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13 勘違い

誤字脱字等修正。

 オークさんたちに、リリーを休ませてくれたことにお礼を言って、ついでに村の場所を絶対に明かさないことを誓ってから別れを告げると、その足でクリスさんの館を目指した。


 念のために、リリーの具合を診てもらうつもりだ。



 今日はアイリスのところへ行けなくなるけれど、リリーの健康には代えられない。


 こういう時に携帯電話があれば助かるのだけれど、その代わりになる通信魔法道具の類は軍需品扱いなので、基本的に一般人が持つことはできない。

 クリスさんたちのように、自作できる能力があれば所持はできるけれど、売買や譲渡をすれば罰せられる。

 クリスさんが国家に帰属していないことは関係無い。


 

 とはいえ、それは名目上の話であって、特に有力貴族などは普通に保有しているそうだし、悪事に用いたり拡散させない限りお咎めはないそうだ。

 そもそも、大々的に運用するにはコストが高すぎるし、悪用しようにも、傍受されたり、魔石の取引から足が付くことも多いのだとか。


 もちろん、私の持っている分だけなら維持は容易なので、何の問題も無い。

 アイリスと連絡が取れないことを除けば。


 アイリスから余計な肩書が取れれば、クリスさんたちから所持の許可が出たりするのだろうか?


 私には、この世界の人の警戒心が強いのか弱いのかがよく分からない。

 人それぞれといってしまえばそうなのだけれど。


◇◇◇


「レベルは1に戻っていて、身体能力は恐ろしく強化されて――進化前の据え置きなのかしら? とにかく、健康状態は全く問題無いわね。けれど――」


 再会の挨拶もそこそこに、リリーの診察をお願いすると、何か言いたそうなクリスさんたちも、状況を考慮して、すぐさま高度鑑定室を稼働させてくれた。


 表示されたもので以前と違うのは、セイラさんの言うとおり、リリーのレベルが1に戻っていることと、パラメータの数値が大幅に上昇していたくらい。


 といっても、後者は一番高いMPの数値が3桁に達しているものの、残りのパラメータは2桁に留まっている程度。

 HPやMPは6桁、それ以外のパラメータは軒並み4桁のミーティアのものと比べると、可愛らしいものだ。


 もうひとつ、種族名の横に☆がひとつついていたのだけれど、これは進化の証なのだろうか。

 他にも魔法やスキルが増えていたものの、どれもリリーの健康を害するようなものではない。


 進化による影響は思いのほか小さいものだった。



 それなのに、クリスさんたちの表情は険しい。

 何か問題があったのだろうか?


「素質は高かったとはいえ、訓練を始めて半月程度で進化ってどういうことなの……」


 セイラさんが呆れた顔で私たちを見る。


「楽しく訓練、褒めて伸ばす。それが良かったみたいです?」


「ユノさんと遊ぶの、楽しかったです」


「そんなことで進化できるのなら、誰も苦労はしないのだよ」


 そんなことを言われても、事実なのだから仕方がない。

 子供の成長は早いものだし、中でも女の子は早熟だというし。



「原因は恐らくユノ――というより、お主と朔じゃろうな」


「なぜ? ミーティアかもしれないでしょう?」


 パーティーを組めばいろいろと恩恵があるのだと、さっき聞いたばかりだ。


「全く無関係とは言わんがの。実は儂も結構レベル上がっとるんじゃよ」


「本当に? 聞いていないのだけれど」


 私は全く上がらないというのに、ずるくはないだろうか?


「古竜のレベルまで上げるとか――ユノちゃん、一体何を考えてるの?」


 あれ? 私のせいで確定している?

 何だか理不尽を感じる。


「竜――というか、他の魔物にもレベルってあるんですか?」


「人や竜に限らず、魂あるものには大抵あるぞ。魂があるならアンデッドにもあるくらいじゃ」


 死んでいるのに魂があるとかややこしい。

 死んだなら素直に成仏しろよ。


「学習や経験を積んで魂の力とし、己が存在の階梯を上げるのがこの世界のレベルの根幹じゃ」


 何を言っいてるのかよく分からない。

 とにかく、頑張ればレベルが上がるということか?

 というか、私の目――というか、認識では、魂的な存在が見える――見えていると思っていたのだけれど、リリーやミーティアの「階梯」とやらが上がっているようには感じない。


 つまり、私の見ているものは、魂ではなかったということなのだろうか?



