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03 ある日、森の中

誤字脱字修正。

 せっかく落ち着いてきたというのに、またしても大混乱だ。


 二十代も半ばになって、ようやく男らしさが見えてきた(※個人的な感想)と思っていたのに、

また男か女か分からない中性的な顔(※個人的な感想)に戻ってしまった。


 携帯の故障かとも思ったものの、俺以外を撮った写真には変化は見当たらないし、写真を加工するようなアプリも入っていないはずだ。


 ということは、本当に若返ってしまったのだろうか? なぜだ?

 こんな場所にいることとも何か関係が?


 考えても分かるはずもないけれど、それでもグルグルと思考は巡る。



 自分で言うのもどうかと思うけれど、俺の顔はかなり美形だと思う。


 それはとても幸運なことだと思うのだけれど、容姿なんて個性のひとつでしかないし、それ以前に方向性が180度違うのだ。

 凡ミスとかうっかりが多い俺の人生の中でも、最も多く指摘される間違い。


 それは、生まれてくる性別を間違えたこと。


 初見で男だと言い当てられたことがない。

 初見でなくても男だと思われない。

 男でも構わないから彼女になってほしいと告白されたこと多数。


 俺の容姿はそんなレベルらしい。

 他人だけでなく、妹たちからも度々言われていることなのだけれど、異常なのは身体能力だけでお腹いっぱいなのだ。



 自分が一般の人とは少し違うことは理解していたので、多くは望まず、平穏に暮らせればそれだけで充分だった。


 そのために、必死に普通を装おうとして、少しでも男らしくなろうと身体を鍛えてみたり、プライベートでの一人称を「俺」にするなどの努力もした。

 その中のいくつかは周囲からの強い反対を受けたけれど、いちいち初対面の人に性別まで紹介しなければならないのは面倒臭いのだ。


 まあ、いくら鍛えても筋肉はつかなかったし、男にしては高めの声のせいで、一人称を変えたくらいではその手間は無くならなかったのだけれど。

 それどころか、髭どころかムダ毛も生えない体質と、長髪要素などもあって、男要素はほぼゼロのままだった。


 人前で着替えたり、妹たちを連れてプールとか海へ行くと、「痴女が出た!」と騒ぎになる。

 文化祭とか、何かのイベントの際には、必ずと言っていいほど女装をさせられた。

 俺をナンパしてくるのは、俺を女性だと思っている男性が多かった。

 俺が男だと分かった上で「それでもいい」と言う、何かに目覚める人までいた。

 むしろ、仲良くなった男友達は必ず真実の愛とやらに目覚めるので、男の友人を作ることすらできなかった。

 また、女性からナンパされたことも少なからずあった。

 けれど、その人たちは交際するなら女性同士がいいという価値観を持っている人なことが多く、俺が男だと分かってもなお「それはそれで」とか「私も男になる」とか、普通というか多数派でいたい俺の理解を超えてしまうのがつらかった。


 俺が本当に女性だったらこんな苦労をしなくても済んだのだろうか?

 などと、無い物ねだりをしても仕方がない。


 そもそも、女性だったら女性だったでいろいろと面倒もあるのだろうし、結局は手持ちにあるものの中でやっていくしかないのだ。


◇◇◇


 つらい過去を振り返るのは止めておこう。

 今の俺にできることを考えるべきだ。


 よし、川を下ろう。

 悪手だと聞いたような気もするけれど構わない。



 少し心が荒んでいたのかもしれない。


 深く考えることを止めて、身体を動かせば少しは気が紛れるかと思って、下流に向かって走り出す。


 相変わらず身体の感覚がおかしいものの、力加減の割にはスピードが出ているように思う。


 身体が軽すぎて上手く地面を捉えられないのはいつものこと。

 ドタバタと騒々しく走るのは好きではないし、河原で足場が悪いことも含めてペースを抑えているつもりなのに、流れる景色がいつもより早い気がする。

 その割には風の抵抗が少ない気がするのは、かなりの追い風なのだろうか。


 なお、靴と靴下は両手に持って、裸足で走っている。


 風の抵抗だけの服とは違って、地面と接する靴は、音速を超えなくてもすぐに駄目になる。

 そして、妹たちに怒られる。


 買い換えるのは経費ではなく、俺の小遣いから自腹なのだけれど――というか、そんな小さいことを気にする必要がないくらい充分に稼いでいたはずだし、妹たちにも充分なお小遣いは渡しているはずなのだけれど、理不尽ではないだろうか。


