国と交渉した方がいいだろう。
そんなことにならないためにも、早くアイリスを助け出さなければいけない。
◇◇◇
馬車の中で、ケイトさんから事の詳細を聞いた。
アイリスが攫われたのは、私たちが帰ってくる二時間ほど前のこと。
いつものように私を待っていたアイリスが、いつもとは違って、メッセンジャーから「彼女が外で待っている」と聞かされて、何の疑いもなく外に出たところを《転移》魔法が使える術者に攫われた――と単純なものだった。
まさか、教会のお膝元で、希少な《転移》魔法使いまで動員して、巫女――神のものに手を出すなどと、油断は多分にあったにせよ、まんまとアイリスを連れ去られてしまったのだ。
アイリスにも油断があった――と責めるのは少々酷か。
とにかく、教会はすぐさま捜索隊を編成して出動させて、同時にメッセンジャーを務めていた職員と、荷物をまとめて逃げようとしていたキースさんを拘束した。
なお、メッセンジャーの方は軽度の《洗脳》状態で、利用されただけだとすぐに判明したものの、キースさんはケイトさんの言うとおり、事件への関与を否認している状況だそうだ。
また、間の悪いことに、教会の組織内で《尋問》スキルが高い人が出張中で、領主の《尋問》担当官に協力を要請する傍ら、ミーティアのことを知るケイトさんが、私たちに協力を求めることを思いついて、宿まで来ていたらしい。
竜眼には、どれだけ隠蔽されようとも真偽を見抜く力がある――というのは有名な話らしく、つまり、初めからユーリではなく、ミーティアを頼って来ていたのだ。
まあ、ミーティアとの仲介役として、私が必要だったということにしておこう。
そうでないと、「何でついてきたんですか?」などと言われるとつらいし。
さておき、私は《遠視》を竜眼の力だと思っていたのだけれど、古竜は真偽を見抜く力の他に、ひとつかふたつの眼に関する能力を持つそうで、ミーティアの《遠視》はそのひとつなのだそうだ。
私がどこで何をしているかを見られていることは知っていたけれど、嘘まで見抜かれていたとは……。
随分と
そういうことは最初に言っておかないと、信用を損なうよ?
「キースが逃げ遅れたということは、計画が突発的なことの証明で、まだ挽回するチャンスはあると思っています」
「じゃが、転移魔法を使う者を捕らえるのは容易ではなかろう? それこそ、都市の転移装置を使われれば、捜索範囲はこの町だけでは済まんじゃろう」
「ポータルには犯罪防止用の仕掛けが幾重にも施してありますので、ポータルを使っての誘拐は不可能です。恐らく、馬車か、若しくは船を使っての搬送になるはずです」
という推測の下、各所で検問を行っているらしい。
しかし、急な事態ゆえに人手不足も甚だしく、いまだに成果は上がっていないし、このままでは網を抜けられてしまう可能性もあります、とケイトさんは肩を落とす。
細かい理屈は私には分からないけれど、アイリスはまだこの町のどこかにいる――と彼らは考えているらしい。
そして、夜の闇に紛れて町から出るのだと。
つまり、夜になるまでに何とかしなければ、挽回できなくなるということだろう。
◇◇◇
――アイリス視点――
「手間かけさせやがって。後でゆっくり遊んでやるから覚悟しとけ」
私を攫った男が、私の胸を服の上から乱暴に鷲掴みにして、そう吐き捨てました。
手足は縛られ、あまつさえ何かの呪いの込められた首輪を付けられてしまい、魔法を使うことはおろか声も出せなくなっています。
この状況では、恐怖や恥辱に耐えて、睨み返すことが精一杯の抵抗です。
やられた。
浮かれていた。
油断していた。
後悔してもしきれない。
油断していたといころを《転移》で攫われて、罠だと気づいた瞬間に結界を展開したものの、その結界も、大の男に数人がかりで破壊されてしまいました。
相当高レベルな誘拐犯のようです。
怪我こそは免れたものの、そんな男たちが自分に本気で襲いかかってくるのは、言いようのない恐怖を感じるものでした。