「中には他人のスキルや魔法を奪う能力なんかもあるがの」


 気になる言葉が出てきた。


 朔の力では、スキルや魔法は奪っても使えなかった。

 恐らく、システムに繋がらない私自身に問題があるのだけれど、もしかすると、奪い方にも問題があるのかもしれない。


 まあ、奪ってまで使いたいスキルがあるかどうかは別の問題だけれど。



「そのスキルはどんなのがあるの?」


「《傲慢》、《強欲》スキルでできるらしいがの。他にもあるじゃろうが、儂の知っておるのはそれだけじゃ」


「文献では、《嫉妬》でも他人のスキルの模倣か再現ができるとあるわ」


 名前だけを聞いてもさっぱり分からない。

 しかし、手の内を隠したまま訊くには言葉を選ばなければいけない以上、質問の仕方には注意しなければならない。



「奪った力はどの程度再現できるものなの?」


「奪ったものの使い方――知識や経験までは奪えん。奪えるのは恐らくシステム上の効果だけじゃろう」


「スキルの《窃盗》のようなものなのだよ。例えば、剣を盗んだとしても、剣の使い方までは盗めないといったものなのだよ」


 クリスさんが補足してくれた例は分かりやすい。


 もしかすると、私が奪ったのは、スキルの使い方――というか、スキルに関する経験や記憶であって、スキルそのものではないのかもしれない。

 そして、スキルが奪えなかった理由は、システムと私の関係によるのではないだろうか。

 まあ、その手の能力を持っている人を喰らえば、何か分かるかもしれない。



「知識や経験を奪うものってある?」


「知らんのう。まあ、そんなものがあれば、世の中大混乱じゃろうな」


「自白系の薬品や、《魅了》などのスキルや呪いでの強制と、可能性があるものも存在するが、どれも確実性に欠けるし、対抗手段も確立しているのだよ。もし、確実に知識を奪えるものが存在すれば、機密や間諜などの意味が無くなってしまう。情報の扱い方を中心に、世界の在り方が一変してしまうだろうね」


「その能力を持つと自称した者が、誰かを指差して間諜だと口にすれば――いえ、自分以外の誰かがそんな能力を持っていると考えれば、ものすごく閉鎖的な世界になりそうね」


 つまり、いない?

 しかし、言われてみればそうかと思う。

 この能力、実はとんでもなくヤバいものかもしれない。



「クリスの挙げたもの以外だと、精々がテレパシー系統の能力で思考の表層を読む程度かしら。精神支配で話させる手もあるけれど、どちらも対策は簡単なのよね」


 少し不穏な単語が聞こえたけれど、《鑑定》にしろ何にしろ、基本的には防御側が有利らしい。



「話が逸れたがの、人が何かを成せば、それに応じた経験を得る。獣と戦えば、獣と戦ったなりの。儂と戦って生きておれば、それ相応の」


 経験を積むという意味なら確かにそうなのだろう。

 しかし、それだけで直接身体能力の向上などに繋がるのがシステムの効果で、私の感覚では、その経験を活かせるようになって、ようやく成長したといえるのだと思う。

 何というか、システムが目指しているものが分からない。



「お主の高い格闘技術や、でたらめな身体能力のせいで忘れそうになるがの、お主と朔の力の本質はそこではないじゃろう」


 本質? 力の?


 確かに、私にとっての力とは、今の私の在り方を支える大きな要素なのは間違いない。

 しかし、戦闘という行為は手段や表現などのひとつでしかなく、本質というには違うと思う。


 恐らく、ミーティアは、いろいろと台無しにする領域のことを言っているのだとは思うけれど、確かにそれは本質の一部ではあるけれど、やはり少し違う。

 むしろ、料理魔法の方が私の本質に近いような気がする。



「というわけで、お主と戦うと――何というか、まあ、邪神との戦闘扱いとかで、莫大な経験を得られるのじゃろう。それが遊びじゃったとしてもな」


「ええ……」


 また邪神よばわりか。

 たとえ半分だけだとしても、激しく不本意だ。


 しかし、言われてみれば、確かに辻褄が合う――のか?


 私には、リリーやミーティアの成長の度合いはよく分からない。

 遊びの最中や、手合わせの最中に多少動きが良くなっても、何かコツを掴んだのかなと思うくらいで、はっきりいってしまえば誤差で片付けられる範囲だった。

 下手をすると、気づきすらしていない可能性もある。


 なので、彼女たちが「そうだ」と言うなら、「そうか」と言うほかない。



「でも、それだけユノさんが強いってことで、良いことなんじゃないですか?」


 こんな時でも、リリーだけは私を庇ってくれる。

 立場が逆な気がするけれど、気持ちは嬉しい。


「我々の中だけでなら構わないのだがね、他の誰かに知られると、ユノ君が狙われる可能性があるのだよ。君に勝てる者がそうそういるとは思わないが、面倒なのは確かだろう?」


「経験値欲しさに、みんなから石を投げられるような生活は嫌でしょ?」


 確かに、そんな生活は嫌すぎる。

 それよりも、実感のこもった憐みの目を向けてくるリリーの視線がつらすぎる。


 石を投げられていたの?

 あの村、滅ぼそうか?