 とにかく、どうでもいい――よくはないけれど、気持ち悪い虫とか、イヌのウ〇コなどを踏まないようにも注意しなければいけない。

 田舎だとそういったマナーには疎い人が多いらしく、結構あちこちに落ちていたりするのだ。

 当然、こんな大自然の中では善意で片付けてくれる人も皆無だろう。


 何が言いたいかというと、自分のペットが出したモノすら片付けられない飼い主は滅べばいいと思う。

 来た時より美しくとは、遠足だけに適用するものではないのだ。


◇◇◇


 走り始めてから、既に一時間以上は経過している。

 特に疲れは感じない。

 というか、今まで疲れを感じたことがないので、気分的なものを除いて疲れというものがどういうものかを知らない。


 そんなどうでもいいことを考えながら、徐々にコツを掴んでスピードを上げていると、今では木や岩などの障害物がちょっとしたアトラクションになっていた。


 今日はどこまでスピードを上げられるか――などと考えていると、突如というでもないけれど、岩陰から悠々と姿を現す大きな影が目に入った。


 それはそれは大きな獣であった。

 水でも飲みに来たのだろうか。



 さておき、その獣は全長で五メートル近くある黒っぽい巨体で、遠目ではクマかと思ったけれど、どうにもイヌっぽい――というか、頭がふたつあるような?

 これが乱視? というわけでもなさそうで、本当に、何これ?


 あっと思った時には撥ねていた。

 撥ねられる前に撥ねるという、撥ねられることが多かった俺に染みついた習性のせいかもしれない。



 なぜか俺はトラックとか重機によく轢かれる性質で、それはもう、狙っていたとしか思えない頻度と精度で突っ込んでくるのだ。


 もちろん、轢かれたからといって特に怪我をすることもないのだけれど、服はボロボロになるし、他人に見られていたりすると言い訳が必要だったり、とにかくいろいろと面倒なのだ。


 とはいえ、ただやられているだけでは調子に乗らせてしまって、段々とエスカレートすることも考えられたので、反撃できる状況のときは反撃する――逆に撥ねることを心がけるようになった。


 もっとも、思ったほど効果は出なかったのだけれど、今回はその経験が活きたのだろう。



 (くだん)の生物も、避けようと思えば避けられた。

 無益な殺生は望むところではないので、そうするのが正解だったはずなのだけれど、よく見ると尻尾がなぜかヘビだったので、見なかったことにするために思わず蹴り飛ばしてしまった。

 きっと俺が撥ねたのは、よく分からない生物ではなく、理不尽な状況そのものなのだ。


 それでも、服や足を血や肉片で汚さないように手加減はした。

 肉を潰して骨を砕く感触はしっかりと伝わってきたけれど。


 また、衝突の反動で、俺も大きく真上に跳ね上げられたけれど、車に撥ねられた時などでもよくあることなので、全く問題は無い。

 大型トラックに撥ねられた時などは、驚くほど飛んだものだ――というか、俺の反応速度と身体能力なら突っ込んでくる車くらい余裕で避けれらるはずなのだけれど、なぜか彼らは俺の不意を突いてくることに長けていて、気づいた時には手遅れであることも多かった。

 そんな時は、精々が撥ね飛ばされる方向をコントロールすることくらいしかできないのだ。


 そうやって撥ねられ続けた経験と、常々警戒を怠らないようにという心構えが活きたのか、今回は奇麗に真上に上がることができた。

 後は着地を決めれば満点。


 やはり、何事も経験だ。



 さておき、俺以上にものすごい勢いで水平に吹き飛んでいくイヌを、上空で錐揉みしながら目で追う。

 ドライブ回転をかけられたイヌは、何度か地面でバウンドしながら三十メートルほど吹き飛んだところで大きめの岩に激突。その表面を盛大に砕いて、ようやく動きを止めたようだ。