悔しくて、怖くて、涙が出そうになりましたが、唇を噛んで堪えます。
弱気なところを見せると付け込まれるからです。
神様に仕える巫女に手を出すことがどういうことか、その一点だけが、彼らが最後の一線を越えないよう止められるものなのです。
「手を出していいのか? 無傷でって指示だったろ」
「あれだけの上玉、何もしねえでくれてやるのはもったいない。上級の魔法薬でも後からかけときゃ、間抜けには分からねえだろ」
「じゃあ、俺たちにも味見させてくれねえか? もちろん、アンタの後でいいからさ」
「ならとっとと手を動かせ。ノロマが捕まって時間がねえ。精神強化の効果はまだ切れないだろうが、どうにもヤバい奴がいるらしいからな」
薄汚い恰好の男たちが、下卑た欲望が籠った目で私を見回しています。
神様を恐れない――いえ、神様は恐れているのに、目先の欲望に負ける人たちなのかもしれません。
怖い。怖い。怖い。
頭も心も恐怖で塗り潰されていますが、それを表に出すと、恐れていることが現実になってしまう気がします。
「お楽しみは安全圏に出た後だ。積荷を急がせろ!」
そして、乱暴に拘束具を付けられて、荷物のように転がされ、闇の中に閉じ込められました。
恐怖や絶望に支配されながらも、僅かに残った冷静な部分で、必死に助かるための方策を模索しますが、ここまで追い詰められた状況では、これといった案は出てきません。
教会も必死に動いているはずですが、人員不足は否めない。
ギルドに依頼するにしても、依頼が張り出されるのは恐らく翌朝――そもそも、こういったケースで無事に保護されることはほとんどありません。
教会でも、乱暴されて心に傷を負ってしまった方のケアや、亡くなってしまった方の供養をすることもありました。
それが自分の身に降りかかるとは思ってもいませんでしたが、結末を知っている分、恐怖も大きいです。
またユノが助けに来てくれる。
普通に考えれば、そんなに都合良く助けてもらえるなんて、甘い考えでしょう。
今日会えなかったのも、何か事情があってのことのはずです。
それでもユノなら、いろんな意味で普通ではない私の恋人なら――そう信じているから、絶望的な状況であっても、微かな希望は残っています。
私の幸せな人生はこんなところで終わったりしない。
次に扉が開いたときはきっと――。
◇◇◇
――ユノ視点――
ケイトさんに案内されて到着した尋問部屋には、キースさんを事情聴取中のカインさんとクレアさんがいた。
全員が顔見知りなのは偶然ではなく、ここにいる人たちがキースさんの事情や背後関係をよく知っているからだろう。
なお、キースさんは、既に事情聴取という名の暴行を散々に受けた後らしく、顔面とか手足の指とか、それはもう酷い状態になっていた。
ヤバいね、この世界の事情聴取。
リリーを連れてこなくてよかったよ。
そして、私たちの姿を目にしたキースさんが、同情でも誘おうとしているのか、涙ながらに訴え始めた。
「私は何も知りません! 私がアイリス様を陥れるなど、あるはずがないでしょう!?」
私たちなら情で動かせるとでも思ったのだろうか。
それとも、腫れた瞼で私たちが誰だか分かっていないのか。
「嘘じゃな」
なかなか良い迫真の演技だっけれど、ばっさりとミーティアに断じられた。
もっとも、時間をかけるつもりはないので、白でも黒でもどちらでもいいのだけれど。
「出ていって」
私も、拷問していた騎士さんたちをグイグイ押して、部屋から追い出し始める。
壁を掴んで必死に抵抗していたカインさんにも、「30秒で済む」と言って、半ば強引に壁から引き剥がして、部屋の外へ追いやった。
それでも不承不承という感じだったので、「見たら殺す」と脅したところ、騎士さんたちは結構な勢いでバックステップして、廊下の反対側の壁に張りついた。
「何なんですか、あなたは!? ……私は何も知らないと言っているでしょう!? 知らないことを話せるはずが――」
キースさんは、まだ抵抗を続けるつもりらしい。