「石投げ――つまり、僅かにでもダメージを与えればということじゃと思うが、石を投げた程度で、こやつにダメージを与えることなどできんじゃろう?」


「でも、クッション投げてもレベル上がりましたよ? 後、お風呂で洗いっこしてる時も上がりました」


「そう言われればそうじゃのう……」


「どういうことなの……? というか、お風呂に一緒に入っているの?」


「お風呂でレベルアップ!? ――ユノ君は一体どんなプレイを……。後学のために教えてもらえないかね?」


 何も変なことはやっていないよ!?

 本当だよ!?

 というか、どういうことなのか訊きたいのは私の方だよ。


「何にせよ、迂闊なことはできる限り避けたほうがいいわね」


 ごもっともというか、これに尽きる。



 念のために軽く検証してみたけれど、同じようにクッションを投げても得られる経験が違うらしく、何が原因なのかを特定することはできなかった。


 ただ、気合を入れて身体能力を強化している時や、朔と同化している時は得られる経験が目に見えて増えたことから、私のモチベーションで上下するのではないかと推測された。


 確かに、訓練の時はそれで説明がつく――いや、私はお風呂でもやる気満々なのか?



「それとね、ユノちゃん。勘違いしているようだから言っておくけれど」


 またまた思考が迷走していると、いつの間にかセイラさんがお説教モードに入っていた。


「冒険者の狩場ランクってね、バランスの取れた6人パーティーで挑むのが前提の目安なのよ。ギルドで説明を受けなかったの?」


 初耳だ。


 ということは、Cランクの狩場は、Cランクの冒険者6人で適正ということなのか?


 でも、ギルドの人たちは、獲物を見ても何も言わなかった。

 クリスさんとセイラさんが現役だった頃より、技術や戦術なども進歩しているだろうし、今の現場ではこのくらいの逸脱は珍しくはないのではないだろうか。


「ははは、そうだったのか。ごめんね、リリー」


 とはいえ、リリーを危険に晒していたことは間違いない。

 そこだけは素直に反省するべきだ。


「楽しかったし、大丈夫、です」


「笑いごとじゃないわよ? 一体どんなことを教えていたの?」


 どんなこと、と訊かれても、ひと言では言い表せない。


 ひたすら回避する私にどう攻撃を当てるか――かといって油断していれば、くすぐりの刑に遭う。

 セクハラではない。

 訓練だ――といって通じるのだろうか?



「高速戦闘の基礎――と、創意工夫をすること?」


 他にも油断はしないことだとか、考えていることを目や態度に出さないことなども教えているけれど、物理的にはそういうことではないだろうか。

 これがある程度形になれば、居着きだとか、観の目とか、そういうことを教えたい。


「ミーティアさんといい、ユノちゃんは一体何を育てているのかしら? 魔王? 普通の冒険者はね、まずは自分の役割をこなすために必要な能力を鍛えるの」


 役割?

 何それ?

 もしかして、冒険者って分業制なの?



「ひとりでも戦えた方が良いかと……」


「確かに何でもできるに越したことはないけれど、ひとりでできることしかできなくなるじゃない。ひとりで勝てない敵には、仲間と力を合わせないと駄目でしょう?」


 目から鱗が落ちた気分だった。

 戦闘って、ひとりでするものじゃなかったんだ?

 私もミーティアも単独で戦うから、リリーもそうなるのだろうと勝手に思っていた。


 しかし、力を合わせて戦うと言われても、どうすればいいのか分からない。



 試しに、ミーティアとの共闘を思い描いてみると、領域を花弁状に展開させた私がミーティアの背に乗って、触れるもの全てを侵食していって、ミーティアもブレスで進路上の何もかもを吹き飛ばしながら飛行している図が頭に浮かんだ。

 逃げ惑う人間たちに、無慈悲に降り注ぐ終末。


 地獄絵図かな?

 でも、別々でも大差ないよね。


 私とミーティアが一緒にいることの何が問題なのか分からなかったけれど、みんなこういうことを想像していたのか?


 私の敵は飽くまで私だけの敵で、ミーティアは無関係だ。


 ミーティアにしてもそうだと思うのだけれど、やはり他人の考えることはよく分からない。



「もしかして、ユノちゃんみたいに非常識な存在にするつもりだったのかしら?」


「非常識なのは、異世界から来ているのだから仕方ないのだよ。どちらかというと不条理なのだよ」


 ここには私の味方はいないらしい。


「もう済んでしまったことは仕方ないけれど、役割の方は、近いうちに覚える機会を作ってあげてね」


 そう言われてもどうしたものか。

 近いうちにという言葉が入っていることを考えれば、猶予はあるのだろう。

 というか、そこまで言うなら具体案を出してほしいものだ。


 私に考えろと?

 その結果がこれなのだよ。


 やはり、私は他人にものを教えるのは向いていないのかもしれない。

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