 酷い土煙が立ち込める中で、イヌがどうなったかは分からない。

 しかし、そこに至るまでに激突した地面に付着している血痕から、相当なダメージは与えていることは推測できる。


 グロいのは得意ではない――正直に言うと、苦手だ。


 それでも、あれが一体何だったのかを確認だけはするべきかと思い直して、ピタリと着地を決めてから、ゆっくりと歩いて近づいていく――と、土煙の中にふらつきながらも立ち上がるイヌの姿が見えた。


 原型を留めているだけでも大したものなのに、生きているどころかまだ動けている。

 少し力加減を間違えたこともあって、ゾウでも木端微塵になる勢いだったと思うのだけれど――もちろん、ゾウを蹴ったことなどないので想像だ。そう、ゾウだけに!


 ……とにかく、イヌは大きなダメージを負っている。

 口の端から夥しい血を流しながらも懸命に立ち上がって、身を低くして攻撃姿勢というか防御姿勢というかをとって、とにかく、唸り声で俺を威嚇している。

 しかし、脚は産まれたての小鹿のように震えていた。

 イヌなのに!

 ついでに、尻尾は足の間に丸まっていた。

 ヘビなのに!


 というか、やはり見間違えではなく、頭がふたつある。

 それだけなら奇形で片付けられるのかもしれないけれど、尻尾がヘビ――しかもお頭付きなのはどういうことか。


 やはり、俺はファンタジーとかSF的なことに巻き込まれているのだろうか。

 神なんて信じていないけれど、ここまで振り回されると、さすがに見えざる何かの悪意を疑わずにはいられない。


 出てきたのが怪物ではなく神であれば、喜んで殴ってやるのだけれど――できるかできないかは別として、どれだけ偉そうにしていても俺ひとりを従わせることもできないのかと嘲笑ってやりたいものだ。


 そんな理不尽な存在がいると思うと、仮定の話であっても無性に腹が立つ。

 とはいえ、無関係なイヌに当たり散らしても仕方がないし、弱いものを甚振って喜ぶような趣味もない。

 いつかイヌを飼ってみたいとは思っていたけれど、こんなに可愛くないのは論外だ。

 それも、まさか飼うではなく狩ることになるとは思いもしていなかったけれど、せめてできるだけ早く楽にしてやろう――などと思って気合を入れた瞬間、イヌの片方の頭が大きな咆哮を上げた。


 その直後、俺の足元の地面が粉砕された。

 いや、もしかすると俺にも当たっていたのかもしれないけれど、少し驚いた程度でそれ以外は特に何も感じなかった。

 とにかく、全く見えなかったので対処できなかった――する必要もなかったようだけれど、これは音響攻撃的なものなのだろうか。


 などと考えている暇もなく、更にもう片方の頭から火炎放射器のように炎が吐き出された。

 だからどういうこと!?

 ホットドッグとでもいうつもりか!? ――ケチャップも吐いているし。猪口才な!

 何にせよ、こちらは視認できるので、ギリギリまで引きつけてから回避しつつ懐に潜り込む。



 この辺りは、幼い頃から間合い操作の訓練をずっとやってきた賜物だ。

 常に相手の状態や意識の隙を突き続けるだけのことだけれど、基本も突き詰めれば奥義となるとかそういうことだろう。


 基本的に、相手の間合いの中で大きく派手には動かない。

 欲張らずに、少しずつでも確実に、相手の間合いを奪っていく。

 たまに誘導のために隙を見せる振りをしたり、俺が大きく動かないとか居着いていると思っているところを逆手に取る――意識的な間合いを詰めたりもするけれど、基本的には効率重視で作業的に行う。