情報を漏らさなければすぐに殺されることはないはず、チャンスを待とう。
大方そんなことでも考えているのだろう。
そういう諦めない姿勢は嫌いではないのだけれど、時間が無いので手早く済ませよう。
「どうせ、嘘はバレるみたいだしね」
できれば内緒にしておきたかった。
しかし、竜眼などという反則技を持っているミーティアに、いつまでも隠し続けることはできないだろう。
それに、悠長にイエスかノーで答えられる質問を繰り返すような時間の余裕も無い。
「何じゃ? 何かあるのか?」
「朔、解析お願い」
『おっけー』
朔の返事と同時に、キースさんの身体が、糸の切れた操り人形のように力を失う。
一応、心臓はまだ動いているけれど、魂と精神を奪われたそれは、既にキースさん――もう敬称は要らないか? キースだったものの抜け殻でしかない。
近いうちに心臓も止まるだろう。
魂や精神の状態――失ってしまったものに、肉体が引っ張られる感じで。
奪った情報は朔が必要なものだけを選別してくれているので、私にかかる負担はほとんどない。
楽なものだ。
どうでもいいのだけれど、記憶を漁るのであれば、脳を調べるべきかと思うかもしれない。
しかし、脳にある情報は、思い違いや思い込みなどで、真実とはかけ離れていることがあるのだ。
なぜそんなことを知っているかというと、いつだったか帝国のオークの存在を喰った際、彼の考えていた彼自身が、とても有能な人物だったからだ。
客観性って大事だよね、ということである。
対して、魂に刻まれた記録は嘘を吐けない――と、私は声も出さずに誰に説明しているのだろう。
ミーティアが、ものすごく邪悪な笑顔で私を見詰めているからかもしれない。
「何をした? と訊くのは野暮なのじゃろうなあ」
やっぱりバレたよね?
「引いた?」
「いいや。こんな化け物と戦って、よく生き残ったものじゃと、自分を褒めておるところじゃ。ククク、よもやここまでとはのう」
ミーティアにまで化け物扱いされるか。
まあ、嫌な感じの言い方ではないので腹が立ったりはしないけれど、複雑な気分なのは否めない。
ミーティアと話しながらも、朔から渡された情報を元に判明した、キースたちの隠れ家や協力者を、領域を細い糸のように展開して片っ端から、慎重に捜索していく。
捜索速度は落ちるけれど、万が一にも感知されるわけにもいかない。
アイリスのためにも、この町や国のためにも。
なお、この計画は、やはり私たちの帰りが遅いことから突発的に実行された、行き当たりばったりのものだった。
更に運が良いことに、キースは町へ帰還してからこの作戦の決行まで、カインさんたちの監視が厳しくて、他の協力者とほとんど接触できていない。
私の情報が漏れたのは、この計画のキーマンである《転移》術者くらい。
それも、作戦決行直前に、「敵には竜を倒した者がいるから注意しろ」とだけ。
その後、《転移》術者がどこまで拡散したかにもよるけれど、早めに抑えられれば後始末も楽になる。
「見つけた」
まだ30秒は経っていないけれど、扉を開けて、外にいるカインさんたちにも聞こえるように告げる。
「本当か! そ、それで、アイリス様はどこに!?」
「私が行く」
「大人数で動いても目立つだけじゃ。儂らがきっちり助け出してやるから、大人しく待っとれ」
いや、ミーティアにも残って欲しかったのだけれど、言い出したら聞かないし、言い争っている時間も惜しい。
アイリスは手足を縛られてはいるものの、一応は無事。
すぐに危険が迫る様子でもない。
だからといって、アイリスが感じているであろう恐怖は変わらないのだけれど。
とにかく、無事が分かった瞬間、安堵するとともに、なぜか無性に楽しくなってきた。
クスクスと我知らず笑いが漏れて、それを見たカインさんたちが狼狽していた。
私ではなく、ミーティアの邪悪な笑みのせいかもしれないけれど、まあ、どちらでもいいことだ。
これから楽しいお仕置きの時間だ。
彼らに邪魔されたくない。
ミーティアには――多少のお裾分けくらいならいいだろう。