 その際、あまりに隙が無いように見せてしまうと膠着してしまうこともあるので、適度に隙を見せることも必要など、間合い操作とは奥が深いものである。



 とにかく、イヌに間合い操作の極意など理解できるはずもないので、懐に潜り込むのは実に簡単だった。

 そのまま反応されないうちに、手刀で近い方の首を斬り落とす。


 俺の手は気合を入れれば鉄でも簡単に切断できるし、コンクリートも豆腐のように握り潰すことができるので、イヌの首くらいどうということはない。


 ただ、グロは苦手なので、できる限り断面は見ないようにする。



 このままでも失血死すると思うけれど、できるだけ苦しませないように、もう片方の首も斬り落とす。

 本当のところは、長引かせると暴れられていろいろ飛び散るとか、潰すといろいろと飛び出してグロいから、比較的マシな方法を選んだだけなのだけれど。


 ただ、ヘビはどうにも触りたくないので見ない振りをした。


◇◇◇


 動かなくなったイヌを見ながら考える。


 命を奪うことに抵抗はない――というより、生き死にはただの結果であって、そこに至るまでの過程などが重要なので、特に興味が無い。

 無駄な殺戮をしようとは思わないけれど、蟻を避けて歩こうとは思わない的な感じだろうか。

 素足なら避けるけれど。


 とにかく、生も死も無駄にならないに越したことはない。



 ということで――これは食べても大丈夫なのだろうか?


 クマとかシカに遭遇したら食料にしようかとは思っていたけれど、まさかのイヌだった。


 イヌといえば可愛いというイメージがあったので、食料にする発想は全く無かった。

 可愛いものに手をかけるなんて、俺には無理だ。


 しかし、目の前で横たわる物体は、可愛さとは無縁なもの。

 獣臭いのもマイナスだ。

 一応、イヌを食べる地域もあるらしいし、一概にそれを非難するつもりはないけれど、そもそもこれをイヌといってもいものかも分からない。


 一番近い表現がイヌというだけの、凶悪過ぎる顔に尻尾がヘビの怪物――特に尻尾がヘビなのは許されない生物だ。


 ヘビとかミミズとかウナギとか、ニョロニョロした生物は苦手なのだ。

 ただし、ウナギは加工や調理された状態であれば美味しいので可とするけれど。


 しかし、個人的にはイヌの魅力の何割かは揺れる尻尾にあると思う。

 ヘビが揺れて喜ぶのは、ヘビ遣いの人だけだろう。

 何の話だったか?



 踏ん切りはつかないけれど、食べられる方向で事を進める。

 やる前から諦めるのは性に合わない。


 まず、イヌを血抜きのために逆さ吊りにする。

 もちろん、専門知識など何も無いし、ナイフやロープなんて便利な道具も無い。

 そもそも、イヌに対して抱いていたのは「飼いたい」という欲求であって、解体など考えてもいなかった。

 まあ、飼いたいのはイヌに限らずネコとかウサギとかトリとか、可愛いもの全般なのだけれど――いや、ネコは「飼いたい」というより「なりたい」だろうか。

 あの自由気ままな生き様には憧れる。


 ――と、何の話だったか?

 そうか、過酷な現実を前に、少し現実逃避していたのかもしれない。


 よく分からない怪物とはいえ、奪った命を無駄にしないために有効利用しようと思ったものの、世界はそう優しいものではないと現実を突きつけられてしまっていたのだ。


 世界がそういうものであることは分かっている。

 分かった上で、とりあえずそれっぽいことをして、自分を納得させているだけだ。

 それだけでも、気分的には美味しくなるかもしれない。

 味覚などしょせんは脳が感じる電気信号なのだから、雰囲気だけでも変わってくるものだと思う。


 まあ、俺自身は電気を通さない体質なので――純水が絶縁体なように、恐らく人間も純粋なら電気を通さないのだと思うけれど、雰囲気作りには大して意味は無いかもしれない。



 さておき、現実逃避はほどほどにして、血抜きの作業に戻ろう。


 血抜きとは、言葉のとおりに血を抜くことだ。

 なぜ血を抜く必要があるのかは、恐らく血の持っている臭みを抜くとかそういうことだと思う。

 俺には毒とかガスも効かないけれど、嗅覚も人並み外れているため臭いものは苦手だったりするので重要なことだ。


 とにかく、実際に血を抜く手段としては、重力に任せるくらいしか思いつかない――心臓マッサージでもして心臓をポンプ代わりにしてもいけるかもしれないけれど、それは何となく気持ち悪いので却下した。



 それでどうにか仕上がったのが、実際には逆さ吊りというより、大きな岩にイヌを上下逆さになるように乗せて、逆さ吊りっぽく見せている状況だ。

 もちろん、そのままだとずり落ちてしまうので、ちょうどいいサイズの木や石を持ってきて、落ちないように支えにしている。

 見る人によっては前衛芸術にも見える仕上がりである。


 正直、何というか、グロい。


 お肉は大好きだけれど、それはあくまで精肉された物のことであって、ついさっきまで動いていた物をお肉だと思えるほど訓練されていない。

 精肉にしても、自分が解体することになるとは夢にも思っていなかった。


 そして、直視はできないけれど、切り落とされた時の表情のまま虚空を見詰めているイヌの首が、俺を見ている気がする。

 幽霊とか怨念が怖いわけではない――殴れるなら殴るだけだし、無理なら塩でも撒いてやればいいのだけれど、グロいのは駄目だ。

 というか、もっとグロくなるかもしれないのでこれは殴れない。


 何だか落ち着かないけれど、目を背けたら背けたで負けた気になってしまう。


 苦肉の策で、近くに咲いていた花をイヌの目玉に挿して隠す。

 とてもシュールな絵面になってしまった。



 萎えそうになる気持ちを切り替えるためにも、とりあえず火でも(おこ)そうと行動を再開する。


◇◇◇


 結論からいうと、火を熾すことはできなかった。


 ()が使えるといっても、熱や電気を発生させることなどできない。


 もちろん、子供の頃は修行すればか〇は〇波を出せると信じてこっそり練習していたりもした。


 しかし、()とは本来自分の内側でのみ作用するものであって、身体能力や治癒力を底上げできたとしても、外へ放出することはできない。

 できないよね?


 恐らく、現実世界では、気の力で他人を癒したり壊したりと言っている人の大半がインチキなのだろう。

 大体というのは、相手が本気で思い込めば、相手が自力でそれを実現するというだけの話であって、それは()の力というより催眠術とか詐欺師としての能力だ。


 もちろん、俺が知らないだけで、中には本当にできる人もいるのかもしれないけれど、常識的に考えて、癒しが必要なら病院を勧めるべきだし、俺のように()が使えるなら、人体破壊程度は走っていって軽く撫でるだけで事足りる。

 わざわざ()を放出する必要が無いのだ。

 そんなことができるのは、物語の中だけのファンタジーなのだ。

 だからこそ、人間はファンタジーではなく物理に頼るしかないのだ。



 憂鬱な気分を誤魔化すために思考が逸れてばかりだけれど、それはさておき、どこで得たかも分からない曖昧な知識を頼りに、摩擦熱で火を熾そうと試みたものの上手くいかなかった。


 詳しくは、サバイバル関係でよく描写される、木の棒で板をゴリゴリ擦って、その摩擦熱で火を熾す――そんな単純なものを試してみたのだ。


 しかし、気合を入れて摩擦すると全てが吹き飛び、気合を入れなくてもいろいろと吹き飛んだ。

 木の強度が足りない――いや、湿気っているのか?

 とはいえ、俺の目にはよく乾いているように見えるし、強度の方は俺の力に耐えられるだけの木の棒を探すとなると、火山でも探した方が早いレベルだろう。

 大きなイヌを担いで火山を探す男――UMA認定されてもおかしくない。

 というか、俺はユーマではなくユーリだ。なんちゃって。


 そして、森羅万象あらゆることに答えてくれるという伝説の先生は、インターネットに繋がっていなければ無能だ。

 もっとも、使ったことがない――使い方すらも分からないのだけれど。


 先程のイヌの同種を見つけて火を吐かせればとも考えたものの、そうそう都合良く見つかるはずもない。


 困り果てた俺は、一縷の望みを託して切り落としたイヌの頭部を持ち上げて、気を流してみたり、息を吹き掛けてみたり、大嫌いな神にまで祈ってみたりもした。


 当然、イヌも神も応えてくれなかった。


 トカゲが空を飛んで、イヌにも火を吐くことができるというのに、人間の俺はただ途方に暮れるしかできなかった。

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